<6-5A>有能の人たち

<6-5A>有能の人たち


(能力と魅力を備えた人たち)
 「境界例」傾向のある人のすべてではないかもしれませんが、彼らの中には
有能で魅力に富んだ人も少なくないように私は思います。「境界例」に関する
書物を紐解いても、この辺りのことに触れているものがほとんどないので、私
は一番にこれを取り上げたいと思うのです。彼らはある部分ではとても有能で
あり、魅力的なのです。
 実際、過去に輝かしい一時期を有しているという人も、私のお会いした範囲
では、少なくありませんでした。周囲から抜きん出ていたり、カリスマ的な魅力
を発揮していた時期があるのです。
 いい状態の時は限りなく有能な人たちなのですが、つまずくと一気に崩れる
のです。この「落ち方」が「境界例」らしいのですが、それは次節において論じ
ることにします。

(持てるものを活用しなくなる)
 彼らの状態が悪い時には、彼らは自分の持っている能力や魅力を一切発
揮しなくなります。私は見ていて、勿体ないなといつも思うのです。持てるもの
を活用するといいと思うのですが、これを示唆すると「あなたは何もわかって
いない」などと激怒されることもありました。なかなか当人に分かってもらえな
いので悔しいような悲しいような気持ちに私は襲われるのです。
 あるクライアントは、大学時代につまずいて、以後、引きこもり状態を続けて
いました。カウンセリングを継続していく中で、この人は仕事してみようという
気持ちに、少しだけですが、なったのでした。何もしていなかった人がアルバイトをしようと言い始めたのだから、これはいい兆しだと私は思いました。
 ところが、この人はアルバイトに落ちてしまったのです。せっかく仕事をしようと動いた気持ちが、再び、停止してしまうことになったのでした。
 この人の履歴書を見た途端、雇用者は「君のような経歴の人が来る所では
ない」と言い、この人を不採用にしたのでした。この人は、かつては一流の進
学校に通い、某一流の大学まで合格している人だったのです。つまり、この人
は、自分の能力よりもはるかに低い能力が求められるような仕事に応募した
のでした。
 この人は、自分の持っている専門的知識をまるで活かそうとしていなかった
わけです。

(「枠組み」を必要とする)
 それでも、彼らには能力がある、これを私は信じて疑わないのです。しかし、
その能力を発揮するには条件があるのです。
 上述のクライアントは、中学も高校時代もトップクラスの成績を維持してきま
したが、大学に入ると急に勉強についていけなくなったのでした。私はこの辺
りの事情がよくわかるように思います。
 中学や高校での勉強というのは、範囲がはっきりしているのです。言い換え
れば「枠組み」がしっかりしているのです。この条件では彼らは実に有能なの
です。大学では、自分でテーマを選び、調べ、論文にするといった勉強になる
ので、いわば「枠組み」が不明確になるわけです。この人がついていけなく
なったのは、「枠組み」が取り除かれてしまったことにも因があるように思いま
す。
「境界例」傾向の人は、なんらかの「枠組み」を必要とするのです。自由である
ことは、彼らには苦しい体験となることも多いのです。これは「逆転性」のとこ
ろで取り上げることにします。

(アンバランスな印象)
 しばしば、「境界例」傾向のある人たちの仕事ぶりなどを聞いていると、ある
特定の部分に関してすごく有能であるという例が見られるのです。他の部分
では今一つの成績でも、ある一つの部分では周囲が羨むほど抜きんでてい
たりするのです。全体的にアンバランスで、ディスオーダーな印象を受けるの
です。
 限られた部分では有能なのに、他の面ではうまくいかないというアンバラン
スさと、落ちる時は一気に落ちるという在り方が彼らの特徴的な傾向であるよ
うに思います。
 ある販売業に従事するクライアントは、かつての同僚だった女性の話をして
くれました。彼女は販売成績がいつもトップでした。上司からもそこは高く評価
されていました。しかし、この女性、販売成績はトップだけれど、事務的な仕事
ではよくミスをしてしまうし、実は客からのクレームも一番多いという人でした。
他のスタッフともよく揉めることもあったそうです。
 彼女はけっこうな嫌われ者だったようですが、どういうわけかこのクライアン
トには親しく寄ってきたのでした。クライアントは、彼女に対して不快に思うこと
もよくあったそうです。彼女には、どこか「私はトップなの」といった高慢さが感
じられていたそうです。彼女の不平不満を聞くのもクライアントの役目でした。
 そこでは同僚や上司が散々にこき下ろされるので、聞くのもつらかったと彼女は述べます。
 ある時、販売促進キャンペーンをするということになり、そのチーフがスタッフの中から選ばれることになりました。
 スタッフミーティングの席で、上司はチーフに彼女ではなく他のスタッフを任命したのでした。
 彼女は激怒し、一悶着起きたそうです。彼女は、「どうして成績トップのわたしではなく、成績のパッとしないこの人がチーフに選ばれるのだ」と激しく抗議したのでした。
 当然、この愚痴を聞くのもクライアントの役目でした。彼女は「日本は実力主
義じゃない」などと不平たらたらなのですが、クライアントは密かに「あなたが
選ばれないのはよくわかる」という思いでいたそうです。
 この出来事を契機に、彼女は辞職します。辞職前に、上司から何か言われ
たそうです。おそらく、この上司が彼女の主要対象になっていて、この上司か
ら見放されたという体験をしてしまったのでしょう。彼女は辞表を書くと、すぐに
辞めてしまいました(ここも「境界例」らしいエピソードだと思います)。
 さて、この女性がいなくなっても、店はうまくやっていました。誰も彼女のこと
を話題にする人もありませんでした。ある時、クライアントは心配になったの
か、一度、彼女に連絡を取って、彼女に会いに行ったのです。
 数か月ぶりに会う彼女は、以前とは別人のように見えたそうです。生気がな
く、ふさぎ込んでいる感じでした。おそらく無職のままだったのでしょう。あれだ
け自信満々だったのが嘘みたいだとクライアントには思えたそうでした。つま
り、この女性は有能な働き手から無職に急転直下していたわけです。
 クライアントが訪問した時、最初は彼女は快く迎え入れたのですが、最後には激怒し、クライアントを追い出すことになったのです。クライアントは、もう彼女を心配するのはやめようと、そう思ったそうでした。
 この時、この女性の激怒の理由を推測してみると、どうやらこういうことにな
りそうです。まず、成績トップの自分がいなくなっても職場が変わりなくやって
いるということ、誰も心配してくれないということ、あれだけ貢献したのに薄情
だということ、それらが怒りの内容であったようです。

(「優等生なのに問題児」)
 繰り返しますが、「境界例」傾向の人たちの多くは、特定の場面ではとても優
秀なのです。ただ、すごくアンバランスな感じがついて回るのです。これをわかりやすく言えば、「優等生なのに問題児」という印象を受けるのです。ここには
彼らの低い自尊心が関係しているのですが、それは別の個所で取り上げるこ
とにします。
  最後に「治療」的観点から述べると、彼らのパーソナリティにかかわるだけで
なく、彼らの有能な場面をいかに維持し、その他の問題場面をいかに減少し
ていくかという方向で考えることも可能であると私は思います。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)




平成28年5月25日公開