<11-2A>ギャンブル問題への条件(1)

<11-2A>ギャンブル問題への条件(1)

(パチンコ依存)
 ギャンブル依存と言っても、本当はパチンコ依存と述べた方が正確かもしれません。
 そのギャンブルの内容ですが、私がお会いしたクライアントの9割はパチンコでした。後の1割は競馬とか競輪でしたが、その中にはパチンコもするという方もおられました。
 大半のクライアントが関与しているために、私がギャンブル問題として述べることは、基本的にパチンコを前提にしています。
 さて、パチンコというのは、ギャンブル問題に関しては少し厄介なところがあります。競馬や競輪、競艇などは、それが開催される日が決まっており、ギャンブル問題を抱える人にとってはそれらが開催される日が問題になるのですが、パチンコではそういう制約がないのです。お店さえ開いていれば、いつでもパチンコは打てるわけです。
 パチンコはそういう手軽さがあるわけなのですが、パチンコをするにはお手軽でも、それを止めるとなると、そのお手軽さが苦難の種になるのです。そのお手軽さは両刃の剣なのです。

(一つ目の条件)
 さて、そのような背景を踏まえて、ギャンブル問題を引き受ける際の、私の最初の条件は
 「週に1回のカウンセリングを続けること」
 であります。
 この条件には「週に1回」と「続けること」という二つの内容が含まれています。それぞれについて述べましょう。

(「継続」ということ)
 まず、「続けること」「継続」ということから始めたいと思います。
 ギャンブル問題を抱える人は、あくまでも私の印象ですが、物事を「継続」することに困難を覚えているように思われるのです。過去においても、何か一つのことを続けてきたという経験が極端に少ないように思われるのです。
 この見解に対して、それは賛成できないと思われる方もいらっしゃると思います。なぜなら、彼らはギャンブルを、パチンコを何年も続けてきたではないかと、そのように反論される方もおられるのではないかと思います。
 しかし、彼らのギャンブルは、これも私の印象に過ぎないのですが、決して「継続」という概念に該当するような行為ではないのです。「今日は勝った」「今日は負けた」など、その一回一回が独立しているのです。連続した行為ではないのです。単独の行為が新たに繰り返されているだけなのです。
 「継続」という観念には、「前に進む」とか「積み重ねていく」といったニュアンスを含んでいるのです。例えば、「一冊の本を継続して読む」という場合、今日は第1章を、明日は第2章を、明後日は第3章を読むということを指しているわけでありますが、彼らの場合、いわば、毎日第1章を読むわけであります。
 そういう意味で、彼らのギャンブルは、「反復」はしているかもしれませんが、決して「継続」しているとは言えないわけです。
 できれば事例を通して伝えたいと思うのですが、彼らが「反復」するのは、彼らが時間軸上にきちんと生きていないというところから来ているように私には思われるのです。「継続」ということには時間観念が欠かせないからなのです。
 この「継続」と「反復」の差異というのは、とても微妙なものかもしれません。「継続」には発展や進展、展開があるのに対して、「反復」は停滞があるのです。
 ある一人の男性ギャンブル依存者は、その回復期において、この差異がよく分かるようになったと表明されました。それ以前に、私はその点を指摘したことがあったのです。つまり、「あなたは継続して何かをするというところに困難があって、それもまたあなたの問題ではないだろうか」と指摘したのです。その当時、彼はきょとんとした顔をされただけで、今一つ分かっていなかったようでした。彼がギャンブル依存から回復してくるに従って、その意味が分かるようになってきたのでした。

(「週に1回」ということ)
 もう一つの内容である「週に1回」ということを次に取り上げます。
 カウンセリングが上手く行くと、カウンセリングを受けるということがギャンブルに対しての抑止力になることも多いのです。2週に1回のペースで来られていたクライアントは、「カウンセリングのない日が危ない」とおっしゃられていました。「危ない」というのはパチンコ店に行ってしまいそうになるという意味でしたが、彼は週に1回のペースに変更したところ、そのような危機感を体験する度合いが減ったというように話していました。
 先に述べたように、パチンコというのは気軽にできるので、空き時間や休日が彼らには苦痛になるのです。そういうときに、カウンセリングがあるというだけでも、彼らには救いになるのだと私は改めて学んだのでした。

(ギャンブルの生の延長となってしまうこと)
 ギャンブル問題で相談されようと思われるのでしたら、最初の条件は「週に1回のカウンセリングを続けること」というものでした。
 もし、気が向いた時だけ受けに来て、単発のカウンセリングを反復するだけであるなら、そのカウンセリングはむしろギャンブルの生を強化してしまうように私には思われるのです。
 つまり、「その場限り」という生き方がギャンブル依存の背景にあると私は考えていますので、「その場限り」のカウンセリングをするのであれば、それはギャンブル依存という生き方の延長でしかないということなのです。私はそのように考えております。
 このことは、いずれ「ギャンブルの心理と生」で取り上げようと思うのですが、彼らがいかに「その場限り」の対策を採るか、その時その時をやり過ごすことだけに心を奪われるかということを考えると、「その場限り」のカウンセリングは、彼らのためにならないどころか、害悪にもなってしまうように私は思うのです。
 以上のように私は考えておりますので、週に1回というペースと、継続ということを最初の条件として挙げたいのであります。

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



平成29年4月26日公開