<テーマ213>夫婦という人間関係~親(7)

<テーマ213>夫婦という人間関係~親(7)

(213―1)妻との3海面の面接
(213―2)妻との4回目の面接
(213―3)事例の経緯の要約


(213―1)妻との3回目の面接
 2週間後、彼女との3回目の面接が実現しました。
私は彼女にとって、この結婚で苦しかったことを尋ねました。彼女はまず彼の父親の一件を持ち出しましたが、それは母親の方がより苦しかったことでしょうと応じ、あなたにとって辛かったことは何でしょうかと、さらに彼女に問いかけます。
 彼女は夫が自分の考えを言わないことだと答えました。なるほど、それは彼が困惑していることで、それに関しては彼の方がより辛かったかもしれませんねと私は応じて、さらにあなたにとって辛かったことは何でしょうかと問いかけます。
 彼女は答えられません。しばらく考えてもなかなか答えが見つからないようです。私は彼女に、この問題では、これに関係している人それぞれに辛い部分があったと思う、彼らの辛い部分とあなたの辛いこととが重なるかもしれませんが、あなたにとって一番辛かったことって何でしょうかと、少し説明してみます。彼女は今一つ理解できないような表情をしています。
 私は少し説明を変えてみます。いろんな辛い体験があったはずだと私は思うと彼女に伝え、その中で、あなたにとって重要なことで、母も夫も今まで取り上げることのなかったことってないでしょうか、と限定してみました。つまり、彼女にとって一番辛い部分で、尚且つ、今まで誰にも顧みられていないものがありませんかと尋ねているわけであります。
 彼女はさらにしばらく考えて、「流産のことでしょうか」と答えます。いいでしょう。そこも肝心な部分です。「あなたはどのようにして流産のショックから抜け出たのでしょうか」と私は尋ねます。彼女は、分からない、今でもショックから抜け出せた感じがしていないと答えます。そこは誰も気にも留めていないというように思われているのでしょうかと私が尋ねます。私が伝えようとしていることに、彼女はうすうす気づき始めたようでした。
 彼女は自分が、言わば、放ったらかしにされているということに、目をつぶっていたのです。母親と一緒に騒いでいることで、自分が放置されているということをごまかしていたのです。
 私は言います。あなたにとって一番辛いことは、あなたのことをそっちのけにして、母親たちが騒いでしまって、あなたの結婚も祝福してもらえず、妊娠も喜んでもらえなかったことではなかっただろうかと。
 彼女はすごく納得されたように私には見えました。これを読んでいる人には不思議に聞こえるかもしれません。彼女は自分にとって苦しかったことが、自明なようでいて、実は見えていなかったのです。それを見る代わりに、母親や夫を見ていて、自分の体験に取り組むことができず、夫をどうにかしようという部分に取り組んでしまっていたのです。
 納得した上に、彼女はひどく涙ぐまれました。彼女は何も言いませんでしたが、彼女はあの時、自分がいかに見放された女の子だったかを感じていたのではないかと思います。過去のいろいろな場面が込み上げてきていたかもしれません。それを訊いてみても良かったのですが、何となく直面化を急がない方がいいと、私の中で思う何かがあったのでした。

(213―2)妻との4回目の面接
 彼女との4回目の面接、そして最後となった面接に移りましょう。
 前回、3回目の面接の後、帰宅した彼女は母親に向かって、「お母さんはわたしたちの結婚を祝福してくれなかったわね」と言ったそうです。すると、途端に母親は牙をむいて、「なんであなたたちの結婚を祝福しないといけないの。わたしはあの人との結婚を反対していたでしょ」と言い切ったのでした。彼女はそれ以上何も言えなくなり、言おうと思っていたことも最後まで言えなかったと、そういう話を一番に始めました。
 私は彼女によくそれを母親に言えたなと感心しているのですが、これをお読みのあなたはどのように思われるでしょうか。彼女は何を言おうとしていたとお思いになるでしょうか。私はこんなふうに受け取りました。結婚する相手が母親の気に入ろうとそうでなかろうと、母親が反対しようとも、一人の個人として結婚を祝ってほしかったということではないでしょうか。人間として普通に祝福されて、人間らしい結婚生活を始めたかったということなのではないでしょうか。
 母親は、字面通りのことしか受け取れないようです。言葉の奥にあるものを感じ取ることがないのです。そればかりか、娘のこの訴えを、あたかも攻撃であるかのように受け止めているのです。母親はあまりに自分に囚われすぎているのです。
 しかしながら、あの義母はどこまでも周囲の人間を不幸にしていくものだと、私はそう思うのですが、彼女が私のカウンセリングを受けているということを母親が知ったのです。娘が変なことを言い出したと思ったのか、母親が厳しく追及したようでした。それで、しぶしぶ彼女は私のカウンセリングを受けているということを報告したのでした。
 すると、母親は、彼に禁止したのと同様に、彼女にもカウンセリングを禁じたのです。義母の言い分は、彼をしっかりさせることに失敗するようなカウンセラーの所に行くなというものだったようです。
 娘は母親に反対されているので、これを最後にしますと言います。彼女がカウンセリングを受けるか受けないかは私が決めることができないので、ただ、それで本当にいいのでしょうかとだけ彼女に尋ねます。
 彼女はすべてを諦めましたと話します。母親が生きている限り、自分には自由がないのだと。確かにそうでしょう。そして、母親が死ぬまで待った方がいいという気持ちになっていると、そう語りました。つまり、母親にも自分自身にも絶望しているのです。
 夫である彼はどうなるのか、私は尋ねてみます。義母はすでに彼がいない生活に、あたかも初めから彼がいなかったかのように平然と暮らしていると彼女は報告します。その母親を見て、今さら夫のことを切り出せないと彼女は言います。
 彼もそうだったのですが、そこまで無力化してしまっているということが、義母と周囲の人たちの間で生じる問題の一つなので、私はそれを彼女に説明したのです。だから、そのまま無力化して、言いなりになってしまうことは、問題を維持してしまうことになるのです。
 彼女は、頭ではそういうことも理解できると言います。でも、感情的にそれができないと言います。感情的にというのは、要するに、何をしても彼女の中で「罪悪感」のような感情が生じてしまうということでした。
私の考えでは、それができないのではなくて、それができないことであるかのように体験されているということであり、この体験は彼女が「罪」と同一化していることによってもたらされているのです。決して、彼女の能力とか限界の話ではないと考えています。彼女の中にある「罪悪感」が、彼女を抑止するかのように働くのです。
 結局、彼女との面接もそれで打ち切りとなったのでした。彼女もまた望ましくない選択をしたと私は考えています。彼女はまだ若いので、想像もつかなかったかもしれませんが、母親が亡くなって、彼女が自由になった時、彼女はすでに60歳になっているかもしれないのです。その時、彼女はきっと生きていけないと私は思うのです。そして、間違いなく、彼女は自分の人生に後悔することだと思います。母親がいなくなっても、それに取り組まない限り、彼女の中に罪悪感が残り続けるかもしれないからです。

(213―3)事例の経緯の要約
 たいへん長い記述となりましたが、以上がこの夫婦のカウンセリングの過程でした。
 次項より、いくつかの細部テーマを取り上げることにしますので、その前に、簡単にこの事例の流れを、時間の順序に従って、振り返っておくことにします。

・交際前
 彼は希薄な家族関係の中で生きていました。特に親しい友人もなく、深い関係、親密な関係を他者との間で築いた経験がほとんどありませんでした。
 彼女の方は、何人かの男性と交際していますが、母親が「参入」してきて、彼氏たちは彼女を「見捨てる」のでした。

・交際~結婚
 大学時代の彼の知人の伝手で彼女と知り合い、交際を始めます。彼女の母親は彼に嫌悪感情をすでに持っていました。
 結婚が現実の話になってきて、双方の家族が顔合わせをします。彼の父親が不用心な一言を漏らして、彼女の母親の機嫌を損ねます。これが直接的なきっかけであり、ここから双方の親同士の中が険悪になり、争いが生じていきます。
 彼がかなり努力して、双方に話をつけるために奔走し、どうにか結婚までこぎつけます。
 結婚式は、いささか険悪なムードが漂っていたそうでした。

・同居時代
 結婚後、しばらくして、妻の妊娠が判明する。これを機に、妻の実家にて暮らすことになる。
 義母や妻は、彼が自分の考えを言わないことや、言葉を発せなくなる瞬間を捉えて、彼に問題があると見做します。あの時、仲裁に入らなかったのも彼がしっかりしていないからだという話に発展していきます。
 義母は彼を実家に行かせ、話を付けさせようとします。これは彼の家族に対する侮辱を含んでいます。彼の母親がパニックになり、家に入れないということをします。
 一方、義母たちが思うような話し合いを彼ができないということで、何か障害があると考え、自閉症診断の件が生じます。
 その後、カウンセリングを受けろということになって、彼が私の所へ来ます。彼の主訴は義母とうまく会話していきたいということでした。最初はその主訴にも取り組んでいたのでしたが、やがて、それどころではなくなっていきます。
 実父が彼に連絡を取ってきます。母親の態度に変化が現れています。
 義父が動こうとするが、義母が制します。
 彼の姉が動き始め、姉―義母のタッグが成立します。
 彼にますます罪と責任が課せられていき、彼はそれに応じようとし過ぎるのですが、それは彼の心的領域を蝕み始めます。その情景は彼の夢で表されていました。
 カウンセリングの方向転換が既になされていましたが、義母との会話云々以上に、彼の抱える罪を軽減することが目指されていきました。
 これにより、幾分は罪意識の軽減が可能になっており、彼は自己憐憫を体験し始めます。
 ここで妻の流産事件が生じます。
 この流産事件により、彼はますます責任ある存在として、過剰な負荷が課せられていきます。

・一人暮らし時代
 義母たちは、彼に一人暮らしを始めさせます。義母と妻、それに彼の姉がこの計画に積極的に加担していました。
 一人暮らしを始めても、義母の「侵入」は続きます。今まで以上にひどくなったようでした。面と会えない分、ひっきりなしにラインが送信されます。彼の弱体化はさらに進行していきます。
 役に立たないカウンセラーとは縁を切れということで、彼は、義母の要請に従って、カウンセリングを去って行きます。
 彼からは音沙汰もなかったけど、妻が連絡をしてきます。彼がひどい錯乱と消耗状態で「発見」されたのでした。
 義母は感情的に動かされることなく、極めて冷静に、冷静過ぎるくらい冷静に、この事態を「処理」しています。
 妻はパニックになり、恐れに駆られて、私の所へ来ました。
 以後、計4回のカウンセリングが実現しましたが、母親の「意見」に従った彼女もまた、カウンセリングから去って行きました。

 以上、義母の巻き起こした問題に夫婦が巻き込まれた事例の顛末を述べました。次項より、この事例に関して、細かな点をいくつか考察していくことにします。

(文責:寺戸順司)