<7-2>夫婦の危機段階

<7-2> 夫婦の危機段階

 精神分析を家族に応用したアッカーマンという分析家がいます。初期の家族療法家という位置づけをされることのある人ですが、この人が家族病理の段階を述べています。それは次の4段階に分けることができるということです。

(家族病理の4段階)
 アッカーマンの言う4段階を見てみましょう。
まず、①正常な家族においては、様々な問題に対して、現実的な解決を避けず、的確に認識して、それを成就する、そういう段階があるとしています。
次に、②現実的解決はうまくできないけど、家族はその未解決の問題を抑圧し、それによってその問題がもたらすであろう有害作用をも統御する。その間に、解決のための時間的余裕を作り出すことができる。そういう段階があるとしています。
続いて、③問題の解決を見いだせず、抑圧が成功しなくなり、家族はその失敗に対する緊張感を高める。その緊張感から、家族は「行動化」で反応する。その行動化とは、無分別なものであったり、破壊的なものであったり、衝動的になされたりするような、家族にとって有害となる行動である。時にはスケープゴートを作り出すこともある。こうした防衛スタイルを維持していくことは困難である。こうした段階が続くとしています。
最期に、④において、③の状態が続くと、家族の情緒的解体並びに結合の解体に至るとされています。
 専門家が見れば、この分類はよく分かるものであります。①は健常の状態であり、②は神経症レベルの状態であります。問題を抱えながらも、防衛がよく機能している状態であるわけです。③は人格水準レベルの状態であり、高次の防衛が破綻し、より人生早期の防衛スタイルにしがみつく状態であります。④は精神病水準の状態と見ることができ、ここに至ると、人格の解体が起きるということになります。
 要するに、個人に見られる諸段階が家族にも見られるということをアッカーマンは述べていることになるのですが、私はこれは夫婦にも該当すると考えています。

(どの水準で援助を受けるのか)
 さて、アッカーマンの分類を拝借して、ここからは私の見解を述べることにします。
 前項で、DV問題で来談されるクライアントたちは、かなり手遅れの段階で援助を求められるということを述べましたが、それは③の段階や、④の寸前の段階で来談されるという意味であります。①や②の段階で援助を求めていれば、破綻は免れていたかもしれないのです。
 実際、関係を修復できた夫婦というのは、②の段階に属する人たちでした。防衛機制がよく機能している方々でした。従って、カウンセリングを受けると離婚するというような説は正しくないのです。離婚するかどうかは、カウンセリング如何によるのではなく、その夫婦がどの水準にあるかによるものであると私は考えています。
 でも、私はここで矛盾することを言わなければならないようです。夫婦が①や②の段階にあるうちはDV問題は生まれないと私は考えています。従って、夫婦にDVが生じているとすれば、その夫婦がすでに③の水準に達していることを示していると、そのように私には思われるのです。
 上述の③において、「行動化」と「スケープゴート(以下SG)」といった言葉が出てきましたが、これはDVには付随する現象であり、通常の意味での夫婦ケンカと異なるところであると私は考えています。
 行動化というのは、感情を行動で表すというように定義すれば、DVとは行動化に他ならないということになるでしょう。この行動化によって、当人は内面に蓋をすることができるのです。本当の問題に目が向かなくなってしまうのです。
 SGというのは、単純に言えば、他の誰かもしくは他の何かに罪があるとみなす心理であります。悪は他にあって、自分にはないということにしたい心理であります。それは「私が不幸なのはあなたのせいです」とか「あなたのせいで私が平和に暮らせない」とか、あるいは「あなたの暴力的な親が悪いのだ」といった感情であります。DVには間違いなく見いだせる感情であり、これは「悪者探し」のような形を取ることが多いようです。
 このSGは、「被害者」側が積極的にやっている例も少なくないように私には思われるのです。詳しくは今後取り上げていくことにしたいのですが、DVは、少なくとも③の段階で生じるものであり、②の段階ではDVが顕現する代わりに、それ以前に防衛機制が働くでしょう。
 いずれにしても、DV問題とは夫婦の危機的段階に至って顕現するものであり、援助を求めるのはそれよりもさらに遅れることになるので、どうしても手遅れになりがちなのであります。

(離婚後に壊れる側)
 夫婦が③の段階に至るということは、夫婦の双方がかなり精神的に追い込まれているはずなのです。この時、相手の方が悪いという形でSGをすれば、その人は安泰であります。しかしながら、離婚が成立した時に、この人はSGを失うわけなので、状態が悪化するのです。私はそのように考えているのですが、そうして離婚してから壊れる人が現れるのです。それが非来談者側の人であることが多いということであります。
 私は非来談者側の人も援助を受けるように勧めるのですが、この人たちはそれを聞き入れないことが多いのです。SGの機制が働いている限り、この人は自分に援助は必要ないと感じるかもしれません。悪いのは相手であって、相手が変わればいいのだという心理にしがみつくことができるからであります。
 ところが、離婚してから状態が悪化するのがこの人たちなのです。かろうじてその人を救ってきた防衛機制が、離婚によって破綻するからであります。
 一方、来談者側は、確かに常に必ず上手く行くとは限らないのですが、カウンセリングを通して自我機能が回復してくるので、防衛機制が再び発動するようになるのです。離婚後も自我が働くようになるのです。
 従って、来談者と非来談者とでは離婚の経験がまったく異なると前項で述べましたが、それはこういうことです。非来談者にとって、離婚は③の水準から④の水準に落ちる経験となるのに対して、来談者は③の水準から②の水準に上がる経験となるということなのです。

(本項終わりに)
 以上、前項で十分に説明できなかった個所を、アッカーマンの分類を活用して述べてきました。DV問題を抱える夫婦は破綻寸前のところで援助を求めることも多いのです。でも、DVという現象が生まれている時点で危機的段階に突入しているのです。そのことを伝えたいと思い、本項を綴りました。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)