<5-25>2回目面接:解説(5)

<5-25>2回目面接:解説(5)

(16)
 再び妻はDVに関する本を読めと彼に求めます。彼は読んでもピンとこないのです。妻は、それは彼に問題意識が乏しいからだということに帰属させているのですが、決して、彼の問題がもっと他の所にあるかもしれないとは考えないようです。妻の中にはすでに結論ありきなのです。この結論から外れることは、いかなる可能性も考えることができないでいるようです。つまり、自身が有する観念からのわずかのズレでさえ、彼女は受け入れることができないでいるのだと私は思います。それだけ彼女の自我が融通性を失っているのでないかと思われるのです。

(17)
 このエピソードは、彼が電話してきた日のこと、つまり、この2回目面接の前日のことであります。彼ははっきりとプログラムに参加しない旨を表明しています。妻はそれを否認し、受け入れないのです。
 一つ注目しておきたいのは、この妻が示している、ある種の頑なさ、融通性や柔軟性のなさです。私には硬直したパーソナリティを見る思いがするのです。こうした傾向も妻が心的にかなり危機的な状況にあることを示しているように私には思われました。
 この時、妻は再びパニックのようになってしまい、A氏は手を上げてしまったと述べています。A氏は個々の場面を具体的には述べないのですが、手を上げた時には手を上げたと正直に言っているという感じが私にはしました。

(18)
 その場にいれば、二発目を放っていただろうけど、彼はそれをする代わりにその場を離れます。(8)でも語られましたが、彼がこうして問題が生じている場から離れることができるのは望ましいことだと思います。こうしたことが以前からできていたのかどうかは不明ですが、A氏はそれなりに適応的な行動がとれています。
 失礼を承知の上で述べるのですが、DVの問題というのは、第三者から見ると実にバカバカしい問題に見えることがあるのです。つまり、どうしてそこで粘ってしまうのか、どうしてそんな挑発に乗ってしまうのかといった疑問がいくつも浮かんでくるのです。その場から退却すれば済むことだってたくさんあるのです。相手から「逃げるのか」とか「向き合ってない」などと言われても、相手が勝手にそう思うのならそう思わせておけばいいだけなのです。
 それはさておき、(17)(18)で語られていることは特に注目に値するように思われます。
 初回面接の段階では、妻が暴れたりパニックになったりするので彼が手を上げるということが語られていました。これは正しい見解ではありませんでした。妻が暴れたり、パニックになったりしても、彼が手を上げる時もあれば、その場を離れる時もあるということを私たちはすでに見てきました。
 この回で話されたことの中でも、(6)では彼は手を上げたと言い、(8)ではその場を離れたと言います。(6)では彼の罪悪感が高められていましたが、(8)では彼の罪悪感は関与していませんでした。彼が手を上げるか、その場を離れるかは、彼の罪悪感がどれくらい刺激されてしまうかで決まってくるようにも思われます。
 (17)では、再び、彼は手を上げてしまいます。プログラムは彼の罪悪感を高め、コンプレクスを刺激する体験となったようだと私は仮定しました。ここでは、彼の中で、プログラムと罪悪感やコンプレクスが結合しているように思われるのです。従って、A氏にとって、「プログラムに参加しろ」と言われることは、「本を読め」と言われる以上の感情体験になるわけです。彼はそれに反応しているのです。
 しかし、もしかすると、新しい傾向が彼の中で生まれ始めているのかもしれません。彼は手を上げた後でその場を離れるという、前二者の混合のような行動を示しています。
 つまり、手を上げるか(行為)、その場を離れるか(抑制)という二者しかなかったところに、その中間項が生まれています。要するに、行為か抑制かの二つしかなかったところに、行為が生じる場面において抑制がもたらされているわけです。私はこれをA氏の新しい傾向の芽生えではないかと考えています。
 何がこの抑制をもたらしたのか、具体的にはわかりません。でも、彼がその場を離れて、私に電話してきたところを見ると、私とのつながりが何らかの影響を与えているとも考えることができそうであります。

(19)
 この面接当日のことにここで至ります。彼は再び、プログラムの方ではなくて、私のカウンセリングを選んだと妻に宣言したのでした。妻は激怒しました。妻も必死だったのでしょう。
 ちなみに、ここでも彼は妻に手を上げるということはしていないようです。彼はただ「そう決めたのだ」ということを表明し続けたようでした。
 なぜ、彼がここで妻に手を上げていないと分かるのかと疑問を提示されそうなので、答えておきます。A氏は割と正直に話す人であるように私には思われていました。妻に手を上げた時にはそう言いますし、その場から離れた時にはやはりそのように言うのです。彼が何も言わないということは、彼は何もしなかったのでしょう。いちいち隠す理由なんてないからです。
 また、彼が手を上げたり、あるいはその場から離れたりするのは、彼にとってそれが「問題」となる状況であるということを見てきました。彼の罪悪感やコンプレクスが刺激される場面でそれが生じるのではないかということも見てきました。おそらく、この場面は、彼にとって、そういう状況ではなかったのです。彼はただ宣言しただけだったのです。DVとは関係のない文脈なのです。ここには罪悪感を駆られる要素がないように思われるのです。
 以上、初回から2回目までの間にA氏たちに生じたことが語られたことになります。

(20)
 私はA氏が私のカウンセリングを受けることを妻がそれほど反対することに疑問を呈しています。私にはある程度は分かるのです。妻のような人は私を異常なほど恐れるということも経験的に知っているのです。それでも、彼女がどういうことを言っているのか知りたいとも思いました。
 彼女は私のサイトを熱心に読んでいるようだとA氏は報告します。彼女にとって、今や、私のことに無関心ではいられないようです。彼女の中では、私は非常に危険な存在になっているようです。彼女に脅威をもたらすような対象となっているようです。
 特に注意を喚起しておきたいのは、彼女の中では私がとことん「悪」になっているということです。後々、見ていくことになるのですが、彼女は誰かが「悪」であるという関係の中でしか生きられないのだと思います。しかし、彼女が私に何を見ているのかは、ここでは不明です。

(21)
 A氏の妻は私のことをよく言っていないでしょうと言うと、A氏は笑って、そうなんですと答えました。これはちょっと意地悪な問いかけでした。彼は妻が私のサイトを熱心に読んでいるということを言っていて、私のことを何か言っているとは言っていないのです。でも、彼の話を聴く限り、私に関して、彼の妻はサイト以外のことも何かと言っているようでした。
 私に関して、どんなことを言われているのか聞いてみたいという誘惑に私は駆られましたが、そこに話を持っていくことは控えました。それよりも、より重要な方に視点を移していくことにしました。それが次の(22)の部分ですが、それは次節で述べましょう。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



<5-26>2回目面接:解説(6)へ→

平成28年10月6日公開