<LP010>

<010>カウンセラーに支払われるカウンセリング料金には意味があります。



<#010A>料金支払い能力

 私もカウンセラーとしてやっていくために、また、一人の個人として生きていくためには収入を得なくてはなりません。私はそれをクライアントからいただく面接料で賄っているわけです。だから、クライアントにはカウンセリング料金を支払ってもらわなくてはならないのです。
 私のカウンセリングは一回が6000円です。それ以外の料金を請求することはありませんし、物品等の販売なんかもしておりません。クライアントが準備するものは6000円の料金だけにしております。
 もし、私に面接料以外の収入があり、そちらの収入で生きていけるとしても、やはりクライアントからお金をいただくでしょう。私は無料のカウンセリングは害しかもたらさないと今では信じているからです。
 過去にお金の払えない人に対して無料でカウンセリングをしたこともありましたが、いい結果には終わりませんでした。当時はよく分かっていなかったのですが、お金を払わない、もしくは払えないというところにその人の抱える問題が含まれていたからです。つまり、一方ではその人の問題を助長しながら、他方ではその問題を何とか解消しようとやっていたわけですから、上手くいかないのも当然だったのです。
 カウンセラーは無料でカウンセリングしなくていいと私は考えています。機関によっては、最初だけ無料とか、お試し期間を設けたりしているところもあるかもしれませんが、そんなサービスは余計なことであり、私は反対しています。そんな施しはクライアントの価値下げをしているだけであるかもしれないのです。
 クライアントには支払い能力があるという前提に私は立ちます。クライアントは自分に必要なお金を稼ぐことのできる人であるという前提でいます。私がクライアントから料金をいただくのは、クライアントがそこまで無能な人ではないと信じているからです。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)






<#010B>お金は葛藤を生み出す

 お金は常に葛藤を生み出すものです。例えば、欲しいものを買う時でさえ、そうです。欲しいものを買うのはプラスであっても、それで所持金が減るということになれば、それはマイナスになるわけで、この時、この人はプラスとマイナスの葛藤に襲われることになるのです。
 お金持ちはこういう葛藤を経験しない、と貧乏な人は考えるかもしれませんが、現実にはそうではないようです。お金持ちであろうと(むしろお金持ちだからこそと言うべきでしょうか)貧乏であろうと、お金に対しての葛藤は経験するものなのです。ただ、その葛藤の処理の仕方に両者には違いがあるのかもしれませんが、それは本項の本題から外れるので割愛します。
 クライアントはカウンセリングを受けたいと望んでいます。でも、それにはお金がかかるということで、どうしても葛藤に曝されるのです。無料カウンセリングに私が反対するのは、クライアントからこの葛藤の機会を奪ってはいけないと考えるからなのです。
 この葛藤はクライアントの中で処理されなければならないものなのです。どのような処理をするかはクライアント次第なのですが、これが処理されない場合、この葛藤はカウンセリング場面に持ち込まれることになるのです。
 この葛藤がカウンセリングに持ち込まれるとは、料金の値引きを迫ったり、支払いに抵抗を示すといった形で現れるのですが、これはカウンセリングそのものへの抵抗となることもあるのです。
 従って、この葛藤を事前に処理できなかったクライアントは、通常以上に抵抗感を増大させてしまうことになりかねないのです。当然、このクライアントがカウンセリングから有益な体験を得ることは難しくなるのです。
 今述べたことをもう少し安っぽい表現で言い換えるなら、料金をきちんと支払うクライアントは上手くいく可能性が高くなり、料金を出し渋るような人はカウンセリングで失敗する可能性が高くなるということです。
 実際、このことは私の経験からも確かなように思われるのです。料金の葛藤を処理できない人は、他の場面や他の事柄に関する葛藤も処理できないことが多いように私は思うのです。葛藤処理能力が低いと言ってもいいかもしれませんが、個々の葛藤を上手く処理できないので、この人は人生で上手くいかない場面がどうしても多くなってしまうのです。
 この人たちは、葛藤をもたらすカウンセラーよりも、そうした葛藤を引き出さないようなカウンセラーを選ぶことも多いのですが、私が見聞した限りでは、やはり上手くいかないようであります。その問題の根本が、カウンセラーにあるのではなく、自分自身にあるということに、彼らは気づいていないかもしれないのです。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)






<#010C>料金の意味

 料金は、クライアントが葛藤をどのように処理したかを示す領域でもあり、とても意味があるのです。
 私の個人的な意見ですが、ある人のお金に対する態度をよく見ると、その人のことがかなりよく理解できると思うのです。葛藤やその処理がよく現れるからです。
 料金にはそうした意味があるのです。また、料金にはそれ以外の意味もたくさん含んでいるのです。カウンセリングがあって、それに料金が付随するのではなく、料金がすでにカウンセリングに含まれているのです。
 臨床家によって考え方に違いもあるのですが、私はクライアントが支払う料金は、カウンセリングの場所、カウンセラーの時間、それにカウンセラーという人間に支払われるものであると考えています。
 言い換えるなら、クライアントは私に料金を支払うことで、その時間、私はクライアントに雇われていることになるのです。その時間はクライアントのためのものであり、私は私用の用事を入れることが一切許されないのです。だから、面接中は私は電話にも出ないのです。
 クライアントが料金を支払うことで、この状況が生まれるのです。この状況とは、言い換えると、クライアントがカウンセラーを独占するという状況です。
 クライアントにもよるのですが、こうして専門家を独占するという経験が絶対に必要であるというクライアントもおられるのです。自分のためだけに時間を割いてくれる、自分のためだけに労力を使ってくれる、そういう他者や場面を経験をしなければならない人もおられるのです。そういう人にとっては、この時間は安心してカウンセラーを独占できるのです。
 もちろん、カウンセラーを独占しているからと言って、そのカウンセラーに対して何をしてもいいというわけではありません。そこには制限もあるのですが、本題から外れるのでここでは取り上げないことにします。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)