<15-3A>根こそぎと根下ろし(1)

<15-3A> 「根こそぎ」と「根下ろし」(1)

(二つの問題)
 本節では、サバイバーたちの「問題」がどこにあると私が見ているかを取り上げます。それに関して、「治療」的観点からも記述を進めていくことにします。
 7人の対象クライアントたちがカウンセリングを受けることになった主訴はさまざまでありますが、彼らはその問題が過去の問題とつながっているように感じていました。クライアントDやEは、年齢が若く、虐待時代からさほど時を経ていないということも手伝っているのか、それを一つの問題と捉えていました。つまり、過去の虐待問題と現在の生き辛さの問題とが一つであると認識していました。
 彼らがそのように考えるのも無理のない話であります。と言うのは、過去の生き辛さの経験があるために、現在の生き辛さが容易に過去経験と結びついてしまうように私は思うのです。
 しかしながら、私はそこは二つに分ける必要性を感じています。被虐待者時代に経験していた問題とサバイバーになってから経験するようになった問題とを分けて、双方をそれぞれ見ていきたいのであります。過去の問題と現在の問題と、たとえそれらが分かちがたく結合している(ようにサバイバーたちには感じられている)としても、二つに分けて考えてみた方が理解しやすくなると思うのです。
 では、その二つの問題とは何か、それぞれを見ていきましょう。

(「根こそぎ」問題)
 彼らの過去の問題とは、虐待を受けていた時代のものであります。程度の差はあれ、彼らは虐待や暴力によって自分が「根こそぎ」にされるような経験をしていました。ここで言う「根こそぎ」にされるというのは、物理的な世界の出来事ではなく、クライアントの心の世界に起きていることを表わしています。
 クライアントの中で、何かが根付くかと思いきや、虐待者がそこを踏み荒らすようなことをして、根こそぎにしていってしまうのです。そのような性質の経験をクライアントたちはしているように私は思うのです。暴力とか虐待を通して、彼らはその種の経験をしているのです。
 中でも、クライアントCは「根こそぎ」を具象的にも経験していました。彼が何かを所有すると虐待者が根こそぎ奪っていったのでした。
 「根こそぎ」にされるとはそういうことであります。彼らの中で何かが芽生えたり、何かが根付いたりする前に、あるいは何かが所有されたり、何かが彼の身につく前に、根こそぎにされてしまうのであります。

(「根下ろし」問題)
 サバイバーたちに特徴的なことは、彼らはその「根こそぎ」にされる状況から外へ抜け出ようとしたことであります。彼らは暴力を振るう相手から逃れようとしたのであり、現にそれを達成した人たちも含まれています。
 そこにはもはや「根こそぎ」状況はなく、暴力を振るう人間もいなければ、虐待者の手も届かないのです。暴力や虐待のない生活を彼らは始めるのです。彼らは平穏な日々を送り始めるのであります。
 もちろん、他の人たちがそうであるように、生活に伴う苦労は彼らにも等しく圧し掛かることになります。そのような苦労があっても、彼らは平穏な生活、暴力や虐待のない生活に根を下ろし始めるのです。
 対象クライアントたちはそこで「失敗」しているわけであります。つまり、「根下ろしの失敗」という問題がそこにあるのです。新しい生活に根を下ろし、そこに根付くことが彼らは上手くできなかったのであります。そのような性質の「問題」を認めることができるように私には思われるのです。
 クライアントAは最初の結婚が破綻することによって、おそらく過去経験が重なってしまったのでしょうが、平和な生活を送ることの不安が強まったのでしょう。子供に対する感情は、彼女がどれほど平穏が脅かされているかを伺わせるものでありました。
 クライアントBは不明瞭な点が多々あるのですが、仕事場への適応が上手くいかないことなどが、彼女の平安を脅かしたのかもしれません。カウンセリング期間中にも一時期、根下ろしが見られた時期がありましたが、彼女はその状況に安住することはありませんでした。
 クライアントCは、せっかく仕事が軌道に乗っていた矢先に転職しました。転職せず、そのまま仕事を続けていれば、そのまま平和な生活が維持されていたでしょうに、彼はどこかその平穏な生活に落ち着けなくなっていたようでした。そして、転職先で「暴力的」な上司と縁ができてしまったのでした。
 クライアントDは、何か彼にとって苦しいことが生じると、暴力のない平穏な生活が脅かされてしまうのか、現在に生きなくなり、過去に囚われるようでした。
 クライアントEは、自宅で根下ろしを試みました。彼は自分の部屋を「要塞」にしたのでしたが、家族や虐待者たちはそこへも平気で踏み込んできました。
 クライアントFは、家族から離れて暮らしても、家族が追いかけてくるような経験を重ねてきました。一人で暮らしていても、彼女には安全が感じられなくなっていったようで、そこに根を下ろし、根付くことが難しかったようであります。
 クライアントGは、二段階で根下ろしを試みました。最初は大学時代の下宿です。しかし、この下宿は常に母親が立ち入ってきます。母親が踏み入ってくるたびに彼女は落ち着かない気持ちを経験してきました。その後は母親と絶縁状態になり、ここから平穏な生活に根を下ろし始めた後、いささか暴力的な男性との関係が過去の感情を掻き立ててしまったようでした。
 7人それぞれの状況や経験には違いがあるものの、共通して言えることは、平穏な生活に踏み出したはずなのに、その生活に根を下ろすことができなかったということなのです。

(生活に暴力が持ち込まれる)
 暴力や虐待とは無縁な生活に根を下ろし、その生活に根付くことに彼らは「失敗する」のであります。その失敗とは、そこに暴力や虐待が持ち込まれてしまうことによるのです。
 その暴力は他者によって持ち込まれることもあれば、サバイバーが自ら作り出していることもあります。あるいは、彼らが暴力のないところに暴力を見いだしてしまうこともあります。どういう経緯であれ、暴力のなかった生活に暴力が入り込んでしまうのです。サバイバーにとって、それは過去の生活に逆戻りしてしまう恐れを喚起するものであるように私は思うのです。
 そうして、現在の生活は過去の生活の反復ないしは延長のような様相を帯びてしまい、そのために彼らはそれを一つの問題として、あるいは一連の問題として認識するようになるのではないかと私は思うのです。
 
(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



2019年9月14日公開