<テーマ6>愛することと働くこと(2)

<テーマ6>愛することと働くこと(2)

(6-1)愛と労働、その両領域に適応すること
(6-2)三十代男性の事例:概観
(6-3)事例:父親との関係
(6-4)事例:二つの契機
(6-5)子供時代からの解放


(6-1)愛と労働、その両領域に適応すること
 以前、「マイベストプロ大阪」に登録した時、原稿を書くライターさんに「愛することと働くこと」について述べたことがあります。その時、ライターさんが勘違いをされて、「愛することと働くこと」が「心の病」の原因であるかのように捉えられたのです。私の説明も足りなかったかもしれませんが、それを読んで誤解される方もおられたかもしれませんので、ここで改めて述べる次第であります。
「心の病」というのは原因がよく分からない分野です。脳を調べれば原因が分かると考える方々もおられますが、私はそれには疑問を覚えます。彼らは、その「病気」は脳のある物質が過剰に分泌されて、ある部分が過剰に働き過ぎるためにそのような状態になるのだといった説明をします。でも、それはあくまでも現象を記述したに過ぎないのであって、原因を究明したことにはならないのではないかと、私はそう思うのです。
 原因がはっきり分からないのは、「心」というものが捉え難い性質を有しているからであり、尚且つ、「病」と原因とが一対一の関係で結びつくような単純なものではないからです。私はそのように捉えています。
 繰り返しになりますが、「愛することと働くこと」は決して「心の病」の原因ではなくて、それが顕在化される領域なのです。愛情と労働の領域において、その人の「心の病」が表現されるということなのです。
 前項(テーマ5)では愛の方を取り上げたので、本項では労働を取り上げます。しかし、愛情生活と労働生活とは私たちの生活の大部分を占めている領域であります。それだけにとても大きなテーマでありますし、困難を経験する機会も多くなるでしょう。その両領域において、私たちは適応しなければならないし、その人の適応の仕方が明確に表れるのです。次節より、一人のクライアントの「働き方」を見ていくことにします。

(6-2)三十代男性の事例:概観
 クライアントは三十代の男性です。数か月前から仕事が手に着かなくなり、集中力を欠き、食欲も意欲も減退してしまい、夜も眠れなくなってきました。こういう状態を聞くと、臨床家はすぐに「ああ、あれか」と分かるのですが、案の定、彼は「うつ病」と診断されており、カウンセリングを受けに来た時には休職中の身でした。
 彼は会社では真面目な人間で通っており、その勤務ぶりから、同期の同僚を追い抜いて昇進を続け、出世株と見做されていました。
 では、彼の仕事ぶりを見てみましょう。彼には何人かの部下がいましたが、部下が残業する時にはいつも彼が最後まで残っていました。彼に仕事がなくても、部下より先に帰ることは、彼には許されないことのようでした。
 仕事が終わって、真っ直ぐに帰宅するかといいますと、そうではなく、家に直帰するのは非常に稀なことでした。彼は会社を出ると、同業者やライバル会社を回るのです。もし、他社の建物の電気が消えていて、真っ暗であるのを確認すると、彼は安心して帰宅できるのでした。しかし、そこに一室でも明かりが灯っていたりすると、彼は居ても立ってもいられなくなり、会社に戻り、特に急ぐわけでもない仕事に取り掛かるのでした。部下だけでなく、同業者やライバル会社よりも先に帰るわけにはいかないのでした。
 職場において、彼の完全主義ぶりが発揮されていて、ノルマは確実に果たしているし、部下の要望にも上司の要望にも100%応えようとし過ぎていました。彼のこうした働きぶりが上司たちから評価されると、彼は非常に満足感を覚えるのですが、少しでも批判が感じられると急激に自信喪失するのでした。
 彼の趣味を少し見てみましょう。ある時、上司に誘われてゴルフに行ったのを機に彼はゴルフに興味を持つようになりました。興味を持てることがあるというのは望ましいことなのですが、彼はそれを望ましいやり方ではしませんでした。ただでさえ帰宅が遅くなるのに、帰宅後の三時間を毎日ゴルフの練習に費やすのでした。休日にはボールを打つことがあっても、そこには「最低でも二百打はする」などという彼なりのルールを設定するのです。
「ゴルフは楽しいですか」と、ある時の面接で私は尋ねたことがあります。彼は「上達したいんです」と答えました。あたかも「楽しんでしていたら上達しない」のだと言わんばかりの口調でした。
 また、当時、彼は休職中で毎日家にいる状態でしたから、「少しくらいコースに出られる日があるといいですね」と私が言うと、彼は「とんでもない」と答えます。彼の考えでは、自分は給料泥棒だから、部下たちが仕事をしている時間に自分だけゴルフをすることは許されないということなのでした。
 趣味であるゴルフに取り組む彼の姿勢は、そのまま彼の仕事への姿勢に通じるように思います。仕事もゴルフも、彼にとっては義務であり、強制となっています。この強制は彼の内側から彼自身に課せられているものであり、なんら外的なものではないのです。
 また、彼が激しい競争原理の中で生きていることもうかがわれます。同期の人たちよりも抜きん出たこと、ライバル会社への寄り道などにそれが見られますし、ゴルフに対する態度もそのようなものでした。
 ただし、この競争原理は外側の事柄によって支配を受けています。仕事の内容よりも残業時間で測ったりしているのです。彼にとってはライバル会社に勝つということの条件は、相手よりも長く残業するということにあるようでした。

(6-3)事例:父親との関係
 彼のような人が、定年退職後、ようやく自分のしたいことができるとなったその矢先に亡くなったり、自殺してしまったりするのかもしれません。そのような人は義務や強制から解放されると生きることができなくなってしまうのかもしれません。そこで病気に罹るか、新たな強制を自分に課するか、そうしなければいられなくなると思います。決して落ち着いた老後は送れないかもしれません。こう考えると、彼が三十代で「うつ病」に罹患したことは、却って望ましいことだったかもしれません。
 彼がこのような生き方をしてしまう背景には何があるのでしょう。ちなみに、「背景」という言葉に注意していただきたく思います。「背景」は「原因」とは違うのですが、これを「原因」と考えてしまう人があまりに多いように思うのです。「背景」は「原因」ではないのです。
 彼が自分にそのような強制をかけ、苦しい生き方をしている背景には、常に父親の存在がありました。彼には姉が一人いましたが、父親は男の子を望んでいたそうで、彼は父親にとって念願の男の子だったのです。
 父親は彼に期待をかけます。姉に対する態度よりもとても熱心だったと彼は回想して語ります。彼は父親をプレッシャーとは感じていないようでした。彼によると、自分の生涯で父ほど自分に期待をかけてくれた人はいないということでした。
 父親は常に勝つことを彼に教えてきました。テストの点数にしろ運動会の駆けっこにしろ、彼は友達よりも抜きん出なくてならなかったのでした。彼が勝つと父親はすごく喜ぶのでした。彼もまたそんな父が好きだったのです。
 しかしながら、父子の関係が良かったからと言って、そこに何の葛藤もなかったというわけではありません。次のようなエピソードを彼は話しました。子供の頃、父親と魚釣りに行った時のことでした。最初は一緒に魚を釣っていたのでしたが、父親の方がだんだんと熱が入ってきて、最後は親子間でどちらがたくさん釣れたかのバトルになったのです。楽しいはずの魚釣りも競技になってしまったのです。
 この経験からわかることは、「友達には勝たなくてはいけないけれど、父親に勝つことは許されないのだ」というジレンマが彼に生まれるということです。彼はこの葛藤をどのように解決したのでしょうか。簡潔に述べれば、彼は父親に追従し、父親と同盟を組んだのです。それはつまり、父の生き方や価値観を無条件に受け入れることを意味しています。それが後年に至っても、それらを放棄することなく保持しているのです。それが現在の彼の生き方に於いて不具合を起こしているのです。
 彼は子供時代に獲得したものに苦しんでいました。誤解のないように申し上げるのですが、私たちは子供時代に必ず親から何かを獲得するものであり、それがなければ成長していくこともできないのです。彼の場合、それがその後の人生において訂正されることなく継続していたのでした。テストの点数は業績に、クラスメートがライバル会社に、駆けっこがゴルフになっているだけで、彼は今でも父親の声を聴いているのです。
 もちろん、そこに父親の姿はありません。内面から響いてくる声なのです。彼がそういう声に聴き従っている時、彼は父親に追従する子供のままなのです。子供時代を今でも生きているようなものなのです。

(6-4)事例:二つの契機
 彼のカウンセリングはおよそ十か月に及びましたが、そのすべてを記載するわけにもいかないので、次の二点だけは彼の回復に意義があったので取り上げることにします。
 ある時、父親との思い出を彼が語った後、私は何気なく「お父さんは幸せそうでしたか」と尋ねました。後になって教えてくれたところでは、私のこの質問に彼はすごい衝撃を受けたそうです。彼は一度もそういう観点で父親を見たことがなかったのです。
「父はいつも張りつめていたようなところがあって、しんどそうだった」と彼は語ります。父のそうした姿は彼には見えていたけれど、気づいていないのでした。
 回を重ねるに従って、彼は自分の体験している苦しさや生きにくさといったものが、父親から譲り受けているものであって、それが父親の苦しみであったということ、そして彼に本来的に属していた苦しみではないということが理解できるようになっていきました。父親と自分との違いに目を向けることになっていったのです。
 もう一つの契機となった出来事とは、彼が実家に帰った時のことです。彼は久しぶりに父親に会って、父のことは好きで、尊敬もしていたけれど、子供の頃は父のことでとても辛い思いをしてきたということを、初めて父に面と向かって打ち明けたのです。
 これも強調しておくのですが、私が彼にそのようにしたらいいなどと示唆したのではありません。彼は自発的にそれをしたのです。それをしたい気持ちになっていったのです。
 彼は自発的に父親との関係で苦しんできたことを父親に語るのです。この際、父親の反応とういうのは二の次であり、彼がそれをしたという事実が重要なのです。彼が父にそれを打ち明けるとは、彼が父親と精神的な決別を成し遂げようとしていることを意味しているからなのです。
 彼は父に追従する子供であることを止めようとしているのです。過去のことをこういう形で清算しようとしているのです。父親がそこでどういう反応をするかはそれほど重要なことではありません。父親は機嫌を損ねるかもしれません。でも、父がどんな反応をするか、その顔色を窺うことは彼にはありませんでした。彼がそれをしていたら、彼の父離れは本物ではないということを意味します。自分が打ち明けたいから打ち明けるのであって、父がどんな反応を示そうとも構わない、自分は父とは別個の存在であるから、父が悪い反応を示しても、父のその反応を尊重するし、自分はそれに左右されることはないといった確信が彼に生じてきたのだと思います。
 ありがたいことに、父親は彼の言うことをよく理解してくれました。そして、彼には自分の望むような生き方をしてくれと、父親は彼に伝えたのでした。こうした言葉は彼にとっては初めて耳にするものでした。父からこのように言われたことはなかったと彼は振り返って述べます。
 おまけに、彼はこの時に初めて自分が「うつ病」で休職している、もはや仕事ができないのだと父親に打ち明けています。最初のうちは、父にそれを隠していて、休職しているのに出勤していると嘘をついていました。
 彼がそのことを隠していたのは、父を失望させてしまうのではないかという恐れのためでした。この父親という人は、私から見るととてもよく出来た人物だと思うのですが、息子の現状を聞いて、「それならしばらくウチで休んでいけ」と、ただそれだけを彼に伝えたそうです。
 一週間ほど実家でゆっくりした後、彼は私に会いにきました。「お父さんとはたくさん話し合いましたか」と尋ねると、彼はそうですと答え、このような経験は今までしたことがなかったと語りました。
 その後しばらくして、彼は職場復帰を果たしました。一抹の不安は残っていたようでしたが、もはや父親に対する気負いがなくなったので、以前とは違った生き方、働き方をするだろうと信じ、彼の「カウンセリングをそろそろ終結したい」という要望を私は受け入れたのでした。

(6-5)子供時代からの解放
 私たちは誰も自分の子供時代から完全に解放されるということはありません。何かを引きずっていたり、抱え込んでいたりするものです。それらから自由になるほど、子供時代からの影響が少なくなるわけであり、それらが少なくなるということは、「大人」への成長が促されることになります。
 働くということについても、私たちは子供時代からのものを引きずってしまっていることがあります。しばしば、引き続いて抱えているものが、仕事をする上で当人に苦悩をもたらしていることもあります。
 事例の男性は自分の働き方に「問題」があるとは見做していませんでした。彼にとってはそれが普通なことだったからです。「病気」はそれに気づかせる契機となったのでした。

(文責:寺戸順司)