<テーマ158>ベテランの就労(9)

<テーマ158> ベテランの就労(9)

(158―1)うまくできない自分への怒り
(158―2)特別指導を受ける
(158―3)精一杯の適応
(158―4)対象希求感情の挫折
(158―5)母親からの電話


(158―1)うまくできない自分への怒り
 Fさんのアルバイトが始まりました。本項と次項ではこのアルバイト時期におけるFさんの体験を綴ることになるでしょう。
 この時のアルバイトはFさんにとっては苦しいことの連続でした。カウンセリングでは、アルバイトで経験したことを一つ一つ取り上げ、一緒に考えていくという姿勢で臨みました。現実自我を支えることを主眼にしたのです。
 話で聞いた限りでは、そこはそれほど悪い職場ではなかったようです。ただ、心が無防備であるが故に、彼にはいろんなことが打撃となるようでした。その職場には、高校生や大学生といった若い人たちも一緒でした。そんな若い人たちが苦も無く適応している姿を見て、Fさん自身衝撃を受けていたようでした。
 Fさんは、自分で思っているほど自分が優れた人間ではなく、若い人たちよりもはるかに遅れてしまっている自分を自覚するようになりました。この時期、彼はしばしば怒りを露わにすることがありましたが、その怒りは自分自身に対してのものだっただろうと思います。
 例えば、ある日、彼は非常にイライラして面接に来ました。その様子を見て、何か腹立たしいことでもあったのと尋ねたのですが、彼は別に何もないと答えるのです。はっきりした出来事を述べる場合もあれば、このように漠然としか言えない時もありました。彼が何も述べなくても、彼の中では燃え滾るような何かがあるようでした。もしかすると、それを言おうとしても、それに適した言葉が見当たらないという方が事実に近いのかもしれません。
 このことはつまり、漠然と体験されている感情に対して、それを明確化できないでいること、概念化できないでいる傾向を示しているように思います。あくまでも私の印象ですが、Fさん自身が曖昧であり、彼の中で体験されていることも曖昧にならざるを得ないのだろうと思いました。
 イライラ、ソワソワしているFさんを目の前にして、私は「受け入れがたいことを受け入れなアカンっていうのは、本当に辛いことやね」と伝えてみました。彼はコクリと頷いただけでした。
 厳しい現実を彼は受け入れようとしているのだと思います。長期ひきこもり経験者はどこかでこういう体験をするものだと私は考えています。Fさんはまだ大人しい方でしたが、こういう体験をさせたということで私に敵意を抱いたまま去って行かれる方もおられました。上手くいかないことに対して八つ当たりしているようなものです。
 Fさんはその怒り、自分自身への怒りを表に出さないようにと懸命に抑えているようでした。この感情面に関しての話は後に譲ることにして、彼がここで体験している事柄について述べることにします。
 述べると言っても、ごく当たり前の事柄です。ひきこもりをしなかった人たちは、学校に通い、そこでいろんなことを学び身につけるのですが、Fさんにはその体験がないということだけなのです。ハンディキャップがここで生まれているわけです。
 誰も初めから物事ができるわけではなく、練習して身につき、上達するものです。これも当たり前の話です。ひきこもりであろうとなかろうと、どの人もそれは同じ条件なのです。Fさんは述べていましたが、彼は自分だけができないと信じており、周囲の人も同じように初めはできなくて、繰り返しやっていくうちにできるようになったという事実は信じられないのでした。
 彼のこの信念は、同時に、人間は物事を初めからできるという信念にもなるでしょう。もしくは、初めからできる人間とそうでない人間とが存在するという信念になるかもしれません。そして、自分もまた初めからできる人間だ、初めからできる人間であるべきだという信念をも生み出してしまうかもしれません。こうした信念もまた、次節にて見るように、彼の傷つきの一要因となってしまっているようでした。

(158―2)特別指導を受ける
 職場において、Fさんはかなり「浮いた」存在だったのではないかと思います。周囲の人たちから見ると、その場での彼は「ちょっと変わっている」とかいうように見られていたかもしれません。仕事の方は、これはある意味で仕方がないことなのですが、あまりできないということでした。
 ある時、こういうことがありました。ふつう、アルバイトはその店のバイトチーフみたいな人が指導したり教えたりするものです。彼のバイト先でもそうでした。初めのうちはこのチーフが彼を教えていました。ところが、どうもこのバイトチーフも彼に手を焼いたようです。
私の勝手な予想ですが、チーフが教えても彼には入って行かなかったのではないかと思います。だから何度教えても分かってないというようになっていたのだと思います。そして、店長がじきじきにFさんを指導するということになったそうです。
 私から見ると、この店長さんはとてもいい店長さんだと思うのですが、Fさんは屈辱的な気持ちでこの体験を受け止めたのです。通常ならチーフが教えてアルバイト生が仕事を覚えていくのだけれど、彼にはそれが上手くいかないのです。店長がじきじきに教えることになったということは、そこに店長の優しさを感じるでもなく、彼は自分が「ダメな人間」の烙印を押されたかのように体験しているのでした。
 前項で述べたように、私はFさんは「心の緩衝地帯」が少なくて、そのために周囲の出来事が過剰に彼に影響するという仮説を立てています。彼が覚えられないのは、周囲のことが彼を悩ましているからだと思います。つまり、物事に集中するには、周囲の事柄をいったん意識から締め出して、その対象となっている事物一点に集中することが不可欠なのです。彼にとっては周囲のことが意識から締め出すにはあまりに大きすぎたのではないだろうかと思います。周囲のことは、意識から締め出そうにも、一方的に彼に入ってきてしまうのだと思います。
 また、店長さんから直々に指導してもらうことを屈辱的に体験しているということは、取りも直さず、Fさんの自己像を表していると思います。つまり、最初からできる人間であるべきだという信念であり、そういう自己像です。これが傷ついているのだということなのです。

(158―3)精一杯の適応
 残念なことだと私は思うのですが、Fさんは周囲から「やる気がない」というように誤解されてしまう人だと思います、本人は一生懸命やろうとしているのに、低い評価しか得られないタイプの人だと思います。
 一つには、最前のように、周囲の影響が大きすぎて集中できないということもあるでしょうし、自分自身や他の事柄に囚われてしまって集中できないということもあるでしょう。また、経験がないために、どう動いていいか分からないといったことも生じていたかもしれません。
 Fさんにとって、アルバイトは想像以上の圧力となりました。毎回、あたかも戦争に行く兵士のような気持ちで出勤するのだそうです。3,4時間程度の仕事ですが、その間、気を抜くこともできず、あらゆることが意識に侵入してきて、彼の内面を騒がしくするのです。勤務終了が来ると、精根尽き果てたかのようになるそうでした。
 外側のことは多大に彼に響き、その中でギリギリのところでどうにか適応しているという状態です。次のような残業エピソードを聞いても、あのころのFさんなら仕方がないことだと思うのです。
 その日、彼のシフトは夕方5時まででした。5時からは別の人と交代です。ところが、直前になって、交代のバイト生から30分ほど遅れる旨の連絡が入ったのです。店長さんはFさんに少しだけ残業お願いできないだろうかと頼みました。それを耳にしたFさんは激怒したのでした。結局、他のバイト学生さんが、バイトの後の習い事を遅らせることにして残業されたようでした。Fさんにはその後の予定なんてなかったのですが、勤務時間中、自分を律することに精一杯で、限界に達していたのでしょう。
 この話をしてくれた時、Fさんにもう少しその場面の状況を詳しく思い出してみるようにとお願いしました。明らかなことは、店長さんは彼に残業を命じたわけではなく、あくまでも尋ねたというだけなのです。後から考えると、Fさんにもそのことが分かるのです。だから普通に「無理です」と言えば済むところだったのです。彼はそんな風に「キレた」自分に少し疑問を覚えてくれたようです。
 このエピソードは、彼がどんな思いで勤務時間を過ごしているかを垣間見せてくれます。三時間の勤務であれば、その三時間がギリギリのラインであって、一分でも延長することは彼には耐えられないのでしょう。どれだけの緊張感で仕事に臨んでいるかが窺われるのです。彼にとっては忍耐しかなかったのでしょう。

(158―4)対象希求感情の挫折
 女の子がたくさん働いている職場がいいという彼の基準で始めたバイトですが、この対象希求感情はその後も続いていました。
 ちなみに、「対象」という言葉を用いているのは、これが必ずしも人間だけに限らないという意味合いが含まれています。この「対象」は、人間である場合もあれば、モノである場合もありますし、イメージのようなものである場合もあるので、広い意味で用いています。
 初日に挨拶してくれた女性のことは相変わらず好きだと言っていたFさんですが、他の女の子のことも会う度に心が動かされてしまっています。また、女性のお客さんと接してはすぐに恋愛感情が刺激されるのでした。
 こうして、目の前に現れる女性のことをすぐに好きになってしまうFさんなのですが、実際には誰とも友達になれていないようでした。現実には誰からも相手にされていなかったのではないかと、冷たいようですが、私はそのように感じていました。
 彼が好きになるのは、高校生とか大学生くらいの年代の若い女性たちでした。でも、Fさん自身は30代の半ばに達しているのです。友達になるのは少し難しいかもしれないと思います。ましてや、仕事ができて尊敬されているというわけでもないので、なかなか同僚の女性たちとも接点が持てなかったのではなかっただろうかと思います。
 そして、彼は対象を求めていながら、女性に限らず、職場の誰とも本当には馴染めていなかったようであります。そこでも彼は孤立を経験していたのだろうと察します。望んでいるものを手に入れることもできず、それに近づくこともできず、周りの刺激に曝され、あらゆる些細な事柄でさえ悩みの種になってしまうという状況で、どうにかこうにか勤務を続けていたのです。
 ここでも彼は一つの挫折を味わっているのです。彼はそれを求めているとしても、それは当たり前のように彼に与えられるものではないのです。彼が女性を求めても、女性がひとりでに与えられるわけではないのです。考えてみれば当然の話なのですが、彼にはこの事態もまた耐えがたい体験となっていたようでした。

(158―5)母親からの電話
 そんな、ある時、Fさんの母親から私に電話がかかってきました。母親はとても心配そうでした。そして、「息子は大丈夫でしょうか」と尋ねてきます。「アルバイトはしているけれど、勤務以外の日は塞ぎこんでいて心配だ」と言います。私は「大丈夫ですよ。そのうちもっと外に出ていくようになりますよ」と伝え、取り敢えず、母親の不安を緩和しました。
 息子が沈むと母親が動き始めるというのは、Fさんの母子の特徴だと思います。でも、そこは取り上げないことにしました。テーマを広げると、Fさんも母親も収拾がつかなくなりそうに思ったからです。
 それと、私がここで母親に伝えた言葉ですが、Fさんは対象希求的になっている、でも、その対象が自分の部屋にはないということがFさん自身うすうす気づいていると思われたので、こういう状況ではいずれ外に求める対象を探索するようになると考えたからです。
 実際、<テーマ154>でコーヒーに凝り始めたベテランのことに少し触れましたが、その人の場合でも、いったんコーヒーという対象に出会うと、普段は引きこもっているのに、コーヒー豆を買いに行くときや探しに行くときなんかは積極的に出歩いていたのです。そういうケースも経験していたので、「いずれ外に出るようになりますよ」と母親に告げたのです。
 家庭でのFさんがどのようであったかは、なかなか本人も話してくれないので、母親からの報告はたいへん助かるのです。今のところ、彼の心中はアルバイトのことでいっぱいで、それに全エネルギーが注がれているような状態なので、家では塞ぎこんでしまうのでしょう。特に、感情的なエネルギーはすべてそこに注がれていると言ってもいいかもしれません。
 彼はまだアルバイトを始めて間がありません。こういう時期は、仕事を覚え、仕事ができるようになっていくための期間です。どの職種においても、このような見習い期間というものがあるのです。徐々に仕事ができるようになっていくのですが、彼にはそれが信じられないようでした。
 以前、Fさんには昇華能力が足りないようだと指摘したことがありましたが、ここでも彼は自分のしていることに関して、それを昇華していくこともできなければ、評価していくこともできずに悩んでいる姿が見えるのです。
 もう少し言えば、彼は自分の携わっている仕事にかかりきりになっているようで、実際には他の事柄にかかりきっているのです。その辺りのことは今後述べる機会があるでしょう。

(文責:寺戸順司)