<テーマ57>さまざまな夢(1)

<テーマ57>さまざまな夢(1) 


(57―1)その人らしい夢を見る
(57―2)ある男子大学生の夢
(57―3)夢から自己理解を試みること
(57―4)解釈の正しさに関する補記


(57―1)その人らしい夢を見る
 私は自分の夢だけでなく、クライアントからも夢を報告してもらいます。また、家族とか友人・知人からも、営業に来た人からも夢を聞いたりします。営業マンもまさか営業に行った先で夢を聞かせてくれと頼まれるとは思いもしなかったようで、大抵はびっくりされます。
 人の夢を聞くというのは私の趣味でもあり、それを解釈するかどうかは別にしても、いろいろ聞いていると愉しいものなのです。
 夢は一人として同じものを見ることはないのです。同じようなテーマだったり、似ているということはあっても、ちょうど私たちの顔が一人一人違っているように、どこか異なっているのが常なのです。
 もし、夢見手のことが分かれば、聞いていてもっと楽しくなるのです。どの人もその人らしい夢を見るからです。私の見る夢には私らしさがあり、あなたはあなたらしい夢を見ているものなのです。
 さて、そのようなことをしていると、いろんな人の夢を収集できたのですが、その中からいくつか選んで記述していくことにします。夢は報告されたものをできる限りそのまま記述するのですが、夢見手個人に関しては必要最低限の情報に止めることにします。

(57―2)ある男子大学生の夢
(夢)
 「混雑した駅の構内を歩いている。電車に乗ろうとしている。自分の乗る電車が分からない。いくつかホームに出てみる。そこが違うと分かると、一旦、下に降りて、別のホームに上がって行く。そういうことを何回か繰り返す。ホームには人がたくさん並んでいて、電車を待っている。自分も待っていると、来たのはフェリーのような船だった。私は乗らなければと思い、空いている席を見つけて乗り込んだ。」

 この夢は、ある若い男性が見たもので、この夢を見た当時、彼は大学生でした。彼はこれからの進路について悩んでいました。自分の乗るべき電車が分からないという部分や出てみたらホームが違っていたという部分に、彼の迷いが感じられそうです。
 この夢で私が注目したいのは、彼が船に乗ったという部分でした。それは本当なら電車のはずだったのです。電車に乗るつもりで駅に行っているのに、来たのは電車ではなく、船であり、彼はその船に乗ったのです。
夢の中では、彼は船に乗ることになんの疑問も抱いておりません。むしろ船に乗らなければいけないというように感じているのです。そこで電車と船の違いは何かということが問題になりました。
 船と電車の違いは何かという問いに対する彼の答えは、「線路があるかないかの違い」ということでした。極めて当たり前のことを彼は答えたのです。しかし、この答えは十分意味がありました。
電車は先に線路を設置するわけです。電車はその線路の上しか走ることができません。また、常に線路は点検されなければなりません。昔、私がコンビニでバイトしていた頃、そういう点検の車両が毎晩通っていたのを見てきました。線路の点検や整備が常になされなければならないのです。電車は線路の上しか走れないからこそ、線路の点検・整備は欠かせないのです。
 一方、船の場合には線路はありません。航路は自由に変えることもできます。線路を点検する必要もありません。ただし、船の場合には、方向ということがとても大事になってきます。もし、方向がわずか1度でもずれた場合、なお且つ、そのずれに気づかずに航海を続けた場合、一時間後には予定していた地点とは全く異なった地点を船は走っていることになります。船舶にはそういう方向を間違えるといった危険性があります。それに比べて、電車では足元の線路がしっかりしているので、方向を誤るというようなことはありません。
 このような違いを踏まえて、この夢は彼に何を教えたでしょうか。彼は電車に乗るつもりでした。線路のしっかりした電車にです。しかし、彼が乗ったのは、船でした。そこには決められた線路がないのです。そして方向がとても重要であるところの船に彼は乗ったのです。しかも、この船には彼の場所がある、彼は(自分のために)空いている場所を見出しています。
従って、この夢は、彼にこのように教えているように思うのです。しっかりした線路を期待するのではなく、船のように方向をもっと見定めなくてはならないと。彼は電車に乗ろうとしているけど、彼の乗るべきは電車ではなく、船であるということです。また、彼自身は電車に乗ろうとしていたけど、彼が自分の場所を見出すのは船の方であるということでもあります。
 彼はこの解釈に深く納得しました。というのは、彼は就職に有利なようにといろんな資格を取ろうとしてきました。それは線路を設置するようなものです。ところが、取得した資格には一貫性がなく、見る人が見れば、一体彼が何を目指しているのか分からないと思うだろうと、彼自身も認めているのです。彼は、資格云々よりも、どういう方向を目指すのかを先に考えなければいけないのだということを悟ったようです。

(57―3)夢から自己理解を試みること
 夢というのは、正しい解釈や解答があるわけではありません。一つの夢に対して、私たちはどのようにもそれを読むことができるのです。正しい解答を夢から得ることよりも、夢を通してその人に有益な自己理解が得られるということの方が肝心であると私は考えております。上記の夢に対しても違った観点から考えることはできます。しかし、彼がその夢から得るところがあれば、それで夢の解釈としては十分なのです。私はそう考えております。
 細かい点を見ていけば、上記の夢に対して、もっと多くの疑問が湧いてくるでしょうし、違ったテーマが見えてくるかもしれません。例えば、なぜ電車や船といった乗り物に乗る必要が彼にはあるのかといった疑問や、どうして現れた船がフェリーのような船だったのか、大型船やボートではなかったのかといった疑問も生じるでしょう。また、電車と船との違いだけを見てきましたが、地上を走るということと海上を走るということの違いに注目することもできたでしょう。乗る電車が分からないのに、彼は誰にも聞こうとしていないことや、調べたりせずにホームに上がっては降りてを繰り返さなければならなかったことにも、彼の抱える問題の一端が現れているのかもしれません。また、彼がどこに行こうとしていたのか、その行先が不明であるという点に注目することもできたでしょう。そうした事柄を取り上げてみれば、もっと多くのことが見えたかもしれません。
 一つの夢には無数の疑問点があるもので、そのすべてを解明しようなどと目論まない方がいいと私は考えています。つまり、完全に解釈しようとする態度は採らない方がいいということです。
 もし、その夢の解釈が、夢を見た人にとって有益なことを学び取らせるなら(つまり、夢の解釈の正しさというものはここでは問わないということでもあります)、その人は自分の行動を変えていくことができるのです。それに必要な何かを意識できているからです。
肝心な点は、夢を通して、自分自身を理解してみようと試みることであり、見た夢の正答を求めることではない、と私は捉えております。

(57―4)解釈の正しさに関する補記
 夢を解釈したり、あるいは自分の見た夢について少し考えてみようと思われる場合、フロイト流の解釈とかユング派の解釈とか、特定の立場にこだわる必要もありません。ただ、見た夢を見たまま考えていくという姿勢の方が大切だと私は考えています。従って、あまり象徴として捉えすぎない方がいいと思うのです。
 例えば、上述の夢でも、船はしばしば女性の象徴でもあります。彼が船の方に乗ったのは、彼のセクシャリティの何かと関係していると理解することも可能ではあります。
 それはそれで一つの解釈ではありますが、しかし、この船は、まず船そのものとして捉え、そこから見えてくるものとか、考えられることなどを見ていく方が現実的であるように私は考えています。船が何かの象徴であるかどうかはその後から考えてみてもいいことだと思います。
 つまり、夢の中の事物はあくまでもその事物として捉え、これは何かの別のモノの象徴であるとか、最初からそちらに思考を持っていかない方がいい場合もあると私は考えているわけです。
 また、ここで展開しているような夢の解釈は、本当は正しいものではないのです。電車に乗ること、フェリーに関することなど、彼の個人的な体験や連想をもっと踏まえてから考えなければならないものなのです。この夢を報告してくれた彼とは親しい間柄でもあり、雑談の中でこのような話になったもので、あくまで雑談の範囲でのやり取りでした。夢は夢見手の心の中のものを表現してくれているものでもあるので、あまりこのような形で軽はずみに話題にしないようにしなければいけません。
 そのような注意点を喚起しながら、後日、私はもう少しこの夢について考えてみました。いくつか補記のつもりで述べていきます。
 彼は自分の人生の線路を敷設しようとしていました。そのレールの上だけを進み、そのまま終点まで辿り着こうとしていました。夢は彼に、その生き方ではなく、大海原に出るように促しています。彼はフェリーに乗ります。どんなフェリーだったかということをもっと訊いておけばよかったと後悔しているのですが、それは彼にとって安全で丈夫な乗り物だったのか、それとも危なっかしい乗り物だったのかで解釈も変わってくるようだと思ったのです。
 もし、こうした解釈が正しかったとすれば、次の夢で何かが進展しているでしょう。ある夢の解釈が正しいかどうかは、次の夢、それ以後の夢を見ていかなければ判断がつかないのです。
 彼はこの夢からわずかであれ洞察を得ています。彼は自分の人生に対する態度に対して一つの理解をしています。それに基づいて、彼は自分の何かを改めようとするかもしれません。もし、それが正しければ夢はそれを告げることでしょう。もし、それが間違っていれば、それが間違っているという内容の夢を見るか、もう一度このテーマの夢を見ることでしょう。

(文責:寺戸順司)