<テーマ171>H氏の事例(3)

<テーマ171>H氏の事例(3)

(171―1)「暴力」の延長
(171―2)3回目の面接より抜粋
(171―3)何がH氏の「暴力」を促進してしまうのか


(171―1)「暴力」の延長
 それがDVであるか否かということは、「被害者」側に決定権があると考えておいた方がいいと私は認識しています。「加害者」側がそれはDVではないと主張しても、それがなかなか通用しないということも私はよく経験しています。
 ただし、H氏の場合、DVと見做すことができる行為が確かに存在しています。この行為の存在が証明されているがために、H氏の立場は厳しいものになっていました。
 妻は施設や弁護士からガードされていて、H氏は自分の妻に会うことさえ許されていませんでした。その弁護士を間に挟んでしか、妻とは交渉することもできなかったのです。正確に言うと、彼は妻と会うことも、言葉を交わすことも、手紙を送ることも、すべてできない状態だったのです。弁護士にそれをしなければならないという状況だったのです。そして弁護士から妻に彼の言葉や手紙が伝えられるのでした。
 そのような状況の中で、彼は「きっかけは妻がつくっている」と主張しているわけです。私はそれをすることは彼の立場を一層厳しいものにしてしまうと考えていました。
 ここで注目したいことは、彼がこの主張をなにがなんでも相手に伝えなければいられないという、その強引さであります。
 この強引さは、一つの「力の行使」の試みでもあると考えられます。自分の主張を相手に押し付けようとする強引さは力の行使なのです。
 彼の言い分が正しいとか間違っているとかいうことは、ここでは関係がないのです。彼の試みようとしていることが「暴力」の延長であるということを指摘しておきたいのです。「暴力」とは常に相手に対して力を行使するという側面があるからです。

(171―2)3回目の面接より抜粋
 H氏の3回目のカウンセリングはその二週間後に実現しました。状況としては動きは見られていませんでした。
 前回までの反省も踏まえ、私はH氏に再度枠組みを与えることにしました。つまり、このカウンセリングでは、妻がどうであれ、あなた自身が経験したこと、あなた自身を表現してほしいとお願いしたわけです。彼は一応、賛意を表します。
 そしてDVが生じた場面を振り返って欲しいと私から持ちかけました。彼はよく起きるパターンとして一例を挙げました。以下、3回目の面接より、一部を抜粋します。

 彼が仕事から帰宅した時、妻が家事をまったくしていない。ご飯の用意もされていなければ、洗濯物も畳んでいない。子供も放ったらかしにされている。それでかっとなって、妻を怒鳴り、手を上げてしまうとH氏は話します。
私「かっとなって、手を上げるまでの中間がない感じですね」(1)
H「ついそうなってしまうんです。専業主婦の妻が家事をしていないということが腹立つんです」(2)
私「専業主婦なのだから当然そうするべきだと思うのですね」(3)
H「ずっと家にいて、家事もせずに何をしているのかと言うと、ゲームばかりしてるんです。人が働いている時にゲームに耽っているのが許せない」(4)
私「それでカーッとなって、手を上げてしまい、その後はどうなるのでしょうか」(5)
H「妻に手を上げても気持ちがおさまらず、時にはその辺のものを壊してしまう」(6)
私「壊した後はどうなるのでしょうね」(7)
H「妻はプイッと部屋に引きこもる」(8)
私「Hさんは?」(9)
H「お酒を飲みに行って、食事をしてから寝る」(10)
私「壊したものの後片付けはどちらがされているのでしょうか」(11)
H「知らない。妻がしているのだろう」(12)
私「あなたが手を上げている時、奥さんはどうされていましたか」(13)
H「泣き叫んだり、パニックになったりする」(14)
私「そういう奥さんの姿を見てどんな感じがしますか」(15)
H「向こうが家事をさぼるからそうなっているんです」(16)
私「奥さんが家事をさぼることと、Hさんとは何か関係があると思いますか」(17)
H「専業主婦でもいいけど、家事だけはしてくれという約束だったのに、向こうが約束を破っているんです」(18)

 短い抜粋ですが、H氏のいろいろなことが現れています。私の言葉(奇数の発言)は、Hさん自身に関するものか、妻に関するものか、状況に関するものかに分けることができます。それぞれに対してのHさんの応答を見てみましょう。
(1)は「中間段階がないようだ」ということでH氏に焦点を当てています。それに対してH氏は「ついそうなってしまう」と述べ、妻が家事をさぼるから腹を立てるのだという話になっています。視点が妻の方に映りそうなので、H氏はそう考えているのですねと応じることで、H氏に焦点を合わせようとします。(2)~(3)
 (4)しかし、H氏の発言は妻が家事をせずゲームばかりしているということに話が集中しています。
(5)で、カーッとなった後の状況を私は尋ねています。妻の話になりそうなので、H氏に焦点を当てています。(6)彼はその辺のものを壊すこともあると述べています。
(7)「壊した後はどうなるのでしょうね」という私の発言はいささか曖昧な表現であり、H氏のことなのか妻のことなのか、それとも状況のことなのかを隠しています。これに対し、H氏は「妻が部屋に下がる」と応じています(8)。H氏は自分ではなく、妻に焦点を当てようとされています。
(9)H氏に視点を移します。お酒を飲みに行くと答えています(10)。H氏は自分自身について話す時には、簡潔に、そしてあまり詳しく話すのを避けているかのようにも聞こえます。
(11)これはあまり重要な事柄ではないけれど、その後の状況の方を訪ねています。H氏は「知らない」と答えています(12)。壊した後のことには関心がないように思われます。ただ、そこは指摘しないでおきました。当然、妻が後始末をしているのだろうと思われます。家事をしないという妻が暴力の後片付けだけはされているという印象を受けました。
(13)DVが生じている場面で妻はどんな様子かを尋ねています。この問いに対して、妻が泣き叫んだりパニックになったりするとだけ述べています(14)。H氏にはこの時の妻がしっかり見えていないのかもしれません。
(15)泣き叫んだり、パニックになる妻を見てどう感じるかと質問しています。H氏に視点を戻しています。H氏は「妻が家事をさぼるからそうなるのだ」と答えています(16)が、これは私の問いに対する返答ではないことが分かります。彼はむしろこの問いを避けているのです。つまり、この問いはH氏の「コンプレックス」に触れるものだったのだと思われるのです。この箇所は後でもう一度取り上げましょう。
(17)自分では適切な問いではないと感じているけれど、その時は、Hさんが妻にどういう関係や影響を与えているかに焦点を当てたくなっていました。でも、H氏は向こうが約束を破っていると答えています(18)。ここで分かることは、H氏にとって、自分と妻とが分断されているということです。

 この短い抜粋から伺われることは、Hさんは自分自身を話題にされることに耐えられないようです。そういう傾向の質問に対しては、それを避けるか、妻の話に移し替えるかになってしまうようです。
そして、妻がこうするので、自分はこうするのだという、一見すると因果関係があるような表現をされるのですが、実際には、彼と妻が分断されて表現されることの方が多いということも分かります。これはその関係に、あるいはその現象に自分も関与しているということがH氏に受け入れられていないからではないかと思います。
 また、泣き叫んだりパニックになっている妻を見て、妻がさぼるからそんな目に遭っているのだという論を展開しています。そんな目に遭わせているのが自分であるという視点はここでは完全に排除されているのです。そして、そういう妻に対して、なんの感情も抱かないようにも見えます。この一節から即断してもいけないのですが、この感情の薄さは妻に対しての無関心さの表れなのかもしれません。
 この時の面接ではもっと他にも話し合われたのですが、この抜粋から理解できたことを追認するだけなので割愛します。私の見立ては以下の通りです。
 H氏は自身に目を向けることに抵抗感がある、もしくはそういう段階にいないということ。自分の行為を見るよりも、妻の行為を見て、それを非難する方が現段階のH氏にはやりやすいということ。そして、自分の行為に違和感を覚えず、他罰的な傾向が強いということ。妻に対しての感情体験は薄いようであり、妻の感情には無関心であるか共感能力を欠いているようであるということでした。

(171-3)何がH氏の「暴力」を促進してしまうのか
 ところで、上記の抜粋を読まれて、H氏に一つの矛盾を感じられたかもしれません。
 H氏は「暴力」を正当化する傾向があることを以前に述べました。そこでは、H氏の話では、向こうが襲ってきた時には自分や家族を守るために暴力を振るうことは仕方のないことだという論が展開されていました。つまり、攻撃をされたら反撃するのは当然だという理屈です。
 H氏は妻との関係において、何か攻撃されているでしょうか。彼にとって、危害を加えられそうな危機的な状況だったのでしょうか。ここに矛盾があると感じられるかもしれません。
 でも、私はH氏の言葉を信じてみようと思います。彼が帰宅した時、妻が家事をしていなくて、子供のことも放ったらかしにしているという光景が、彼にとって確かに危機的な状況として体験されていたと仮定しましょう。一体、彼にとって、この光景の何が危機的なこととして体験されていたのでしょう。
 上記の抜粋では、妻が家事をしていないということばかりに焦点が当てられています。もう一方の事柄には焦点が当てられていないのです。彼はそれを見ることができないでいるように私には感じられるのです。
 もう一方とは何かと言いますと、放っておかれている子供です。彼はこちらには目を向けていないように見えます。なぜ、彼はそれを確かに目撃しているのにこのことに触れようとしないのでしょう。彼にとって子供が放っておかれるということは、自分が攻撃されたり危害を加えられそうな状況と等価であるのかもしれません。子供が放っておかれる状況は、彼にとって特別な意味があると考えられるのです。
 もし、子供が放っておかれているとすれば、それは子供にとっては危機的な状況となるかもしれません。しかし、彼が危機的な状況に陥っているわけではありません。でも、彼はそれを危機的な状況と感じているとすれば、彼にはその体験があると仮定できるのではないかと思います。
 つまり、彼はかつて放っておかれた子供だったことがあるということなのです。そういう経験をしているということです。その時の危機感が、自分の子供が放っておかれているのを見て、甦ってしまうのかもしれません。
 従って、上記の抜粋でも、「妻が家事をさぼるから」とか「約束を破るから」という表現がいくつかありますが、これを「子供を放ったらかしにしているから」に差し替えて読んでみると、H氏の心情をより把握できるように思います。少なくとも、それがH氏の体験している感情により一致しているように思われるのです。

 本項も長文となってしまいましたので、続きは次項にて展開します。

(文責:寺戸順司)