<8-2D>一つの事例より

<8-2D>一つの事例より

 夫婦の関係は、その他の人間関係と同様に、その関係に双方が持ち込み合うもの、双方が引き出し合うもので方向づけられます。
 同じく、双方がその場に持ち込むことが禁じられているもの、引き出されることに制止がかかるものによっても関係は影響されます。
 禁止されているものが表出される時には、曖昧なメッセージ、歪んだコミュニケーションになりやすいのです。それはお互いの意思疎通を阻むのです。
 前節までそうしたことを論じてきたのでしたが、少し先を急ぎすぎているかもしれません。ここで一つの例を提示しようと思います。これは現実の私のクライアントの話であり、個人が特定できないように、複数のクライアントのエピソードを交えています。

 クライアントは夫の方でした。彼は妻の不機嫌にどう付き合ったらよいかで悩んでいました。
 この妻という女性ですが、彼女は定期的に調子を崩すのです。調子がいい時は問題ないのですが、妻の調子が崩れた時に対応が難しいと彼は感じているのです。
 ちなみに、彼女が定期的に調子を崩すこと、彼がその対応に困惑していることなどは、双方がこの関係に持ち込んでいるものであると言えるのです。あるいは、持ち込み合っているものから生まれている現象であると言ってもいいかもしれません。
 さて、状態が悪くなると、彼女は不機嫌になり、彼はどうしていいかわかりません。試みに「何をしてほしい?」「何かできることはない?」と彼女に尋ねても、彼女は「そんなの自分で考えてよ」とか「調子が悪いので考えられない」などと答えるありさまでした。
 それで彼が彼なりに考えてやってあげたことに対して、彼女は不快感を露わにしたり、あからさまな嫌悪を表現するのでした。
 そんなことを繰り返しているうちに、彼は彼女が調子の悪い時は彼女を敬遠するようになりました。そういう時はできるだけ彼女に関わらない方がいいと考えたようです。しかし、彼のその方策は、彼女の不調を長引かせたり、調子のいい期間を短縮させてしまったりすることにつながったようでした。
 私は彼が彼女の言っていることが理解できているかどうかを確かめていきます。彼が言うには、妻は調子のいい時には自分の要望も言えるのだけど、調子が悪くなるとそれが言えないというように理解していました。
 なるほど、彼女の調子がいい時には「あれが食べたい」とか「一緒に買い物について来て」などと彼に要望を出しています。彼がその要望に従うと彼女も嬉しそうだと彼は言います。
 彼女の調子のいい時には、彼らの関係、並びに、コミュニケーションは特に問題となることはなさそうです。
 では、問題は彼女の調子が悪い時です。そういう状態の時にあると、彼女は一切自分の要望を言わないと彼は述べているのですが、それは本当でしょうか。私はそこに疑問を覚えたので、彼によく彼女のことを観察するようにとお願いしました。
 何週間も観察したところ、調子が悪い時でも、彼女は必ずしも自分の要望を言わないわけではなかったということに彼は気づきます。小さな要望は彼女は出してきます。「静かにして」とか「連絡ちょうだい」などと言った要望を彼女は出しています。
 彼はそれを彼女の要望であるとは気づいていませんでした。彼はそれらを彼女からの命令とか叱責と受け取っていたようでした。私に指摘されて、改めて考えてみると、彼女はそういう形で要望を言っていたのだということが彼には理解できるようになっていきました。
 従って、要望を出すか出さないかではなく、調子のいい時と悪い時とでは、彼女の要望の出し方が異なるということであります。彼はそこを間違えて理解していたのでした。
 彼がそこを間違えているのは、彼の思い込みや想像がそこに入り込んでいるからであると私には思われるのですが、それと同時に、調子の悪い時の彼女の要望は普通の要望のようには聞こえないという状況も手伝ったようであります。

 もう一つ、踏み込んで考えてみましょう。調子の悪い時に彼女が出す要望は普通の要望のようには聞こえないのです。
 そのような状況は、調子のいい時の彼女の出すメッセージと調子の悪い時の彼女の出すメッセージと、その種類が異なっているわけです。調子のいい時に出されるメッセージは、その通りに相手に伝わっているのです。要望は要望として夫には伝わっているのです。調子の悪い時には、彼女のメッセージはそのメッセージ通りには伝わっていないのです。要望は、命令や拒絶、攻撃などして彼には伝わっているのです。
 このことは、つまり、調子の悪い時の彼女のコミュニケーションには歪みが発生していると考えることができるのです。そして、そうした歪みが発生しているということは、彼女の中に何か禁止されているものがあると仮定することができるのです。

 では、一体、何が禁止されていると考えることができるでしょうか。言い換えるなら、彼女の言葉がどのようになれば、コミュニケーションの歪みが取り除かれるでしょうか。それを考えてみましょう。
 私は彼女のことを知りません。夫から伺った範囲でしか彼女のことは知りません。だから、これはあくまでも私の推測の域を出ないものであります。
 調子を崩している時、彼が「何かできることはない?」と尋ねます。彼女は「自分で考えて」などと言うのですが、彼女が本当に言いたいのは、「調子の悪い時には、私は自分の要望を表現することが禁じられている」ということではないでしょうか。それをすることが自分には許されないことのように体験されているということなのではないでしょうか。だから、彼女が「それが私には言えない。それを言うことが私には禁じられている」と言えば、彼女のメッセージの歪みが多少とも矯正されることになるのです。
 私はこれは間違っていないと自分では思うのですが、彼女は自分が苦しい時に自分の要望を出すことを禁じられて生きてきたのでしょう。それをすることは自分にとって大事だった人(例えば親など)を苦しめることになるか、その人からの拒絶に遭ってしまうのでしょう。そういう経験を積んできたのだと思います。
 そこに彼女の禁止があるのです。彼の問いかけはその禁止に触れるものであり、その禁止を解こうとするものなのです。それは彼女には脅威に感じられていたかもしれません。その時、禁止を解かれることと禁止を守ることと、その両方の力が彼女の中で衝突してしまうのでしょう。彼女のメッセージが曖昧になるのはそのためではないかと私には思われたのでした。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)