<テーマ155>ベテランの就労(6)

<テーマ155> 「ベテラン」の就労(6)

(155―1)再開~反省が見え始める
(155―2)母親の来談~「悪いこと」と「おかしなこと」
(155―3)「女の子がたくさんいる職場がいい」
(155―4)携帯電話を持つ



(155―1)再開~反省が見え始める
 Fさんがカウンセリングの予約をすっぽかして以来、実は私も彼と会うことはないかもしれないという予想を立てていました。ところが最後の面接から三週間ほど経った頃、彼から突然連絡がありました。
 私が電話に出ると、「僕です」と消え入るような声で応えてきます。私は相手が誰であるか分からず、名前を伺い、そこでFさんであることが分かった次第なのです。彼の声の調子が今までとは違っていたので、私はすぐにはそれがFさんであるとは分からなかったのです。
「また、会ってほしい」とFさんが頼みます。Fさんの変貌ぶりに興味を覚えた私は彼と会うことに決めました。
 面接に訪れたFさんは非常に落ち込んでいて、意気消沈しています。この間に何があったのと私が尋ねますと、彼は以下のような話をしました。
 父親の知り合いの社長さんとの約束を破ったことで、父親がひどく彼に失望し、父親は彼を勘当したくなっているということ。また、父親は、顔に泥を塗られたと言って、Fさんに対して憤慨しているということ。その上、カウンセリングからも一方的に立ち去って、就職活動もアルバイト探しも一切しなくなったことで、家族も落胆を隠しきれていないそうでした。
そんなある時、彼は妹さんに連絡を取り、自分がどういうことをしたかということを、さも自慢げに話したそうです。彼は妹さんから励まされることを期待していたようでしたが、妹の言ったことは「早く大人になって」ということでした。この一言は彼にたいへんな衝撃を与えたようで、それ以来、塞ぎこんでいるということでした。
 そして「僕が間違っていたのかなあ」と洩らしたのです。そこには以前のFさんには見られなかった自己反省の色が現れていました。私は何か展開しそうな予感がして、彼にこれまでのことを振り返り、内省することを促しました。
 続く二か月ほどは、彼の内省がカウンセリングの中心となりました。彼が自分自身を振り返るほど、かつての傲慢な感じが薄れていくのが私には感じられました。
彼は今では罪悪感に苛まれるようになっています。でも、自分が間違ったことをしたかもしれない、周りに迷惑をかけていたかもしれないと、少しでも自分自身に対してそのような見方ができるようになったことは、彼にとっては、大きな前進でありました。彼の内面に他者が入ってきているからです。
 彼は何度も「辛い」と訴え続けます。自分の良くない部分を受け入れていくことは本当に辛いことなのだと私は彼の辛さの正当性を認めるようにし、その辛さをそのまま体験できる強さを身に着けようとしているところなのだと伝えて、彼が耐え忍んでいうことの意味づけをしていきました。


(155―2)母親の来談
 この時期、特筆すべきことは、Fさんの母親が面接を受けに来たことです。このFさんの事例を綴るにあたって、母親のことを書くか書かないかで私はずいぶん迷ったのですが、やはり大切なことでもあるので記述することにします。
 母親は直接私に連絡をしてきて、会ってほしいと頼みます。日時を決め、会うことにしました。
 訪れた母親を見て、私がイメージしていた姿とはいささか違っていたのを知りました。父親が仕事一筋であまり家庭では影が薄いのですが、ただそれだけのために母親が家庭の中心になっていただけのようです。母親自身は、むしろ控えめで、弱々しい感じの方でした。
 面接開始すぐに「この面接は息子には秘密にしておいてほしい」と私に頼んできます。どうして隠す必要があるのでしょうと、私は尋ねます。何も後ろめたいことはないと思うのですがと、伝えました。母親は「あの子が気にするといけないから」とそれだけを述べました。
 いずれFさんにはバレるだろうから、隠さない方がいいのではと私は提案します。母親は「その時は私が息子に説明します。先生にはご迷惑をおかけしません」と断言します。私は母親に任せることにしました。ただ、私の方からFさんには言わないけれど、もしFさんから尋ねられたら正直に答えますよと私は伝えました。母親はそれでけっこうですと答えました。
 母親はとにかく息子であるFさんのことをひどく心配しておられました。働こうと勢い込んでいた時は、母親もこれで安心だと思ったそうです。職探しのこと、ハローワークへ行ってみることなども母親の提案だったそうです。
「カウンセリングを受けてみたらというのも、ここに行ってみればというのも、お母さんの提案だったのですね」と私が言葉を挟むと、母親は少し驚いたように「そうなんです。少しでも息子の役に立つようなことがあればなんでも勧めてみたのです」と話します。
 母親は驚いたのですが、なんのことはないのです。家族がカウンセリングを勧める場合、その勧めた人がカウンセリングに関心があれば、その人はどこかでカウンセリングに関与してくるものだということを私は経験上知っているのです。
 息子が就職活動をしているだけで良かった、と母親は語ります。たとえ決まらなくても、活動しているということだけで希望がもてるようだったと話します。それが今ではこんなことになって、自分も苦しいと母親は訴えます。
 カウンセリングを一方的に辞めて、父親は息子に関心を失い、家庭がひどく色褪せたように感じられる、なんとかこの事態を改善したいと思うけれど、息子はまったく聞く耳を持たず、以前のように部屋にこもりっぱなしになって、希望を持てていた頃が嘘のようだと、母親は切々と語りました。
 母親に一通り不安に思うことを語ってもらった後、Fさんから聞くことのできなかったことをいろいろと尋ねてみました。
 まず、小学校時代はどうだったのかを私は尋ねます。母親によると、小学校の頃は普通に学校に行っていた。ほとんど無欠席で6年間通った。勉強はそれほどできるわけではなかったけれど、一緒に遊ぶ友達もそれなりにいて、普通の子だと思っていた。これらは母親の見てきたことです。
 そして、妹さんとの関係はどうだったのでしょうと私は尋ねます。母親によると、妹とは仲が良かったのを覚えていると話します。二人とも小さい頃はそれで良いと思っていたけれど、妹も小学校に入って、同じ年代の友達と遊びたいだろうから、息子にあまり妹にべったりではいけないと叱ったことがあると母親は回想します。
 中学生になって、だんだん学校に行かなくなっていったのを見るのは辛かったと話します。心配して来てくれた先生や友達を、会いたくないから帰ってもらってという息子の言葉に従って追い返した時は心苦しかったということも話しました。
 この面接の最後に、母親は「息子はどうなるのでしょうか、わたしは何をしたらいいのでしょうか」と私に尋ねてきます。その母親の姿に痛々しい感じを覚えたので、私は次のようなことを母親に提案しました。
 まず、「悪いこと」と「おかしなこと」の区別をしてほしいと頼みました。そして、Fさんが「悪いこと」をした時には注意してあげて欲しいと。でも「おかしなこと」をしている時は、それはそのままにしておいて欲しいと頼みました。
「おかしなことって、どういうことでしょう」と母親。「お母さんから見て、おかしいなと思うことです」と私。例えばと訊いてくるので、例えば「落ち着きがなくなったり、感情的に揺れ動いていたり、子供っぽいことをしたり、今までしなかったようなことをやったり、そういうことです」と私は伝えました。母親は不思議そうな顔をしていましたが、「分かりました。やってみます」と答え、その面接は終了したのでした。


(155―3)「女の子がたくさんいる職場がいい」
 Fさんのことに戻りましょう。Fさんとのカウンセリングの第1ラウンドが終わり、それから1か月の中断期間があり、第2ラウンド開始です。その2か月ほどはFさんがひたすら落ち込み、反省した時期でした。
 そうした内省期間を経ると、彼は再びアルバイトを探そうと思うと自分から話されました。私は「いいことだと思う」と彼の決断を後押ししました。
 どんなアルバイトが希望か、私は彼に尋ねます。彼はこんな動機では恥ずかしいと前置きしながら、「女の子がたくさんいる職場がいい」と言いました。立派な動機だと思います。
 彼のこの動機は幾通りにも解釈できるのですが、彼は妹との関係が切れたように体験していたので、それを別の対象との間で取り戻そうという感情によるものかもしれません。また、これが一番大きかったでしょうが、彼の中で関係性が回復してきているのかもしれません。あるいは、男性としてのアイデンティティ確立の方向へと向かおうとされているのかもしれません。おそらく、そのどれもが含まれているのだろうと私は考えています。いずれにしても、彼の中で対象希求の動きが見え始めていることは窺えるのです。
 さて、どんなアルバイトを選ぶかは彼次第であります。彼は以前の経験から、同時に複数個のアルバイト口に応募します。今度は、履歴書作成から面接のことまで、私に相談し、一緒に対策を考えていきました。正直に申し上げますと、以前よりも共同作業がしやすくなったと私は感じました。
 ここで先述のアルバイト動機を取り上げることにします。彼は「女の子がたくさんいる職場がいい」と言っています。以前の「アルバイトから始めたらどうか」というのは私の提案でしたが、今回のこの動機はFさんの中から生まれているものであります。
 この動機は、就労という観点からすれば非常に不純なものですが、Fさんにとっては著しい進展であります。彼は今まで以上に対象を希求しており、関係を求めているからなのです。
なぜ、こういう心情になったのか。私はFさんが本当に孤立を経験したからだと思います。孤立をごまかしたり、あるいは、わずかな紐帯にしがみついている限り、彼は自分の孤独に向き合うことはなかっただろうと思います。実際、彼のこれまでの生はそのようなものだったのではないでしょうか。しかし、彼はもはや自分が孤立無援であることを突きつけられ、わずかな紐帯すらも断ち切られてしまったかのように体験したのだと察します。
本当の孤立を経験して初めて、彼は自分の中にある対象希求の感情に気がつくようになったのだと思います。そして、独りで引きこもる生き方がどれだけ自分に望ましくないものを与え続けてきたかを、彼は真に悟ったかもしれません。


(155―4)携帯電話を持つ
 対象希求に関して、彼の携帯電話のエピソードも付け加えておきたいと思います。
 彼は携帯電話を持っていませんでした。かつては所有していたのですが、誰とも連絡を取らないのだから(連絡を取る相手がいないから)と、親が解約したのです。料金は親が支払っていたので、親としては少しでも経費を削減したかったのでしょう。一方、彼の方も、連絡はパソコンのメールなんかで取り合うから、ことさら携帯電話は必要ないと感じて、それに応じたのでした。
 この時期、アルバイトや職探しのために、携帯電話があると助かるということで、彼が親に頼んだのでした。こうして彼は再び携帯電話を持つようになったのです。それまでは、仮にFさんに連絡を取ろうとするなら、彼の家に電話をかけ、母親に取り次いでもらうしかなかったのです。
 彼は少し嬉しそうに「携帯電話を買ってもらいました」と私に見せてくれました。「良かったね」と私は答えました。「自分にかかってくる電話は、どんなものでも自分で取りたいと思うのですね」と言ってもよかったのですが、不必要に解釈を投与するのはここでは控えました。彼が身をもって体験する代わりに、頭で考えるようになるからです。彼は純粋にそれを喜んでいるので、その感情をそのまま体験してもらう方が良いと思ったのです。
 この携帯電話のエピソードにはもう一つ意義があります。それは、母親の取り次ぎがなくなり、人は直接彼につながることができるという点であります。Fさんにとって、このことは大きな意味があったと思います。母親の仲介を彼は自ら放棄したということでもあるからなのです。
 中学時代の、心配して来てくれた先生や友達を母親に追いかえしていた彼はもはやいないのです。この携帯電話のエピソードは、彼が自分の方に来る人に対して、自分で取り次ぎ、自分で対応するということの意思表示でもあると私には思われるのです。

 本項も長文となりましたので、この辺りで本項を終えようと思います。
Fさんとのカウンセリングの第2ラウンドが開始されました。Fさんにとっては辛い体験も多かった時期でしたが、辛さや孤独を経験して初めて、彼の心に他者の存在が求められるようになったのです。アルバイトの動機や携帯電話のエピソードはそうした対象希求感情の表れと解することができるのです。また、母親も面接に来るようになったというのが、この時期の特徴です。母親とはその後、もう一度会い、Fさんとのカウンセリング終結後にお会いすることになりました。

(文責:寺戸順司)