私的な自己回想録1-解説

私的な自己回想録―第1回:解説

 回想録の1回目分について、いくらか補足しながら、解説をして、その流れを追っていくことにする。

段落(1)~(4)
 僕がこの作業をすることの目的や意義が述べられている。一つの意思表示である。また、ここには僕の求めること、願望とか欲求の表明がある。僕は僕自身に触れていくこと、それにより僕自身の心の活性化を図ること、そしてその実例を提示することなどである。
 最初にこうした願望が語られるのは、ある種の感情のためである。こうした前置きなしでいきなり本題に入ってもいいのだが、僕がそうしていないのは、この作業の目的を見失いたくないからだ。言い換えれば、僕は自分の目的を見失う恐れを体験しているということである。

段落(5)~(8)
 続いて、この作業の方法に関して述べられている。どんなふうに進めていくかということを述べている。それを読者に共有してもらおうとしている。これは僕が読者に対してもフェアでいたいという感情の表れだと思う。
 逐一述べなくてもいい事柄ではある。でも、読み手にもそれを知っておいてもらいたいと思う。ある意味では几帳面というか、完全主義なのである。手順や目的をすべて知っておいてもらおうとしているからである。

段落(9)~(10)
 ここである種の「防衛」が僕に生じている。いくつかの注意点を述べることでそれがなされているのであるが、まず、傷つく人が現れても僕の責ではないということ、そして、記憶の間違いが見られても、それも僕の責ではないということを述べているわけであるから、防衛的な色彩の濃い発言なのである。
いずれにしても、こうした注意点を先取りして述べなければならないのは、私がそれに関して不安を強く抱いているからであり、後からそれを指摘されたり非難されたりすることをできるだけ避けたいと思うからである。

段落(11)
 こうした僕の防衛機制は、かつての「自己対話編」が中途で終わったことを回想させている。対話編が中途で終わったことも、不具合が生じたためであるという合理化をしているわけである。だから、これも防衛的な発言なのである。
 一方で、次のようなことも考えられる。僕が発言すれば、傷つく人が現れるかもしれないという不安が僕の中にあるということである。それが実現してしまったときの予防策として、あらかじめこういうことを述べずにはいられなくなっているのかもしれない。

段落(12)~(13)
 ここでこの作業の目標が語られる。終わりのない作業だけれど、半年くらいは続けたいという意向が語られる。ここで「半年」というキーワードが生まれ、段落(13)に引き継がれていく。
 真剣に取り組めば、人は半年くらいでかなり変わるという信念である。これは僕の実体験でもそうだと言える。例えば、僕がバイオリンを習おうとする。その楽器は、触れてみたことはあるけれど、まったく弾けないものだ。これをみっちり練習していくと、半年後にはかなり上達しているはずである。プロのように演奏できるとまでは言えないけれど、かなり弾けるようになっているはずである。僕が言おうとしているのはそのことである。そして、半年間、みっちり練習を続けた場合、その後の上達は、その時期に方向づけられているために、あるいは習慣づけられているために、自ずとやってくるものである。

段落(14)~(15)
 そんなふうに行かないのは、その人の中に抵抗があるからだという指摘がなされている。
 僕の心が僕の「抵抗」に近い所にあるために、ここで「抵抗」という観念が容易に現れているのだろう。つまり、段落(9)~(11)の防衛的構えを僕は引きずっているのである。
 余談ながら、僕の述べていることに疑問をお感じの方がおられるとすれば、ウォールディンガーとガンダーソン著『境界パーソナリティ障害の精神療法』(金剛出版)を一読することをお勧めします。この本には5例の「境界例」クライアントの治療過程が収録されています。それを読めば、クライアントが防衛を緩め、臨床家を信用できるようになり、治療過程に入って行くまでに、実に4年とか5年を費やしていることが分かります。7年かかった治療でも、最初の5年はそれに費やされ、最後の2年で治療がなされているなどの例も見られるのです。

段落(16)~(20)
 ここで話が変る。と言うよりも、それまでが前置きといったニュアンスである。
 まず、この日に僕が見たものから語られる。ここで一言、構えの少ないクライアントの話は、時間的に直近、最近の事柄から始まることが多く、そこから過去のこととか関連する話題に広がりを見せるものである。いきなり過去のことを話し、そこに拘留し続けたり、あるいは最近のことから広がっていかないと言った語りは、構えの強さを示すものである。以後の展開を見ても、僕は直近の出来事から始め、それから広がりを見せるという構図を有している辺り、僕の中にそれほど強い構えがあるわけでもなさそうである。
 戦争法案反対の署名運動から、経済戦争とその敗北、戦死者ならぬ自殺者の増加、そうした事柄に僕は思いのままを綴っている。ここにはある種の反感の感情、怒りの感情が含まれている。戦争を抑止するのは、憲法ではなく、個々人の健全な自我であるという見解が述べられる。従って、彼らは見当違いの努力をしているというように僕には見えているわけである。一人一人が自分の自我を健全に伸ばしていくこと、それが僕の主張点である。

段落(21)~(25)
 戦争の話から憎悪が導き出されている。憎悪は直接的には戦争につながらないかもしれないが、僕の中では両者の関連があるということである。つまり、僕にとって、戦争とは憎悪をイメージさせるものであることが窺われる。
 ここで憎悪のテーマが登場する。
 憎悪される人間は自分が恨まれているとは思わない、でも、恨む側は決して忘れることがないという観念が述べられる。
 ここで、僕は恨まれる側の立場の方を強く感じていることが窺われる。僕を恨んでいる人たちもいると話されるのは、恨みを買う側に同一視していることを示している。そして、それはとても恐ろしい感情であることが窺われる。(22)
 この恐れの感情にあるのは、僕自身がかつて憎悪に支配されていた時期があったからであり、憎悪者がどれほど憎んでいるかを知っているからだということになる。そして、殺したいほど憎んだ人間が3人ほどいたと言うが、僕はそれを話そうという気にはなれなかった。(23)
 ここは一つの「抵抗」が現れている箇所であり、僕は今はそれに触れたくないと思っている。憎悪者としての僕を語ることは、被憎悪者としての自分をさらに意識してしまうことになりかねないと感じたからだと思う。
 余談ながら、一言。この流れは、まず、署名運動から引き起こされた怒りに始まり、それに対して反論を展開している。次に憎悪が焦点となり、僕には心から憎んだ人が3人いるというところまで進んだのである。つまり、この憎悪とか怒りの核心に触れたのである。これによって、署名活動も戦争法案も憲法のことも、僕にはどうでもよくなっている。もし、この核心に触れることがなければ、僕は延々と署名活動や戦争について語り続けることになっていただろうと思う。その感情の核心に触れるなり接近するなりすればするほど、その感情に関する周辺の事柄への囚われから解放されていくということである。
 さて、続きを見てみましょう。憎悪に触れたくないという感情は、僕をして、憎悪は小さくしていくしかないという対処策の話に駆り立てている。これは、正直に言って、自分のために、自分を安心させるために述べているようなものである。

段落(26)~(27)
 ここで再び話題が変って行くのであるが、僕という人間に関して、言われたことが取り上げられるようになっていく。
 憎悪に囚われていた自分を思い出したことで、僕は自分を確認したくなっているのだと思う。それは僕を解体するような体験だったからだが、この確認を、これまで人が僕のことをどんなふうに言ってくれたかを手掛かりにしようとしている。
 また、僕が人にどういうものを与えているかというテーマは、自分の書いたもので傷つく人が出るかもしれないという恐れとつながる。知らず知らずのうちに他者に与えてしまっているものという共通要素があるように思う。

段落(28)~(29)
 僕の中で最初に浮かんだのが、「何を考えているのか分からない」という評価だった。ただ、これは僕の中では否定的な評価とはなっていなくて、むしろ、僕を安心させるものだったということが語られる。自分の考えが筒抜けになっていない、漏れいていないということが分かるので安心できたということなのだが、これは当時の僕がいかに自我境界が脆弱だったかを示すものである。

段落(30)~(31)
 続いて、フェミニストだと評されたこと、飾らない人間だと評されたことが思い出されている。後者はカーネギーコースの講師だった人で、この時、カーネギーコースの記憶が僕の中で蘇っている。それは後で話題となるが、きっかけはここだった。

段落(32)~(33)
 中学一年生の時の教育実習の先生の評価が思い出される。このエピソードをクライアントから聞いたら、「そう言われて嬉しかったのと違う?」と言いたくなるだろう。感情を語っていないけれど、僕はそれを好ましい体験として記憶に仕舞っている。

段落(34)~(35)
 僕を長男だと思い込んでいた人たちのことが続いて連想されている。長男で、妹がいるのだと信じていた女性のことが思い出される。ゲシュタルトのワークショップで一緒だったということまで思い出される。先ほどのカーネギーコースの連想で思い出されたのかもしれないけれど、こうしたワークショップの思い出は、後々まで尾を引く。

段落(36)~(38)
 いよいよ「ガーベラ」の女性が登場する。この話の核心はこれにあったのだと後で納得する。僕はこの「ガーベラ」を追及しようとするが、同時にそれまでの評価、(28)から続いた評価のことは、もはや小さな事柄になっている。
 そして、(38)は一つの断念である。激しく望んでいながら、それは無理なことなのだと認めようとしている。

段落(39)~(42)
 僕が手に入れたいと切望しているものは、現象学で言うところの「本質直観」に近いのではないかという気がしている。第一印象では遅すぎて、その第一印象を形成する基となったもの、そこに僕という人間の本質があると、そう信じているのだと僕は理解した。
 こうなると、ますます「ガーベラ」という評価が大きな意味を持ってくる。僕には自分の求めているものの手がかりがそれしかないように思われている。

段落(42)~(48)
 逆のパターンを連想している。冬山のリスの姿が脳裏に浮かんでくるという人たちのことだ。僕を「ガーベラ」と評したように、その人たちを僕は「冬山のリス」と直観的に把握しているということだ。
 これはもはや言語化できないことではないかという一つの結論に達する。イメージのようなものでしか捉えられない何かなのだということに行き着く。
 僕を「ガーベラの花」と評した女性もそれと同じことをしていただけなのだ。そして、彼女以外にも、多くの人が僕の自己理解の手掛かりを与え続けてくれていたのだということに思い至る。これは明らかに憎悪とは対照的な感情である。恐らく、憎悪に関するテーマは、今回はここで一段落ついていると思われる。

段落(48)~(59)
 一段落ついたためか、ここで意識が自分にではなく、読み手の方に移っている。読者の便宜を図って、簡単に僕の経歴を素描している。

段落(60)~(68)
 カーネギー・コースがどこに位置付けられるかを示した後、これに関するエピソードが語られる。
 これは中断したのであるが、その原因と言うか、本質は、僕が初志を貫徹できなかったところにあるというところに落ち着く。

段落(69)~(72)
 カーネギー・コースから、カーネギーの本へ、そしてカーネギーを勉強しているおじさんへと話が移る。
 カーネギー・コースをやり通しても、僕にはあまり意味がなかったかもしれないという思いは確かにあるが、結局、そのおじさんからの連想でこの思いが語られることになったのだと思う。
 言い換えると、僕がそれをやり遂げていても、あのおじさんのようにしかできない人間になっていたかもしれないということである。だから、あれは僕には意味がないことだったのだと信じようとしているのである。

段落(73)
 カーネギーを信奉していても、あのおじさんのようになるのだったら、それは僕の望むところではないのだ。その思いが、当時、僕が何を望んでいたのかという疑問へとつながっているのだと思う。

段落(74)~(76)
 ここで僕の吃音のことが連想されている。これはクリニックの先生たちによく言われていたことなので、連想の流れとして出てきたのだろう。
 つまり、クリニックの先生方からの連想として、一つはそのカーネギー・コースに関するものがあり、他方で吃音のことがあったということである。先にカーネギーの方に話が進んで、それが一段落ついたので、もう一方に意識が向かい始めたということである。
 ここで僕が述べようとしていることは、やはり憎悪なのだと思う。もちろん、それだけではないにしても、憎悪が見られる。要するに、あの時、先生方はそうして僕を批判していたけれど、先生方の方が間違っているのだということを僕は証明しようとしている、そう思われるふしもあるのだ。

 細かな点を見ていけば、もっといろんな発見がありそうであるが、これくらいにしておこう。機会があれば再検討してみてもいいだろう。

(文責:寺戸順司)