<16-3-3>P夫人のケース(3)

<16-3-3>浮気のケース研究~P夫人のケース(3)

(浮気の経緯)
 前項で述べたP夫人の主訴の前半部分、「夫が浮気している」という断定を取り上げましょう。
 「夫が浮気をしている」とP夫人は訴えます。しかしながら、それだけ訴えられてもこちらとしてはどうすることもできないので、当然、どういうことですか、詳しく話してくださいと求めることになります。以下、彼女の話をかいつまんで、夫が浮気をしていると彼女が確信した経緯を記述します。
 彼らは結婚3年目の夫婦でした。夫は半年ほど前から残業をするようになりました。最初の頃は「何時頃帰る」という夫からの連絡があり、概ね夫はその時間に帰宅していました。また、帰宅してから彼女の手料理を食べてから寝るといった具合でした。やがて、連絡を入れてくれても、夫はその予定時間に帰らなくなりはじめ、その時間よりもずっと遅くに帰宅するようになりました。食事も外で済ませてきたということが増えていきました。
 いつごろからか、彼女は夫を怪しいと思い始めました(注1)。夫の帰宅が遅いのをいいことに、彼女は自分の仕事を終えると、夫の職場の方まで回り道して帰宅するようになりました。夫の職場というのは、ビルの一階にあって、道路からオフィス内が見えるそうでした。見ると、オフィスで残業しているのは夫ともう一人の若い女だけでした。
 もちろん、それだけで夫の浮気を確信したわけではありませんでした。彼女は夫の職場を覗いて帰宅することを何日も続けました。覗いてと言っても、さりげなく前を通り過ぎて、オフィス内をチラッと一瞥する程度のものであったそうですが、夫にはまったく気づかれなかったということでした。そして、いつ見ても、オフィスは夫とその若い女の二人きりだと言います。
 ある時、彼女は夫に尋ねます。ちょっと職場の前を通ったら、女の人と二人だったけれど、あの人は誰?というように。夫の話では、彼は現在あるプロジェクトを任されていて、その女性は同僚であり、プロジェクトチームのメンバーであるとのことでした(注2)。
 彼女は彼の説明を受け入れたのですが、翌日、同じように彼の職場の前を通過すると、夫とその女と他にもう一人の男性がいたのでした。以後、彼女が目撃する時は常にその3人であったと言います。その男性もチームのメンバーであるらしいのですが、彼女にはすごく不自然に思えたそうでした。妻に疑われだしたので夫が急遽カムフラージュしたように彼女には感じられたのでした。
 さらにその後、彼女は夫の職場を通過するだけではなく、思い切って職場に足を踏み入れたのでした。夫に一緒に帰ろうと誘ったのでした。その時、夫は決まりの悪そうな顔をしたそうで、その女と別れ惜しそうな表情を浮かべたと彼女は感じたそうです。そして、夫を連れてその場を去る時に、夫は何か思わせぶりな視線をその女と交わしたということでした。(注3)
 そうこうするうちに、彼女の中では夫が浮気をしているという確信が高まってきました。一度、彼女の母親とか彼女の友人に相談をしたことがあったそうですが、考えすぎだとか気にし過ぎだとか言われて、誰も信じてくれなかったと彼女は嘆きます。(注4)

(注1)彼女は理由もなく怪しいと感じ始めます。これは何かを認識していながら意識化できていないか、言語化できない何かを夫から受け取っている可能性もありそうです。
(注2)仕事に関して夫が言っていることは事実であり、虚偽は無いのです。彼はプロジェクトのリーダーを任されて、その女性はチームの一員であり尚且つそのプロジェクトにおいて重要な存在であるとのことでありました。
(注3)私は彼女の見たものを信じています。一方で、疑惑の目でみてしまうと、同じものを見ても、疑惑の濃厚な解釈を付与してしまうこともあり得るということも念頭に置いていました。要するに、彼女は現実に見たものがあると同時に、そこに彼女の心的投影物を見てしまっているという可能性もあるということであります。
(注4)夫婦問題なんかでは、当事者は親とか友人に問題の相談をしていることが多く、時にはこの人たちが余計なことを言ってたりして困ることもあるのですが、P夫人の場合、驚くほど相手にされていないのです。彼女は自分が信用してもらえていないと自己評価しているのですが、もう少し正確に言えば、彼女は真剣に取り扱ってもらえていないのであす。それがなぜなのかは不明でありますが、この辺りに彼女並びに彼女たち夫婦の問題が潜んでいるようにも思いました。

(確証を求める)
 以上の話を伺って、私は信じますよと彼女に伝えました。夫が浮気しているというP夫人の言葉を信じたいから、夫が浮気をしているという証拠となるものが欲しいと私は彼女に伝えました。彼女は自分の話が信じてもらえなかったと最初は感じたかもしれません。そのため私はその根拠を説明しました。
 まず、彼女が夫の浮気の証拠として挙げているものはすべて状況証拠であります。状況から見てその可能性があると言えるだけであって、それだけで決定することはできないのです。
 また、もし証拠も無しに夫が浮気をしていると訴える場合、ある種の妄想の可能性が考えらえてしまうということを伝えました。そういう種類の妄想があると話すと、意外にも、彼女はそれが分かると言います。そういう人の話を聞いたことがあるのか、あるいは身近にそういう人がいたのか、これをすんなりと理解してもらえたことは私には意外でした。とにかく、妄想の可能性を除外したいから証拠が必要なのだと伝えると彼女はよく分かると答えたのでした。
 さらに、浮気の証拠がないのに浮気が確定したものとして私たちが相談すると、彼は名誉棄損で私を訴えることができるということも伝えます。彼女は妻だから訴えられることはないかもしれないけれど、第三者の場合にはそういうことが起こり得るので、証拠が無い限り浮気をしているとは断定してはいけないのです。少なくともそういう感じがするといった範囲内で取り組まなければならなくなります。彼女はこの話もよく分かると答えました。
 彼女は私の話したことをよく理解してくれました。そればかりでなく、母親や友人が信じてくれなかったことの理由も分かるような感じがすると彼女は言います。自分が確かな証拠を提示していないから信用されなかったのだ、ということであります。
 それで彼女はどういうものが証拠になるのかと尋ねます。それは本人の自白が一番いいのでしょうが、現場を押さえるか、浮気の存在を明証するようなメールとか文書とかを手に入れるか、そういうものになるだろうと私は伝えました。
 それが結果的に良かったのか、悪かったのか、以後、彼女は証拠集めに懸命になってしまったのでした。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)