<テーマ209>夫婦という人間関係~親(3)

<テーマ209>夫婦という人間関係

(209―1)ケース16~結婚までの経緯
(209―2)言いなりになってしまう
(209―3)侮辱への対応
(209-4)妻たちの循環論法


(209―1)ケース16~結婚までの経緯
 当然のことながら、夫婦にはそれぞれの親があります。結婚しても、親と子の関係が途絶えるわけではないので、相互の関係や交渉が生じるのは当然のことであります。ただ、健全な夫婦は自分の親子関係よりも夫婦関係を一義的にするでしょうし、夫婦関係を維持していくために親との関係を適切に変えていこうとすることでしょう。一方、健全な親は子供のこうした変化や要望に柔軟に応じていくことでしょう。
 前項まで、親が子供の夫婦関係に介入してきた一事例を掲載しました。ここからもう一例に移ることにします。
 二例掲載するのは、親が夫婦関係に介入してくる状況にはさまざまなものがあるということを示すためであります。本事例は、前項までの(ケース15)とはもっと異なった形で親が夫婦に関わりを持っていきます。
 さて、この事例は、同種のシチュエーションを経験された4人のクライアントたちから合成されているものであります。この4例においては、すべてクライアントは男性、つまり夫の側であり、親同士のもめごとに巻き込まれていました。これを一人のクライアントとして記述していくことにします。
 予め申し上げておかなければならないのは、この事例に関しては私も感情的に反応してしまうので、もしかすると言葉が悪くなるかもしれません。最後までお読みいただければ、私自身が穏やかな感情でいられないという事情も多少はご理解いただけるかと思いますので、私が感情的になったとしても、その点はご容赦いただきたく思います。

(ケース16)
 クライアントは30歳の男性でした。若々しくて、なかなか魅力ある男性でした。線が細く、華奢な印象を与えます。実際、とても控え目な男性でした。彼の主訴は、義母とうまく関係を築きたいということでした。
 ちなみに、この事例では多くの人が関与しているので、主に彼の視点で表記します。彼の親は実の親と、彼の妻の親は義母、義父と表記します。
 彼は1年ほど前に結婚しています。現在、妻と一緒に妻の実家にて暮らしています。義理の親と一緒に生活しているというのです。ここにはすでに問題の核心が含まれているのですが、まず、そこに至る経緯を記しましょう。
 他の夫婦たちと同様に、結婚前に彼と妻との交際期間がありました。実は、この交際期間の頃から、義母は彼のことを快く思っていなかったようでした。義母のその感情は彼だけでなく、彼の親や家族にまで波及していたようでした。
 結婚の前に、双方の親が会っています。この時、彼の父親の不用心な一言で、義母が大きく傷つけられたそうでした。義母は怒りを露わにします。彼の親もそれに感情的に反応します。この時、双方の親同士の戦争が勃発したのでした。
 傷ついたのは義母だけではなく、その娘である彼の妻もまた不快感を経験していたようでした。義母と妻は、そこで仲裁しなかった彼に責任があると考えるようになりました。これは言い換えれば、そこで仲裁して自分たちを不快感から守らなかったということで、彼を責めているということです。
 それでも彼は自分たちの結婚を成功させようと願うため、両方の親に働きかけ、かなり奔走したようでした。何度か仲直りのための面会の場を設定したのですが、彼の努力の甲斐もなく、双方の親のケンカはますます激しくなっていったのでした。
 ちなみに、これは私の個人的な印象ですが、上手くいかない夫婦の話を伺っていると、彼らの結婚がスムーズに運ばなかったといったエピソードをよく聴くのです。結婚前にいくつものトラブルが生じていたりして、交際から結婚までの流れがかなり難航しているのです。そうした例が多いように感じています。
 さて、彼らはどうにかこうにか結婚にこぎつけることはできましたが、双方の親の争いはその後も尾を引いていました。そのことは彼の心に重くのしかかっており、彼はひどく責任を感じて、結婚後も落ち着くことなく、とにかく双方を鎮めようとしていました。
 その後しばらくして妻の妊娠が分かりました。それもあって、妻は実家に住みたいと言い出したのです。そういう次第で彼は妻の実家にて、妻の家族と生活することになったのでした。
 以上、彼が結婚して、妻の実家にて生活を始めるまでの経緯を記しました。

(209-2)言いなりになってしまう
 彼と実の親たちの関係はどうなっていたでしょうか。
 彼の母親はあんな家の娘と結婚してと、彼に激しい怒りをむき出しにしています。彼は家を追い出されてしまっていました。実母の言い分は次のようなものです。あの女と結婚したのでお前が悪くなったのだ。責任はあの嫁とその母親にある。あの女と一緒の限り、決してこの家に足を踏み入れてはいけない。でも、あの女と離婚したら帰ってきてもよい、ということでした。要するに、親を取るか嫁を取るかの二者択一を彼に迫っているということです。
 結婚してから、彼は幾度となく実家に行って、実母を説得します。これは義母たちから要請されたからであるのですが、実母は耳を貸そうともせず、話は平行線を辿るのでした。
 義母は義母で、彼に迫ります。お前の親は一体どういう奴らだ、お前はどうして育てられたのだと。実家に行って聞いて来いと、彼に求めます。そうして義母は彼に実家に行かせようとします。同じように、妻もまた彼に実家に行って話をしてくるようにと迫っていました。
 私は彼に感心するのですが、彼は義母と嫁の要請にすべて答えようとしていました。言われるままに、実家に話をしに行くのです。この部分は本事例の中心テーマが隠されている部分なので、繰り返し取り上げることになるでしょう。
でも、彼がいくら実家に足を運んで話し合いをしようとも、実母があのような見解を主張しているので、門前払いされるのが常でした。窓越しに話をしたり、ひどい時にはインターフォン越しの会話となったのでした。
 彼が足を運ぶのは実家だけではありませんでした。義母たちは彼が自分の意見を言わないということで責めたて、自閉症の診断を貰ってくるように彼に迫るのです。彼は、律儀にも、病院に行って、自分が自閉症かどうかを診断してもらっています。幸か不幸か、その結果、彼は自閉症ではないと診断されたのでした。こんなふうに律儀に義母の要請を受け入れるということは、彼の「病状」がかなり深刻化していたことを示しているのですが、それは後に取り上げることにします。ちなみに、彼がカウンセリングを受けに来たのは、この病院のエピソードのしばらく後のことでした。
 さて、義母に要請されるままに、彼は実家に行って、実母に話をつけにいきますが、うまくいきません。彼はその旨を義母たちに報告します。義母たちはそれで納得しません。むしろ、話し合いが成立しないのは彼がしっかりしていないからだという理論を展開するのでした。
 ある時、私はそれが非常に気になったので、彼に尋ねたことがあります。義母はあなたに何を求めているのでしょうかと、実家に行ってどんなことを話し合ってきなさいと言っているのでしょうかと。彼の答えはこういうことでした。義母は彼が「まとも」じゃないと言っています。そして、どうやったらそんなまともでない人間ができあがるのか、どんな育てられ方をしたのか、実の親に訊いてこいということでした。これは要するに、彼の親に対しての侮辱をしているということです。
 ばかばかしいにもほどがあるというものです。義母がそれを確認したいのであれば、あるいは彼の親や家を侮辱したいのであれば、義母が直接彼の母親にそれをすればいいだけの話なのです。それを自分でするのではなく、彼に代行させているのです。親の侮辱をその子供に強要しているわけなのです。
義母はそうは思わないと言うかもしれません。それをするのも彼のためだと言うかもしれません。でも、彼が母親からどんなふうに育てられたかを問題にしているのは義母の方であって、彼がそれを問題にしているわけではありませんし、彼がそれを知っても彼の役に立つとは私は思わないのです。

(209-3)侮辱への対応
 それはそれとして、ここでの重要な点の一つは、義母の出している要求が非常に曖昧だということなのです。彼はそれにどう応じていいか困惑すると私は思うのです。困惑するので、取り敢えず、義母の言うとおりにしておこうということなのかもしれません。
 以上のような経緯を経て、彼はカウンセリングを受けに来たのです。彼は自分がしっかりしていないと感じていたようでしたし、義母に対してもきちんと話せないと訴えていました。
 ちなみに、カウンセリングを受けるというのは、どうやら義母の提案だったようです。彼はそれに従ったのでしたが、どんな形であれ、彼と面接できたことは私にとっては嬉しいことでした。
 さて、彼の訴えに耳を傾けてみましょう。彼は自分がしっかりしないといけないと、そう感じています。義母に対してきちんと応対できる必要性を感じています。義母や妻の質問に対して、あるいは要望に対して、きちんと応じることのできる人間になりたいと、そう願っているようです。でも、それは果たして望ましいことでしょうか。
 しっかりしていないというのは、義母や妻の見解でなないだろうか、彼自身は自分をどう感じているのだろうと私は疑問に思いました。
よくあることなのですが、案の定、この問題が発生してから、自分がしっかりしていないようだと気づいたと彼は言います。周囲の人がそう言うからそうなのだということになってしまったのではないでしょうか。
 先述のように、義母の質問や要望は、私から見ると、非常に曖昧であります。むしろ、それに応じることの方が難しいと私は思うのです。例えばそれが、実母に謝罪してほしいとか、きちんと説明してほしいとか、明確な要望であれば分かりやすいし、彼も対処しやすくなるものです。どんな風に育てられたのか訊いてこいは、義母が一体何を求めているのかが不鮮明であり、彼もそのどこに対応したらいいかで困惑するのではないかと思います。彼だから困惑するのではなく、メッセージが曖昧であるが故に、どんな人でも困惑するだろうと私は思います。
 そのことを理解していただくために、違った状況で考えてみます。今、あなたは誰かから叱責されています。とても厳しく相手はあなたを責めています。あなたは言い返すこともできず、それを受けています。あなたの中では怒りとか惨めさの感情が渦巻いていますが、あなたはそれを堪えています。
 この時、相手が「お前の親の顔が見てみたいわ」と言ったとします。これはれっきとした侮辱の言葉なのですが、あなたはその瞬間、親の姿が脳裏に浮かびます。あなたはますます惨めになってしまうかもしれません。自分だけでなく、親に対しても申し訳ないといった罪悪感に襲われてしまうかもしれません。
 ここで、あなたは「親は関係ない」と相手に向かって言ってしまうかもしれません。それを言いたくなる気持ちは私にも理解できるのですが、この返答は積極的に相手の侮辱を受け入れていることになるのです。つまり、この返答は、「親は関係ありません。すべて私の責任です」ということを暗に示しているからであります。
 従って、その返答はあなたの責任や罪悪感をさらに高めることになってしまうのです。あなたが親をかばいたいという気持ちから発した言葉は、あなたを罪ある者、責任を負う者の立場へと追い込んでしまうのです。
 蛇足ながら、相手が「お前の親の顔を見てみたいわ」と言った時、この言葉そのものに関わらない方がいいと私は考えています。それに対して肯定も否定もしないのです。むしろ、「あなたがそれを求める理由が分かりません」とか「親の顔が見たいなんて僕には訳がわかりませんね」とか、あるいは「その必要があるとは私は思わない」でもいいでしょう。とにかく罪や責任を大きくしないような返答を心がけるようにする必要があると私はそう考えています。
 事例の彼は、いわば、「親の顔が見たいわ」という侮辱に対して、実際に親を連れてくるというようなことをしているわけです。あまりに従順で、相手の言葉に従い過ぎているのです。彼が言いなりになってしまうということは、この事例の最大の注目点であるので、後で再度取り上げようと思います。

(209―4)妻たちの循環論法
 義母たちから曖昧な要望を受け取って彼は実家に赴きます。実母たちも相手が何を望んでいるのか分からないので対処できないだろうと思います。もっとも、すでに彼と実母とは絶縁状態になっていましたが。
 こうして義母は自分が望んでいることが獲得できないという欲求不満を体験し続けるのです。そして、その責をさらに彼に負わせるのです。分かるでしょうか。要望を満たしてくれない彼がしっかりしていないという思考なのです。義母たちは自分が曖昧ではっきりしない要望を出してしまっているとはまったく考えていないのです。
 要求が曖昧なのは、義母の中に混乱があるからでしょう。さらに彼に対しての感情で内面が掻き立てられてしまうからでしょう。
同じことは妻にも言えそうでした。彼との会話の中で、妻は彼に答えを求めます。彼は答えられないでいます。答えられない彼を妻は問い詰めるのですが、とても答えられないような質問を自分がしているとは思いもよらないようでした。
 一例を挙げます。妻もまた義母と類似の思考をしていました。妻は彼に問います。「私たちのことを気にかけてくれるのなら、どうしてもっと実母に働きかけないの」と。これが答えられない質問であるということが理解できるでしょうか。
 まず、妻たちのへの感情と実母への働きかけという、本当は別次元の事柄が一つにされてしまっているということが分かります。そして、これは、「妻たちを大切に思っていないから実母へ働きかけないのだ」という根拠の薄い命題に対して、彼がどう応えようと、例えば「働きかけても母は聴く耳を持たないのだ」と答えても、「それでも更にもっと実母へ働きかけないのは妻たちを大切に思っていないことの証拠なのだ」と応じることになるのです。
つまり、妻の中でこうした循環思考が働いているのです。「AをしないのはBだからだ」に対して、彼がどんな応答をしても、「BだからAをしないのだ」という結論に行きつかざるを得ないのです。尚悪いことに、この循環論法は、これ以外の見解を拒絶し、彼は否応なしにこれを受け入れざるを得なくなるのです。
 さらに、この循環論法に囚われて、何も答えられないでいる彼に対して、それは彼が自分を持っていなくて、自分の考えもなくて、しっかりしていないからだという陥穽が用意されているのです。彼はどうにも反論しようがなくなるのです。
 そして、彼がしっかりしていないが故に、彼は実母へ働きかけないのであり、彼がそうしないのは妻を大切にしていないからであるという、先述の循環に立ち戻ることになるのです。
 雁字搦めにされてしまう彼が、そこで何も言えなくなったとしても、果たして彼の問題だと断定できるものでしょうか。私はそう思います。

 さて、いささか長文となりましたので、本項はここまでとし、次項に継続することにします。

(文責:寺戸順司)