<テーマ58>さまざまな夢(2)

<テーマ58>様々な夢(2)


(58―1)同じ夢でも夢見手によってテーマが異なる
(58―2)追いかけられる夢3例
(58―3)追いかけてくる対象
(58-4)夢の結末
(58―5)追記


(58―1)同じ夢でも夢見手によってテーマが異なる
 夢には多くの人に共通して見られるテーマというものがあります。定型夢などと言われることもあるのですが、誰もが一度はこの種の夢を見たことがあるといったものです。
 その中で、本項では「追われる夢」を取り上げようと思います。誰かに追いかけられる、何かに追われるという夢は誰もが経験あるのではないかと思います。このテーマを取り上げるのは、それがあまりに強烈な体験なので、大抵の人がこの種の夢を覚えているだろうと思うからです。
 しかし、同じテーマの夢であれ、見る人によってその意味合いなり意味するところのものが異なっていることが常であります。定型夢だからと言って、単純にこういう意味だと一般化できるわけでもなく、他の人たちから導き出した意味合いをそのまま当てはめるというわけにもいかないのです。同じ夢であれ、この人にはこのような意味合いが、あの人にはあのような意味合いがあるということも生じるのです。その辺りのことを実例を見ながら考察していきたいと思います。
 このような前置きをするのは、クライアントに夢のことを尋ねると、「追いかけられる夢をよく見ます」というような形で答えが返ってくることも多いからなのです。没個性的に報告されるわけです。それだけでは私たちは何も理解したことにはなりませんし、お互いにそれについて考えていくこともできないのです。単に「追われている夢」と言っても、実際には人それぞれ違った夢を見ており、そこにはその人なりのテーマが表されているものなのです。

(58―2)追いかけられる夢3例
(夢1)
「何かに追われて逃げている。一件の建物に隠れる。追いかけてくるそれも入ってくる。階段を駆け上がる。それも上がってくるのが聞こえる。屋上に出る。もう逃げられない。それが背中を押して、私は屋上から落ちる。そこで目が覚めた」

(夢2)
「骸骨が追いかけてくる。自分は必死になって逃げる。その骸骨が追いついて、後頭部を殴る。私の目玉が飛び出た」

(夢3)
「映画『13日の金曜日』に出てくる、ジェイソンに追われている。私は建物の中に逃げたりするけど、振り返ると、群衆の中に常にジェイソンがいて、自分をつけている」


(58-3)追いかけてくる対象
 何者かに追われているという夢を三つ挙げました。どれも私が出会った人から報告された夢です。
 ある人が何かに追われるという夢を見た時、私は単純にその人は実際に何かに追われているのだろうと考えることにします。夢はできるだけ、その夢のまま捉える方が実りが多いと私が考えているからです。ただ、実際に何に追われているのかということは、見た人によって異なってくるものです。
 まず、追いかけてくるものの対象に注目してみましょう。(夢1)は三十代後半の女性が見た夢です。この夢では、追いかけてくる者は一度も姿を現しません。それは気配であったり、足音であったりしているのです。
(夢2)は二十代の男性が十代の頃によく見た夢と言って報告されたものです。ここでは骸骨が追いかけてくるのです。(夢1)と比較して、追いかけてくる者の対象が形を成していることが分かります。但し、人間の姿を取っていないのです。人間の姿を取るほどには、この追跡者が当人に明確になっていないということが窺われるのです。
(夢3)は三十代前半の男性が見たものです。この夢では、追いかけてくる者の姿がかなり明瞭になっています。但し、それは人間の姿はしているけれども、殺人鬼ジェイソンというキャラクターの姿を借りて登場しているわけです。
 追いかけてくる者がどれだけ具象化されているかということは、夢見手が何に追われているのかについての意識化の度合いと関わっているのではないかと思いますし、追う人物が具体的に夢に現れるほど、夢見手はそれに関わることができるようになっていくだろうということが考えられるのです。
(夢1)の女性は夫との関係でカウンセリングに訪れたクライアントでした。彼女は自分の女性性に向き合うことが求められていたのでした。ユングによると、アニマ(男性の中の女性像といった意味の元型で、内なる異性のこと)というのはムードや気分といった形で夢で現れるということでありますが、まさにそうした内なる性に彼女は追われていたのかもしれません。
(夢2)は追いかけてくる骸骨といい、殴られて目玉が飛び出す描写といい、どこかマンガ的なのです。夢のこうした表現はどこか彼の子供時代の世界を私は連想するのです。その夢を頻繁に見ていた頃の彼は実際に年齢が若かったのではありますが、まだ子供の世界に生きていたのかもしれません。彼は大人になっていかなければならなかったのに、子供の世界がいつまでも彼を追いかけていたのかもしれません。
(夢3)は、勘のいい人がこの夢を読まれたら、夢見手が対人恐怖症なのだということを言い当てるかもしれません。ジェイソンというのは、アイスホッケーのマスクを被った映画の中のキャラクターで、無機質な仮面をつけて、無表情であり、しかも無言で人を殺していくキャラクターです。これは、この夢見手がどういうことを恐れているのかを端的に表しているように私には思えます。彼は、他人が仮面の下に隠している素顔を恐れていましたし、仮面から表情が読み取れないということも恐怖だったのだろうと察します。しかも無言で、何も言ってくれない他者というのも怖い対象だったのではないかと察します。そして、その怖い対象は人を殺す(人を傷つける)のです。彼の恐れている対象の姿が、ジェイソンとして表現されているように考えてよいかと思います。このジェイソンに関して連想を尋ねてみると、「映画を観て、とても怖かった」という言葉が返ってきました。彼にとってジェイソンは怖い対象であり、現実に彼が恐れている対象がジェイソンの持つ特性と共通するのでしょう。

(58―4)夢の結末
 次に、夢の結末にも注目してみましょう。
(夢1)は、最後には逃げ切れず、屋上から突き落とされてしまいます。ここで追いかけてくるものが内なる性元型であるとするなら、彼女はそれと和解することもできず、拒否しているが故に突き放されてしまっているのかもしれません。つまり、彼女は向き合わなければならなかったのです。彼女が必死になってそれから逃げているために、それは敵対的な形で彼女に迫り、彼女を突き放しているのです。
(夢2)は、まるでアニメ漫画のような描写であります。彼は逃げるのです。骸骨が追いかけてくるのです。これだけで既にマンガ的であり、ファンタジーの世界です。彼はこの世界から逃げます。しかし、骸骨に追いつかれ、後頭部を殴られます。すると、彼の目玉が飛び出すのです。彼自身もまたアニメ的表現に陥っております。彼が逃れようとも、どうしても追いつかれ、その世界に引き戻されていくようです。
(夢3)は若干、結末が異なるのです。ジェイソンは彼の後を延々と尾けてくるのであります。夢の中のジェイソンは誰も殺さなかったということに彼は気づきました。私はジェイソンのイメージから、夢でもたくさん人を殺したのではないかという質問をしたのでした。彼は、実は夢の中のジェイソンが悪いことを何一つしていないということに改めて気づいたのです。これはつまり、彼にとっては恐ろしい対象であっても、それはそんなに悪意ある対象ではないのかもしれないし、実際以上に彼が恐れているという可能性を示しているのかもしれません。また、後を追われる(尾けられる)のだけど、決して、彼に追いつかないのです。常に一定の距離を保ってジェイソンがついてくるのです。つまり、恐れている対象から、一定の距離を保っていれば、彼は安全なのであり、安全な距離を保っている限りにおいて、彼はジェイソン(恐れている対象=他者)と関わっていることを示しているようです。対象がよりはっきりしている分、先の二つの夢よりも、彼は追跡者と関わりを持つことができているように、私には思われます。

(58―5)追記
 前項<テーマ57>でも触れましたが、こういう夢解釈はとても一方的で乱暴なものであるということを、ここでも強調しておこうと思います。本当はもっと夢見手の個人的な体験や連想を伺って、それらから夢のことを考えていく必要があるのです。
 結局のところ、その夢の意味というものは夢見手本人にしか分からないものなのだと私は考えています。私はただ私の見解を述べているのであって、彼らの夢の意味を私が知っているなどと勘違いされるのは、私としても本望ではないのです。以前はこうした注意事項を記載していなかったためか、時々、夢の答えだけを教えてもらいたがる人が訪れるのです。その反省も込めて、今回の改訂ではこの注意事項を特に繰り返しているわけであります。
 本項では、恐らく誰もが経験したことがある「追いかけられる夢」を通して、それが定型夢であっても、そこにその人の状況や問題が反映されるものであるということを、三人の夢を通して見ていこうと試みてみました。同じテーマの夢であっても、それを見た時の個々人の状況は異なり、その意味や内容も異なるものなのだなということが理解していただければそれで結構であります。

(文責:寺戸順司)