<テーマ211>夫婦という人間関係(5)

<テーマ211>夫婦という人間関係~親(5)

(211―1)妻の流産
(211―2)一人暮らしの強制
(211―3)強要されるカウンセリングの中断
(211―4)妻のパニック


(211―1)妻の流産
 30歳男性の事例を続けます。
 彼は妻と結婚しています。それまで難航していましたが、苦労の甲斐あって、結婚に辿り着いたのです。しかし、親同士のケンカが始まり、せっかく結婚したのに、彼は夫婦関係を持つことができなくなっていました。
 親同士のケンカなんだから、もっと言えば、義母たちが勝手に怒っているだけなのだから、放っておけばよいと私なら思うでしょう。でも、生真面目な彼はこの事態を静観できないのです。彼は責任を感じています。そして、この状況を何とか改善しようと孤軍奮闘してきました。
 ところが、事態は収まらず、今度は双方の父親や彼の姉が動き始めるようになってきました。こうして、事態はますます大きくなり、他の人たちを巻き込んでいきます。
 そんな最中、事件が生じました。彼の妻は妊娠していましたが、流産してしまったのでした。
 妻はやり場のない怒りを彼に向けます。義母もまたこれには激怒し、娘が流産したのは彼がしっかりしていないからだという理屈を展開して、彼を追い込むのでした。
 この流産に関して、妻の側の心理的要因も無視できないのでありますが、そこははっきり分かっていないので不問にしておきます。
 しかし、ふざけた人たちばかりだ。この妻は人生で最初の妊娠を経験していたのです。不安で分からないことだってたくさんあったことでしょう。でも、周囲の人は何をしていたでしょうか。彼女を置き去りにして、自分たちの争いごとにかまけていただけだったのではないでしょうか。義母も義父も、彼の実母も姉も、これに関係する人たちはすべて自分のことしか見ていないのです。妊娠している妻は置いてきぼりだったのではないでしょうか。
 夫である彼も、周囲から一方的に責を負わされていくうちに弱体化してしまい、とても妻をサポートするなんてことはできない状態でした。確かに、彼は線が細く、華奢で繊細な感じの男性で、もともと強くなかったと言われれば、それも正しいかもしれません。しかし、彼の個人的要因をここで結びつけるのは正しくないように私は思います。要は、妻をサポートできる立場の彼に対して、それが許されなかったという状況が作り出されていたということが問題なのです。こんな状況がなければ、彼は彼なりに妻をサポートしたことでしょう。少なくとも、妻は置いてきぼりにはされなかったでしょう。
 この流産のために、義母の怒りは更に激しくなっていきました。ますます彼はどうしようもない人間として見られていました。

(211―2)一人暮らしの強制
 この時期、彼は「一人暮らしをしようと思う」と私に打ち明けました。せっかく結婚までしているのに、どうして一人暮らしを、と私は疑問に思い、事情を尋ねました。彼の話では、義母がそれを命じているということでした。一人暮らしを経験して、彼がもっとしっかりしてから戻ってこいというのが義母の要求でした。
 狂気の沙汰である。
 まともな親なら(敢えてこう言わせてもらう)、自分たちが騒ぎ立てていたことをここで反省するだろうし、妻も一緒に行って二人で支え合って生きなさいと言うだろうと思います。しかし、義母は、妻(娘)は残して、彼だけ家を出るように要求しているのです。結婚した夫婦がどうして別居を強要されなければならないのでしょう。
 私は尋ねます。本当にあなたは一人暮らしをしたいと思うのかと。彼は本当はそんなことしたくないと答えます。彼がしたくないと思うことは、しなくてもいいのです。
 翌週、彼は一人暮らしを始めましたと報告しました。ああ、私が一番やって欲しくないと思うこと彼はしてしまったのです。
 この一連の問題の中で、一番恐ろしいのがこの部分なのです。義母たちからも実家からも、彼はこの状況を何とかしろと求められていました。母親たちが勝手に始めた戦争の責任を負わされているのです。この状況を生み出したのは、本当は母親たちなのですが、母親たちは彼がこの状況を生み出したと信じているのです。彼はこうして罪を担わされたのです。
 罪を担わされ、罪に同一化してしまうと、自分がしたくないことでも、しなければならないような気持ちに襲われてしまうのです。罪を宣告する「裁判官」の言葉に従わなければならないような、そんな気持ちに襲われるのです。自分の気持ちや思考は無にされてしまうのです。義母は彼が自分を持っていないと主張していますが、義母のしていることはまさに彼をその状態に追い詰めることだったのです。
 もし、義母が彼に「死になさい」と言えば、彼は本当に死を選ぶかもしれないのです。映画「レベッカ」や「悪い奴ほどよく眠る」でもそういう場面がありましたが、罪と同一化してしまった個人は、「裁判官」に従わなければならない気持ちになるのです。パワハラとかモラハラの「犠牲者」にはこれが顕著に見られるのです。決して私が誇張してそう言っているのではないのです。実に多くの不幸や死、狂気がこうした形で生じているのです。
 それはそれとして、彼の一人暮らしに焦点を当てましょう。私の個人的な意見では、妻が一緒であり、尚且つ、そこが周囲から守られている空間であれば良かったと思うのです。彼にとって、妻は「一次対象」であり、彼の話してくれた限り、このような対象は他にいないようでした。この対象と切り離されることは、言ってみれば、子供が実の親から捨てられる体験に等しいのです。かつて、彼にとって「一次対象」であった実母とはすでに絶縁状態です。そして、再びこの断絶を彼は経験しなければならなくなっているのです。
 当然のことながら、この一人暮らしの空間は、彼にとって保護的には作用しませんでした。義母たちが毎晩押し入ってきては、彼の内面を掻き乱して帰って行くのでした。義母が姿を現さなくとも、ひっきりなしに彼にラインが送られてくるのでした。
 ある時、義母から送られてきたというラインを彼は私に見せてくれました。私としては、見なくとも内容が予測できるものでしたが、彼はぜひ見てほしいと頼みます。私は拝見させてもらいます。案の定、そこには暴言と恐喝の連続でした。しかも、送信時間を見ると、早朝だろうと深夜だろうと、仕事中であろうと、お構いなしに送りつけているのがわかります。
 こんなものがひっきりなしに送られてくるなんて、辛いだろうねと私が言うと、彼は「怖いんです」と答えます。いついかなる時間に義母からのラインが送られてくるのか、ビクビクしながら過ごしているのだと言います。そして、彼が速やかに返答しなければ、義母の毒に満ちた言葉が倍増して彼に浴びせられるということでした。
 彼には彼の生活があり、仕事もあるのだから、無理に返答しなくてもいいのです。それで義母が激怒しようと、彼には関係のないことなのです。
話を戻しましょう。彼が再び妻と生活するためには、義母の認可が下りなければならないのです。義母が彼のことをしっかりした人間だと見做すことができれば、戻ることができるのです。でも、それは絶望的な話でしょう。と言うのは、そこが問題ではないからであります。義母には彼がそのような人間として見えています。これは義母の内的体験なのです。だから、義母の内面が変わらない限り彼の評価が変わる見込みがないのです。そして、義母はそういう方向(内面を変えていくこと)に決して動こうとはしていないのです。
 彼が一人暮らしをしているという情報は、どういう経路を辿ったのか、おそらく姉辺りから経由したのでしょうが、彼の実母の耳に入ったのです。実母は激怒しました。それもそのはずで、そちら(義母たち)の都合で息子を預けているのに、なんで一人暮らしをすることになったのだと。こうして彼の実母と義母との争いが激化したのでした。
 その頃、妻は彼に実家に戻ってはどうかと勧めています。自分たちといても彼が苦しいだけだから、実家で家族と暮らした方がいいのではないかと。何となく聴くと、彼のことを気遣っての言葉のように聞こえるのですが、やんわりと離婚を持ち出しているのです。離婚していないと彼は実家には戻れないことになっているからです。
 それに対して、彼は「イヤだ、絶対に離婚したくない」と主張します。こんな立派に自己主張のできる若者が「自分がない、考えがない」と見做されてしまっているのですから、まともじゃないのです。「異常な環境の中で正常な振る舞いをする人は異常と見做される」という反精神医学のテーゼは正しいと私は思います。

(211―3)強要されるカウンセリングの中断
 私は彼を援助したいと思っています。その中で何度も迷ったことがあります。もっと彼らの中に介入した方が良かったのではないかと、振り返るとそう思うこともあります。当時、私はとにかく彼を渦中の外へ出すことを考えていました。だから私が渦中に飛び込むことは、彼を余計に追い詰めることにならないだろうかと心配していました。私は争いの渦中の外に在り、彼がその渦中の外に在る援助者と結びつく方が望ましいと私は考えていたのです。
 義母は、遂にと言いますか、彼をしっかりさせないカウンセラーは無能だと言って、彼にカウンセリングを打ち切るように迫り始めました。彼はどうしようかと私に相談します。私の答えは同じでした。彼が必要だと思うのなら来ればよいと、義母が何と言おうが放っておけばいい、なんなら私に直接文句を言って来させたらいいと。こんなふうに伝えるのは、彼の葛藤を高めてしまったかもしれません。でも、それ以上のことは私にはとても言えないのです。
 案の定、次のカウンセリングの予約を彼はキャンセルしました。理由は「義母から止めるように言われたから」というものでした。本当にそれでいいのかと、今それをして悔やまないかと、私は彼に問います。彼は「自分ではどうにもできないんです」と答えます。私はここで折れたくないと思いました。「今、あなたが本当にしなければいけないことは何なのかをよく考えてほしい」と伝え、義母の言葉に従わなければならない気持ちになるということが、彼の現在の問題の核心なのだと伝えました。しかし、それは分かるけど、もう、どうにもできないんですと彼は答えます。私の中でこれではいけない、このままではいけないという声が聞こえてくるようでした。私は「それなら電話で話をしよう。電話をかけるくらいの自由はあるでしょう」と伝えましたが、彼は「もう何をやってもダメです」と言い、こうして彼はカウンセリングから去って行ったのでした。
 ちなみに、彼の妻も同じ意見だと言います。カウンセリングでは妻がどう言っているのかということも幾どとなく彼に尋ねたりしているのですが、本文ではすべて省略しています。この妻という女性はまるで話にならないからです。彼女は義母と同じ認識と思考を受け継いでいて、いわば義母の生き写しのようであります。義母が彼に向かって言ったことを、それと同じことを今度は妻が彼に向かって言うのです。だから話にならないのです。
 ところで、彼の親子関係というのはどのようなものだったのでしょう。はっきり言って、彼は思い出せないのです。母が自分にしてくれたこととか父が言ってくれたことなど、そういうことの明瞭な記憶がないのです。私はそれは事実だと思います。
 彼と両親の関係というのは、とても希薄だったのだと思います。彼があまり自分を表現しないのも、それと関係していると考えています。きちんとした受け手がいないために、彼は口を閉ざしてきたのだと思います。ここには彼の抱える「本当の問題」があるのです。ここに彼は取り組まなければならないのです。
 もう少し違った表現をすれば、親子関係のような二者関係を彼は経験していかなければならなかったということなのです。結婚は、彼にその機会を与えてくれるはずでした。妻との間で二者関係を経験すれば、彼の中で変わってくるところが出てきたはずなのです。
 義母たちは、彼が「自分を持っていない」と表現していますが、このことは言い換えると、彼は自分を確立するために不可欠な二者関係を経験していないということになるはずなのです。
ところが、義母たちは決してそう考えないのです。義母たちにとっては、彼が良くなる(しっかりする)かどうかに関して、本当は無関心であるからです。この無関心さを明瞭に示すエピソードがこの後に続きます。

(211―4)妻のパニック
 それ以来、彼からの連絡はなく、彼とは完全に縁が切れてしまったように私は感じていました。ところが、この事例、思わぬ後日談があるのです。
ある時、私に電話がかかってきまして、早急にお会いしたいと言ってくる女性がいました。尋ねると、それは彼の妻でした。すごくパニックになっているようでした。何かただならぬものを感じたので、私は予定を調整して、できるだけ早急に彼女と会うことにしました。
 彼の妻という女性をこの時初めて見たのですが、「ああ、なるほど」と思わせるものがありました。彼女もまた義母の影響を深く受けていたのでしょう。とても幼い印象を受けましたが、それ以上に自分をはっきりと体験していない感じがしました。
 どういう要件で来たのかと、私から切り出します。彼女は次のような話をしました。
 夫と別居して以来、夫とはあまり会えなかったと彼女は言います。義母がそれを命じたようです。妻が会いに行くと、彼が妻を頼るようになるからで、そうなると彼が「しっかりした人間」になることの妨げになるというのが義母の考えでした。彼女はそれに逆らえませんでした。
 この前日、それでも彼女は夫の部屋を訪れたのです。離婚届を手にしていました。彼女は彼女で離婚しかないと信じていたようでした。
 彼女は彼の一人暮らしの部屋に行きます。呼び出しても彼が出てこないのです。鍵がかかっていなかったので、彼女は中に入りました。すると、部屋の中が滅茶苦茶になっていました。物は壊され、投げ散らかされ、凄惨な情景の中、隅の一角に頭から毛布をかぶって、打ち震えながら縮こまっている彼を発見したのです。彼の顔を見るなり、彼女は「ゾッとした」そうです。生気がなく、小さく「怖い、怖い」を繰り返し呟く彼には、もはや彼女が来ていることすら見えていないようでした。
 恐れをなした彼女は、何も言えず、その場を去り、母親(義母)に連絡しました。この義母の手配で彼は病院に入ることになったのでした。
 彼がそんな状態になったと知っても、義母はいつもと変わらない様子だったようです。そればかりか、平然と「しっかりしていない人はダメね」と言い切ったのでした。
母親のその言葉を聞いて、彼女は激しいショックに見舞われ、半ばパニックになったのでした。翌日、彼女は恐ろしくなって、誰かに縋りつきたくなって、そうしてかつて夫のカウンセラーだった私に連絡してきたのでした。
 その後、3回ほど、私は彼女と面接したのですが、本項はここまでとし、次項に引き継ぐことにします。

(文責:寺戸順司)