<12-7I>「自称AC」者として生きること(5)

<12-7I>「自称AC」者として生きること(5)

(青年期心性)
「自称AC」の人たちがエスカレートしていくと、「狂信的」な様相を帯びるように私は感じているのですが、もちろん、誰もがこのようにエスカレートしていくとは限らないと思います。と言うのは、その人それぞれの性格傾向に違いがあり、経験することや状況などによっても影響されるからです。
 しかしながら、一方で、エスカレートさせてしまう要因というのもあると私は考えています。その一つは彼らの「青年期心性」であります。
 青年期心性というのはかなり漠然とした表現であり、そこにはさまざまな特徴が含まれるものであります。ここで特に取り上げたいのはその情熱性であります。
 この情熱性とは、簡単に言えば「一旦始めたものはとことんまでやってしまわざるを得ない」という傾向であります。若い人で頂点を極める人もありますが、それもこの情熱性のおかげだと私は思います。
 もちろん、悪い方面でもこの情熱性が発揮されてしまうこともあります。「俺たちに明日はない」という映画をご存知でしょうか。最初はイイカッコを見せたくて、ないしは退屈しのぎにスリルを味わいたくて始めた銀行強盗だったのが、もはや後に引くことができなくなり、行き着くところまで行き着き、犯罪史に名を残すことになった二人の物語です。私はこの映画に青年期心性を感じるのです。
 恐らく、児童期心性においては、この情熱性はもっと執着的な色彩を帯びているのではないかと思います。成人期心性に至ると、こうした情熱性は影を潜めていくのかもしれません。より現実的になり、現実の制約に従うようになるからかもしれません。
 これをお読みのあなたも十代の頃を思い出してみて覚えがないでしょうか。あの頃、どうしてその一つ事にあれだけ熱中できたのだろうとか、そういう経験に覚えがないでしょうか。
「自称AC」の人たちの多くは青年期心性をそのまま保持していると私は考えています。そこから成長へと踏み出していないような人もおられるように私は思います。この青年期心性が活性化すればするほど、エスカレートする可能性が高くなると私は考えています。

(「自称AC」の成れの果て)
 さて、ずいぶん理屈っぽいことを述べてきましたが、この辺りで一つの事例を提示しようと思います。クライアントは男性でした。年齢はすべて四捨五入することにして、来談時は40歳としておきましょう。20歳頃よりひきこもり同然の生活を送るようになっています。学校での失敗経験がその要因となっているようです。
 この40歳の彼が、ひきこもり生活を止めて、働きたいと言い始めたのでした。彼の就職活動は、予想通り、難航を極めました。学校も中退しており、その後も働いた経験がなく、その他の活動や人間関係もほとんど無いという経歴でした。雇う側からすると、彼がどういう人であるかが分からなかったと思います。
 一体、彼はこの20年間をどのようにして過ごしてきたのでしょう。一言で言えば、親に分からせようとし続け、親を変えようとしてきたのでした。自分がいかに親に潰されたかを訴え続け、その責任を親に取らせようとしてきたのでした。
 彼がそうしたくなる気持ちは察することができるとしても、それで結局はどうなったのでしょう。ただ、彼の人生が過ぎて行っただけではなかったでしょうか。
 親は何度か彼に働いてくれと頼んだこともあったようでした。彼は言います。「働こうと思えばいつでも働けるのだ」と。大した思い上がりであります。
 彼のその自信は彼の子供時代の経験にも根付いているようです。彼は優秀な子供であったようです。成績も優秀で、いわゆる「良い子」であったようでした。
 今になって、当時は「良い子」をただ演じてきただけだと彼は言います。親を喜ばせるためにそうしてきたのだと言うのです。
 私は彼に尋ねます。「良い子」を演じたと言うのであれば私はそれを信用するのですが、それが本当に悪いことだったのだろうかと。彼は本来の自分を捻じ曲げてきたと答えます。
 今の彼にはそのように思えるのでしょう。しかし、本当でしょうか。彼が「良い子」になることで親が喜ばなかっただろうか、喜ぶ親を見て彼も幸せではなかっただろうか、あるいは彼が「良い子」であることで叱責が回避され、彼に「平和」をもたらしてきたのではなかっただろうか、私は疑問に思うのです。果たして、本当にそういう経験を彼は一つもしてこなかったのでしょうか。
 しかしながら、私のこの疑問は簡単に解消されるのです。もし、彼が「良い子」であることで利益を得ていなかったら、彼はそれを続けることはなかったでしょう。ただ、それだけなのです。彼が何かを得ることができていたから、彼はそれを維持していたのだと私は思います。
 その後、彼は学校で挫折を経験します。これは単に「良い子」方策が行き詰まりになったということだと私には思えたのでした。これまでの方策が通用しなくなったということで、彼は今までとは違う適応様式を身に付けることが求められるようになっただけなのです。こういう経験は児童期から青年期にかけて、恐らく、大多数の人が経験していることではないかと私は考えています。
 彼は何も特別な経験をしたわけではないのです。他の人たちも経験する種類のこと、大多数の人が通過する障壁の範囲内の経験をしたのです。彼はそこを特別な経験をしたと信じたようでした。つまり、それを異常な事態として経験するようになったのです。
 以後、彼の中で異常意識が高まり、どこかでAC理論と出会ったのでしょうが、彼が「自称AC」になった過程についてはここでは省きましょう。すでに述べてきたことの繰り返しになるからです。

 およそ20年に渡って、彼は親を変えようとしてきました。早朝であろうと深夜であろうと、親に説教をし、AC関係の本を何冊も買っては親に「読め」と強要したり、それでも親が変わらないとか分からない場合には、遠慮会釈なく暴れたおしてきたのでした。
 この20年間、彼が治療やカウンセリングを受けていたら、と私は思うのです。「20年間治療してきました」と言う方がはるかにましであります。治療やカウンセリングも一つの経験であり、社会的な場面であるからです。しかし、治療を受けてきたのは彼の母親でした。
 何か一つのことを20年も続けたら、相当なベテランになっているものです。彼にはそういうものが何もないのでした。子供が親を変えるという反自然的で、不可能で、且つ、不毛な仕事に彼は従事してきたのでした。
 今になって、自分の人生を悔やんでいるのでしょうか、自分が普通になりたいと、普通の人のように仕事をしたいと言って、私に泣きついてきたわけであります。
 私は彼を見捨てるつもりはありませんでした。ただ、彼にはこういうことを伝えました。「あなたは次の10年で普通の人の4倍生きなさい。10年で40年分の生を送りなさい。そうすると50歳で他の人たちと肩を並べられるようになるから」と。彼はそんなの無理だと言って、早々とカウンセリングから逃げていったのですが、「自称AC」とはそんなものだと私は思っています。
 もう一度人生をやり直す、素晴らしいことだと私は思います。本気でそれをやり遂げようというのであれば、私も力を貸したいと願うのです。しかし、それは常にマイナスからの再スタートとなることは避けられないのです。かなり後方から始めることになってしまうのです。そして、それは地道にやっていくしかないのです。一足飛びにたどり着けるというものではないのです。彼はそれらの点を間違えているのです。
 親を変えようとし続けた20年。その間に、彼は立派な「廃人」になったのです。40歳になって、社会の誰も彼を必要としていないのです。彼は自分の人生を捨ててきたのでした。おそらく、これが「自称AC」のままで生きることの成れの果ての姿ではないかと私は思います。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)