<5-5>初回面接:解説(2)

<5-5>初回面接:解説(2)

 A氏との初回面接の模様を解説していきます。前節ではA氏が少し緊張しており、話すことが苦手だと述べた部分までを説明しました。その続きです。

(7)
 A氏は、カウンセリングで話すことになって困惑しています。彼が話しにくいのは、話すことに抵抗のある内容の事柄を話さなければならないと感じているからだと私は受け取りました。
 振り返ってみると、「とても話にくいことを話さなければならないように感じていて、決断がつきかねるようですね」と伝えた方が良かったと思う。
 ここで、私は「ここに来ることになった出来事」を話すように勧めています。ここに来ることになった「理由」ではなく、「出来事」としたことで、少しでも彼の緊張をほぐそうとしたつもりでした。あまり上手く行ったとは思えないのですが、それでも彼は話し始めることに成功します。

(8)
 彼はとても話しにくそうです。ここに来ることになった理由は、「世間で言うところのDV」であり、「DV加害者だと言われている」ということを述べています。それはとても言いにくいことであるということは、つまり、彼がそれを受け入れることができないということを示しています。
 つまり、A氏のこの発言は、次のような意味合いであると思います。「自分ではそうは思わないけど、世間ではこれはDVということになるらしい」とか、「妻はDV加害者だと言っているけど、自分はそう思えない」という意味ではないでしょうか。
 A氏は、自分はDV「加害者」ではないと信じている、でも人はDV「加害者」だと言っているし、ここでは自分はDV「加害者」だと言わなければならない、でも、それを言うのはやはり嫌だと、彼の中で葛藤が繰り広げられていたのだと思います。それが、この独特の言い回しに現れているのです。
 さて、ここで初めてA氏がDVの問題で来談されたということを私は知ったのです。事前に言ってくれるクライアントもありますが、大抵は初回面接で初めて耳にするのです。

(9)
 私の発言。「あなたがDV加害者だと誰かがそう言うのですね」と述べます。「あなたが加害者である」という部分ではなく、「誰かががそう言っている」の方を強調しています。これは言外に「その人以外の人は誰もあなたに対してそんなことを言っていないのではありませんか」ということを伝えています。
 こういう指摘は特に重要であると私は考えています。クライアント当人が問題だと見做していることと、周囲の人が問題だと見做していることとは、必ずしも一致しないのです。妻にとってはA氏が「加害者」であることが問題であるとしても、A氏はもっと別の部分で問題を感じているかもしれないのです。ここでこの区別をしておかないと、私たちは誰の問題に取り組むことになるのかがはっきりしなくなるのです。

(10)
 A氏は私が強調した方に反応を示しています。「妻がそう言うんです」と彼は顔を輝かせて語ります。
 私には彼の顔が輝いたように見えたのですが、そうであるとすれば、彼の恐れや不安がここで一部解消されていることになるのです。

(11)
 少し急ぎ過ぎたかもしれませんが、私はここで、「(奥さんはそう言うけど)あなたはどう思いますか」と、A氏に焦点を当てました。
 ここでA氏に焦点を当てないと、彼を「加害者」だと見做している妻の話に移ってしまいそうに思ったからでした。場合によっては、少しくらい奥さんの愚痴でもこぼしてもらった方が良かったかもしれませんが、この時は、そちらに話を持っていかない方がいいと思ったのでした。
 取り上げたいことは、A氏にとって「問題」はどの部分であるかを明確にすることでした。彼が話していることは妻にとっての「問題」であります。つまり、A氏が「加害者」であるというのは、妻の抱えている「問題」認識なのです。場合によっては、それが彼にとっても「問題」であるかもしれないし、妻とは違った形での「問題」であるかもしれません。でも、まったく別のところに「問題」があるという可能性もあるのです。今の段階では何も分からないのです。

(12)
 自分の意見を尋ねられて、彼は再び困惑した感じになります。「DVと言われれば、それはそれで正しいと思うし、でも、何か、こう・・・」と、彼は困惑します。
 A氏は、(8)の発言でもそうだったのですが、この「問題」(DV)に関して、自分の考えや体験をまだ一つも語っていません。彼は、それに触れたくないのか、それとも、自分にはそういうことを語ることが許されていないと信じているのか、今のところ不明ですが、彼は自分を隠そうとしているように私には見えるのです。
 彼は、この発言においては、まだ妻の見解に従おうとしています。「DVと言われれば、それはそれで正しいと思う」というのは妻の見解に賛成しているわけです。
 しかし、そちらの方は言葉として表明できても、それに反する内容の方は言語化できないのです。本当に彼が主張したいのは言語化していない方であるはずなのですが、彼はそれに抵抗を示しています。

(13)
 「納得できないとか、煮え切らないとか(そういう感情があるのでは)」と、私は助け船を出しています。本当なら、「世間ではDVと言うけど、自分は納得できない」と彼の口から聞きたかったのですが、それを、一部、私が肩代わりしたことになります。何を肩代わりしたのかと言いますと、彼が感じているであろう抵抗感であり、罪悪感です。
 妻はDV「加害者」であるとA氏を見ています。彼はその見解に賛同しなければならない立場にあると感じています。しかし、それは納得できないでいます。悪いことをしたのに納得できていないという部分で彼が罪悪感を体験している可能性もあるわけです。彼は自分がそれに納得できないということを主張することが、罪意識に苛まれて、できないでいるようでした。そこを私が肩代わりしたということであります。

(14)
 彼は私の助け船に賛同しています。「ええ、そんな感じです」と彼は述べています。
 ここでも私は急ぎ過ぎてしまうのですが、彼が自分では言いにくいと思うことを、私が肩代わりして言ったので、彼の罪悪感が多少とも軽減されたと思ってしまいました。
 確かに、多少はそれもあったと思います。自分が言ったのではなく、相手が言ってくれたということであれば、それだけでも違ってくると思うのです。
 しかし、彼は「そうだ」とも言わず、「そんな感じもある」と曖昧に、言葉を濁した言い方をしています。つまり、このこと(自分が「加害者」とみなされることには納得できないという観念)は、彼の何かにかなり反している観念なのだと思います。それを認めることで彼の何かが大きく損なわれてしまうのだと思われるのです。この段階では、詳しいことは分かっていないのですが、彼はそれをストレートに受け入れることに抵抗を示しているのです。
 そこで、私はこれ以上この部分に拘泥せずに、(15)で少し話題を変えることにしています。


(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)