<8-5-2>出会いから結婚まで~出会い以前(1)

<8-5-2>出会いから結婚まで~出会い以前(1)

(出会い以前)
 出会いから結婚までの各段階についてそれぞれ見ていくことにします。ここでは出会い以前の段階を取り上げることにします。
 すでに述べたように、出会い以前の段階とは、個人のそれまでの人生すべてを含んでしまうので、それらを記述していくと膨大な記述量になってしまいます。そのため、大部分の内容は切り捨てることにして、上手く行かない夫婦に関して、特に取り上げたいことをいくつか選択することにします。
 出会い以前に、夫となる男性も妻となる女性も、自己を確立していることが求められ、恋愛もまた十分に成熟していることが望ましいと言えるでしょう。それらはテーマとして非常に大きいものなので、詳しいことは別の機会に譲りたいと思います。そのうちのいくつかを簡潔に綴るだけにしておきます。

(恋愛経験)
 大抵の人は結婚以前に何人かの異性とお付き合いをした経験を持っているものであります。正確な情報を入手しているわけではないのですが、3,4人の人とお付き合いした経験を持っている人が多いのではないかと私は思います。
 多少とも愛の経験がないと、異性との関係や恋愛が身につかないものであると思うので、むしろ結婚前に何人かの異性と交際した経験があるという人の方が上手くいく可能性が高いと私は考えております。
 上手くいかない夫婦では、それが両極端である場合が見られるように思います。つまり、結婚前に全く異性付き合いをしたことがないか、交際相手が多すぎるか、そういう経験を聞くことがよくあるのです。

 恋愛の経験がない場合、異性や恋愛の経験が十分に身についていない、そういう経験が内面化されていないということになるので、そういう人がいきなり結婚となると、とかく未経験なことが多く、失敗をしてしまうこともあるでしょう。
 大抵の人は初めて交際した人とは上手くいかなかったという経験をしているものではないでしょうか。男も女もそうした経験からいろいろ学んでいくものであります。初めてお付き合いした人と結婚したという人はそういう学びを得ることなく人生上の大きな決断をしてしまったことになるわけであり、とても負担の大きい決断であるように私には思えてくるのです。
 例えば、ある女性クライアントは夫から冷たくあしらわれてしまうと訴えて来談しました。彼女は夫以前に男性と交際したことがなかったのでした。夫から冷たくあしらわれてしまうというのは、夫が冷たい人間であるという意味ではなく、彼女が夫との距離感をつかめないことに起因するようでした。後に、自分にはそういうことがよくわからないのだと、少しですが、彼女は打ち明けたのでした。彼女は、要するに、距離感をゼロにしてあげると男性が喜ぶと単純に信じていて、適度な距離を持った方が却って良好な関係になり得るということが理解できていないようでした。人がしばしば最初の恋愛体験でやらかしてしまうような失敗を彼女はやっているに過ぎないのですが、理想を言えば、そういう経験は結婚前にしておいた方が良かったのでしょう。

 それとは逆に、結婚前にお付き合いした異性が何十人もいるといった話も聞くことがあるのです。それは要するに、一人一人の異性との交際が短期間しか続かないということを意味しているのです。関係が深まる以前にその関係が解消されて、次の関係に移行するのでしょう。相手をとっかえひっかえしての恋愛と言っていいでしょう。これは、苦しくなるとリセットして、苦しくなる前の快の体験だけを貪っていることになるのではないかと私は思うのであります。当然、ここでは相手の個別性も失われています。その人の中ではAさんはBさんの代用が務まるわけであります。ある意味、異性であれば誰でもいいという恋愛なのであり、その種の恋愛経験は十代の青年などによく見られる傾向であると私は認識しております。
 ある男性クライアントの妻がそういう人でした。結婚前から男性遍歴が凄かったそうでありますが、結婚後も彼女は同じことを続けているのでした。彼はすでに彼女とは離婚していました。離婚しているにも関わらず、彼女は元夫である彼に恋人のように言い寄ってくるというのであります。彼女に対してどう対処していいのか分からないということで来談されたのでした。細かな経緯は省きますが、彼女がどれだけ荒れようと、彼女に「快」を与えなくなれば彼女の方から去って行くでしょうと私は示唆して、事実、そうなっていったようであります。

 また、交際した人の数の多い少ないは別として、交際した人とはいつも同じ形で関係が終わるという例もよく耳にするところであります。そして、結婚しても同じ形で破綻するということも生じるのであります。自分にとって悲劇的な結末を反復させてしまうということであり、神経症的なパターンであると私は思います。こうしたパターンは、相手よりもむしろその人のパーソナリティに属するパターンであると思います。
 これの典型例はDV被害者であります。暴力的な異性と交際してきて、結婚した相手も暴力的な人だったというような例であります。DVに関しては該当ページを参照していただくことにして、DVは、加害者だけではなく、被害者側もそれを引き起こすのに一役かっているのであります。

 以上、結婚以前の恋愛経験に関して、その経験が皆無であること、その逆に過剰であること、さらに同じ結末を迎えることを取り上げました。このような経験は、その人が恋愛とか愛情に関して、恐れを抱いているか混乱しているかを示すものであると私は考えています。一人の相手と深い関係を築くこと、親密になっていくこと、お互いを理解し合っていくこと、こうしたことが恐ろしいと感じられているのだと私は思います。
 恐ろしいと感じていると私は言ったけれど、もちろん、この恐れは当人に意識されていることもあれば意識されていないこともあるでしょう。また、恐れとは違った感情として体験されているものがあるかもしれません。
 恋愛が恐れられるというのは、例えば、一部の人にとっては、恋愛とは相手に呑み込まれ、相手と融合して、あるいは相手が一方的にこちらの心に侵入してきて、自分を喪失するような体験となるからであります。そういう体験を有する人にとっては、恋愛は、素晴らしいことではなく、むしろ不安や恐怖を喚起する体験となってしまうのです。こういう人は恋愛や異性関係のたびに不安に脅かされてしまうのでしょう。その不安に対処できるほど自分がしっかりしていない、あるいはしっかりした自分が経験できていない人であるようにも私は思うのであります。
 上述の恋愛経験の皆無だった女性は、自分自身を喪失してしまう前に自ら自分を差し出すことで不安を処理しているのかもしれません。異性との交際が過剰である女性にとって、あるのはセックスだけで、恋愛は存在していないかもしれません。交際が短期間で終わるのは、お互いに親密になる以前に関係を解消させなければならなかったからなのかもしれません。DVの被害者も、恋愛が恐ろしいので、相手を恋愛対象から別の対象へ引きずり降ろさなければならなくなるのかもしれません。
 愛したり愛されたりすること、親密になること、異性と付き合うこと、そうしたことに関する恐れや不安(これらは本当はどの人も経験しているものでありますが)は、結婚前からその人にあるものであり、そういう人にとって結婚は一大決心を伴う大事業になるのではないかと私は思います。そして、結婚後もその夫婦生活にそうした不安や恐れが持ち越されてしまうのであります。

(文責:寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)