旧サイト版<夢の旅―13>

<夢の旅―13>


(夢55)「百貨店の最上階から降りる夢」
(夢56)「マンガの話の夢」
(夢57)「深夜の路上の夢」
(夢58)「勉強会と旅行番組の夢」
(夢59)「Oさんと一緒に飲む夢」
(夢60)「観客席の建設とプールの塗装の夢」
(夢61)「ノートを持って歩く夢」



2月8日(7~8日)
(夢55)「百貨店の最上階から降りる夢」
 私は駅にいる。改札の方からではなく、植え込みの方から上がって来た。そこに一台の自動車が来て、私を拾う。車の中にはアルバイト仲間がいて、みんなで仕事場へ向かおうとしている。道中、食堂のようなところに寄って、食事をする。リーダー格の人が、今度も手伝ってくれないだろうかと尋ねる。私は大丈夫だと答えた。
 場所が変わって、百貨店のようなところにいる。私がいたのは最上階の書店だった。マンガ雑誌が山積みされていて、そこに若い人たちが集団で集まっている。彼らとは関わらずに、私はその場を去った。エスカレーターで降りていく途中、そこにいた若い人たちと一緒になった。少し言葉を交わしてみて、彼らもそんなに悪い人間ではないなと感じた。

(連想と感想)
 夢は二つの場面からなる。前半は、アルバイトの現場に向かうところで、実際に待ち合わせをして、そこで車で拾ってもらうということも多い。このアルバイト、私はもう二十年くらいしているのだが、私は役に立っていないのではという気分に襲われることも多く、そろそろ終わりにした方がよいのではないかと思うこともある。仕事がなかった時にとても助けてもらって、その恩を感じているので、これまで続けてきたのだけど、今の仕事もあり、迷っている。恩を感じるのはいいとしても、「もう十分に恩を返しただろう」と自分に思えないところがあるのかもしれない。実際、そういう不全感がある。夢では、また今度も来てほしいと頼まれ、私は、断ることなく、承諾している。自分を必要とされているのに断るのは難しい。
 後半は、私と若い人たちの関係である。私は時々若い人が怖いと思うことがある。特に集団でたむろされているとそう感じる。私が十代の頃は、そんなに仲間とつるんだりした経験もないので、どうしてそんなに集団でいたがるのだろうかと、疑問に思うこともよくある。


2月9日~14日
 この間、あまり夢を見ず。外側のことが忙しくなって、あまり夢に意識が向かなかった。徹夜でカウンセリングの記録を書いた日もある。


2月15日
(夢56)「マンガの話の夢」
誰かとマンガの話をしていて、私は「サイボーグ009」の話をしていた。どのキャラクターが好きかというような話題になって、私は006が好きだと答える。また、石森章太郎は昔から好きだったというようなことも話している。

(連想と感想)
 子供の頃は、石森章太郎のマンガをよく読んだものだった。この一年、コンビニで「サイボーグ009」が復刻されて、毎月購入してきた。006というのは、戦士たちの物語でありながら、戦士らしくないので好きである。これは子供の頃の好みとは真逆であり、子供の頃は、002や004、005など、戦士らしく、闘争的なキャラクターが好きだった。同じものを読んでも、まったく観点や好みというのは変わってくるものだ。
 今になって気付いたのだが、石森章太郎のマンガは、「009」にしても、「仮面ライダー」や「キカイダ―」にしても、自分たちを作った対象を破壊するというテーマが感じられる。いわゆる「親殺し」のテーマである。子供の頃の私は、このテーマにどう取り組んだのだろうか。そして、今、再びそれを読みたくなり、夢で見るようになっているのである。


2月16日
 夢を忘れる。


2月17日
(夢57)「深夜の路上の夢」
 夜中、私は兄の店に手伝いにいくことになった。しかし、機械や設備は修理しなければならないし、お客さんからは醤油の瓶が空っぽだとクレームが来るしで、バタバタ動き回っていた。最後の客が帰ってから、どういうわけか私は外を歩く。それは実家の近所の光景で、屋台の店などが出ていた。深夜で人通りもほとんどなかった。私は屋台に寄りたいという気持ちがあったけど、戻って終わらせなければならない仕事を抱えていたので、店に戻ろうとする。兄らしき人物が前の方を歩いていたが、私は気にしなかった。また、三人の若い人たちと交差点ですれ違った。彼らは同じアルバイト仲間で、バイト先から帰る途中のようだった。二人は男性で一人は女性だった。携帯電話がどうこうとかいうようなことを彼らは話している。その交差点で、女性だけ別の方向に帰って行くようだった。

(連想と感想)
 昨年の秋に、兄の経営する店の改装を手伝ったことがあり、それ以前にも兄の店に食べに行ったことがあるが、私から見ると、改善の余地がたくさんあるように感じた。他人の目からだと、よく見えるものである。夢では、どういうわけか兄の店を手伝っている。それも店員としてであり、また、修理工としてである。兄との関係において、私の役割がはっきりしていないということであろうか。
 夢の中のこの店は、私の今の職場をも表しているように思う。一人でやっている私は、全てのことを自分で処理しなければならなくて、けっこうたいへんである。人に頼ろうとも、頼る人がいないのである。苦しいこともあるが、そういう時ほど、私が人に甘えたがる人間であることを思い知らされる。夢ではバタバタ動き回っているが、私は誰にも頼ることができず、自分一人ですべてを処理しようとしている。
 夢では、仕事が終わると近所を歩いている。実際の私もそうで、仕事が終わると、まっすぐに家には帰らず、かならずその辺りを一周してから帰る。時には、飲み屋さんに入ることもある。仕事と家との間に、もう一段落置きたいのである。家に帰ったら何が待っているかというと、やはり仕事が待っているのである。だから少し間を置きたいのだ。
 夢の光景は実家の近所だったが、現実には屋台などはない。夢では、暗い通りに、ぼんやりとした光を発しながら屋台があった。とても温かそうな感じだった。私はそこに寄りたいと思うが、仕事の方を優先する。仕事を優先すると、屋台が象徴しているような光や温もりと疎遠になってしまうということなのかもしれない。
 仕事に戻る途中、三人の若い人たちとすれ違う。この人たちは、私の生きられなかった存在であるかのようだ。彼らは同じ職場の仲間で、仕事が終わっても一緒にいるのである。私にはそのような経験は、今のところ、皆無である。彼らは携帯電話のことを話している。携帯電話については、私はもう持たないことにしている。一人で仕事をしていれば、携帯電話はまったく使わない。それはそれで構わないのだが。夢の若い人たちは、私が捨てた携帯電話でつながっているのである。彼らのような生き方、生活を、私は捨てたのである。そのことを見せつけられているような夢だった。


2月18日
(夢58)「勉強会と旅行番組の夢」
 勉強会に参加する。大学の講堂のような場所。私はジャンパーにヤッケという恰好で、その場にそぐわない衣装だった。私の隣にいた男性が何か発言する。その発言は大したことはなかったが、少なくとも、私は彼の意見に賛成しなかった。彼もちょっと違和感のある衣装だった。会が終わって、教室の外に出る。ロビーのように広くなっていて、外は庭園のようだった。ガラスの出入り口から、私は外に出る。タバコを吸っている人や談笑している人で賑わっていた。
 その後、テレビの旅行番組のような撮影に同行している。変わった温泉があるということで、レポーターが入る。お湯が上から滝のように流れ、下からも噴き出している。そこに入って、レポートしている。とても苦しそうだった。また、近所の名物親父みたいな人もそこに現れて、解説をしている。

(連想と感想)
 勉強会に参加した私はその場にそぐわない恰好をしている。私はその場に同化できないでいる。集団において、異邦人のようになってしまっているようだ。隣の男性もおなじように違和感のある衣装だったが、その人物の発言を私は大したことはないと思っている。私が見下しているような人物もやはり私と同じような異邦人なのだ。だから、この両者はどこか共通しているものを感じる。大したことでもないことを、偉そうに発言している私自身を軽蔑しているかのようである。
 庭園に出る。談笑している人たちで賑わっている。結局、私は誰の中にも入ることができないのだ。寂しいとかいうような気持ちはない。ただ、彼らとはあまりに違う所に自分がいるように感じられたのだ。
 その疎外された感じといのは、後半の夢でも、傍観者という立場で現れているように思う。撮影に同行していると言っても、何か仕事をしているのではなく、単なる野次馬なのである。面白半分に見ているだけなのである。ただ、レポーターが苦しそうだと感じている所で、私は他者への共感能力を保っているように思われて、それだけが救いだった。


2月19日
(夢59)「Oさんと一緒に飲む夢」
 飲み友達のOさんと一緒に飲み屋に入る。久しぶりに一緒に飲む。二人の行きつけの店に入る。しかし、店の中は随分と変わってしまい、働いている人はすべて知らない人たちだった。私が知っている人たちはいなくなっていた。

(連想と感想)
 前回の、その場にそぐわない感じと似ている感じがする。
 Oさんとはしばらく顔を合わせていなくて、前日、たまたま彼のことを思い出すことがあった。夢では一緒に、以前のようにお酒を飲んでいる。ただ、いきつけだった店がすっかり変わってしまい、儚さというか、もう取り戻せないという感じが残っている。Oさんと一緒によく飲んでいた頃から、何かがすっかり変わってしまっているということで、恐らくそれは、私の心的な変化だろうと思う。一緒に飲んでいる夢から、私は違和感を体験しているのだから。


2月20日
(夢60)「観客席の建設とプールの塗装の夢」
 工事現場のような場所に来ている。私も何かの作業をするためにここに来ている。危険だから下がって見ているようにと指示されたので、私は離れた場所から見ている。そこでは、数人の男性が観客席と階段を作る。それは溶けた鉄を流し込んで、全員で巧みに形を整えて行く。私は、こういう風にして作るのかと感動した。
 その後、私たちはプールに入る。上下二段になったプールで、私は上段の方にいる。水がすでに入れられているのだが、そこに白色のペンキが流し込まれる。私たちはプールに浸かりながら内側を白く塗っていく。だけど、ペンキが溢れて、下段に落ちていく。下段の人たちも、プールに浸かりながら、ペンキを塗っていった。

(連想と感想)
 何かを造るというテーマだが、私は直接それには関わらず、傍観者の立場である。もっとも、危険だから下がっているようにという指示に従っただけなのであるが、創造に伴う危険を見なければいけないということかもしれない。
 後半は、白い液体が流し込まれて、それがペンキであるということが分かっているのだが、ミルクのようでもあった。不快感はなかった。


2月21日
(夢61)「ノートを持って歩く夢」
 私は昼間の繁華街を歩いている。平日なのか、人通りはまばらである。一冊のノートを小脇に抱えている。私の所持品はそのノート一冊だけで、他は何も持っていない。小雨がぱらついてきた、私はこのノートを濡らしてはいけないと思い、上着の中へ隠す。そして、アーケードの下に入ろうとする。

(連想と感想)
 私には思い出深いノートがある。それは私が19歳頃に書いていた日記である。日記と言っても、毎日の出来事を記述するようなものではなくて、内面を書き綴ったノートである。当時は生きるのが苦しくて、私は内面にあるものを吐き出したくて仕方がなかった。その捌け口としたのが、そのノートである。後年、私がこうしてカウンセラーとして働くようになって、私はその時のノートを処分したことをとても後悔している。今にして思えば、私にとってそれはかけがえのないノートだった。私の内面がもっとも生きていた時代のノートだったからだ。今、それを取り戻したくてならない。
 夢ではそのノートを大切に扱っている。自分が雨に濡れても、そのノートだけは濡らすまいとしている。大切に守るべきだったのだ。なぜなら、そのノートは私の内面と過去の苦しかった時代の記憶を象徴しているからである。私はそれを忘れてはならないのだと考える。そして、そういうものを疎かにしてはいけないということも教えてくれるようである。


<週を終えて>
 今回は二週分で一括りとした。夢にあまり関われなかった時期(9日~14日)があったためである。
 全体に不安定感を感じている。(夢55)では自分が必要とされているかということが焦点にあるように思うし、(夢58)では自分をこの場にそぐわない人間として見ている。(夢59)では馴染みだったものが変わってしまったこと、これは(夢56)にも見てとることができるし、(夢61)では失ってしまったノートが現れる。このノートは私の過去の一時期と密接に関連するものなので、私はその時代を失ったような気持ちになっている。これもまた、変わってしまったことを表すかもしれない。

(寺戸順司)