<テーマ156>ベテランの就労(7)

<テーマ156> ベテランの就労(7)

(156―1)母親の再来談~変身願望
(156―2)感情の波が鎮まる
(156―3)「運が向いてきた」~採用通知
(156―4)受け入れられる人間であることを知ること


(156―1)母親の再来談~変身願望
 第2ラウンド開始から、内省期間を2か月ほど挟み、再びアルバイト探しを始めたFさんですが、その間に母親の来談があったことは前項に記したとおりです。
 この時期のFさんはとても不安定そうでした。特に感情的に落ち着かない様子で、それは喜怒哀楽の移り変わりが激しく、どこか感情が一定しない感じでした。むしろ、感情に弄ばれているかのような印象をも受けました。
 また、感情表現も時に激しく、剥き出しの感じがすることもありました。これまで感情を出してこなかったのが、この時期、一気に噴き出したかのような観を呈していました。こういう感情を出してこなかったという人の場合、最初のうちは激しい形をとるのが普通で、徐々に納まっていくと言いますか、適切な感情表現に落ち着いてくるものです。ちょうど、ダムの放水のように、初めは勢いが激しいのですが、水位が落ち着くと納まっていくのと同じようなものです。
 その頃のFさんを思い出してみると、感情がコントロールできない感じで、いろんな感情の波が押し寄せてくるようで、感情の動きが目まぐるしかったようでした。
 さて、Fさんがそんな状態にある時、母親が二回目の来談を申し込んできました。
 前回よりも母親の不安そうな感じが和らいだと私はすぐに思いました。でも、母親の話では、息子をみているとハラハラしてきて物を言いたくなるそうです。そんな時、物を言う前に自問してみるそうなのです。息子の今やっていることは「悪いこと」なのか「おかしなこと」なのかと。もし、それが「悪いこと」であるなら、声をかけようと決めているのだけど、今の所、そういう場面はなかったとのことでした。
 良かったと私は思いました。少なくとも「悪いこと」はしていないのです。しかしながら、「おかしなこと」はいっぱいしていると母親は言います。
 ある時、息子の髪の毛が伸びているのを見て、散髪にいくかと母親が訊くと、Fさんは髪を伸ばしていると答えたのでした。その後、就職活動には支障のないようにするからとFさんが言うので、母親はそのままにしておいたのです。髪を伸ばして、Fさんが女の子のように髪を括っていたり、女性のようなしぐさで髪をといている息子の姿を見たと母親は話します。
 その他、薄く化粧したり、爪に色を塗ったりしているFさんを見たとも話します。就職の面接に備えて表情の練習をしていると言うFさんだけど、母親の観察したところでは、Fさんは鏡に自分を映してじっと見惚れているそうです。また、母親が夕飯の支度をしている時、今までなら自室にこもっていたFさんが、近頃では台所に降りてきて、母親が料理しているところをじっと見ていると言うのです。
 そういうFさんですが、中断していた家事手伝いも再開したようです。その後、携帯電話が欲しいと頼んでいます。感情はやはり激しく移ろい、沈んだりはしゃいだり、泣いたり笑ったりするのだそうです。
 母親は、やはり、そういう息子を見ると心配になるそうですが、私は「そのうちおさまっていきますよ」とだけ伝えました。
 母親から伺うまでは、Fさんのそうした行為は、彼自身から語られることがないので、私は知りませんでした。
 伺った範囲内の話から考えると、Fさんは何か迷いがあるように思います。化粧したり、髪をいじったり、爪を塗ったりといった行為はどこか自分を虚飾する感じがします。また、鏡で自分をじっと見るということは、どこか自分を確認しているようにも見えます。言い換えると、変身しては自分に戻り、自分に戻った姿を確認しているかのようにも見えるのです。
 これを「変身願望」と言ってもいいでしょう。「変身願望」は、誰もが経験している感情だと言えます。詳細は別に譲りますが、大体次のような意味合いがあると私は考えています。
 まず、第一は現実の自分に耐えられないということが考えられそうです。実際、この頃のFさんは自分自身、自分の現実にかなり苦しんでいたのではないかと察します。
 第二に、変身願望とは、自分が何者かになろうと欲していながら、いまだ何者にもなれていないと実感するような時に生じるだろうということです。何者かになっていく過程で起きるということは、私は自分の体験からも実感しているのです。
 第三に、逆説的ですが、変身願望は自分に戻るために必要な感情でもあるという意味合いです。自分を再確認するための感情でもあると考えています。つまり、変身の回数だけ自分に戻る経験を繰り返していると言えるのです。
 変身願望は、空想や心の中のイメージで実現されることから、現実に仮装したり演じたりするまでさまざまですが、意味合いは上記のものを含んでいると私は考えています。心の中でするか現実にするかの違いは、その人がその像をどれだけ必要としているかによっても異なるだろうと思います。
 また、何に変身するかという、変身の内容も意味があるでしょう。Fさんは女性がするようなことをしています。これを単に性的倒錯だと言いきってしまうのは正しくないでしょう。彼はむしろ女性、もしくは女性性を自分のものにしようとしている、自分の中に取り入れようとしているように見えます。それを喪失したことを体験しているから、それを自分のものにしようとしているのではないかと、当時の私は考えました。言い換えると、彼はもはや「女性」を失ってしまったということに直面しているのです。母親と妹との固着から、彼は離れようとしているのだと思います。もちろん、彼がそのようなことを意図しているわけではなく、これは無意識的な意図であります。
 そのように考えると、彼が母親にべったりする時間が見られるようになったということも理解できるのです。徐々に彼はそこから離れようとしているのであり、そのための準備段階のように考えていいのではないかと私は思いました。


(156―2)感情の波が鎮まる
 さて、Fさんの面接に戻りましょう。
 当時のFさんは、自分に何が起きているのか理解できず、今の自分の状態を非常に恐れていました。自分がどうなっていくのか、本当に恐れていたように感じられました。
 面接では、彼の目まぐるしく移ろう喜怒哀楽に私も付き合い、その感情を共にしようと務めました。その一方で、感情の奔流は生命感情を取り戻す過程においては必ず見られることであるということ、並びにダムの放水のように初めは急激に流れるものであるということも伝えました。そして、彼が今体験していることは人間の正常な体験であるということを押さえていきました。
 しかしながら、感情の起伏がそれだけ激しく、不安定であればあるほど、外界への適応が難しくなるものです。どうしてもそうなってしまうものなのです。外側の世界に適応するためには、自分の内面を調整するということも必要になるのですが、彼のような状態にある時には、それが困難になるのです。
 そのような状態の中で、彼はアルバイト探しをしていたのですが、きっと、たいへんな労力を要しただろうと思います。何よりも、安定してそれに取り組むことが難しかったようで、それが彼に焦燥感をもたらし、怒りやら後悔やら、さまざまな感情に苛まれることにもなっていたのです。
 こういう状態は、なかなか当人には信じてもらえないことが多いのですが、いつか安定するものなのです。時間はかかるかもしれませんが、激しい感情の起伏はいつかは鎮まるのです。彼も、ひとしきり激しい感情の波が過ぎると、少しずつ落ち着きを取り戻していきました。先述のように、それに2か月から3か月を要したのです。
 Fさんもよく耐えてくれたなと私は思います。こういう動揺が生じた時点でカウンセリングから去ってしまう「ベテラン」も過去にはおられたので、Fさんがいつ中断してしまうかという心配を抱えながら面接していたのを覚えています。


(156―3)「運が向いてきた」~採用通知
 振り返ってみると、Fさんとのカウンセリングにおいて、この時期がもっともカウンセリングらしかったように私は感じています。剥き出しのものを投げかけてくると同時に、Fさんの生身の人間の部分も現れていたように感じています。変な言い方ですが、この時期を境にして、Fさんに人間らしさのようなものが見られるようになっています。
 これまでFさんの概観には触れていませんでしたが、それ以前のFさんは、表情に乏しく、感情が表に出ない感じでした。能面のような雰囲気を漂わしている容貌だと私は感じていました。
 この時期を経て、もちろん徐々にですが、活き活きとした感情が表情に見られるようになっています。目の感じも、何と言いますか、生命感が甦ってきたように私は感じました。少なくとも、いくつかの感情に関しては、彼は以前のように恐れることが減ってきたということは確かに言えることなのです。
 幾分、不安定さは残しているものの、激しい時期は終わろうとしていました。感情の不安定さが鎮まっていくに従って、彼の職探しの活動も身が入っていきます。こうして、彼は再びいくつかのアルバイトに応募します。
 面接の話題は再びアルバイトに関することになっていきました。履歴書、経歴書の類から、採用面接に関することまで、以前のように、一緒に考えていきました。
 はっきりと実感したことは、Fさんと一緒に作業することが以前よりもやりやすくなったということです。一緒に仕事をしやすくなったという印象を体験したのです。
 事実、彼はいくつか応募を出します。応募したところのすべてではないにしても、彼はいくつかのアルバイトで採用の連絡を受け取ることができたのです。
 彼は「自分に運が向いてきた」というように言うのでしたが、私から見ると、それは決して運ではありませんでした。もし、彼が以前のままであったとしたら、やはり採用は難しかっただろうと思います。以前の彼とは違っているから、以前とは違う展開が生じているということなのです。だから採用されるようになったのです。


(156―4)受け入れられる人間であることを知ること
 もし、ここでのFさんがそれ以前とはどう違っているのかと尋ねられると、私としても上手く答えられる気がしないのです。適切な表現をするのが難しいのです。何と言いましょうか、以前のような「キツい感じ」が薄れてきたと言いましょうか、近寄りがたい雰囲気が和らいできたと言いましょうか、取っつきにくい感じが薄れて親近感が見え始めたと言いましょうか、とにかくそういう「感じ」とか「感覚的」な表現でしか述べられないのです。
 彼自身は何も変わっていないと言うのですが、彼自身が気づいていなくても、彼からにじみ出る感じとか、醸し出している雰囲気とかは明らかにかつてのものとは違っていたのです。
 どこがどう変わったかということよりも、もっと肝心な点は、彼のそうした変化が周囲からの「ウケ」を良くしたということで、私はそれは事実だと思います。
 こうした変化に関しては、私は自分自身でも体験した覚えがありますし、またカウンセリングの場面においても何人ものクライアントのその体験を見てきました。本当に苦悩を経験し、それを乗り越えた人は、角が取れるものなのです。人間的に穏やかになっていくものなのです。苦悩を克服する経験を繰り返した人ほど、イライラ、カリカリしなくなっていくものです。恐らく、耐えることができるようになっていくからなのでしょう。
 さて、ここで重要な点は、彼が採用される人間であったということだけでなく、彼が普通に人から受け入れてもらえる人間であるという事実を彼自身が知っていくことでした。それを観念的に知るのではなく、実体験を通して知るということでした。

 さて、本項も長文となりましたので、ここで一区切りつけたいと思います。
 次項においては、もう一度この時期の動きを振り返った後、いよいよFさんのアルバイト体験に話が移っていきます。このアルバイト体験は彼には苦しいことの連続でした。その一方で、彼の抱える「問題」の本質的な部分と関わる体験がいくつも見られるのです。
 この「ベテランの就労」事例も長いシリーズになってしまいましたが、最後までお付き合い下されば幸いです。



(文責:寺戸順司)