<5-20>2回目面接:面接(2)

<5-20>2回目面接:面接(2)

 2回目面接の記述を続けましょう。

 A氏の妻は、A氏が私のカウンセリングを受けることを反対しています。一体、彼女は私の何が気に入らないのだろう、不思議に思い、A氏にそう尋ねます。
 よくわからないとA氏。でも、妻は私のサイトを熱心に読んでいるようだと言います。こんなことが書いてあったとか、あんなことを言っているとか言うので、けっこう熱心に読んでいるのかもしれないとA氏。(20)
 まあ、きっと、良いことなんて言ってないでしょうねと私。A氏、笑って、そうなんですと。(21)
 「ところで、奥さんはあなたにカウンセリングを受けるように要求するのですが、奥さんはどこかで援助なり治療なりを受けているのでしょうか」と私は尋ねます。A氏の答えは否でした。「どうしてでしょう」と私。A氏によると、妻は自分は「被害者」だから治療は必要ないとのこと、「加害者」が治るべきだと、そのように訴えているそうです。(22)
 実はA氏も過去にそれを要求したことがあったそうでした。自分もカウンセリングを受ける、でも妻にも受けてほしいと、そう求めたのでした。でも、妻は怒って、「どうして『被害者』の私が受けないといけないの、そんなのおかしい」と却下されてしまったそうでした。
 「自分も受けるから、妻にも受けてほしいと、そう求めたのですね。とすれば、Aさんから見て、奥さんも『治療』が必要なんじゃないかと思われるのでしょうね」と私。A氏はそう思うと答えます。そう思うのは何があったからでしょうかと私が尋ねると、A氏は「よく分からないけど、妻にもどこか悪いところが、悪いというのが語弊があれば、間違っているところがあるように思う。ただ、どこが間違っているとかいうことははっきりわからないけど」と述べます。(23)
 私「なるほど、お互いに悪いところや間違っているところがあるのだから、双方がそこを正していった方がいいとあなたが考えるのですね。でも、奥さんからすると、間違っているのは、あるいは悪いのは、自分ではなくて、あなたの方だということになるのですね。あなただけが悪い、あなたにだけ問題があると、そんな風に言われているように思うのですね」(24)
 A氏「そう思うんです。だから、先生が、人間関係の問題は双方に改善すべきところがある、一方だけが絶対的に悪いとか間違っているとかいうことはありえないということを書いているのを読んで、すごく感激したんです」(25)
 私「あなたの考えと一致するのですね。それで奥さんはあなたの何が問題だと言っているのでしょうか」(26)
 A氏はいろいろ挙げたのですが、最後に「妻の言い分では、私には父親がいないから、父親というのがどういうものなのか分かっていないんだということなんです。父親を知らないから父親になれないんだと妻は言うんです」(27)
 父親がいないとはどういうことだろう。私は尋ねます。
 A氏の話では、A氏が中学生の時に、父親を事故で亡くしています。それ以後、母親と弟との三人での生活を送ってきたそうでした。
 苦労が多かったでしょうねと私。
 A氏は、高校に入るとアルバイトをして家計を助けました。母親が仕事をしていたことが良かったと思ったそうですが、それでも母親の収入だけでは生活が苦しくなるから、彼はアルバイトをしてそれを助けたということでした。
 それは工場でのアルバイトでした。A氏たち家族の状況を案じて、父親の友人だった工場長がA氏を誘い、受け入れたのでした。そうして高校時代を学校とアルバイトの両立に捧げたのでした。高校を卒業すると、そのまま正社員として採用してもらい、現在もその工場に勤めています。今では、A氏が工場長の地位に就いていました。(28)
 私「ずいぶん、頑張ってこられたんですね。でも、奥さんがあなたに父親がいないのが問題だというのは、よく分からないですね。奥さんは一体どの部分を言っているのだろう」(29)
 A氏は「改めてそう問われると、自分でも分からないですね」と述べ、妻の言い分を話します。私には妻の言っている理屈は次のようなものだと思いました。高校時代を父親不在で過ごしたA氏には、強制的に父親役割をさせられて、いわゆる反抗期がなかった、そのためにA氏の自我が確立されていないのだ、そこが問題だと妻が指摘しているようでした。(30)
 私「あなたは父親を知らないから父親になれないんだという奥さんの言い分を聞いて、Aさんはどう思いますか」(31)
 A氏「それはおかしいと思ってしまいます。父親を知らないっていうのは、本当は妻の方ではないのかと、そう思うんです」(32)
 どういうことかを私は尋ねます。A氏の話したところでは、彼の妻は子供時代に両親の離婚を経験していました。彼女が小学校の低学年の頃のことです。両親が離婚し、彼女は母親に引き取られました。彼女は一人っ子で、他に兄弟姉妹がいないので、それ以来、母親と二人の生活を送ってきたそうでした。
 私「なるほど、むしろ彼女の方が父親とはどういうものであるかを知らないんじゃないかって、あなたは思うのですね」(33)
 A氏は「そう思います」と続けて、離婚後も母親は父親の面会を拒絶してきたようだと語ります。本当は父親には娘との面会権がありました。しかし、母親は何かと理由や言いがかりをつけては、父親に娘を会わせないように計らってきたようでした。そのことは娘には秘密にされていました。娘は「どうしてお父さんは会いにこないの」と尋ねたことも繰り返しあったそうでしたが、その都度、母親は父親が見捨てたのだという話を娘に聞かせたのでした。娘が成長し、高校生くらいの年齢になると、さすがに父親が面会してこないのが不自然なことだと思ったようで、娘は母親に執拗に問いただします。こうして、娘は母親から事実を聞いたのでした。本当は離婚直後から父親は娘に会いにきていたのだけど、母親がそれを阻止してきたということを知ってしまったのでした。娘は母親に絶望し、高校を卒業すると、地方の短大に行くことを表向きの理由として、娘は家を出たのでした。(34)
 私「なるほど、奥さんからすると、父親のことを知りたいのに知ることができなかったのですね。奥さんの方が父親を知らないし、父親とは謎であるように感じているかもしれませんね」(35)
A氏「そう思うんです」

 ここで時間となったので終了しました。A氏は、「どうしたらいいのか」と再び質問してきました。私は、もっと一緒に考えていく必要があるし、そのためにもっとA氏のことを知っていく必要がある、A氏自身の語り直しをしていってほしいと伝えました。それと同時に、彼の妻も危ない状態にあると思うので、どこか援助機関を受けることが望ましいとA氏には伝え、奥さんと一度検討してみてはどうかと提案しました。(36)
 A氏は「分かりました」と答え、翌週、3回目の予約を取って帰られました。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)