<テーマ186>ラポール・転移・対象恒常性(1)

<テーマ186>ラポール・転移・対象恒常性(1)

(186-1)はじめに
(186-2)信頼関係と「ラポール」の相違
(186-3)N先生との初回面接体験
(186-4)イメージ像の投影
(186-5)馴染みのイメージ像
(186-6)イメージ像を介しての感情的結合
(186-7)本項まとめ


(186―1)はじめに
 カウンセリングにおける臨床家とクライアントの関係について、私の思うところを綴ろうと思います。
 まず、ラポールということを取り上げます。この言葉はよく「信頼関係」というように訳されるのですが、通常私たちがイメージしたり経験したりする「信頼関係」とは幾分ニュアンスを異にする箇所もあるように思いますので、区別するために「ラポール」という言葉をそのまま用いることにします。
 これを説明するにあたって、いくつか困難がありました。まず、クライアントはそれぞれ違った体験をするだろうし、一人一人見えている事柄や感じられていることも違うだろうと思います。そのため、こうしたテーマに関しては一般化して述べることが難しいように私は感じています。
 そこで、私は自分のクライアント経験に基づいて論じることにします。私が23歳の頃に初めて受けたN先生のカウンセリング体験、その後のH先生とのカウンセリング、私の師匠でスーパーヴァイザーであるI先生との面接での経験などを参照しています。私の個人的な経験を綴る箇所が多くなると思いますが、テーマの複雑さのためにそうせざるを得ないということをご了承いただければと思います。
 さて、ラポールから転移について、そして対象恒常性ということに関して順次述べていくのですが、このテーマは非常に重要なものであります。「ラポールが形成されればカウンセリングは大部分成功している」と言われることもあるのですが、私は本当にその通りだと思います。そしてこの過程はカウンセリングがなぜ効果的なのかという部分にも大いに関わるところなのです。できるだけ理解してもらえるように綴るつもりでおりますし、丁寧に述べていくよう心掛けるつもりでおります。
 まず、最初に「信頼関係」と「ラポール」の差異について考えてみます。

(186―2)信頼関係と「ラポール」の相違
 通常、信頼とは二者間あるいはそれ以上の関係において形成されるものであり、信頼を介した関係は信頼関係と称されます。別の見解もあるかと思いますが、ここではそのように捉えておきます。
この信頼関係においては、当事者どうしは双方向的であります。つまり相互信頼という形をとることが多いと私は考えています。そこではお互いに信頼し合い、理解し合うという関係が含まれているのです。
 カウンセリングにおいても、こうした相互信頼が見られることは確かです。例えばクライアントが予約を取ります。カウンセラーはその時間にクライアントが来ることを信用しているわけであり、クライアントもまたその時間にカウンセラーが待っているということを信用しているわけであります。相互信頼があるので予約が成立するのです。
 しかしながら、カウンセリング関係においては、それほど双方向的ではない場面も多いのです。カウンセラーはクライアントのことを知ろうと思いますし、理解しようと努めます。一方で、クライアントにはカウンセラーのことがそれほど知らされないのです。クライアントは自分に関する事柄を伝えますが、カウンセラーは基本的にはそれほど個人的なことをクライアントに伝えることはありません。従って、この関係はとても一方向的であるわけであります。ここに、まず、通常の信頼関係といわれる現象との違いがあるのです。
 両者のもう一つの違いとして、対象の在り方があります。通常の信頼関係というのは、一対一の関係であります。自分と相手とが明確に区別されている上で形成される関係であります。
 それに対して、カウンセリングでは、しばしばクライアントは自分の抱えているイメージをカウンセラーに投影し、クライアントはそれに関わることになるのです。次節で詳しく述べるのですが、そこに於いてクライアントはカウンセラーと関わると同時に自分自身の何かとも関わるので、一対一の関係であると同時に、自分と自分の一部の関係とも言えるのです。
 そのことは、さらにそれが現実的な関係を一部に於いて超えているということを意味するのです。通常の信頼関係が現実に根差した関係であると考えれば、ラポールにはクライアントの空想とかファンタジーが多く入り込んでいる関係であるのです。
 上記のことをより詳しく見ていくことにしましょう。クライアントはカウンセラーと初めて対面した時、どのようなことを経験するでしょうか。

(186―3)N先生との初回面接経験
 ここで私の体験を述べることをお許しいただきたい。私が23歳の時でした。初めてカウンセラーという人に会ったのです。私の最初のカウンセラーだったN先生との出会いを振り返ってみます。
 まず、やはり事前に予約を取りました。その日時に近づくほど、私は怖くなっていきました。当日になって、やっぱり逃げようかとも思ったのです。しかし、どうしても逃げるわけにはいかないある事情があったので、期待半分、恐れ半分の状態で向かいました。
 そこに着くまで、いろんなことを考えたものです。私のことを何と言われるだろうとか、ダメな人間だとか病気だとか思われないだろうかと、そんなことを考えていると内面が騒がしくなってきて、とても穏やかにはいられませんでした。
 N先生の面接室に通され、初めて対面した時、正直に言うと、私は何をしたらいいのかが分かりませんでした。N先生はどうしてここに来ることになったのかを話すように求めてきました。
 恐る恐る語り始めます。ところが話し始めた途端、私はひどく涙を流して、泣いてしまったのです。N先生は静かに耳を傾けてくれます。私はその時初めて話を聞いてもらえたという体験をしました。誰も自分の言葉に耳を傾けてはくれないのだと、当時はそう信じていたのです。
 N先生が話を聞いてくれる人だったのかどうか、また、当時、本当にしっかり聞いてもらえたのかどうかということは、本当のところ、分からないのです。というのは、後にN先生と一緒に仕事をするようになって、案外、話に耳を傾ける感じがN先生には少ないなと知ったからなのです。今から振り返ると、私は私の話に耳を傾けてくれる誰かをN先生に投影していたように思うのです。
 なぜ、私はその時にそういう投影をしてしまったのだろう。これは長らく私の中で疑問でした。私は自分なりに振り返り、考え直してみました。まず、私はN先生に会うまで不安や恐れを体験していました。さらに初めて訪れる場所で初めての人と会うことになっているということが私の不安を助長していました。
 こうした不安状態に加えて、私にはN先生という人がどんな人であるか分かりませんでした。私には未知の人なのです。こうした状況が投影を生み出すことに大いに関係していると、後になってですが、私は思い至りました。
 さて、私にはそのような体験があるわけなのですが、この体験によって導かれた一つの考察を次に述べようと思います。

(186―4)イメージ像の投影
 通常の人間関係でも、私たちは相手のことがよく分からない状況で相手と関係を築かなければならない時には、ある種のイメージとか印象が形成されて、そうしたイメージ像を相手に付与するということをします。
 このことは、つまり、曖昧な相手に対して一つの輪郭を与えようとしていると言えるのです。こうして輪郭を付与することで、その場での関係をやりやすくしているのです。相手がどんな人か分からないということに対する不安とか、その状態で関係しなければならない負担などを、そうすることによって軽減しているわけなのです。
 あまり意識しないかもしれませんが、私たちは誰もがこういうことを知らず知らずのうちにしているのです。相手のことが何も分からなくても、「優しそう」とか「怖そう」とかいう相手への印象を形成して、それを相手に付与して、その「優しそう」とか「怖そう」に対して自分の関わり方を決定していたりするのです。
 では、こうした印象、イメージはどこから生じるのでしょうか。例えば私が初対面の相手を見て「優しそう」というイメージを持つとします。このイメージは私の中から生まれたものであり、私の中に在ったものであります。相手が実際に優しい人であるかどうかは関係がなくて、ただ、不明瞭な相手と関係するよりも、「優しそう」というイメージを付与された相手と関係する方がより容易に感じられるのです。
 カウンセリング場面においても同様のことがクライアントに生じるものと思います。クライアントは、ただでさえ不安を感じていたりするのに、尚且つ、どういう人だか分からないカウンセラーという人と面しなければならないのです。こういう状況に置かれてしまうのです。
 私は個人的に思うのですが、目の前にいる相手がどういう人間か分からないという状況は誰にとってもすごく怖いことではないかと思います。この恐怖感や不安感は、できれば軽減したいと思うでしょう。一つの典型的なやり方がこうしたイメージを付与するということなのだと私は捉えています。もちろん、無意識的に私たちはそれをしているのです。
 自分の中にある対象イメージを相手に投影して付与するということにあまり納得のいかないという人もあるかもしれません。しかし、こういうことのできない人、不得手な人と接していると、私たちは実に頻繁に人間関係の中でそれをしているということが分かるのです。
 例えば、対人恐怖症とか、人と関係を築くことが困難だという人たちがいます。その人たちのすべてがそうだとは言えないのですが、彼らの一部はイメージが発動されなかったりしているのです。彼らは相手と会って、何時間経っても、何回会っても、相手が不明瞭なままなのです。不明瞭で輪郭のない相手を前にして、うろたえ、不安になるのです。

(186―5)馴染みのイメージ像
 こうしてよく分からない相手に対して、私の中にあるイメージが付与されることになります。私は現実の相手と関わると同時に、付与された私のイメージとも関わることになります。
 ところで、このイメージ像は私の中にあるというだけではなく、私にとって馴染みのある像であるということを強調したいと思います。馴染みがあるがゆえに、私はそれに関わりやすいということであり、ひいては、相手との関係をより助けてくれていると言えます。
 私は自分の話に耳を傾けてくれる人をどこかで求めていました。その像は長年私の中にあったものです。私はN先生にそれを投影していましたが、私の中に長年存在していた像であり、いわば私にとって馴染みのある像であったがために、私はN先生との面接をとても良いものとして体験していたのです。このイメージ像の付与はN先生との良い関係形成を助けてくれていたのです。
 人によってはもっと違ったイメージ像を投影するでしょう、人それぞれに個人的に馴染みのある像を付与することになるでしょう。というのは、自分の中にないイメージ像を新たに作り上げて、それを咄嗟に相手に投影するなんてことはできない相談だからなのです。投影される時には、必ず、その人にとって馴染みのある像が付与されるものだと思います。
 従って、愛情を注いでくれる人を心の中で追い求めていたという人は、自分に愛情を注いでくれる人のイメージを相手に付与することになるでしょう。長年恨みを晴らしたいと願っていた人は、敵のイメージを相手に付与することが多くなるでしょう。
 そして、人はこの相手に付与したイメージ像に基づいて、相手との関係、相手に対する行動を決定していくのです。私に耳を傾けてくれる人というイメージを付与されたN先生に対して、私はもっとこの人に話したいという気持ちを掻き立てられ、実際、その通りにしたのです。
 愛情を注いでくれる対象イメージを付与した場合、その人は相手から愛情を引き出すような行動をするようになるでしょう。敵イメージを付与した場合、その人は相手を攻撃したり、倒さなければいられなくなるかもしれません。いずれにしても、そのイメージに沿った行動を人はしていくのだということなのです。

(186―6)イメージ像を介しての感情的結合
 さて、未知の相手、不明瞭な相手に対して馴染みのある像を投影し、そのイメージ像に沿った行動をするようになると説明したわけですが、もう一つ重要な点があります。それは、そのイメージには感情や欲求が伴うという点であります。
 私がN先生に耳を傾けてくれる像を投影している時、同時に私はもっと聞いてもらいたい、あるいは甘えたいとか独占したいとかいう感情を体験していました。
 愛情を注いでくれそうな対象イメージを投影している人の場合、愛されたいとか寂しいとか満たされたいといった感情がそれに伴っているでしょう。
 敵イメージを相手に投影している人の場合では、憎しみの感情とか攻撃したいという欲求などがそこに伴われているかもしれません。
 自分の中のイメージを投影された相手は、私にとっては自分の欲求を満たすための対象ともなり、また、私の感情を表す対象にもなっているのです。こうして、馴染みのイメージ像を投影することによって、相手との間に感情的な結びつきが形成されるのであります。そして、そのイメージ像が私の欲求とも関わるために、相手は私にとって特別な意味合いを帯びてきて、相手に対して私は無関心ではいられなくなるのです。
 しばしば、クライアントはカウンセラーをすごく意識するものです。無関心ではいられなくなるのです。私の場合、N先生との面接を終えても、常に頭の中ではN先生のことを考えてしまっている自分がいました。それは今でもよく覚えています。そして、N先生だけが、私に耳を傾けてくれる唯一の人であるように思われていたのです。

(186―7)本項まとめ
 本項も長文となりましたので、ここで一区切りつけようかと思います。ここまで述べてきたことを図式的に振り返ってみましょう。
・クライアントにとって、カウンセラーは未知の人であり、よく分からない人です。そういう人と面接するということは不安を掻き立てる場面となります。
・この場面を耐えやすくするためにクライアントはイメージをカウンセラーに投影します。
・このイメージはクライアントには馴染み深いものです。
・馴染み深いゆえに、クライアントはカウンセラーとの関わりに安心感が持てたり、関わりを容易にしてくれるのです。
・このイメージには感情が伴うので、ここでカウンセラーと感情的な関係が形成される、もしくはその形成に一役買うことになります。
・また、このイメージに対して欲求も伴うので、それによりクライアントは自分の態度や行動が決定されたり、カウンセラーの存在がとても意味あるように体験されたりします。

(文責:寺戸順司)