<16-4-4>「発作」の過程(3)

<16-4-4>浮気のケース研究~Q夫妻とR夫妻~「発作」の過程(3)

(攻撃性の発露とその減少)
 きっかけがあろうとなかろうと、妻の中ではある「想起」が発生し、それが複合感情を生み出し、悪い観念や感情が妻の内面を占めて行きます。それは、かつて経験した悪い出来事の時と同じ感情であり、その時と同じ状態になり、自分がそうなるということは、自分に同じ事態が起きているといった体験を彼女たちはしているのではないかと思います。
 そして、こういう状態、こういう感情をもたらした張本人とされる人物に彼女たちは「突っかかって」いきます。
 夫に「突っかかって行く」と表記していますが、それが穏やかな形では行われないというニュアンスを出そうと思ってそうしました。端的に言えば、妻たちはかなり「攻撃的」に夫に迫るのです。いくつかその場面を拾ってみましょう。
 休日に夫がくつろいでいると、「なにのんびりしてるねん!」と妻に怒鳴られる。
 仕事中、「なに何事もなかったように仕事してんねん!」といった妻のメールが夫に届く。
 家の中、廊下で普通にすれ違った時に「おかしいやろ!」といきなり妻から言われる。
 夜中、夫が寝ていると妻が入ってきて、「おきんかい!」とたたき起こされる。
 買い物に行くと言って家を出た妻、しばらくすると「なんでお前も来ないんだ、夫がついてくるのが普通やろ!」と夫に電話がかかってくる。
 その他、実にさまざまな場面で妻が夫に「突っかかって行く」わけです。その際にパンチやキックが伴うこともあれば、いきなり罵声から始まることもあるそうです。実際、R氏は最初は妻からの暴力問題でカウンセリングを受けに来られたのでした。
 夫からすると、さっきまで普通の妻だったのが次の瞬間には別人に変わって突っかかって来られるというふうに見えるわけです。それはすでに妻の「発作」が始まっているわけです。
 尚、この②の段階は、初期においては激しい形を取りますが、徐々に小さくなっていくようです。そうしてあまり目立たくなっていくわけですが、それでも完全に②の過程がなくなるわけではないようです。
 なぜ、②の過程が減少していくのかということですが、これは妻の中にその他の感情が生まれてくるからであると私は考えています。その他の感情が前面に出てくるために怒りの感情が減少していくものと私は理解しておりますが、それに関しては後々取り上げることにします。

(夫の防衛)
 夫からすると、妻からいきなり突っかかって来られるという体験をするのです。何の前触れも前兆もなく、予告もなしにいきなり妻から「攻撃」されてしまうのです。夫たちが決まって言うのは「驚愕」であります。彼らはあまりに突然のことで驚くわけす。
 こういう時、人は防衛的になるのです。夫は妻に対して防衛的に構えてしまうわけであります。私はそれをおかしいこととは思わないのです。夫はむしろ自然な反応をしているように私には見えるのです。
 妻からすると、夫が自分に対して防衛的に身構えていることがまた許せないようです。本当は自分が夫を防衛的にしてしまったのに、自分に対して防衛的になる夫がおかしいというように彼女たちには感じられるようです。彼女は夫のその反応に不満を覚えるようです。
 さて、夫は瞬間的に防衛的に身構える、その上、とっさのことであり注意が行き届いていなかったりします。つまり、普段だったら気を付けている対応も瞬時に取れなくなったりするわけです。こうした夫の反応が妻の怒りをさらに煽ってしまうこともあるようです。
 ④で夫の反応が失敗する段階がくるのですが、本当はこの段階で夫は「失敗」しているのです。もちろん妻から見て「失敗」ということなのですが、それは②の段階ですでに始まっており、妻はずっと夫の「失敗」を目の当たりにしていることになります。。
 夫の反応の「失敗」は妻たちにとっては相当ショックなことであるようです。それは④のところで取り上げるとして、まず、私たちは次の③の段階へ目を転じましょう。

(要求の内容)
 妻が怒りに駆られて夫に突っかかって行き、ひとしきり夫に不満や怒りをぶつけた後、夫に対して何らかの要求が出されます。
 では、妻たちは「発作」時に夫にどんな要求を出すのでしょうか。これもいくつか拾ってみましょう。
 「浮気の謝罪文を今すぐ書け」
 「今すぐ罪を償え」
 こういうのは分かりやすいのですが、極端なものになりますと、
 「自分は浮気をした最低男ですと、明日の会社の会議でみんなの前で発表しろ」
 「今すぐ相手の女をここに呼び出して、わたしの目の前でその女をひっぱたけ」
 「私は妻がいるにも関わらず浮気をしましたと、大声で叫びながら近所歩いてこい」
 「二度と浮気できないように、チンチン切り落としてこい」
 いやはや、よくまああれこれ考えつくものであります。最後の方のは実行したところで何の意味もないのですが、妻としてはそこまで言ってしまいたいところなのでしょう。
 初期には愛人に関係する要求や夫に恥を晒せ式の要求も見られるのですが、やがてそれらは消失していくようです。そして、罪をつぐなえ式の要求、事実を言え式の要求、私(妻)を治せないしはどうにかしてくれ式の要求に収まっていくようであります。
 罪をつぐなえ式の要求とは、例えば、夫に謝罪文を書けとか、毎晩寝る前に謝れとかいったものであります。
 事実を言え式の要求とは、どんな気持ちで浮気をしたのか知りたいとか、私(妻)のことを考えなかったのかどうか知りたいとか、そういった形で出される要求であります。
 私を治せ式の要求とは、私がこういう状態になった時にはこれこれのことをしろとか、そういった類の要求であります。
 私は夫たちは健気だと思うのですが、彼らはその要求にできるだけ応じようとします。妻の要求に何とかして応えようとします。実は、これは夫による妻の回避につながっていると私は考えています。本当ならその要求についてもっと話し合ってもいいと私は感じています。しかし、それはまた別の個所で取り上げましょう。
 夫は可能な限り妻の要求を満たそうとします。彼らにはそれが最善のことと思えているのかもしれません。しかし、次の二つの可能性があるので、それは少し考えものであります。
 一つは、要求がエスカレートしていく可能性があるということであります。一つ要求をのむと際限なく要求が増えていくことがあります。これは妻のパーソナリティと関係することでありますが、自分(妻)の状態が良くならない限り、要求は尽きるところがないでしょう。
 もう一つは、妻がそこで要求していることが本当に妻にとって必要なものであるかどうかが不明であるという可能性です。その時、妻は混乱している可能性があるし、彼女がわずかに把握できている一部分だけに関する要求である可能性もあるわけです。
 もし、妻の要求することに対して夫がそれを満たせば、妻は満足するでしょう。しかし、それが一部分だけの満足に過ぎないとすれば、妻の中では不満がくすぶり続けることになるでしょう。そうすると妻はさらに要求を出さなければならなくなるでしょう。結果的に、この二つの可能性は結合してしまうのです。
 さて、もう少しこの「要求」についての考察を続けたいと思います。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)