<テーマ207>夫婦という人間関係~親(2)

<テーマ207>夫婦という人間関係~親

(207-1)親子関係問題の再燃
(207-2)侵入~事例提示
(307-3)カウンセリングにも侵入してくる


(207-1)親子関係問題の再燃
 夫婦は夫婦であります。夫と妻の二者関係であります。これまで取り上げてきたのは、これが「治療者―患者」「救済者―被救済者」の二者関係に移行してしまうことに関する諸問題でした。本項から取り上げるのは、夫婦の「親」に関することであります。
 ただ、これから私が述べることを当事者たちに本当に理解してもらうことは、甚だ難しいのです。彼らに気づいてほしいとは思うのですが、そのためには相当な困難が伴うというのが私の正直な感想なのです。
 親からすれば、たとえ結婚しても我が子は我が子なのだから、心配になるし、必要な世話とか援助をしてやりたいと願うのかもしれません。実際、「子供を助けて何がいけないのですか」と開き直られた母親もおられました。
 その願望が良くないとは私も思いません。ただ、心理的に「健康」な親が結婚した子供に対して施す世話と、心理的に「不健康」な親が結婚した子供に施す世話とは、明らかに様相が異なるのです。
 同じことは結婚した子供の側にも見られるのです。結婚しても親は親だから孝行したいという願望を子は持っていたりするのですが、心理的に「健康」な子が親に示す孝行と心理的に「不健康」な子が親に示す孝行とは、明らかに様相が異なるのです。
 ところが、その親子はその関係の真っただ中にいるわけなので、自分たちのしていることの何がおかしいのか分からないことが多いのです。第三者から見るとその関係に「問題」が見えているにしても、その関係の在り方は彼らにとっては「自我親和的」なことなので、彼らにはそれが当たり前のことであり、おかしいと言われる筋合いはないということになるのです。
 この問題を一言で言えば、「親離れ・子離れ」の問題と言ってもいいと思います。子が結婚することによって、未解決・未処理だったその問題が再燃すると私は解釈しています。従って、親が何をしたとか、子がどうしたとかいったことは二次的な現象であって、その関係、これまでの両者の関係が検討されていくことが本当は望ましいことだと私は考えています。
 以後、この問題を考察していきます。

(207―2)侵入~事例提示
 ここで言う侵入とは、夫婦関係に親が過剰に割り込んでくるということを指しています。これは、私の経験では、夫婦関係の問題の中でけっこうな割合を示しているのです。まず、一例を挙げましょう。

(ケース15)
 ある夫婦の話です。結婚して、妻は実家の近くに住みたいと夫に頼みました。妻の言い分では、親がいずれ介護とか必要になるから、そうなった時に家が近所だと便利だからということでした。(夫の方にも親がいるはずなのですが、妻はそこには触れていないことが分かります)
 夫は妻の提案に賛成します。いや、正確には反対する理由もなかったので、妻の言い分を受け入れたというだけだったようです。
 当然、夫には仕事があります。妻は専業主婦でした。子供が小さいために働けないというのが妻の言い分です。夫はそれに反対はしませんでした。これも反対する理由がないから反対しなかっただけだったようであります。
 夫が出勤して帰宅するまでの間、妻は何をしているのかと夫は尋ねたことがあります。と言うのは、毎日のように妻が「何時に仕事が終わるの」と彼に連絡するので、妻が一人で退屈しているのではないかと、夫は心配したのでした。
夫のその心配のために、昼間は何をして過ごしているのかを妻に繰り返し尋ねるようになったのです。最初の頃は育児や家事をしていると妻は答えていましたが、そのうち、母親が来てくれるということを隠さずに言うようになっていきました。
 妻の実家とは、それこそ歩いて行き来できる距離でした。夫は妻の母親が来ても構わないと思っていました。それに、たまには母親が来てくれる方がいいとさえ考えていました。子供がいるとは言え、妻が独りになるのはイヤだし、それに子育てがすべて妻の両肩にのしかかるようでは妻が辛いだろうと考えていたのです。だから、母親が来てくれることはいいことだと考えていたのです。ただし、それは最初のうちでしたが。
 やがて、彼は気づくのです。家の中の様子とか雰囲気とかで、母親が来ていたのだということを察するようになったのです。今日も母親が来ていたのかと妻に尋ねると、妻は否定しなくなっていました。その頃には、妻の母親が毎日のように訪れていたのでした。
 当時のことを振り返ってもらって、夫が言うには、毎日のように義母が来ていることは、どこか不快感もあったけれど、反対する理由もないし、どうにもできなかったということでした。
 やがて、義母の来訪はエスカレートしていきます。例えば、ある晩、彼は残業で帰宅時間が遅くなったことがありました。帰宅すると、夜の遅い時間なのに、家から出てくる義母と鉢合わせしたのでした。
 彼はこの時気づくのです。彼が帰宅するギリギリの時間まで義母がいるということを。今日は何時に仕事が終わるのと妻が毎日訊いてくるのも、義母の帰宅時間を決定するために過ぎなかったということが、彼には「腑に落ちた」そうでした。
 やがて、彼は妻に言うようになります。「義母さんも高齢だから、早めに帰ってもらった方がよくはないか」とか「毎日だと、義母さんもたいへんだろうから、日を減らしてあげれば」といったことを妻に言うようになったそうです。
 しかし、妻は「うちの母なんだから、うちらのことには口出しせんといて」と彼に言い返す始末でした。それに、「あなたとの関係も大切にしているし、母との関係も大切にしたい。だから一緒にならないように配慮している」と妻は言います。言い換えれば、母親との親子関係と夫との夫婦関係という二重生活を妻はしているということになるのです。そして、この妻には夫の心配や不安がまるで理解できないのです。また、自分が何か良くないことをしているのではないかという反省も妻はできないのです。
 妻の二重生活に対して、反対もできないまま、彼らの生活はそのまま続きます。彼の中では言いようのない不快感が体験されていましたが、それはとても漠然としたものであり、表現しようにも表現できず、仮に何かを言うことができたとしても、妻にはまったく理解できないことなのでした。
 この辺りの時間系列がはっきりしないのですが、いくつかの出来事が彼に生じました。
 まず、彼らには子供がいました。その子が、妻ではなく、義母に似てきたというように彼には見え始めました。そのことは彼にすごく動揺をもたらしたようでした。
 彼は夕食に手を付けようとしなくなりました。妻が作っているのか義母が作っているのか分からないからというのが、その理由でした。余談ですが、この妻という人は、あまり料理が上手ではなかったそうです。毎日料理をしていくうちに腕が上達したのだと彼は信じていたのですが、もしかすると、義母が来て、夕食の用意をしているのではないかと疑い始めるようになったのでした。そして、義母の作る料理は食べたくない(つまり、義母を受け入れることができないということなのでしょう)と言い張るようになったのです。
 また、帰宅するなり、家じゅうの部屋に消臭剤を撒いて回ることが彼の日課(儀式)となりました。義母の匂いを消したい(義母の存在とか影響を拭い去りたいということでしょう)ということでした。
 さらに、回覧板を回しに行った時、彼は、近所の主婦から「お宅はお義母さんが手伝ってくれてるので羨ましいわ」と言われたのです。義母が毎日のように来ているということが、近所じゅうに知れ渡っている、公認の秘密なのだと、彼にはそう感じられたのでした。それ以来、ご近所の方々と目を合わすことができなくなり、常に噂されているのではないかと彼は心配するようになったのです。
 この心配はさらに飛び火して、会社の中でも噂されているのではないかとか、道行く人がすべてそのことを知っているのではないかと、彼は疑うようになっていきました。彼は平静を欠き、心の中は猜疑が渦巻くので穏やかでなく、論理性を失い始めているのです。
 彼の言動は日増しに「おかしく」なっていきますが、妻にはまったく理解できないし、むしろ、夫に対する嫌悪感情を高めていったようでした。
 夫婦の間で衝突することも増え、ケンカが絶えなくなってきます。大抵は義母を巡っての言い争いだったのですが、妻はそれを改めようとは思っていませんでしたし、「母親に来てもらって何が悪いの。あなたのいない時間のことだから放っといて」と開き直り、「そんな風に思うあなたの方がおかしい」と主張するのです。
 ある時、口論の際に、彼はついに妻に手を上げてしまいます。彼の話では、手を上げてしまったということは認識していたけれど、自分が自分でないような、手を上げていながらどこか傍観者のような感じがしていたそうでした。そのために、彼は自分が妻に対してどういうことをしたのか、どれだけのことをしたのか、はっきり覚えていないと言います。妻はそれは嘘だと主張するのですが、私は彼の言うことを信じています。これに関しては後で触れることになるでしょう。
 さて、一度崩れた防波堤は脆いもので、今まで口論で終わっていたケンカに「暴力」が普通に入り込んできます。妻はさらに義母に助けを求めるようになって、いわば妻―義母関係が強化される結果になりました。
 義母は夜中であれ飛んできて、暴力を振るった夫に謝罪を求めます。彼は暴力を振るったということに関しては潔く認めていました(これは望ましい傾向である)。そうして、義母の「侵入」は更に激しくなっていきます。
 朝の出勤前、あるいは就寝前に、義母から毎日電話がかかってくるようになったのです。彼に「娘に手を上げてないだろうね」という確認の電話をかけてきて、彼はそれに応じるように求められたのでした。もし、確認が得られないなら、すぐに飛んでいくと義母は言うので、彼は否応なしにその確認の電話に応じなければならなくなったのでした。
 彼の話では、彼はその状況に耐えていました。ただ、義母からの電話の後は決まって機嫌が悪くなるのです。妻がそれを義母に伝えたのでしょう、やがて、義母は確認の電話だけでは安全ではないと感じるようになったようでした。本当はこんな電話をしない方が安全なのですが、義母の不安はそれを認めることを妨害しているのです。
 それまでは彼が帰宅する前に義母は帰っていたのですが、娘が心配だからと言って、彼の帰宅後も彼の家に居座り続けるようになったのでした。毎日、彼が帰宅すると義母がいるのです。さらには、土日の休日にも義母が来るようになっていました。
 当然、彼にはこんな生活に我慢がなりませんでした。帰宅するなり、彼は自室に閉じこもります。彼が独りで部屋にこもるのであれば、それはそれでいいではないかと私なんかは思うのですが、義母は彼の自室まで足を踏み入れます。時にはズカズカと入ってくるそうでした「お義母さん。僕を一人にしてください」と彼が言っても、「あなたが怒っているから安心できない」と言い返される始末でした。
 義母がどこまでも入り込んでくる、しばらくの間はそんな生活を彼は耐え忍んでいました。でも、限界は来るものです。ついに、彼は妻に対して大暴れしてしまったのです。これは警察沙汰になり、彼は「精神的におかしい」と見られ、そうして妻の紹介で(要するに連れてこられたのですが)彼は私の所へ来ることになったのでした。

(207―3)カウンセリングにも侵入してくる
 カウンセリングの経過を追うことは控えますが、いくつかの特徴的な点だけ述べておくことにします。
 彼の妻は彼のカウンセリングに同席したいと言いました。義母もその方がいいと勧めたそうです。私はお断りしました。すると、妻たちはカウンセリングの報告を毎回してほしいと私に頼んできました。私はそれもお断りしました。そして、「なんでそんなことを私がしなければいけないのですか」と彼女に尋ねますと、彼女は「そうでないと安心できないからだ」と答えます。私が報告しようと、彼女が同席しようと、安心できないのは変わらないということが私には分かっていましたので、「安心したければ、あなたが安心できるような手段をあなた自身が得ていくことの方が肝心だと思います」ということを伝えました。
 私としては、彼の援助に専念したいと思っていました。その後も、たびたび妻から電話があって、夫が家で何をしたとか何を言ったとか報告してきます。そして、カウンセリングでは一体どうなっているのかと詰問するのです。私はそれには答えず、その電話はあなたがしようと思ってしているのですかと尋ねます。どうやら、大抵の場合、義母から「どうなっているのかカウンセラーの先生に問い合わせてみなさい」と諭されたといったところだったようです。
 さらには、彼は母親との関係で問題を持っているようだから、彼の母親も一緒にカウンセリングをしてはどうかなどと、ありがたくもない忠告を彼の妻は寄こしてくれるのであります。私としましては、非常にウンザリするというのが正直なところです。
 私は彼の援助を引き受けました。それは彼のためにしていることであって、妻や義母のためにしているわけではありません。だから、彼のカウンセリングが彼にとって良ければそれでいいのであって、それが妻や義母にとって不服があろうと私には関係のないことなのです。
本項も長文になりましたので、次項に引き継ごうと思うのですが、最後にもう一点だけ。結果的にこの夫婦は離婚しました。しかし、彼は次の人生に向かって踏み出していったのですが、妻と義母は今まで以上に不安定になり、その結合を強めていったのでした。

(文責:寺戸順司)