<6-10C>同一性拡散:選択回避と麻痺状態(3)

<6-10C>同一性拡散:選択回避と麻痺状態(3)~回避から麻痺へ

 乳幼児の段階にまで退行するということは、あたかも自分が無力な幼児であるかのように自分自身を体験することになります。自分では何もできなくて、全面的に保護者の庇護を求めなくてはいられないという状態になります。この状態にある人がカウンセラーを求めるときには、そのカウンセラーが絶大な力を有していて、完全に自分を保護してくれる存在でなければならなくなるのです。しかし、現実にはその要請に応じることのできそうな人は見いだせないので、そのため、この状態にある人は、他者の助けを求めることが極端に少なくなるように私には思われるのです。
 無力で弱々しい存在として自己を体験するということは、相対的に外界が恐ろしい場所として体験されてしまうことになります。こうして、この人は外に出ることを極度に恐れるようになったり、周りのすべての人が迫害者として体験されてしまったりするのです。彼は自分で自分を守るだけの力がないと考えており、一歩外に出ればあらゆるものが自分を攻撃してくるかのように体験するわけであります。
 しばしばこの状態にある人の言葉や思考は「被害妄想」のような色彩を帯びることがあるようです。また、あたかも「攻撃される前に先制攻撃してやれ」と言わんばかりに、過度に攻撃的、他責的になることもあるようです。
 青年がこういう状態にあると、まず、親が心配して、親がカウンセラーを訪れることがよくあります。こういう親たちと何人もお会いしたことがあるのですが、その子供たちは私を「迫害者」としてみなすことが多かったように思います。そして、親のカウンセリングを中断させようと、親に必死になって働きかける例もありますが、私から見ると、痛々しい限りであります。
 この子供たちの言動は、あたかも、むやみやたらと泣き叫んで周囲を動かそうとする乳児のように見えてしまうことが私にはあります。そして、一部の親たちは、子供の抗議に屈してしまうのです。

 胎児期への退行は、物質的に保護空間を求める動きとして現れることもあるように思います。この時、自分の部屋は、あたかも母親の胎内であるかのように、完全に安全な空間となっており、自分の部屋は自分と一つのものとして体験されていたりします。
 自分の部屋がないという人の中には、トイレや押し入れに籠るという例を見聞したことがあります。その人にとっては、その空間が母胎内のように、安全で保護された場所になっているのだと思います。いずれにしても絶対的に安全が保障されている空間というものがこの人たちには必要になっているのだと思われるのです。
 息子が自室から一歩も出てこないということで来談された母親がいました。私にとっては苦い経験となったケースです。この息子さんは、朝から晩までほとんど一歩も自室から出ず、トイレや入浴の時だけ出てくるのですが、それも人目につかないように細心の注意を払っているようでした。
 この部屋に入っていいのは母親だけでしたが、それも決められた時間にしか入れないそうでした。こういう状況を聞いて、私はまず親たちに、今後とも子供の部屋に入らないように、子供が許可した時間だけ入室するように約束してもらいました。
 しかし、事態がなかなか改善に向かわないことで父親が耐えきれなくなったのか(この父親は初めからカウンセラーに不信感を抱いていました)、私との約束を破って、ある日、息子の部屋にズカズカと入り込んだのでした。
 父親は息子の部屋に入り、息子としばらく話し合ったそうです。父親は上手く行ったと思い、わざわざ私のところに電話をかけてきて、カウンセラーのやり方ではダメだ、このやり方でやっていくと言って、今後のカウンセリングをキャンセルしたのでした。
 一応、予約している分だけは消化してもらおうと思い、私はそれなら次回を最後にしましょうと提案しました。来談したのは母親だけでした。ちなみに、この父親は、仕事の関係と理由づけるのですが、これまでもカウンセリングの場に顔を出すことはありませんでした。
 母親の話では、父親がもう我慢できないと言って息子の部屋に入ろうとするのを、何度も止めたのですが、最後には母親を振り切って、父親は息子の部屋に入ったのでした。一騒動持ち上がるのではないかと母親は心配で仕方がなかったそうですが、案外、静かに終わったのが意外だったそうです。
 翌朝、息子に呼ばれて母親が部屋に入ると、殺虫剤と消毒剤を買ってきてほしいと息子から頼まれたのでした。母親は言われるがままに買ってくると、それ以来、息子は殺虫剤や消毒剤を部屋に振り撒き続けているそうです。なくなると、新しく買ってくるように母親は求められるのでした。
 もはや説明の必要もないでしょうが、この息子さんにとって、唯一安全な場であった自室は、今や、父親の侵入によって汚染された場所になってしまったわけです。彼は、失った安全地帯を取り戻そうとするかのように、除染に励んでいるわけであります。息子さんには、もう安全な場所がなくなったのです。母胎を、母を失うという経験を彼はしてしまっているのだと私は思いました。
 父親が入室した時、息子さんは確かに大人しかったでしょう。しかし、それは必ずしも父親を信頼していたわけではないように思います。蛇に睨まれた蛙のように、ただ、彼は怯え、竦んでいたのではないかと私は考えています。

 いくつかの例も挙げましたが、この人たちはすべて青年期につまずきを経験していて、それ以後、引きこもりのような状態になっていました。本節で言うところの麻痺状態にあったと考えられるのです。
 この「選択の回避」ということで長々と紙面を費やしているのは、青年期の方策が、その後の人生における類似の状況で繰り返されることがあるからです。そうなると、これは青年期だけに限定される問題ではなくなってくるのです。
 40代の男性が来談しました。不景気の煽りで、彼の勤める会社は再編成を余儀なくすることになったそうです。そこで、彼は転勤か、降格か、退職かの選択を迫られていました。どうにも決められなくて彼は私を訪れたのですが、彼の第一声は「僕はどうしたらいいですか」というものでした。
「どうしたらいいですか」と私に尋ねることは、すべてを私に丸投げしますと言っているようなものです。丸投げされても、私には応じきれませんので、これまでの経験を彼から聞いていくことにしました。
 やがて明確になったことは、彼はこれまでの人生において、自分に関する事柄を自分で決定してこなかったという彼の生き方でした。
 中学生の時には(失礼な話ですが、彼は成績が良くありませんでした)、彼の学力ではA高校しか入れないと担任に言われると、そのままA高校に入学しました。高校卒業後の進路に関しては、担任からは大学は無理だと言われたので大学を断念し、進路指導の先生からはこういう職種がいいと言われればそれを受けるといった具合でした。中学生の時も、親に何か部活をした方がいいと言われたので部活に入ることに決め、何部がいいかを親に相談すると「吹奏楽部がいいんじゃないか」と言われては吹奏楽部に入部するといった調子でした。
 彼は、自分では選択も決断もできないので、すべてを「他人に委ねる」という方策で生きてきたのでした。そろそろ結婚しておくれと母親に言われて結婚を考えるという有様でした。選択や決断を迫られる場面で、彼はいつも同じやり方を繰り返してきたのでした。そして、今回、私に対して今までと同じやり方を試みようとされたのでした。
 この例は分かりやすいものですが、私たちは最初に採用した方法を、後の類似の状況において繰り返す傾向があるのです。特に最初の時が上手くいった場合にはそうなのです。従って、最初の選択場面で、周囲を責めるというやり方を採用した人は、後の類似の状況でやはり同じことをする傾向があると考えられるのです。最初の場面で内向して閉じこもることでやり過ごした人は、後の場面でも同じような方策を採用してしまうのです。
 そのように、青年期に選択や決断を回避し、麻痺状態でやり過ごしてきた人は、後の人生において決断や選択を迫られる場面に遭遇すると、同じようにそれを回避し、麻痺状態のように陥ってしまうこともあるわけです。理想を言えば、できるだけ青年期の間にこういう傾向は改善した方がいいと私は考えています。人生の後半になればなるほど、これは苦しい経験となり、当人に不利益をもたらすことになってしまうからであります。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)