<9-4A>不安に襲われる親は良い親である

<9-4A> 不安に襲われる親は「良い」親である

(不安に襲われる親)
 子供のことでカウンセリングを受ける親たちは、ほとんどの場合、何らかの不安に襲われており、不安定な状態にあるのです。
もちろん、個人差はあります。不安を強く感じている親もあれば、それほどでもないという親もいます。ひどく不安定な状態に陥っている親もあれば、どうにか安定は保っているという親もあります。いずれにしても、子供のことで相談に来られる親は多かれ少なかれ不安を経験しており、動揺しているものであります。
また、母親の中にはそうした不安を表明する人もあるのですが、父親はしばしばそれを隠すという傾向が私には感じられています。面に表さなくても、内心では多大な不安を抱えていて、それが後々の面接で改めて表出されるというケースもあります。
 個人差があるとしても、親たちは不安な思いで日々を送り、内的に動揺しているのです。そして、その状態でカウンセリングを受けに来られるのです。

(親が不安に襲われる背景)
 親が不安に襲われているとは、つまり次のような状況があるということです。この親たちはそれまで自分を支えてくれていたものが失われたり、それが十分な安心感をもたらさなくなってしまったりといった、そういう状況であります。
 子供のその問題は昨日今日始まったものではなく、時には10年20年の長期にわたって見られていたものであることも少なくありません。それまでも親は何らかの取り組みをしてきたのですが、まだ親の不安はそれほど大きくはなかったかもしれません。
 親も若く、現役で仕事をしていたりすると、子供もそのうちなんとかしてくれるだろうという期待を持てるでしょう。でも、その状態が10年とか20年とか続くと、親も高齢になっていくのです。現役を退く親もあります。このまま子供を抱えることに不安が伴うと同時に、自分たちの老後の不安も覆いかぶさってきます。身体や健康の不安も多くなっていきます。そうして親の状況が変わってくるわけです。
 親はそれまでの安心感や安全感を維持できなくなるのです。専門的に表現すれば親たちの防衛機制が揺らぎ、それが機能しなくなるという状態に陥っているわけです。そうでなければ親は子供のことで動くことはないでしょう。親自身が不安に脅かされるようになるので、援助を求めなければならなくなるのだと私は考えています。従って、親カウンセリングは何よりも親自身のために求められるものなのです。

(親の回復)
 親たちが今まで以上に不安を抱えるようになり、時にはそれが抱えられなくなると、子供の問題をなんとか片付けたいという気持ちに襲われるのは当然なことであります。
親の不安のすべてが子供に関することではないにしても、子供に関する心配も親を苦しめているのです。間違えてはいけない部分は、子供の問題は多くの不安材料の中の一つであるのです。でも、親にとってはとても大きな一つなのです。従って、親カウンセリングでは、子供の問題だけに焦点を当てるわけにはいかず、親の生をトータルに見ていくことになるのです。
 しかし、親が動き始める契機は子供の問題なのです。これが親にとって一番大きな不安材料になっているからであり、親自身の安定を損ねているからであります。背後に親自身に関する不安が存在しているとしても、子供のことが前景に出ているので、まずはそれをどうにかしたいと考えるのであります。そういう親が多いという印象を私は受けています。
従って、何度も繰り返すのですが、親とのカウンセリングで一番大事なことは、まず親が落ち着きを取り戻し、安定していくことであると私は考えています。本項では、特にその点を強調したいと思います。

(子供の言動がさらに不安を高める)
 子供のことで親自身も不安に襲われています。親は子供を何とかしたいと思うのです。それで子供を「治療」やカウンセリングに送ろうと試みます。大抵の場合、子供はそれに反発します。子供は「治療」を受けたがらないわけです。
 では、子供にこれからどうするのかと詰問しても、「何もしない」などという返答を親は受け取ってしまったりします。
 自分たちもいつまで子供を抱えていられるか分からない、それなのに子供は動こうともしないし、時にはそれで平然としていたりもします。
 子供のこうした言動の一つ一つが親の不安をさらに高めることになってしまうようです。親もどうしていいか分からないのです。
さらに、親の不安を高めてしまうのは子供だけではないのです。専門家もまた然りなのです。例えばインターネットなんかで調べてみると、子供の問題の原因が親にあるなどと平気で言い放つ専門家の文章に親が遭遇したりしてしまうのです。それもまた親の不安を高めるのです。<9-2A>でF先生の一件を書きましたが、F先生のようなことをすると(「本人が来ないと意味がない」と親に伝えること)、それがさらに親の不安を高め、今まで以上に親を途方に暮れさせることになるのではないかと私は思います。
 私は多くの専門家や臨床家がこの部分で間違えていると感じているのですが、親の不安を考慮することを怠ってしまうのです(私もうっかりやってしまっているかもしれません)。本当はそこを低下させないといけないのに、却って高めるようなことを伝えてしまうのです。

(不安を抱える親は概して「良い」親である)
 どの親も子供のことで不安を経験するのです。その不安を抱えることのできる親は概して「良い」親であると私は信じています。たとえ親が子供の問題の一因であったとしても、不安を抱えることのできる親が「悪い」親であるはずがないと私は信じています。
 このことは不安を抱えられない親たちのすることを見れば一目瞭然であります。この親たちは、多くの人がするように、不安材料を目の前から追っ払うことで不安をなくそうとするのです。それを抱えることができないので、消去しようという方向に進んでしまうのです。
 分かりやすく言えば、不安を抱えられない親は、子供を勘当するとか、子供に見切りを付けるといったことをするのです。あるいは「治療者」に子供をすべて丸投げするといったことをするのです。子供がもっと若い場合は、どこかの施設に入れてしまうといったことをするのです。私にはそれらの行為が「厄介払い」したいだけの行為に見えてしまうのです。親たちはそうではないと言い張るでしょうが、私にはそう映ってしまうのです。
 子供のことで不安を抱え、親自らがカウンセリングを受けに来ます。ここではそういう親たちだけを取り上げています。そして、この親たちは子供を手っ取り早く片付けようなどとは思わないのです。できるだけ抱えようとしている親も少なくないのです。その子供たちは信じないかもしれませんが、子供が思っている以上に彼らは「良い」親たちであるように私には思われるのです。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)