<5-16>初回面接:考察(1)~自己関与

<5-16>初回面接:考察編(1)~自己関与度

 A氏の初回面接から、解説編を経ました。解説編は、A氏と私の双方の発言を取り上げたのでけっこうな分量になってしまいました。通して読まれた方はさぞお疲れのことだろうと思います。
 ここからは、初回面接全体を概観しておこうと思います。それから2回目以降の過程を記述することにします。

 まず、A氏の発言を「自己関与度」という尺度で見てみたいと思います。
 自己関与度とは、その話の内容に、あるいは発話自体に、どれだけ話し手自身が関与しているかの度合いということであります。
 自己関与度がゼロの発言というのは、話し手自身の事柄が述べられず、無感情的で、単なる状況の説明であったり、他の人の描写であったりします。話し手自身の経験が含まれるに従って、自己関与度は高くなります。
 例えば、A氏が「妻が暴れるんです。それが、ほんとうに激しいんです。めちゃめちゃに暴れまくるんです」と言ったとすれば、これは妻に関する事柄しか話されていないので、自己関与度がほぼゼロということになります。
 もし、「妻が暴れるんです。それで困ってしまうんです」とA氏が言ったとすれば、「困ってしまう」の部分はA氏に関する事柄、体験であるので、先の文章よりも自己関与度が高いと言えるのです。
 さらに、「妻が暴れるんです。それを見ると私は居ても立ってもいられないような気持になってしまって、自分を抑えなければいけないと、込み上げてくる感情と必死に戦ってしまうんです」とA氏が言ったとすれば、この発言は、さらに感情や状態の具体化が認められるので、より自己関与度の高い発言であると見做すことができるのです。
 そのように、自己関与度は、ゼロから小程度、中程度というように、間にいくつもの段階を設定することができます。
 それで、この初回面接に話を戻しますと、全体的にA氏の話の自己関与度は低い傾向が見られます。しかし、その中でも多少の差異がみられるように思います。
 初回面接は、(4)から(72)までのやりとりであり、偶数番号がA氏の発言でした。A氏の発言を、自己関与度の違いによって分類してみると、以下のようになると思われます。

 自己関与度が皆無、もしくはわずかである(8、10,12,14,18、20、28、32、34、36)
 自己関与度が少し認められる(4,6、16、22、24、30、44、48、58,64、68)
 自己関与度がそれなりに認められる(26、38、40,42、46、50,52、54,56、60,62、66、70,72)

 この分類がどこまで正確であるかは何とも言えませんし、実際、発言によってはどちらに分類したらよいかで迷うものもありました。でも、大まかな傾向は示していると思います。
 初回面接におけるA氏の発言は、後半になるほど自己関与度が高くなっているということが窺われます。前半、特に最初の20分は、自己関与度が皆無であるか、極めて低い発言が集中しています。おそらく、この間、A氏にとってはカウンセリングの場面が苦痛な体験となっていたのではないかと思います。
 自己関与度が皆無であるということは、自分に関する一切のことを語らないわけです。外的なことばかり話しているということであります。それは単なる説明であり、聞き手にとっても退屈な話となるでしょうし、話し手にとっても面白くない作業になり、窮屈な思いを体験していることでしょう。
 自己関与度が高くなるほど、その話し合いは異議深いものとして体験されることが多いようです。あるいは、話し合いに対する満足度が上がるようです。話し手は自分のことについて話し合うことができたという実感を持つでしょう。この話し合いに意味を見出すことでしょう。それは話し手の自由度が増す経験となるからです。

 私はいくつも経験しているのですが、1時間、まったく自己関与ゼロの話をし続ける人もあります。その人たちは、決まって、終了後の感想で「疲れた」「しんどかった」などといった内容を述べられるのです。
 また、ここで話すことを事前に書いてきて、それを読むだけというクライアントもあります。あるいは、方々で繰り返し話してきたことをここでも単に繰り返すだけというクライアントも少なからずおられるのです。この人たちの話は、確かに当人に関する事柄が述べられているにしても、やはり自己関与度が限りなくゼロなのです。今、この場での自己投与が行われていないからであります。
 対話とは、双方が発言を生み出していく過程であります。双方がその場において、相手によって生み出された発言を受け取り、そこから自分の発言を生み出しているのです。そこに自己が投与され、関与しているのであります。従って、自己関与度の低い話し合いは、対話とは言えず、ただ騒音をかき鳴らしあっているようなものだと私は考えています。

 発言の自己関与度を低めるのは、不安や緊張であるかもしれませんし、後ろめたさとかやましさといった罪悪感であるかもしれません。言い換えると、それらの感情を抱えたまま話すというのは、話し手にとって、とても疲れる作業となってしまうということであります。
 従って、この話し合いを少しでも有意義なものにしたいと願うなら、相手の不安や緊張、罪悪感など、そういった感情を少なくしていく必要があるわけです。罪悪感を軽減するというのはそのためであります。それによって、この話し合いにおけるA氏の自己関与度を高めていくということが最終の目標であるわけであります。

 誤解のないように述べておこうと思うのですが、自己関与度は全体として評価しなければならないことであります。基本的に、初期の段階では自己関与度が低くなる傾向にあります。というのは、クライアントは外的な事柄に関しての説明をする場面がどうしても多くなるからです。また、回を重ねるほど自己関与度が高くなるといっても、自己関与度ゼロの発言がまったくなくなるというわけではありません。
 A氏の初回面接では、後半になるほど自己関与度が上がるのですが、全体としてはまだまだ低い段階にあると考えられるのです。しかし、これはある程度まではどの人にも見られることであって、必ずしもA氏に特有の現象というわけでもないということを明記しておきます。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)