<16-3-4>P夫人のケース(4)

<16-3-4>浮気のケース研究~P夫人のケース(4)

(妄想の除外)
 妄想であることを除外したいから証拠を確保してほしいと私はP夫人に求めたのでしたが、実を言うと、妄想は最初から除外されていました。
 夫が浮気をしているという種類の関係妄想は、まず中年以降の女性によく見られるものであり、彼女のような若い人に生じることは稀であります。自分が老けて、性的にも魅力が薄れていき、夫を引き留めておくことに自信が持てなくなり、このままでは夫が他の女性のもとへ行ってしまうといった不安がその妄想の背景にあるわけです。P夫人は最初からそれに該当していませんでした。
 さらに、妄想というものは単独で現れることは稀であり、人格的な諸問題と一緒になっていることが知られています。要するに、人格的な障害が背景にあり、妄想はその障害とセットで現れるということであります。彼女には、人格的に未熟な部分があるとしても、人格が荒廃しているとか貧困化しているとか、そういう現象は認められないので、妄想が発生する背景はありませんでした。もし、妄想であるとすれば、それは妄想様観念と呼べるものであり、本当の妄想とは区別されるものであります。
 また、状況証拠の話をした時に、彼女はそれが理解できると言いました。母親や友人から信用されないのもそのためだというように(正しいか否かは別として)現実的な評価を下しています。このことは彼女の現実検討力とか現実吟味能力が損なわれていない(妄想ではそれらが損なわれていることが多い)ことを表わしています。
 最初から妄想など疑っていないのに、妄想の疑いを除外するために証拠を求めるというのは、我ながら意地悪なことをしているなと思います。彼女に自分の問題に取り組んでもらう糸口が欲しかったのであります。夫の浮気を止めさせてほしい、この訴えは初めから彼女自身を枠外に置いているのです。言い換えれば、彼女は傍観者の立場を取ろうとしているのであり、その立場を動かすことが本当の狙いでありました。

(執着性)
 その次から、彼女はあれこれの証拠を持ってくるようになりました。これは証拠になりますか、こんなのは証拠として認められますかと、夫を観察して得た資料を提示しては、それが証拠になるかどうかを私に確認するようになったのでした。私にとってはいささかウンザリする場面であり、時には付き合いきれないなという感じに襲われました。母親や友人が彼女のことを軽くあしらうのも分かるような気がしてきました。
 いちいち事細かに記述することは控えますが、彼女のこの傾向は熱心であることを通り越して、執着に近いもののように感じられてきました。いい意味では粘り強いということですが、悪い意味では一つのことに延々と執着し続ける、あるいは執念を燃やし続ける、そういう性格傾向が彼女にはあるような気がしてきます。
 毎回、最初に証拠云々の話があってから、後はもっぱら夫の話になるというのが、彼女の面接でのパターンでした。彼女自身のことはほとんど語られず、語られたとしても間接的にであったり補足的にであったりしました。
 そのおかげか夫という人のことがよく分かってくるようになりました。夫のことを少し見ていきましょう。すでに述べたことと重複する部分もありますが、夫の結婚後の生活も視野に入れて述べましょう。

(夫に関するエピソード~結婚まで)
 夫という人は母親との結びつきが強いところがありました。それでどうしても甘えん坊みたいなところがあると見られてきたようでした。特にそれが表面化するのは努力を回避してしまう場面でありました。もう少し根気よく取り組めばできるのにと評価されることもよくあったそうです。
 学生時代は成績は普通であり、特に突出した成績もないようでした。しばしば。「この子はやる気さえ出せばできる子なのに」といった評価をされることもあったようです。
 一応、大学まで卒業しましたが、どうも彼は自分の人生を自分で選んだ経験に乏しいという印象を私は受けました。高校は兄もそこへ通っていたからとか、大学は父親に勧められたからとか、そういう事情で進路を決めてきた節が見られるわけであります。
 父親ならびに兄の影響は大きく、しばしば彼が決定しなければならない場面で、彼らがその肩代わりをしてしまっていることもあったようでした(例えば、習い事とか部活動なんかの場面でも見られました)。
 大学卒業後は就職するものの、2年くらいで辞職してしまいます。結婚までの間にいくつかの会社を転々としてきました。どの場合でも、辞職の明確な理由を欠いているような印象を受けています。もっとも、彼がそういうことを話さないためなのかもしれませんが。
 彼が結婚を考え始めた頃、彼は次の仕事先を探している最中でした。その時期に病弱だた母親の状態が悪くなり、母親から死ぬ前に彼の結婚式を実現させたかったなどと言われ、彼は結婚のことも考え始めたのでした。
 父親は、彼のその状況を見かねて、就職の世話をします。結婚するのに無職だと格好が悪いということでした。それで父親とつながりのある会社に彼を紹介して、入社させてしまったのでした。父親曰く、結婚したら今までのようにフラフラと転職せずに、一か所に落ち着けということであり、彼は父親からそう釘を刺されたのでした。
 これはどういうことになるかと言いますと、結婚は母親の願いを叶えるためであり、仕事を続けることは父親の顔を立てるためであるということになります。結婚も仕事も彼自身の動機づけに基づかない部分が多いように私には思われました。
 P氏にとってはキツかったことでしょう。結婚して新生活を始めるのと同時に新しい職場に適応しなければならなくなったわけですから。両方をいっぺんにやってのけようとすると、どうしても無理する場面もあったのではないかとも思います。

(夫に関するエピソード~結婚後)
 就職の方はトントン拍子に進みます。結婚の方も同様でした。すでに述べたように婚活パーティーのような場で彼女と知り合い、短期間の交際を経て、いくつかの条件をのんでもらえた時点で結婚が決まったのでした。
 ささやかながら結婚式も挙げました。母親も満足したことでしょう。P夫人の方は、彼の母親への思いを聞いても母親孝行なんだなと思い、悪いイメージにはならなかったそうであり、むしろ、積極的に彼の母親孝行を後押ししていたほどでした。
 ところが、結婚後、半年くらい過ぎた時期に、母親の様態が良くなってきたのでした。母親は今では以前よりも健康的な生活を送るようになったそうです。これはP氏にとっては想定外のことであったでしょう。母親のために結婚を急いだのに、その母親が長生きしそうだということになれば、一体、何のために結婚したのかといった気持ちに襲われることだって彼にはあったかもしれません。
 それでも夫婦生活は続けていました。そして、やはり2年目くらいに彼はしんどくなってきたのでしょう。ちょうど浮気の疑いが生じた時期であります。一方で、入社して3年目を彼は迎えていました。
 彼がプロジェクトを任されたというのは本当の話でありました。その頃、彼の父親から次のような電話をP夫人は受け取りました。これから息子(P氏)がたいへんになるから、どうか妻として支えてやってくれないかという内容でした。彼女は訳も分からず承諾します。
 その後、P氏の上司であり支店長である人(この人はP氏の父親とつながりのある人です)からも電話をもらい、夫がプロジェクトのリーダーになって業務が大変になる、残業なんかも増えるのでどうかご容赦してほしいといった申し訳の電話でした。彼女は、それも訳が分からないまま承諾します。
 私はそれを聴いて「なるほど」と思いました。入社3年目のP氏が、今後使える社員なのかどうか支店長は試したくなっているのだと私は思いました。P氏の父親も、多分だけれど、支店長と一緒に協議したのでしょう。
 もし、そうであるとすれば、ここはP氏にとって一つの正念場となります。今後の人生を左右するかもしれない岐路に立たされているということになります。もし、この重要な局面でP氏が同僚の女子社員と浮ついたことをやっているとすれば、P氏はよっぽどの愚か者であります。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)