<テーマ198>DV関係~コミュニケーション~やりとり分析(6)

<テーマ198>DV関係~コミュニケーション~やりとり分析(6)


75・妻「なんの?」(X~81)
 夫の「けじめはつけてな」に対する妻の応答です。妻にはそれがいきなり出てきた話題で驚いたのでしょう。

76・夫「永遠にこのままじゃあかんで」(X~82)
 夫の言う「けじめ」というのは、ずっとこのままの状態ではいけないということが窺われます。そして、こういう状態を続けることを許さないという意味合いが読み取れます。夫はある種の禁止と強制を妻に課しているのです。

77・妻「何とも言えないけれど、頑張ってみます」(X~83)
 妻の応答は、夫の期待に応えようとするものであります。夫の望む方向に妻が動き始めていることが窺われます。ただ、それが夫に対して確約する形ではなされておらず、曖昧さが伴っています。この曖昧さが夫には耐えられないということが次の夫の発言に示されます。
 しかし、私から見ると、この状態を維持してしまっているのは、本当は夫の方なのです。妻は夫とは離婚するという決意をすでにしていました。夫がそれを認めないために、事態がずっと平行線を辿っていたのでした。従って、76・夫発言に対しては、「それはあなた次第よ」と妻は言っても良かったのです。

78・夫「俺がもたないかもしれない」(X~84)
79・夫「大分、厳しいな」(X~84)

 夫が苦しいのは、妻の言動にあるのではなく、自分の望んでいるものがはっきりと与えられていないということ、それが与えられるという保証が得られていないことにあると私は思うのです。
 だから、この夫がすごく苦しんでいるということは私にもわかるのですが、その苦しみの根幹がどこにあるのかが夫には見えていないのです。妻がそれをもたらしているという認識をされているのです。
 夫はここで、「このままの状態を続けていれば、俺がもたない」と言っているわけです。妻の罪悪感はこれによって高まってしまうでしょう。そして、そういうことをする妻に対して「厳しい」と評価を下しているのです。

80・妻「分かりました」
81・妻「今日はごめん。ありがとう」

 妻はこの会話を切り上げようとしています。妻もまた「もたない」という体験をしていたのかもしれません。

82・夫「気分が一気に落ちてしまったわ」
83・夫「俺、ずっと一人だし」

 夫の気分が「一気に落ちた」のは、妻が去ろうとしているということを感じ取ったからだと私は思います。妻はやりとりを終えようとしています。それは妻が去ることであり、妻が去るということは夫にとっては破滅的な体験になっているのだと思います。

84・妻「私も落ちてるわ」
85・妻「一人なのは申し訳ないと思います」
86・妻「ごめんなさい」

 ここで妻は夫の「すがりつき」に応じてしまっています。そして、夫の認識に同調してしまっています。夫は妻が子供を連れて出て行って、実家からも離れているので一人にならざるを得ませんでした。妻には子供と実家の家族が一緒という状況です。この状況は妻には責任のないことなのかもしれません。でも、妻は夫を一人にさせていることで罪悪感を抱いていて、それに対して謝罪していることになります。

87・夫「今日、久しぶりに気分転換をして、その帰りやったから」
 夫は頻繁に何かを仄めかすような発言をします。この発言の後にどういう文章が続くでしょうか。夫は「久しぶりに気分転換したのに、この会話のせいで台無しになった」ということを言おうとしているのかもしれません。

88・妻「知らなくてごめんね」
 妻が夫の予定を知らないのは当然のことであるはずです。一緒に生活していないのだから知らなくて当然だろうと私は思うのです。しかしながら、妻はそれが悪いことであるかのように夫に対して謝ります。

89・夫「言っておけば」
90・夫「良かったな」

 夫は何かしらの後悔の念を体験していたかもしれませんが、その後悔する部分がおかしいのです。自分自身が混乱しているので、そうなってしまうのかもしれません。
 私が思うに、夫は今日のこの話し合いそのものを後悔しているのではないでしょうか。夫は、それを予定を言ってなかったことの後悔という形に、もちろん意識的ではないにしても、転換しているのだと思います。

91・妻「仕方がなかったの」
92・妻「ごめん」
93・妻「今はそれしか言えない」

 妻は、罪悪感に襲われているからなのでしょうが、自己弁護と謝ることしかできなくなっているのだと思います。

 やりとりはこれ以後も続くのですが、当初予定していたよりも分量が多くなってしまったので、まことに私の勝手な事情なのですが、ここでいったん終了しようと思います。
 これ以後、妻が話し合いを終えようとする動きを見せたり、話が収束しそうになると、夫が何かを持ち出してきて、話し合いが継続するというパターンが続きます。夫は畳み掛けるように妻の罪悪感を高めます。妻がそれを弁解しようとすると、妻はそれに巻き込まれていくという展開が見られます。
 いつか機会があれば、この3時間に及ぶやりとりを最後まで考察したいと思うのですが、今回はここまでにさせていただきます。

 最後に、ここまでのやり取りの中でいくつか振り返りをしておこうと思います。
 まず、妻が今回のやりとりを開始したのですが、前述のように、それを夫の緊張感を高めたり、夫の余裕を失くすようなやり方で初めてしまいました。
 それから電話の時間を巡っての混乱が生じました。
 30分ほど電話で話し合った後、夫の方からメールを送っています。それは夫の方が電話での話し合いに不満だったことを示していると考えました。
 以後、夫は何らかの形で妻が自分を苦しめているという文脈を暗示する発言をして、妻は罪悪感を高めてしまいます。
 そして、両者の境界が不鮮明になるに従って、夫の状況が妻の状況になったり、夫の体験しているであろうことを妻が体験してしまっているという場面が随所で見られるようになりました。
 夫の発言に矛盾があるということに関しては個別に論じました。夫には自分の言っていることが矛盾しているとは気づかなかったはずです。そして矛盾したことであれ、今現在の夫に見えているもの、体験されているものだけが夫にとって事実に映っていたのです。
 こうした矛盾は、過去の体験が夫の自我に統合されていないからだと推測しました。過去の体験は夫の自我から切り離されており、それが想起される場合には現在の感情や状態によって歪曲してしまうのではないかということでした。

 本文では触れなかったのですが、妻が罪悪感を抱き、そのために夫の発言に付き合うことになった背景として、私は次のような事情があると推測しています。
 この罪悪感は妻には常にあったのかもしれないと思うのです。夫と結婚する前からあったものかもしれませんし、結婚後に夫との関係で持つようになったのかもしれません。私は個人的には前者であろうと思うのです。妻に最初からあった罪悪感を夫が高めてしまうというのが事実に近いと私は考えています。
 では、妻が罪悪感を抱くということは、それはどういうことでしょうか。一つの仮説として、この妻は自分が妻として十分ではないとか、女性として不全感があるという感情体験を背景にしていると考えられるのです。言い換えれば、彼女は自分は妻として不完全だし、ダメな女だという感覚を常に抱いてきたのかもしれないということです。
 もし、自分が「良くない妻」だという自己感情を有しているとすれば、夫から「お前が良くない」という指摘をされてしまうと、妻は抱えている罪悪感を刺激されて、なんとかして自分が「良くない妻ではない」ということを証明したくなるでしょう。高められる罪悪感から自分の無罪を主張したくなるのではないかと思います。
 こうした妻が自分の無罪を主張しようとすればするほど、妻は夫の「すがりつき」に応じてしまうことになります。妻が途中で話し合いを打ち切ることができなかったのは、「私は悪くない」ということを証明せずにはいられなかったからだと私は思います。

 一方、夫は自分の望んでいるものを手に入れようと粘っているように私には見えます。夫が望んでいることというのは、ここでは妻に戻ってきてもらうということでした。以後も夫婦で生活するということでした。その確証が少しでも得られない限り、夫は不安で仕方がなかったのだろうと思います。夫は自分の安心のために是が非でもそれを手に入れようとしているのだと思います。
もう少し砕けた表現をすれば、夫は妻から見捨てられるということを恐れているのだということです。夫はその時々で自分がまだ見捨てられていないという確信を得なければならなかったのでしょう。

 ここで夫と妻の間に、具合の悪い相性のマッチが生じるのだと思います。
 確かな保証が得られなくても、夫にとっては長時間妻が付き合ってくれるということは、自分が見放されていないという確信につながるかもしれません。あるいは、長時間付き合ってもらえることで見捨てられ感が軽減していくのかもしれません。
 一方で妻は長時間夫の相手をすることによって、自分が「悪い妻」だという罪悪感が軽減していくのかもしれません。夫が満足するまで付き合う「良き妻」だと自分自身に感じられるのかもしれません。
 従って、双方にとって、こうした話し合いは苦痛をもたらすものなのですが、同時に双方がこうした話し合いから「快体験」を得ているということも考えられるのです。この「快体験」があるために、こうした話し合いが繰り返され、尚且つ、始まるとなかなか終わらなくなってしまうのでしょう。

 あといくつか補足すると、夫の発言の中には文章として不完全で、仄めかすような形式のものが多く見られました。言いたいことを、あるいは中心的なことをきっちり表現せずに、曖昧にぼかして、相手に仄めかすような表現をしてしまうという場合、二つの例があるように思います。
一つは自分の言いたいことが把握できないでいるというケースです。内面が混乱していたり、自分自身がはっきりしないという人にこういう表現が見られることがあります。
 もう一つは、相手に対して非常に恐れているというケースです。恐れているので最後まで言えないとか、相手を怒らせるのではないかと萎縮してしまって語尾を濁してしまうとか、そういう場合です。
 この夫がどちらに該当するかということは断言できないのですが、そのどちらもがあっただろうと思います。夫は体験が自我に統合されないほど内面の混乱をきたしていましたし、妻を失う恐れの感情も常にあっただろうからであります。

 以上で、あるDV夫婦のメールやりとり分析を終えるのですが、コミュニケーションを追っていくと、双方にどういうことが起きているか、どういう関係を築いているかに関して、豊富な情報を与えてくれるのです。この夫婦にはこの夫婦の、別の夫婦には別の夫婦のコミュニケーションスタイルがありますので、この一例をもって一般化することは慎まなくてはなりません。コミュニケーションを見ていくと、理解が広がるという点を、実例を通して示したかったのですが、お読みになられて、どれほど理解してもらえたのか、いささか不安を感じつつ、本項を終えることにします。

(文責:寺戸順司)