<テーマ179>I氏の事例(4)

<テーマ179>I氏の事例(4)

(179―1)母親に打ち明ける
(179―2)離婚に踏み出す
(179-3)動き始める妻たち
(179―4)依存対象の喪失
(179―5)妻たちについて


(179―1)母親に打ち明ける
 話が前後してしまいますが、I氏が妻の実家での居候を終えようと決意される少し前にこういうことがありました。
 I氏は少しでも早く自分を変えようと焦っておられましたが、スケジュール的に無理をして、ある自己啓発のセミナーに参加したのでした。そのセミナーにおいて、彼は自分の人生を自分で決めて生きてきたのだということに開眼されたそうです。
 彼は母親が決めてきたのだと信じていたけれど、そうではなかったということに気づいたと言います。目からウロコが落ちるような体験だったとI氏は言いますが、そういう体験というのは、すでに知っていることを改めて指摘されたりする時にするものなのです。
 私は、遅かれ早かれ、I氏はその洞察に行き着くだろうと予期していました。それは、彼の高校受験のエピソードで少し触れましたが、彼は母親の価値観とうまく妥協していくことに成功しているのです。だから、それ以後、母親との関係が良くなっているのです。
 母親にすべてを支配されていたなんていうのは、妻の言っていることに過ぎなかったとI氏は述懐します。妻の観念と彼の真実とがいかにかけ離れているかということに、彼は気づき始めていました。
 私は彼に次のことを伝えました。「母親はやはりあなたの基盤になる部分の形成に関わっているけれど、それはもっと他の領域のことなのですね」ということを述べ、外側の基盤と内側の基盤の違いを説明しました。
 I氏の場合もそうでしたが、しばしば親というものは、生活とか仕事など、子供の外側の基盤に関わっていることが多く、自己の基盤にそれほど深く関わっているのでもないという例があるのです。私がAC理論に賛同できないのは、この両者が区別されているように見えないからなのです。
 I氏は、それはよく分かると言い、初めて今の状況を母親に打ち明けたと語ります。この別居生活のことをI氏は秘密にしていたのでしたが、この時期に打ち明けたそうなのです。
 親の反応は「やっぱり、そうなったか」といったものでしたが、一方で、親はI氏のために尽力することも約束されたそうで、I氏は親から許されるという感情を体験したのでした。こうして、I氏の中では改めて親との和解が進んだのです。
 さて、それが現実の親であれ内在化された親像であれ、親との和解が進むにつれて、人は自分の価値観で考え、行動し、生きるようになっていくのです。I氏もまたそのようになっていくのですが、それはこの後のI氏の動きを追ってみればよく理解できることだと思います。

(179―2)離婚に踏み出す
 さて、I氏が妻の実家の居候を止めるまでがこのカウンセリングの第1期でした。第2期はI氏が一人暮らしを始めるところから、妻との関係がさらに泥沼化し、離婚が成立するまでのおよそ5か月にわたる期間です。
 最後の2週間、辛抱して居候生活を送ったI氏は、ただ「お世話になりました」という書置きだけを残して妻の実家を飛び出しました。
 I氏の手回しの良さは賞賛ものですが、この間に、彼は新生活の準備を始め、また携帯電話も解約していました。妻から連絡が取れないようにするためです。
また、最後の週末に帰宅した際に、こっそり必要な書類や証書を取り出し、仕事で使うからと言って車を取り出しておいたのです。
 生活に必要なものや彼の所有物は妻の実家に移してあったので、これは問題なかったのでしたが、それでも家に残しているものもたくさんあると言います。それは諦めなければならないだろうと彼は考えていました。
 一人暮らしには不安があったそうです。それと言うのも、彼にはその経験がないからでした。でも、やってみると意外にも独りでいろんなことができると、自分の新たな一面を発見したりしているそうでした。
 ラインを見ていると、妻や義母が自分の居場所を探している、彼らのそういう姿を見るのも楽しいとまで彼は言います。
 とにかく、彼はあの「異常」な環境から外に出るということを達成しているのです。さらに彼は妻との離婚に踏み出そうとしていました。
 妻が離婚に素直に応じるとも思えないので、彼は離婚専門の弁護士を雇い、弁護士から離婚の通知を妻に送ったのでした。
 慌てたのは妻と義母でした。I氏いわく、妻たちは自分がこんな行動に出るとは夢にも思っていなかっただろうから、さぞかし、てんやわんやだろうとのことでした。
 I氏にとっては溜飲が下がる思いだっただろうとは察しますが、あの妻と義母のことだから離婚が成立するまでにいくつもの大騒ぎが演じられるだろうということは想像に難くありませんでした。I氏もそれは覚悟の上だと決意を表明されたのでした。

(179―3)動き始める妻たち
 翌週、嬉しそうにI氏が訪れました。妻たちがだいぶん慌てていると言うのです。
 ある日、彼が職場に行くと、変なFAXが何回も届いていると上司から知らされました。I氏が手渡されたそれを見ると、そこにはI氏に対する非難、中傷が延々と綴られているのでした。もちろん署名などはなかったのですが、I氏にはこれが妻と義母によるものだということがすぐに分かりました。妻や義母でしか知り得ない内容が盛り込まれていたからです。
 I氏の評判を貶めるような真似をしてきたわけですが、会社側はこれをいやがらせだと受け取り、I氏に責を負わせるようなことはしませんでした。これまでのI氏の実績や信頼がものをいっているわけで、それに関しても、会社の人たちや、自分をこの仕事に導いてくれた母に彼は感謝するのでした。
 それよりも、妻たちがそういうことをすると、I氏はますます意気揚々として闘志を燃やすのでした。やればやるほど向こうが不利になるのだから、I氏としてはどんどんやってほしいということでした。
 でも、感情的に反応しないようにしましょうと、私たちの間では意見が一致していました。あくまで事務的に離婚を進めていこうと決めたのでした。
 リアクションが得られないと分かるや、妻たちのFAX攻撃は鳴りを潜めていきました。そういうFAXが来なくなると、今度は見張られ、尾行されているような気がするとI氏が訴えるようになりました。
 事実、会社の近くで妻の親族を見かけたと言うのです。それも数回見かけたそうでした。
 「見張ったりして、何をしたいんですかね」と私。
 「自分の住居を突き止めようとしていると思う」とI氏。
 見張られているとか尾行されているようだと訴えると、すぐにそれは妄想の可能性が考えられたりするのですが、I氏の言葉では本当に見張られているようでした。
 I氏は、そこで、退社時間が来ても少しだけ職場に残り、職場を出てもすぐには帰宅せず、歩き回ったり、寄り道したりして帰宅するのでした。つまり、見張りや尾行する人間が確かにいないということが確認できて初めてマンションに帰ることができるのでした。この確認がきちんとできているという点でそれは妄想とも言えないわけなのです。
 さて、義母がI氏を私のところに送り込んだのだから、私に対してももっと働きかけてきてもよさそうなものなのに、そういうことは一切ありませんでした。I氏は私にも迷惑をかけてしまうかもしれないと心配されていましたが、そういうことは何一つ起こりませんでした。そういうものだと思います。

(179―4)依存対象の喪失
 ここで話を進める前にI氏に生じていることに注目しておきたいと思います。
 I氏は妻の実家を飛び出しました。それから中傷のFAXが届き、妻側の親族に注察され、尾行されているようだと体験し、私にも迷惑をかけてしまうかもと心配するようになりました。FAXは現実のものだし、親族を見たと彼が言うのであれば確かにその人がその場にいたのでしょう。だから被害妄想ではないと言えるのですが、仮に、これが被害妄想であったとしても驚くことではありません。
 I氏との二回目の面接で、彼は自分と親との関係を一番に取り上げたいと述べた時、私はそれは二番目に重要なことだと考えていました。一番重要なことは何だったかと言えば、彼のいわば「女性依存」と言える傾向だったのです。
 子供時代、I氏は母親に逆らうことができませんでした。それはきっと逆らうことが母親を失うということを意味していたからでしょう。だから、彼は母親に従順だったのです。
 彼は子供時代は一人になってしまうことが恐ろしかったと回想していますが、彼の抱える問題の一つはそれだったのです。彼が一人暮らしの経験がないということも、今回一人暮らしを始めるに当たってとても不安だったということも、それが関与しているのです。彼は一人になってしまうことを避けたかったのです。
 もっとも恐れている状況が実現してしまわないためには、彼は失いたくない対象に従順になるというパターンを有しておられるわけなのです。このパターンは妻や義母に対しても、少なくとも第1期までは見られています。
 あの別居状況を思い出してみましょう。I氏にとってはとても理不尽な別居だったのです。でも、彼は妻を失わないためにそれに従ってきたのです。妻、並びに、家庭を失うということは、彼にとってはもっとも恐れている孤立を意味しているのです。従って、I氏は妻を愛しているからとか良好な関係を保ちたいから言いなりになっているという側面よりも、彼が一番恐れていることが実現してしまわないために言いなりになっているという側面の方が事実だと私には思えるのです。
 I氏は母親に、そして妻と義母に、依存関係を築いていたのでした。これは「女性依存」と捉えてもそれほど遠くないと私は考えています。
 I氏の「女性依存」を伺わせるエピソードがあります。彼が入社して間もない頃でした。あるプロジェクトに新人として参加したのでしたが、その時のリーダーが女性だったのです。プロジェクトの途中でその女性は退社されたのでした。それで別の男性上司とリーダーが交代したのでしたが、I氏は長い間その女性が許せない思いがしていたということを回想されました。I氏にとっては見放されたかのような体験をしたのかもしれません。
 一人暮らしを始めたI氏が不安に襲われるとしても、それは頷けるのです。この独り暮らしが依存対象を失う体験にもなっているからです。この強い不安が被害妄想に発展したとしてもおかしいことではないように私には思われるのです。
 幸い、I氏はそこまで不安に圧倒されるということはありませんでした。一人暮らしも案外できるものだと実感されており、言い換えれば、一人でいることも恐れていたような恐ろしいことではなかったと体験されているからでした。そして、母親との関係の変容も彼を支持することになったのだと思われます。
 今回の出来事を契機に、彼は「女性依存」から抜け出始めています。本当は他にもいくつかのエピソードがあるのですが、彼は「女性依存」を抱えているがために、女性とは関係が破綻してしまったり、交際が不得手だったりしているのです。妻との関係もそうだったと思います。彼は「依存」するがために「愛する」ということができないでいたのです。
 このことは後にもう一度取り上げることができればと思いますが、彼が人生で最初に交際した女性とそのまま夫婦になっているのです。なかなかそういうことは起きないように私には思われるのですが、ここにはある種の問題が含まれているように思われます。

(179―5)妻たちについて
 妻側のことについても補足しておきましょう。
 I氏の会社に中傷のFAXを送りつけたり、尾行したりと、妻たちの動きが活発になっているのですが、この反応はどういうものでしょうか。私がその話を聞いた時には、まるで初めて子供の反抗に出会った母親のようなパニックぶりだと感じました。実際、それに近いのではないかと思います。
 妻たちはI氏が離婚を切り出すとは思いもしなかったでしょう。あのまま従順なI氏を期待していたことでしょう。この期待が裏切られた瞬間、敵意が剥き出しになっています。妻もまたこの時、I氏から見放されたと体験したのだと思います。見放す対象に対して、抗議しているようなものなのです。
 妻の方もまたI氏に深く依存していたのだと思われます。中傷は、自分が見捨てられることに対しての反応であり、相手の嫌がるようなことをして相手を取り戻そうとするかのような行為です。これが平気でできるということであれば、妻の人格の方が未熟だと言えるのです。

 さて、本項も長文となりましたので、ここで筆を置きたいと思います。次項より、離婚を巡っての争いが本格化してきます。I氏にとってはたいへんな時期となったのですが、外側が目まぐるしく動く反面、カウンセリング的には大きな動きが見られなかった時期となりました。

(文責:寺戸順司)