旧サイト版<夢の旅―5>

<夢の旅―5>


(夢22)「老婆をタクシーに乗せる夢」
(夢23)「報酬を分け合う夢」
(夢24)「見舞いに行く夢」
(夢25)「自己チェックの夢」


12月13日(12日~13日)
(夢22)「老婆をタクシーに乗せる夢」
 老婆を連れて、食事に出る。その人は私の親類ということが分かっている。駅の方面に向かい、タクシーを拾い、老婆をタクシーに乗せようとした。

(連想と感想)
 前日、6日ぶりにお酒を飲みに出た。よく行く居酒屋さんで、久しぶりにある老夫婦と再会した。彼らとは何度も店で会ったことがあり、二年くらい前からの顔見知りなのだが、今回、とても久しぶりに会った。奥さんがしばらく入院していたらしい。軽い脳梗塞だということだ。それから退院はしているのだけど、後遺症のためか言葉が不明瞭である。
 夢に出てきた老婆はこの奥さんと重なる感じである。この奥さん、私と会うたびに、娘を嫁に貰ってくれ、「娘と一度会ってやって」と頼むのである。私はその都度、適当に言葉を濁してその場を逃れるのですが、結婚しない娘を心配している親心というものも伝わって来て、どうもはっきりと断ることができないのである。
 夢では、この老婆は親類になっている。つまり、この奥さんが身内になっている。この奥さんは、私に対して「息子転移」を起こしていることははっきりしている。娘さんがどうこうという話ではなくて、この奥さんが私を息子にしたいと願っているのである。同じことは旦那さんの方でも言えて、飲み屋で会うと、私を息子のように可愛がってくれるのである。それはそれで嬉しいけれど、現実に息子になることには抵抗がある。そう思いながらも、夢では息子になってしまっているのである。これは私の方に何か起きているということを予想させる。
 ちなみにこの夢の場所であるが、これはかつてアルバイトしていたコンビニの近くなのである。その当時にも、似たようなエピソードがある。毎日のように買い物に来るおばさんがいて、私と顔を合わしているうちに、いろいろ話しかけてくるようになった。他のアルバイトの人にはそんなことはなかったのに、私には親しく話しかけてくれた。そのおばさんには年頃の娘さんがいて、どうも娘さんのことを気に病んでいるようだった。本当のところはどうだったのか知る由もないが、どうもこのおばさんは私に対して「息子転移」のようなものを起こしてるのではと思われるふしがいくつもあった。飲み屋で出会った奥さんとコンビニで出会ったおばさんとが重なるような感じである。
 重なっているのは母親だけでなく、娘さんの方もどこか重なってる感じがある。飲み屋での夫婦の娘さんがどういう人であるかということは、この奥さんから話を伺っている。実際には会ったことはない。一方、コンビニ時代のおばさんの娘さんというのは、何回か見たことがある。買い物に一緒に来たり、娘さんだけで来ることもあった。その娘さんというのは、なるほど、確かに人を寄せ付けないような雰囲気があって、男性からはとっつきにくい感じがある。ガードが堅いということである。同じような印象を、飲み屋で出会った奥さんの娘さんにも受けるのである。どうも、私自身、こういう女性には弱いところがあるようだ。それに、こういう娘さんを持つお母さんに気に入られやすいのかもしれない。

12月14日
 この日は夢を見ず。何か見たという印象もない。夢を忘れたという感じではなく、私の心が夢を見ることを拒んだかのような感じである。それだけ前回の夢は何か苦痛であったのだろうかと思う。もう一度、前回の夢の連想を続けたいと思う。
 前回の夢では、飲み屋で知り合った老夫婦との関連で生じたものであるらしいことははっきりしている。「娘を嫁に」という奥さんの頼みを私は現実には拒否しているのであるが、夢では親類になってしまっていた。
 今回は場所に注目したいと思う。タクシーを拾う場所であるが、それはある駅のタクシー乗り場である。その駅近くに私がアルバイトしていたコンビニがある。夜中、アルバイトを終えて帰る頃、夜の遅い時間だが、そのタクシー乗り場の辺りはけっこう物騒なのである。若い人たちがたむろしていたり、暴走族の集団が集まったりした。私自身もその辺りで酔っ払いに絡まれそうになったり、タクシーの運転手と言い合いになったりしたこともある。私にとって、そこはどうも厄介な場所という印象がある。昼間は全く安全な場所なのだけど、いつも夜遅くに通るので、昼間では見れない面を見てきている。
 夢では、この老婆を連れて歩いている場所が、その厄介な場所なのである。どうも私にとって、この話(奥さんが頼んだ内容)は、やはり厄介なものとして捉えていたようである。確かに、この夫婦は付き合いやすい人で、私は好きなのであるが、奥さんがこの話をする時は、どうしても居心地の悪さを感じてしまうのである。夢では、その居心地の悪さ、その話を厄介なものとして受け止めている私の態度を、この場所が示しているように思われる。
 夢では、さらに、タクシーに老婆を乗せようとしたところまでは覚えているのであるが、私が同乗したかどうかは分からない。老婆に手を貸すことはできるのだけど、一緒に乗ることについては拒否的になっていたのかもしれない。現実の奥さんは、私の見立てでは、私を息子にしたいのだと思うのだが、私はそれを窮屈なものとして感じているようである。呑み込まれるような恐怖というか、一体感を強いられる恐怖というか、そのような感じである。一緒にタクシーに乗り込まないのは、どこかそういった恐怖感に抗おうとしているようである。付き合える(付き添える)のはここまでという形で、その老婆(奥さん)から距離を取ろうとしているようである。


12月15日
(夢23)「報酬を分け合う夢」
 それまでのいきさつは分からないが、手に入れた報酬をみんなで分け合っている。

(連想と感想)
 どうも何人かで一つの仕事をし終えたような感じである。それで報酬を、一人ずつではなく、グループ全体で貰ったのである。それをみんなで公平に分けている部分を覚えている。喧嘩やいさかいは起きなかったし、不平不満を言い出す者もいなかった。割と平和的に分け合ったという感じだった。分け前が多いとか少ないとかいう感じもなく、仕事に対して、妥当な報酬であったという感じである。
 他者との間に揉め事を避けようとする傾向を見るように思う。また、みんな同じだけ貰ったのだから、誰も文句を言わせたくないという気持ちとも関連しているようである。


12月16、17、18日
 私の怠慢で夢を逃してしまう。


12月19日
(夢24)「見舞いに行く夢」
 誰かが入院している。私は見舞いに行く。病状は大したことはないようだった。

(連想と感想)
 病気になっているのは、特定の誰かではないが、夢の中では知人のようであった。
 自分の健康状態に不安を覚えることが最近は多く。それが病人として表わされているようである。夢を額面通りに受け取れば、それは私自身ではなく、しかもその病気は重くないことが示されている。つまり、私は自分の健康状態を確認して、それが大したものではないことで安心を得ようとしている。
 しかし、それであれば、私が病気で、医者から大したことはないと宣告される夢を見てもよさそうである。ここでは私以外の誰かが病気なのである。従って、誰かが病気であればよく、その人が病気であるということで安心していることになりそうである。
 ここで私に思い浮かぶのは、もっと「心の病」が増えて、私の仕事がもっと忙しくなればいいのにという願望を私が持っていることである。よくそういうことを考える。ただし、「心の病」が増えればいいのにという箇所には補足しておく必要がある。現代の日本は社会自体が病んでおり、そこに生きる人々もみな病んでいると、私は仮定しているので、「心の病」が増えればいいのにというには、もっと一人一人が自分の「心の病」に自覚的になればいいのにということを意味する。医者は患者を必要とする。患者が存在することで医者としてのアイデンティティを保てるわけである。シャーロック・ホームズが自分の持てる能力を最大限に発揮するためには、社会に損害をもたらすような天才的な犯罪者、モリアーティ教授を必要とするのと同じことである。ただ、そういうことは公然と口に出して言えないことである。だからこそ夢でみなければならなかったのだろう。
 夢では患者が大したことがないということで安心しているのであるが、病人がいるということで安心している部分もあるように思われる。
 この夢に関して、もう一つ連想するのは私の父のことである。父は今年の秋に入院した。簡単な手術をするのだけど、医者は万が一のために手術当日は家族の人の来てもらってくださいと父に告げたそうである。それで誰が行くかということになったのだけど、結局、私がその日は仕事を休んで行くということに決まった。ところが、それまでに父と揉めて、手術の日は「簡単な手術だから、誰も来ていらん」と父に言われたのだ。夢の中の病状の大したことのない患者は父を思わせる。現実には、私は父に拒絶された形になったのだけど、夢ではきちんと付き添っている。


12月20日
(夢25)「自己チェックの夢」
 私は自己チェックしている。まず、人脈図を書き、私のプロフィールを書き綴っていく。

(連想と感想)
 前日は予定が入っていて、仕事を休むことになっていたのだが、急遽、その予定が中止になってしまった。もっと早く決まっていればよかったのに、突然だったのでこの日一日空きができてしまった。もったいないと思い、勉強しようと決める。それで職場まで足を運ぶ。
 その電車の中で、私は専門書を読んでいた。職場に着いて、初めてズボンのチャックが全開になっているのに気づいた。いつからそこがオープンになっていたのか私には分からない。家を出る前から開いていたのだろう。
 今度は家に帰る時である。私は電車に乗る前にもう一度ズボンのチャックが閉まっているのを確認しておいた。安心して車内で専門書を読んでいると、夢中になってしまい、駅を降りるのを忘れて、終点まで行ってしまったのである。
 こういうことを家に帰って、一緒に住む母に話すと、「あんたもっとしっかりしなさい」と言われる始末である。確かに、視野が狭くなっているのかもしれないと気づいた。
 夢では私が自分をもう一度チェックしている。一人で黙々と書いていくことでそれをしている。チェックした内容は覚えていないが、それこそこの夢の肝心な部分ではなかったかと思う。私はどのような人脈図を描いただろうか。どのようなプロフィールを綴っていっただろうか。

<5週目を終えて>
 これまで一週間(七日)単位でまとめてきたけれど、今回はうっかりして八日でまとめてしまった。これまでは日曜日スタートだったけど、私にはなんとなく落ち着かないのである。七日目を日曜日にしないとすっきりしないのである。カレンダーでもそうである。そのためか、私は無意識的に、自分がすっきりする区分になるように間違えてしまったのだ。それは大したことではないのだが、次週からは月曜日スタートの日曜日ゴールが実現するので、気持ちの上で違いがある。
 さて、この週の夢は、初日に見た(夢22)のインパクトがとても大きかった。翌日は夢を見ず、その後、三日続けて夢を紛失してしまっている。また、見たとしても、極めて断片的な夢である。どこかで夢を見ることを苦痛に感じているのかもしれない。その苦痛が(夢24)の病人に表されているのかもしれないし、(夢25)で自己チェックするという形で苦痛に気付かせようとしているのかもしれない。

(寺戸順司)