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カウンセリングの枠組みについて(4)

カウンセリングの枠組みについて(4)~INDEX

<テーマ37> カウンセリングと場所
<テーマ49> 予約制ということに関して
<テーマ63> 契約としての予約




<テーマ37> カウンセリングと場所 

 これまで時間ということに関して述べてきました。本項では場所ということに話題を移したいと思います。
 場所というのは、カウンセリングを実施する場所のことでありまして、要するに面接室のことであります。私の場合、クライアントの方から私の面接室まで足を運んでもらうことになります。
 これも時間の所で述べましたが、同じように「守り」という意味が場所に関してもあるのであります。時間が「守り」となるように、空間もまたクライアントにとって「守り」となるものであります。
 そして、面接室に来てもらうということは、クライアントに彼の日常の生活場面から離れてもらうことを意味しています。生活空間から離れたところで、クライアントは日常を振り返ることになるのであります。
 クライアントによっては、面接場面に日常のものを持ち込もうとする人もあります。例えば親に同席してもらう(この場合、たいていは親の方がついて来るのですが)人もあれば、家族全員で面接室に入ろうとする人たちもあります。以前は、それでもやっていたのですが、それでは私はうまく対応できないということに気づきました。今では、クライアントと一対一で会うことにしています。

 私がクライアントの生活空間に入り込みたくないのと同様、クライアントにも私の生活空間に入り込んできて欲しくありません。それはお互いに守る必要があると考えております。従って、臨床家によっては、自宅の一室を面接室にされている方もおられますが、私にはそれをしたくないのであります。クライアントの自宅を訪問するというカウンセラーもありますが、それも同じように、私はしたくないのであります。
 面接室から出れば、クライアントはクライアントでいる必要はありません。同じように、私も面接室の外ではカウンセラーになるつもりはありません。恐らく、私には「プロ意識」というものが全く欠如しているのでしょう。面接室にいて、尚且つ、クライアントと対面している時だけ、私はカウンセラーであり、それ以外の場所においては、私はただの一個人に戻りたいのであります。
 余談ですが、私の友人たちで、私がカウンセラーであるということを知っている人はほとんどいません。昔は、飲み友達なんかには正直に言っていたのですが、私がカウンセラーだと知ると、途端に彼らは「相談事」を持ちかけてくるのであります。「相談事」と言っても、大抵は「あいつはどういう性格タイプなんだ」とか「うちの親戚はこれこれこんな状態で精神病だろうか」といった事柄ばかりであります。見知らぬ人のことを「相談」されるのにうんざりして、私は自分がカウンセラーであることを一切、友人知人には言わないことにしているのであります。カウンセリングを受けるつもりはないけど、身近にカウンセラーがいたら、それは利用しようという人たちに私は嫌気がさしたのでした。そういう経験があるために、私はカウンセリングを実施する場所というものを強く意識するようになったのであります。

 また、場所に関して、私にはいくつかのエピソードがあります。
 私が二十代前半の頃、とある喫茶店でコーヒーを飲んでいますと、隣の席に座った男女がありました。二人とも年齢は若かった方ですが、男性の方が女性よりもやや年上のようでした。聞くともなしに彼らの会話を聞いていると、どうもカウンセリングのようなことをしているようだと分かったのであります。女性の方がクライアントで、男性がカウンセラーでした。周囲にはお客さんが大勢いて、賑やかでした。私はこんな場所で内面のことを語らされる女性が気の毒に思いました。誰に聞かれているかも分からない(実際、私はしっかり聞いていました)状況で、彼女は自身のことを話さなければならなかったのであります。
 また、同じく私が二十代前半で、大学生だった頃に、自己啓発のことをしている人と知り合いました。その人はカウンセラーではありませんでしたが、自己啓発の一環としてカウンセリング業務もしているから、よかったら受けてみませんかと私は勧められたのであります。当時、私はすでにクライアントを経験していたし、カウンセリングや心理学の勉強をしていましたので、興味本位で受けてみることにしました。受けてみてびっくりしたのは、それはビルの一室で、会議室のような部屋でした。そこに机と椅子をずらりと並べて、すでに何組ものカウンセラー―クライアントコンビが一斉にカウンセリングをしていたのです。椅子を勧められて、私が腰かけていると、二十代後半くらいの若い男性が座りました。この人が私のカウンセラーだということなのです。彼は当然のことながら、私に話をさせようとします。しかし、そんな騒がしい場所で、私は気持ちも落ち着かず、話す気にはなれませんでした。彼の言葉もほとんど聞こえない状態でした。聞こえないというのは、騒々しかったからではなくて、私が周囲のクライアントたちに気を取られていたからであります。隣ではどんなことを話しているのだろうとか、隅っこのテーブルではどんな話し合いがなされているのだろうかとかいうことが気になって仕方がなかったのです。奥の方で涙ながらに語っているクライアントがいたりすると、思わず目を奪われて、一体何が起きているのだろうと詮索してしまう始末でした。私にとって、このカウンセリングは意味がありませんでした。
 同業のカウンセラーで訪問カウンセリングをしている方がおります。その人の話を聞いていて、どうしてクライアントに面接室まで来てもらわないのですかと尋ねたことがあります。クライアントがひきこもっているから無理だというのがその返事でした。そこでその人はひきこもっているクライアントの部屋で面接しているのだそうです。ひきこもりの人にとって、自分の部屋がどういう場所であるかということをもう少し考えた方がいいのではないかと、私はその同業者に対して思いました。
 また、高槻で開業して駆け出しだった頃、とある内科医から「カウンセリングを引き受けてほしい」と依頼されました。内科疾患と「心の病」とは密接な関係がありまして、だから「心療内科」なる科が登場しているわけであります。この内科医は、内科疾患だけでなく、患者の心にもケアの手を差し伸べたいと考えられていたのだろうと思います。私は彼のクリニックを訪れ、ここでカウンセリングをしてほしいという部屋に案内されました。私は一目見て、ここではカウンセリングができないと感じました。二階建てのクリニックで、一回は診察や治療の場に充てられていました。二階は広いスペースになっていて、あまりにも広すぎるのであります。そこに机と椅子を置いてカウンセリングをしてほしいとその内科医は言っているわけであります。しかも、二階とは言え、一階とは大した仕切りもなく、吹き抜け状態であり、二階部分も仕切りがないのであります。よく、空間を広く見せるために、壁や仕切りを極力排除した部屋というものがありますが、それをイメージしていただければ理解していただけるかと思います。

 私の考えるところでは、カウンセリングを実施する場所というのは、とても大事なことであり、ナイーブな問題を孕んでいるものであります。臨床家は自分(たち)の面接室を持つべきだと思うのであります。それがどんな部屋であっても構わないのです。私の面接室のように乱雑であっても構わないのであります。クライアントが「守り」を経験できればそれでいいのであります。
 そして、場所に関しては、臨床家はもっと注意を払う必要があると、私はこれまでの経験から考えるのであります。上記の四例はすべて、場所に関して無頓着すぎるのであります。私たちは、場所を通して、クライアントを「守って」いることになるのでありまして、そのことはもう少し考えていなければならないことだと、私は個人的に考えております。
 クライアントにとって、カウンセリングが個別化されるためには、臨床家はクライアントと会う場所を確保しなければならないし、そこにおいてのみ、カウンセリング関係を築かなければならないと私は考えております。

 最後に、本項の要点を繰り返しておきます。
 カウンセリングを実施する場所もまた、クライアントに「守り」を提供するものであること。個人的にはお互いの生活空間に入り込まないことを心がけたいこと。カウンセリングはそれを実施する場所においてのみ行われることが望ましいということ。以上が、場所に関する私の考えであります。

(文責:寺戸順司)






<テーマ49> 予約制ということに関して

 これまで述べてきたように、カウンセリングは時間と場所を決めて行われなければならないということでありますので、そのためにはお互いに時間と場所を確保しなければなりません。そこに予約制という方法を取らざるを得ない理由があるのであります。
 クライアントの好きな時間に、あるいは、クライアントが本当に必要としている時間に受けてもらえたらどれだけいいだろうかと思うこともあります。ところが、そのようにしてしまうと、私たちは十分な時間が確保できなかったり、他のクライアントの時間を中断させてしまったり、またそのクライアント自身の時間が中断されたりという不都合なことも起きてしまうものであります。また、面接の時間は常に外部からの中断に脅かされる場になってしまうのではないかと思います。これでは私も安心してカウンセリングできないのであり、恐らくクライアントの方でもそのように感じてしまうのではないかと思います。
 そのような状況に陥らないためにも、クライアントには、事前に予約を取ってもらい、私たちは時間を決めてお会いすることになります。先に前もって予約を取ってからでないと会うことができないというのは、クライアントにとっては少々不便なことだとお察しします。しかしながら、カウンセリングという作業の特性上、そうせざるを得ないのだということをもご了承願えればと思います。
 本項では予約に関してのいくつかの注意点やお願いする事柄を述べることにします。

 予約に関しては、私の一方的なお願いになるのですが、すべて電話にてお願いしたいのであります。時折、メールやFAXで予約を取られる方もおられるのですが、私が気づかなかったり見落としたりということが生じますので、これはしないでいただきたいのであります。また、直接来室して予約を取られる方もおられますが、他の方の面接中だったりすると、私も対応できませんので、これもどうか控えていただきたいのであります。
 予約の電話ですが、営業日の営業時間内であれば、どの時間にかけていただいても結構なのでありますが、私が面接中や外出中の際は留守番電話対応となっております。つながらない場合はもう一度、時間を置いて掛け直していただくことになります。私の方から電話をかけても差し支えないようでしたら、留守番電話にメッセージを残していただければ、後ほど私の方からお掛けいたします。もっともつながりやすい時間帯は13時から14時の間であります。これは私のお昼休みでありまして、大抵は電話に出ることができますので、極力、この時間にかけていただいた方がよろしいかと思います。朝は9時頃には来ておりますので、9時過ぎくらいから10時前の間にかけていただいても結構であります。ただ、朝は私がバタバタしておりまして、時に席を外している場合もありますので、その点はご容赦ください。

 どれくらい前に予約すればいいかということですが、早めにお願いしたいのであります。当日の朝や前日に予約を取られる方もおられます。私は一日のうちに必ずどこか一枠は空けておいて、急な用事や面接に対応できるようにしてはいるのですが、これをあまり当てにしないでほしいのです。既に塞がってしまっていることもよくあるからです。
 遅くとも、お越しになられる予定の2,3日前までに予約をお取りしていただけると、私としましてもたいへん助かるのであります。私もまた予定を組むことができるからであります。

 尚、あなたが予約を取る際に、あなたの連絡先を聞く場合がございますので、悪しからずご了承ください。これは予約が二週間以上先になってしまった場合や私の生活上の諸々の条件のために、私の方の事情で変更をお願いするようなことが生じた場合に、その旨を伝えなければならないからであります。もちろん、それは万一の場合に備えてということでありますし、その目的のためだけに伺うのであります。ちなみに、私が高槻で独立、開業してから、今年(平成23年)で7年目になりますが、この間、何人かの人からはそういう形で連絡先を伺ったこともあります。それでも今のところ、私の方から変更をお願いしたことはありません。今後ともそうであればいいとは願っていますが、将来のことですので確実なことは言えません。
 もし私の事情で休まなければならないということが生じた場合、予約されているクライアントのすべてに私は連絡しなければなりません。連絡先が分からなかったがために連絡できず、当日あなたが来て、閉まっていたというようなことが生じないようにしたいだけなのであります。お互いの利益のために、連絡先を聞くことになるのであります。

 あと、予約に関して述べなければならないことは、希望通りの曜日、時間帯にお取りできない場合もあるということであります。そのようなことが生じる可能性もあるということをご理解いただきたく思います。クライアントにはクライアントの生活があり、その生活の中でカウンセリングのための時間を割いてくれているということは私も重々承知しております。できるだけクライアントの希望に沿うようには心がけているのですが、どうしても希望される時間に他のクライアントと重なってしまったり、その日たまたま臨時休業することになっていたという事態が生じることもあるのです。
予約が重なった場合、基本的に先に入っている予約の方を優先することに私はしております。後から入った人のために、先に予約を取られている方に動いてもらうということはしておりません。
また、時間帯や曜日によってはそれなりに早めに予約を取ってもらわなければならない場合もあります。今の所、土日曜日や、夕方から夜にかけての時間帯は混みやすくなっておりまして、その曜日、時間帯を希望される方はお早めに予約をお取りください。

 ここまで読まれた方から見ると、予約を取るのはかなり面倒くさいように感じられたかもしれません。私が細かな注意事項などを描きすぎているためかもしれません。予約を取るということがカウンセリングの出発点でありますので、どうか億劫がらずに取り組んでいただきたいのであります。
 簡潔に述べれば、営業日の13~14時の間にかければ問題はないということであります。また、数日前に予約を取るようにすればいいということであります。その二点だけ押さえておけば、その他の細かな点は、その都度必要に応じて取り上げられることになりますので、予約をお取りになられる方は気にする必要はありません。この場で、前もってある程度お伝えした方が理解していただけるかと思いましたので、述べてまいりました次第であります。

(文責:寺戸順司)






<テーマ63> 契約としての予約 

 予約を取るということは、一つの契約が成立したということであります。契約と言うと、堅苦しいイメージを持たれるかもしれませんが、これは事実であります。
 これをお読みになっているあなたが私のカウンセリングの予約を取るとします。私がそれを受けるとします。その時、私とあなたとの間で一つの契約が成立したのであります。予約した日時に、あなたは私を訪れる義務が生じます。義務が生じるという点では私の方でも同じであります。私はあなたとお会いするための準備をしなければならず、時間と場所を確保しなければならないのです。私もまた義務に縛られるのであります。双方がそういう形で束縛されてしまうのですが、それでないと何事も始められないのであります。

 契約が成立した場合、この契約は次の三つのいずれかの経緯を経なくてはなりません。
その三つとは、(1)契約が遂行される。(2)契約が事前に変更される。(3)契約が事前に取り消される(キャンセルされる)であります。つまり、あなたには無断キャンセルする自由はないのであります。予約を取っておいて、それをすっぽかす自由はあなたにはないのであります。厳しいことを言うようですが、それは私の方でも同じであります。私もまた無断キャンセルすることはできないのであります。

 私が偉そうに言っているように聞こえるかもしれませんが、私は一度だけ無断キャンセルしたことがあります。それは私の足の怪我のために病院に行った時のことですが、それが予想以上に時間がかかってしまったためでした。午前中で片が付くだろうと私は予想していたのですが、結局午後遅くまでかかってしまったために、午後からのクライアントに対して無断キャンセルしてしまったのでした。私は自分を弁護するつもりはありません。私は午後からのクライアントに対しても変更をお願いしておかなければならなかったのでした。午後の人には間に合うだろうと甘い予測をしていたのは私自身だからです。私が義務を怠ったのであります。
 私も約束を守る義務があるのと同じように、クライアントもまた私との間で成立した約束に関しては、それを守る義務が生じるのであります。そして、契約を交わした当事者間において、その契約は先述の三つのどれかを経なければならないということであります。

 カウンセリングもそうですが、予約制で仕事をしている職種においては、無断キャンセルというのはどうしても生じるだろうと思います。
 以前、私が勤めていたクリニックでも、それはよく生じました。私の経験では、無断キャンセルはクリニックの方でよく生じていたように思います。私が独立して思ったのは、クライアントは意外と約束を守ってくれるものだということであります。
 今でも覚えているのですが、当時、クリニックの臨床家、私にとっては上司に当たる先生ですが、この先生がある時、一人のクライアントを待っていました。時間が来ても、そのクライアントは姿を現しません。遅れるのだろうか、など私たちは心配になります。いくら待っても、遂にそのクライアントは現れませんでした。その先生はプンスカ怒って、「まったく、人の時間を何だと思っているのだ」と毒づいていました。気持ちは分からないではありません。臨床家もまたクライアントと会うために準備をしていたのであります。その準備が無駄に終わったわけでありますし、姿を現さなかったクライアントのために、他のクライアントがその時間に入れなかったということもあり得たからであります。
 今、私は多少の経験を積んでいるおかげで、クライアントが予約を取る時に、ある程度、この人は来てくれるなとか、この人は来ないか直前でキャンセルされるなとかいうことが予測できるようになっています。これは、クライアントの表現、ある事柄に対しての表現に注目することで予測できるのであります。大体、私の予測は八割くらいの確立で当たるのであります。
 ですから、来談する可能性が低くても、一応、私はその人のために準備をして、待つことにしています。それでも15分以上は待たないということに決めているのであります。15分経ってもその人が現れなかったり、何の連絡もなかったりすると、私はその人とは縁がなかったのだと思い、その人のことは忘れることにしています。そして、私は私の仕事に戻ることにしているのであります。15分の損失が私にもたらされただけであり、それ以上に、その人によって掻き回されるのを防ぐようにしております。私がキャンセル料を取らないのはそのためなのであります。私は私の被害を最小限に抑えるようにしておりますので、無断キャンセルされても、わずか15分の損失と若干の準備の損失だけで済んでいるのであります。キャンセル料を請求するほどの被害を生み出さないようにしているのであります。
 それでも一時期、無断キャンセルの場合、キャンセル料を請求しようかと考えたこともあります。しかし、請求したところで、その人は払わずに逃げる可能性が高いだろうと思います。そうなると、結局、その人に対して、いつまでも追いかけなければならないようになると思うのです。それはそれで、仮にキャンセル料が徴収できたとしても、私にとっては損失なのであります。それに借金取りのようなことも私はしたくないのであります。
 それに、損失は私の側だけにあるのでしょうか。無断キャンセルしたその人もまた損失を蒙っているかもしれないのであります。その人はカウンセリングにおいて何か有益なことが得られたかもしれないのであります。その機会をその人は失したということになるのかもしれません。また、後日カウンセリングを受けたくなったとしても、一度無断キャンセルした所に対しては気が引けるのではないかと思います。それもまた、クライアントにとっては可能性が狭められてしまうことになるのではないかと私は思います。もしかすると、無断キャンセルの損失は、私の方よりも、キャンセルした人の方が大きいのかもしれません。

 私が厳しいことを言っているように聞こえるかもしれません。私の職場は待合室もない、一室だけなのであります。クライアントを待たせたくないし、クライアントどうしが廊下で擦れ違わないようにも配慮したいのであります(但し、これは生じてしまうこともあります)。そのため、一人のクライアントの面接時間は60分ですが、私は一人のクライアントに90分時間を取るようにしているのです。その上、以前も少し述べたかもしれませんが、急なクライアントや用事、作業のために、一日のうちのどこか一枠は必ず空けるようにしているのです。そうすると、私は一日に五人のクライアントと会うのが限界になってしまうのであります。一日に五枠しかないので、一つ一つの枠が私にとって大きいのであります。だから、本心を言うと、確実に来てくれるクライアントとだけ会うようにしたいのであります。一枠一枠が私にとって貴重なのであります。そういう事情があるので、少々厳しいことを述べることになったのであります。
 簡潔に申しますと、予約を取るというのは、契約であり、あなたは私の一日の労力の五分の一を押さえることになるのであります。あまり軽い気持ちで予約を取ってほしくないというのが私の本心であります。そして、予約に関しては、遂行されるか、事前に変更ないしはキャンセルされるかのどれかを経なければならないのであります。そのどれがなされるのかということは、あなたの責任においてなされなければならないのであります。

 精神的に圧倒されていたり、人格的に未熟だったり、社会化が十分達成されていないといった人にとって、こうした約束を守るということがとても難しいということは私にも理解できるのであります。その人たちは、約束が負担となったり、あるいは相手の方にも事情があるとは思いもつかなかったり、嫌なことはすっぽかしてもかまわないと考えたり、気分しだいで変えても平気だったり、他人が迷惑を講じるとは思いもしなかったりするのであります。しかし、そのような人こそ、約束を守るということができるようになっていかなければならないのではないでしょうか。
 ある人が予約を取られました。日時まできちんと押さえたのであります。その上で、その人は「行くかどうか当日決めてもいいですか」とおっしゃられました。私は「それなら最初から来ないでください」と言って、断りました。予約を取ったということは、それ自体で、カウンセリングを受けるという決断をしたことの意思表示なのであります。予約を取ってから意志決断するのではないのであります。

(文責:寺戸順司)






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