旧サイト版<夢の旅―4>

<夢の旅―4>

(夢16)「アルバイトで困惑する夢」
(夢17)「謎の『リー教授』の夢」
(夢18)「やり残した仕事をやり終えようと考える夢」
(夢19)「記者にインタビューされる夢」
(夢20)「兄とレコードを聴く夢」
(夢21)「同僚と高校に行き、高校生を送って行く夢」



12月6日(5日~6日)
(夢16)「アルバイトで困惑する夢」
 昔アルバイトしていたコンビニにいる。そこで、再び働いている。カウンター内は以前のままだった。ホッター商品に注文が入る。商品を入れる袋を探すが、そこは以前とすっかり変わってしまっていて、どこにあるのか分からない。あちらこちらと探すけれども、それを入れるための袋がどうしても見当たらない。その間、お客さんを待たせたままだ。待たせてはいけないと分かっているのだけど、どうしても分からない。仕事が終わって、店長が「明日も頼む」と言った。私は自分が役に立ったのかなと疑問を抱えながら店を後にする。

(連想と解釈)
 私は一時期、アルバイトで食いつないだ時期があって、いくつものことをかけもちでしていた。それは大変な時期だったけれども、たくさんの人と知り合うことができた時期でもあった。夢は、その当時バイトしていたコンビニが舞台である。
 見た目は当時のままだが、中身はすっかり変わってしまって、私はついていけない状態である。その時代に戻ることはできない、私がいるべき場所はそこではないと表現しているようである。
 人を待たせるということが、私は苦手で、待たれるより待つ方がいいと思っている。そういう気持ちの焦りが表現されている。新しい環境や状況において、表面だけでなく、見えない所まできちんと把握しなければ、人を待たせるようなことになる、自分が焦るようになるということかもしれない。
 しかし、この焦りは、私が過大に評価しているのかもしれない。店長が「明日も頼む」と言ってくれる点で救われている。この夢の店長は、現実の店長とはまったく違った人柄だけど、私がお客さんを待たせたことや、焦っていたことに関しては、何一つ咎めない。
 当時、お客さんを待たせてはいけないと、強迫的なまでに考えていたのは、早く帰ってもらいたいという気持ちもあった。特に嫌な客に関してはそうだった。もしかしたら、私の人間関係の問題がここには含まれていると考えることもできそうである。
 自分が役に立ったのかなと疑問に思う点は、これは昔も今も変わらない。特に仕事に関しては、不全感を覚えることが多い。今でも、クライアントとの面接を終えた後、私が役に立っただろうか、この面接はクライアントにとって有益であっただろうかと心配になることがある。この感情からはまだ抜け出せそうにないようだ。


12月7日
 体調不良で、あまりよく眠れず。夢はおぼろげながら見たような記憶があるのだが、夢でみたのか頭で考えたことなのか、今一つ曖昧なのである。


12月8日
(夢17)「謎の『リー教授』の夢」
 翻訳のような仕事をしている。プレハブのような建物の中だ。 
人物の名前が出る。それは「リー教授」という名前だったのだけど、それがどういう人物なのかが分からなくて、翻訳が前に進まない。私は「シャーロック・ホームズの敵役だった人ではないか」と考えていた。
建物の中は塗装を終えたばかりなので、上役の人にタバコは禁止であることを注意した。その時、同僚が入って来て、スクーターで事故を起こしたことを述べた。
 私は彼と外に出た。外は小さな中庭みたいになっていて、駐輪場がある。彼のスクーターは確かに壊れていた。その横に私の自転車が停めてあったので、少し場所を動かそうとしたら、彼のスクーターを倒してしまい。その向こう隣に駐輪していたバイクをも将棋倒しに倒してしまった。

(連想と感想)
 若い頃の一時期、翻訳家になりたいと思った時期がある。心理学と出会うずっと以前の話だ。黄金時代の推理小説をもっと日本語で読めるようになったらいいのにと、当時は考えていた。
「リー教授」なる人物のことで、翻訳が滞っている。夢の中では「シャーロック・ホームズの敵」であると考えているが、実際は、それは「モリアーティ教授」である。目が覚めてからも、しばらくはこの「モリアーティ」という名前が出てこなかった。いくら考えても、この名前から連想するものがない。小説では、ホームズにとって、モリアーティ教授というのはアンビバレントな対象であるようだ。天才的な犯罪者ということになっており、教授が活動すれば、それはそれで厄介であるが、いなくなったらいなくなったで、ろくな犯罪が起きないといってホームズが嘆くのである。私にとって、何かそういうアンビバレントな対象を見逃してしまっているのだろうか。
 それと「リー」という名前は、私はせいぜい「ブルース・リー」くらいしか連想しない。前日、数日前に録画した映画「ダーティ・ハリー」を見ていたのだが、音楽の雰囲気やリズムが「燃えよドラゴン」に似ているなと感じた。それもそのはずで、同じ作曲家(ラロ・シフリン)が手掛けており、時期的にも両者は近いのだから、似ていて当然である。そういうところで、ブルース・リーの連想が生じたのだろうか。
 この「ダーティ・ハリー」を寝る前に見たので、その印象が残ったかもしれない。昔、観た時はそんなこと考えなかったのだけど、前夜見た時は、この映画が以外と怖いということに気づいた。映像もそうなのだけど、犯人が快楽殺人者で、サイコパスみたいな人物なのだ。「怖いな」と思いながら見ていたのだけど、夢では、より安全な映画の方で示されたのかもしれない。つまり、「ダーティ・ハリー」に関連したものが夢では出てくるはずだったのかもしれない。また、犯人を追う時のハリー刑事が妙に活き活きしている感じがして、モリアーティ教授がいなくなって嘆くホームズの姿とどこか重なるように感じた。
 映画の犯人とモリアーティ教授は、ともに「悪」である。私はその名前を忘れていたということである。「悪」を忘れてしまっているということなのか。
 私の「怖い」という感情は、引き続いて、夢では塗装を終えたばかりの部屋と同僚の事故、並びに、私がバイクをこかしてしまうという流れへとつながっているようである。


12月9日
(夢18)「やり残した仕事をやり終えようと考える夢」
 現場で働いている。夜が来て、解散となった。私はやり残した仕事があると気づいたので、工具を持って、自転車で現場に戻ろうとした。その現場は隣駅にある。遮断機の点検に不備がなかったかと心配になったのだ。
 同僚の作業員が駐車場で、お客さんと話をしている。私は呼び止められたのか、彼らの会話に参加する。
 同僚はお客さんにその他の現場のことを話している。私は「そこの(と指さして)クリーニング店もやりましたね」と言う。彼は「そうだったな」と答える。
 私は、家に帰る用事を思い出した。何かに鍵をかけたかどうかが不安になったのだ。それで、その場を後にして、家に戻る。
 家の中は物が散乱しており、片づけなければと思う。その前に、トイレに行く。トイレで用を足していると、それがなかなか終わらないのである。便器に溢れるくらいオシッコが出た。

(連想と感想)
 工具を持って働くことも、隣駅も(バイトしてたコンビニがある)、すぐそこのクリーニング店も、すべて私がアルバイトしていたところである。(夢16)でもアルバイトをしていたが、何かやり残した感があるようである。今回の夢では、やり残したことをやり終えようとして、現場に戻ろうとしている。しかし、戻らせてはくれない、つまり、戻ることはできないということであるようだ。
 場面が変わって、私は自分の家にいるのだけど、そこは混雑しているのだ。夢は、やり残したバイトに戻ることよりも、自分の部屋(自分の内面)をもっと整理することを示唆しているようである。しかし、その前にトイレに入っている。便器から溢れるくらいオシッコが出る。どこか溜めこんでいるもの(感情)を放出することを先にしなければいけないということか。それこそ、やり残したことなのかもしれない。


12月10日
(夢19)「記者にインタビューされる夢」
 通りを歩いている。何か犯罪事件が起きているようである。記者にインタヴューされたが、「今、通りかかったばかりで、私は何も知らない」と答える。

(連想と感想)
 前々回の夢は「悪」に関連するものだったけど、今回は夢の中で犯罪事件が起きている。はっきりとは覚えていないが、犯人が建物に立てこもり、警察がそれを取り巻いているような場面だった。事件は起きているのに、私は今通りかかって気がついたという恰好である。
 今週から酒を止めている。まだ、三日目だけど、お腹が少しへこんだ感じがする。夜、駅で飲み友達とばったり会って、飲みに誘われたけど、「帰って用事があるから」と嘘をついて断っている。そのことに対して罪悪感はない。身体的にもっと健康になろうとしているのだけど、どこかが健康を目指し始めると、他のどこかが不健康になるものである。一時的にバランスを崩すものである。夢では、そういう意味で、どこかが既に悪くなっているのに、私自身がそれに無自覚であることを示しているのかもしれない。とにかく、私の中で何か良くないこと(それは犯罪事件のような)が起きていると捉えることにしようと思う。
 前々回の夢で、そういうことは示されていたかもしれないのだが、私が意識していなかったので、夢は、もうちょっと私に伝わるように、あからさまで大胆な形で示してくれたのではないかと考えている。


12月11日
(夢20)「兄とレコードを聴く夢」
 兄とレコードを聴いている。私の好きなアルバムをかけている。それはハード・ロックのグループによる演奏だが、バロック風の旋律が流れている。兄はそれを聞いて、すごくいいなと言った。

(連想と感想)
 夢ではどのグループの音楽かわからなかったが、私が連想するのはDeep Purple(以下DP)である。私と兄とは、昔、お互いに持っているレコードを交換したりした。私の持ってるDPのレコードと兄のレコードを交換したことがある。兄はそのDPのレコードを友人のレコードとさらに交換したのである。兄のものになったのだから、兄がどのように処分しようとも自由だけど、当時は腑に落ちない感じがあった。
 兄と私の音楽の趣味は、一部、共通するようでありながら、まったく正反対であり、私の気に入ったものを、後から兄が興味を持つということもよく起こる。兄が「これ、いいな」と言うことは、イコール「今度、貸してくれ」ということでもある。
 そういうこともあって、あまりいい気もちのしない夢である。私は自分の好きな音楽を聴くし、兄も自分の好きな音楽を聴けばいいと思ってる。Bob Dylanは、私はちっともいいとは思わないけれど、兄が好きであり、私はそれを否定するつもりはない。兄の好きなRolling Stonesも、60年代前半のStonesは良かったけど、70年代に入ってからはぱっとしないと私は思っているが、それは兄の好みとは関係がない。要は、お互いに好みがあるので、私の好みに介入してほしくないと思っているのである。どうも、趣味の音楽に関しては、兄を侵入的に体験しているようである。


12月12日
(夢21)「同僚と高校に行き、高校生を送って行く夢」
 何かの用事があって、とある高校学校に行く。そこの管理人さんのような人に話をつけに行くことになっていた。しかし、話をつけるのは私の同僚で、私は一人車の中で待機していた。ちなみにその管理人さんは相当な頑固者で、話をするのにもいちいち筋を通さなければいけないらしい。
 車の中で待っていると、体育館から一人の女子生徒が出てきた。彼女は車の中の私に声をかける。私はその相手をする。体操服にジャージといった姿で、体育の授業か部活の最中なのだろうと私は思った。
 同僚が戻ってくると、彼女は車に乗り込んできた。私は「送って行こうか」と言った。車の中で、彼女はしきりと高校の自慢をする。そして、私の高校生活がどんなだったのかを訊いてくる。私は、高校時代のことをいくつか話す。例えば野球部が強くて甲子園に応援に行ったこともあるとか、どんな担任の先生であったかなどを話す。彼女は興味深そうに私の話を聞く。ある場所で彼女は「ここで停めて」と言い、車を降りた。そこは何もない道路だった。私は「ここでいいの?」と尋ねると、彼女は「ここでいい」と答える。
 私たちは再び車を走らせるが、すぐ裏が駅になっていて、彼女はその近くに住んでいる(となぜか分かっている)から、私は納得した。

(連想と感想)
 目が覚めて、この夢を振り返った時、私は一つのエピソードを思い出した。それは、数年前、私が京都のとあるバーで飲んでいた時のことだった。最初はカウンターに私一人だった。しばらくして若い女性が一人で入って来て、カウンターの端に座った。私は誰かと待ち合わせでもしているのだろうくらいにしか思わず、彼女のことは気に留めなかった。さらにしばらくすると、一人の年配の婦人が入ってきた。その人は彼女の隣に座った。二人は自然に会話を始めている。知り合い同士なのだろうと思った。そこに、一人の男性が、それもかなり酔っ払っている男性が入って来て、私とその婦人の間に座った。端から、彼女、婦人、男性、私という順に並んだわけである。男性はかなり上機嫌で、その婦人たちに絡んでいく。あまりにしつこいので、私はちょっとそれを見かねて、男性に話しかける。「あんた、ずいぶんご機嫌さんやね。今日は何か楽しいことでもあったんかい」などと言って、男性の相手をする。男性は、話相手がいれば誰でもいいといった感じで、私の相手をする。それでも彼は彼女たちに絡もうとする。私は「今日は飲み過ぎてないかい? 明日にこたえるんじゃない?」などと言う。これは「早く帰れ」の婉曲的な言い回しである。
 彼が帰ると、私たち三人だけでしばらく会話をする。彼のお陰で、私は彼女たちの中に入れたのである。さらにしばらくすると、婦人が先に帰ると言い出したのである。私はてっきりこの二人は知り合いどうしなのだと思い込んでいたからびっくりした。その後は、私と彼女の二人で飲んだのだが、婦人はたまたま観光にきていた人で、彼女はまったく初対面だったと言うのである。彼女たちが迷惑そうな顔をしていたので、私が彼の相手をしたということを彼女はわかっていて、お陰で婦人と楽しく会話できたということを彼女は言った。そして、私の行為を「とても紳士的だった」と称賛してくれた。
 我々も帰ろうということになって、ふと見ると、婦人がバッグを忘れていることに気づいた。乗りかかった船だと言う気持ちで、「二人でタクシーに乗って、婦人の泊っているホテルにバッグを届けて、それからあなたを送って、それから僕は帰ることにする」と提案した。まず、婦人のホテルに寄り、それから彼女の家まで行くわけであるが、車中でも私は彼女とお喋りを楽しんだ。彼女が「ここで降りる」と言ったので、窓外を見ると、近鉄電車のとある駅前だった。「ここでいいの?」と私が尋ねると、彼女は「ここから近いから」と言う。そこで私は彼女と別れた。私はさらにそこから自宅へと戻ったのだ。楽しい夜だったけど、タクシー代もけっこうかかってしまって、カッコつけると高くつくという教訓を得た。
 長々と私の昔話をしてしまいましたが、今回の夢の雰囲気がこの体験に似ているのである。夢の中の女子高校生は、バーで出会った女性とまた違った感じで、もっと陽気で人懐っこい。見る人によっては、私はそのような印象をもたれることがある。普段の私を見て「そんな無口でしたっけ?」と言われることもある。この女子生徒は、私が普段あまりみせることのない私の性格の一面と共通するものを持っているようである。昔のエピソードでは、そのような私の一面がうまく現われていたことに気づいた。こういう一面をもっと伸ばさなければならないということだろうか。夢では高校生として登場しているので、その時点で発達が止まっているということであろうか。
 夢の中の同僚は、ほとんど人格的な存在を有していない。存在感がなく、運転手の役割を取っているだけであって、無視しても構わないだろう。頑固な管理人というのは、今の職場の建物の管理人と重なる所がある。実際の管理人さんは頑固ではないのだけど、そのような雰囲気を与えるところがある。体育館というのは、どこか未知の場所というイメージがある。私が陸上部で走っていた頃、バレーやバスケといった体育館で行っている部活は常に未知だった。どうも向こうは別世界だという印象を抱いていたことを覚えている。
 現在の生活において、高校時代のことを話すという機会はまったくなくなっている。そればかりか、昔話をすることも、今は皆無である。一度、どこかでそういう話をしてみてもいいのかもしれない。夢の女子生徒は私に高校時代のことを話すように求めている。私の高校時代のことが彼女には必要なのだと考えれば、両者のつながりが見えてくるかもしれない。


<4週目を終えて>
 私たちが夜の間に見る夢は、すべてその人の過去であるという。それを証明するかのように、今週は、私の過去に関する夢を多くみている。
(夢18)の「モリアーティ教授」にしてもそうである。私は後日思い出したのだが、この名前から、小学校時代の女の子を思い出したのだ。彼女には一つすまないことをしたと、悔んでいることがある。それを今まで忘れていたのであるが、この夢をきっかけに思い出したのだ。そのことで謝ることもなく現在まできてしまったが、私の感じている不全感はそういうところからも来ているのかもしれない。
 この不全感は(夢16)と(夢18)では、昔のアルバイトの上に表現されている。(夢20)では兄との関係において間接的に表されているようだ。(夢21)では、家まで送っていかなかったこと(「ここでいいの?」と尋ねているあたり)に、不全感を見る思いがする。

(寺戸順司)