夢の旅7(夢31~夢35)

夢の旅7(夢31~夢35)

<夢31>「親戚が集まる夢」(8月24日)
<夢32>「食糧を奪う兄の夢」(8月27日)
<夢33>「未知の女性に振り回される夢」(8月31日)
<夢34>「凶暴化する父の夢」
<夢35>「子供が忠告してくれる夢」(9月4日)






<夢31>「親戚が集まる夢」(8月24日)
 私は帰宅するところだった。家に着いて、改めて今日は親戚が集まっているはずだということを思い出した。一瞬、家に入るのを躊躇するが、思い切って入ってみることにする。以前住んでいた家に造りが似ていた。廊下の奥に居間がある。入ると、何人かの親戚たちが集まっていた。見ると、全員が来ているのではなかった。ある親戚家族では、母と次女だけだったし、別の親戚は夫婦だけだった。私の家族の方も兄が欠けていた。
 父の運転する車に全員が乗って、どこかへ行くところ。私は助手席に乗って、ナビを見ている。道案内のようなことをしなくてはならなかった。やがて、私一人だけ車を降りる。ここからは歩いて行くことにした。
 歩いている。雨が降っていたようだった。見晴らしのいい場所に出る。山や田園風景が眼下に広がっている。美しいけれども、どこか荒涼とした感じだった。山肌には毛細血管のような水路が縦横にできていた。私はすごく雨が降っていたのだなと思った。

(連想と感想)
 私の家族も含めて、三組の家族が登場しているが、すべて誰かが欠けている。不完全な家族形態が揃っていることが印象的だった。しかも、欠けているのに、誰もそのことに違和感を覚えていないようだった。私自身そうだった。
 不完全な顔ぶれのまま、外に出るが、更に私だけそこから外れるようにして孤立する。
 一人になってから私の見た光景は、一方で美しい自然の光景なのだが、他方では荒涼とした感じである。
 この光景は不完全な親族を経験して、さらに一人になったことで現れているので、私の家族(親族)風景と考えることもできるようだ。自然で美しい景観をしていると同時に、どこか荒れていて、災害に見舞われているというような光景である。
 私は家族並びに親族との関係において、幸福だったろうか。親族だからという理由でつながりがあっただけである。親族と言っても、直接私が関わっている親族ではなく、いわば、両親の親族である。彼らは私の人生にどれだけの意味ある存在だったろうか。彼らとの関係においても、私は独りだったのではないだろうか。夢の中の風景から感じられる寂莫感は、家族親族内で私が経験してきた心象風景そのままだったかもしれない。

(寺戸順司)







<夢32>「食料を奪う兄の夢」(8月27日)
 私は一件の家にいた。小さな小屋のような家だった。私はそこで生活している。そこに兄がいきなりやってきて、私の家から食料を奪っていく。リヤカーに積んで、逃げていく。私は後を追いかけるが、家を留守にしておくわけにもいかないと思い、食料は諦めて、家に戻った。食料は後で何とかなると思っていたし、すべて奪われたわけではないことも分かっていた。家に戻って、残された食料を確認する。一方、羽虫が飛んできて、それを追い払うのにも手を焼いていた。


(連想と感想)
 前回では欠けていた兄が登場する。ここでは兄は奪っていく存在である。それも私の食糧を奪っている。食料は私の生存には欠かせないものである。生命維持に関わるものであり、同時に食料とは恵みや愛情といったイメージを喚起する。これらを兄は奪うという夢である。
 夢では、私は小さな小屋にただ一人で住んでいる。私のわずかなたくわえでさえ、兄が奪っていく、しかもリヤカーに積んでごっそりと持っていくのである。
 前回の夢で見た荒涼とした、また、淋しい感じの世界に私は身を置いている。この夢ではその世界で私が生きているということを示しているように思う。小さな小屋に独りであり、わずかな食糧さえ守ることができないという、極めて孤独で無力な自分を見る思いがした。
 兄は「奪っていく」存在というイメージが私には付きまとっている。最近も兄が私のCDを返してきた。私は貸した覚えはないのである。一言「借りていくで」とでも言ってくれれば私は貸すのであるが、勝手に取って行ったのである。そのうちの一枚は、私が何度も探したものである。そのCDは、女性友達と一緒に聴こうと計画していたものであり、どうしても必要なものだったのだ。私はどこでそのCDを紛失したのか、まるで心当たりがなかった。それもそのはずで、兄が私の知らないところで持って帰っていたのだから。私は、私の都合も省みずに持ち出している兄の身勝手さに無性に腹が立った。
 この体験イメージが色濃く残っているような夢だった。兄は私がいない時に、私の部屋(小屋)に入って、私のCD(食料)を奪っているわけだから。夢ではさらに、私は取り返すことができず、余計な羽虫を追っ払うことに手を焼かされる。自分の世界、空間をとても守り切れていない私を感じる。

(寺戸順司)







<夢33>「未知の女性に振り回される夢」(8月31日)
 未知の女性と一緒に仕事をしている。あるいは私のクライアントだったかもしれない。仕事を終えると、彼女は飲みに行こうと私を誘う。私たちは一緒に外を歩く。
 彼女はすごく浮かれていて、急に走り出したりする。私は後を追いかける。ちょっとした山道に彼女は入る。私も入って行って、丘の上のような場所で追いつく。
 それから電車に乗る。どこかいい店を知っているわけでもないけれど、とにかく彼女について行って、電車に乗った。並んで腰掛ける。彼女は足が腫れたという話をして、踵を私に見せる。腫れてはいないようだったけれど、赤くなっていた。
 電車は梅田(終点)に着いた。降りようかと思ったけれど、彼女が熱があると言いだした。私は彼女に触れてみる。最初に触れた感じでは、熱はそれほどでもなかったようだけど、見る見るうちに彼女の体が熱くなっていった。何か冷たいものでもと思ったかれども、彼女は何も要らないと言う。そして、このまま帰ると言う。
 どこまで帰るのかを尋ねると、淡路の方だと答える。来た道を途中まで戻ることになった。私は送って行くことにした。帰りの電車の中では彼女は一言も発しない。体を私の方にもたせかけてくる。彼女の体はものすごく熱かった。駅に着くと、一緒に降りる。改札を出て、通りを歩く。途中まで一緒に並んで歩いていたが、彼女は急に自分の荷物や服を放り投げて、再び走り始めた。私は散らばった荷物や服を掻き集めて、彼女を追いかける。私がそうしている間に、彼女はずっと遠くの方まで走っていた。自分の荷物と彼女の荷物を抱えて私も走った。追いつけないように感じた。しかし、途中で彼女が転んだ。お蔭で私は彼女に追いついた。しかも、彼女が転んだ場所というのが、彼女の家の前だったのだ。私は彼女に追いついたけど、彼女はそのまま玄関を入って行った。彼女の荷物や服を渡すことができたのかどうか定かではないが、私は中へは入らなかった。

(連想と感想)
 前回は兄を追いかける夢だったが、今回は未知の女性を追いかける夢である。彼女の暴走ぶりは、これまで幾度となく現れてきた衝動性と同じものである。
 この彼女は一方で私自身でもある。その根拠の一つは、現実の私自身が踵に持病のようなものを抱えていることである。夢の中で、彼女は同じ部分に炎症を起こしている。
 もう一つの根拠は、私は時折躁的になることがあるが、躁的になった時の私の行動というのが、夢の中の彼女がしているような行動に近いものを感じるからである。
 では、夢の中で彼女は何をしているだろう。まず、仕事が終わって飲みに行こうと言う。走り出して山に入ったりする。ヒートアップして体が熱くなっている。とてもエネルギッシュな感じである。電車で行ったり来たりをする。そして他者をひきずりまわしている。さらに、持ち物や衣類を投げ捨てて走り出す。つまり、今まで身に着けていた物をすべて放り投げだしたくなっているのである。しかし、行き着く先は自分の家なのである。勝手気ままに暴走するけれども、家に対しては囚われている感じがする。
 彼女のこのイメージは、現実の私の女性友達を連想させるものである。私は女性友達をとてもコントロールできない、あるいはうまく扱えないという感じを体験する。思い通りにいかないことは許容できるのであるが、女性友達は時に自分勝手に暴走するのである。時には、後のことを考えずに、周囲の事を見ずにそういうことをするので、そこを改めないと彼女自身苦しいだろうと私は考えていた。それでも彼女はいともたやすく、私の思いなどそっちのけで勝手気ままに行動するので、私は、時々、嫌な気持ちになる。
 夢では、この女性に振り回されながらも、なんとか彼女についてこうとしている私自身を感じる。どうしてもこの女性を見放すことができないようだ。

(寺戸順司)







<夢34>「狂暴化する父の夢」
 以前、私のカウンセリングを受けていた女性クライアントとばったり再会した。彼女は別人のように綺麗になっていた。その後、私は家に帰った。家に帰ると、父が狂暴化していた。二階で暴れているようだ。父が下りてくる。両手に包丁を握っている父を見て、私は怖くなって、外へ逃げた。ただ、思うように走れなかった。

(連想と感想)
 その女性は別人のように変わっていたので、未知の女性と捉えてもよさそうである。夢の中では、彼女がかつての私のクライアントであったということが分かっているが、現実にそれがどのクライアントであるかということは、私には分からない。
 彼女が綺麗になったのと比例するかのように、ここでは父が狂暴化している。もちろん現実の父はこのような狂暴な性格ではない。
 かつてのクライアントが別人のように綺麗になっているということは、彼女は変容したわけである。それは私には喜ばしいことであり、カウンセリングがうまくいったということを意味する。しかし、父は怒りに駆られて、私のそのような感情を台無しにしている。これはしばしば現実の場面で遭遇した構図である。父の怒りのために、私の喜びの感情はそっちのけになってしまっているのだ。
 夢において、父が狂暴化するのは初めてである。日常生活の中で、父の怒りを私は無意識的に見て取ってしまっているのかもしれない。夢の中の二本の包丁は、一本は兄を刺すためであり、もう一本は私を刺すために持っているのだという感覚がある。父から見ると、兄も私も、憎んでも憎み足りない存在なのかもしれない。
 父に対する私の敵意の表れと見ることもできるだろう。私が父を憎んでいる。それが検閲されて、父が私を憎んでいるという形に夢では転換されているという考え方である。それも頷けないことではないが、夢は夢のまま捉えようと私はしているので、一応、この考えは保留しておく。それが頷けないことではないというのは、夢では私の成功(カウンセリングがうまくいった)ということに対して、父が怒り(日常の中で私が感じ取っているかもしれない父の怒り)で反応しているからであり、その父の怒りを憎んでいるのかもしれないからである。
 父が暴れている場所にも注目しよう。それは家の二階部分である。建物の二階部分というのは、これまでの夢では、私の未発達な部分ではないかという解釈をしてきた。その解釈に従うと、未発達の二階部分で父が暴れているということである。父が暴れているが故に未発達なのかもしれない。この二階部分に父との関係や父への感情が渦巻いているのかもしれない。それが一階に降りて来て、私の目の前に現れたのである。これは一つの直面化だと思う。これに対して、私は直面することができず、怖くなって逃げてしまっているのだ。逃げるのは、父があまりにも狂暴で強い存在として見えているからだという感じがしている。

(寺戸順司)







<夢35>「子供が忠告してくれる夢」(9月4日)
 私は自転車に乗って、通りを走っている。なぜか「七条通り」だと認識している。道が二手に分かれていたが、私は右方向に折れる。と言うのは、以前、女性友達とここを通ったことがあり、そちらが正しい道であると知っていたからだ。
 右手に折れると、その先でさらに道が二手に分かれており、私は勘に頼って右方向を取った。しかし、その道は、行き止まりではなくても、どこかの私有地に通じているようだった。私は方向転換して引き返し始めた。
 その途中、親子連れが道を塞いでいた。母親は道の端に寄り、子供の方は私を追いかけてきた。この男の子は、「道を間違えちゃダメだよ」と言ってくれた。私は自転車をこぎながら、その子に「ありがとう」と言った。
 その後、楽器店のような店に入った。古いレコードなども置いてあって、私はそれを見ている。私の知らないレコードがたくさんあったのだなと思っている。やがて、客が増えてきて、窮屈になってきたので、私は店を出る。出た時、一瞬、私がどちらの方向から来て、どちらに向かおうとしていたのか、その方向を見失った。しかし、すぐに思い出して、自転車を走らせる。そしてその方向で正しかったということが分かった。 

(連想と感想)
 目覚めた時、何か嬉しいような感じがした。これは軌道修正の夢だと、すぐに感じた。前回まで、家や家族ということが多かれ少なかれ影響している夢だったが、今回の夢では家族は登場しない。不完全な家族や食料を奪っていく兄、狂暴化する父などの夢を見てきたが、ここに至って、ようやく出発することができたというような感じがしている。
 私が勘に頼って道を選ぶ。その道は正しくはなかったのだ。「道を間違えちゃダメだよ」と注意してくれたのは、子供である。この子供の言葉にもっと耳を傾けなければならないのだと思う。最近の夢ではこういう子供が登場しなかった。すべて大人であり、大人の事情で行動する人たちばかりだった。この子の母親は私を避けたが、この子は追いかけてまでして私に言葉をかけてくれているのである。この子は私を救済してくれる存在かもしれない。
 私がこの子の忠告を守っているということが、後の部分で出てくる。店から出た時に、一瞬、私は方向を見失っているが、すぐに思い出し、正しい道に向かって進み始めている。

 いくつかの細部を見ていくと、まず「七条通り」ということであるが、かつて、私が京都駅まで通うのにいつも通っていた。私はわりと好きな通りである。四条通りのような華やかさはないが、雰囲気があって、風情を感じるのである。毎日のように通っていた日々が懐かしい。当時は勉強のために通っていた。生活は苦しかったが、今ほどたくさんのことを抱えていない時代だった。「七条通り」にはそうした思い出と結びついている。
 一方、楽器屋というかレコード店であるが、これもやはり私の過去と結びついている。私は子供の頃、レコード店に行くのが好きだった。レコード店に行って、レコードを見るというのが私の遊びの一つだった。音楽が好きだったので、自分のまだ知らない曲やアルバムを見るのが好きだった。いつか聴いてみたいと思ったりもした。そこには、私にとって、まだまだ未知の領域が広くあった。そういう子供時代の体験と重なるのである。

 こういう過去の思い出を喚起する場所において、子供が「道を間違えちゃだめだよ」と忠告してくれているのである。そうすると、この子の忠告はどういうことであろうか。
 先述のように七条通りもレコード店も、私の過去、それも現在よりも幸せだった過去と結びついている。自転車ということも実はそうなのである。私は自転車に乗って、遠乗りをすることが好きだった。子供の頃、日曜日などで遊び友達がいない時は、いつも長時間自転車を乗り回したものだった。だから自転車で走るということも、私の子供時代の思い出を喚起するし、幸せだった感情と結びついている。
 こうした体験に対して、この子は忠告している。それはつまり、私が過去のことを振り返ったり、取り上げたりする際に、あるいは過去の思い出に耽ったりする際に、その道(方向)を間違えてはいけないという忠告なのだと私は捉えている。間違った方向で過去の思い出と向き合ってはいけないのだと夢が教えてくれているように思った。

(寺戸順司)