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2015年3月25日 水曜日

3月25日:「駅へと向かう夢」

3月25日(水):「駅へと向かう夢」

(夢)「駅へと向かう夢」
 女性のクライアントからお金をいただいた。彼女は12回分として72000円支払った。大切なお金だと思い、部屋に戻る。部屋には5,6人の先輩がいた。彼らは僕の持っているお金にたかってくる。僕は、あなたたちこそ後輩に奢れよと言ってやった。
 僕はお金を鞄にしまうと、鞄に付ける鍵が要るなと思い、用意する。
 それから僕は外に出る。果樹園のようなところを歩いた。ブドウか何かが実っていて、果実に頭がぶつからないように僕は身を屈めながら歩いた。
 道路に出て、歩道を歩く。雨が降り始める。僕は傘を持っていなかった。僕はどこかでお酒を呑もうかと思ったけれど、雨だから億劫だと、止める。
 高校生くらいの一団が走っている。陸上部だろうかと思う。こんな雨の中をずぶ濡れになって走っている。男子も女子もどちらもいたように思う。
 道路を横断するため、信号を待つ。一団はそのまま走り去っていく。信号が変わり、道路を横断する。そこが駅だった。改札へ上がる階段を僕は上り始めた。

(連想と感想)
 何かと展開の多い夢で、多くのものが登場する。
 夢の中の女性クライアントは特定の誰というわけではない。現実に、今、僕の頭を悩ませている女性クライアントが何人かいて、その人たちのことが普段から頭に離れない。
 12回分で72000円というのは、面接料に関して葛藤があって、僕は一回ごとにやっているけれど、こういう数回分を前払いでというやり方もありだと思っている。しかし、夢では葛藤なく受け取っている。
 1回で12回分とはさすがに多い。これは、その女性クライアントたちに対する僕の労力なのかもしれない。通常の12倍、神経を使っているということかもしれないし、あと彼女たちと12回くらいこの状態が続くということかもしれない。いずれにしても、僕はアンバランスな働き方をしているのだと思う。
 5,6人の先輩たちがたかってくる。これは象徴的には僕の兄を連想させるのだけれど、その他の業者に対しても同じような感情を抱いている。以前の夢のロビーで絡んできた二人組の存在とも重なる。今回は数が増えているけれど、僕は彼らに言い返す。僕の中でエネルギーが戻ってきているのだろう。
 エネルギーが戻ってきていると言えば、果樹園の光景と適合する感じがする。前回は海の中でたくさんの色とりどりの魚たちが泳いでいた。今回はたくさんの果実が実っている。前回が動物的なエネルギーだとすれば、今回は植物的エネルギーに僕は囲まれている。
 しかし、そうしたエネルギーに囲まれながらも、僕はそれに触れないようにしている。身を屈めて歩いているというのがそれだ。また、果実はしばしば女性の象徴というか、イメージ的に女性を連想するのだが、僕はそれに触れないようにしている。そうしないと歩けなくなるからだろう。
 雨が降り出すというのは前日の経験と重なる。いきなり降ってきた雨に濡れて、もう少し時間をずらせば良かったと思った。雨の中、僕は傘もささずに歩いていたが、不測の事態に対しての準備ができていないのだろう。
 酒を呑もうかと思ったけど止めた。今、断酒中で、3日経過したところだ。そろそろ酒の夢でも見るかと思っていたところ、こういう形で見ることになった。
 酒を呑もうかと思っているところに、高校生の一団が走ってくるのに遭遇する。僕も高校時代はあんなふうに走っていた。酒を呑むのではなく、高校時代の僕にもっと近づかなければならないのかと思った。
 高校生の一団が去っていく。道路を横断して駅に上がる。横断して道の向こう側に行くということは、どこか別の次元に移るというように僕はイメージする。こちら側から向こう側へ行くとは、別の世界に生きるということにつながると、そう思う。
 そこが駅であるということは分かったが、その階段を上がるところまでしか夢では見ていなくて、そこで目が覚めている。僕は駅に着くというところまでは行くことができても、そこから電車に乗ってどこかへ行くというところまで辿り着いていないのだと思う。
 酒を断ち、高校時代の何かに触れるか向き合うかして、それにより僕は次元の違う生き方へと向かうはずなのだが、僕はそれに十分にできていない。それができれば、僕は今いる場所よりもずっと遠くへ運ばれていくのだろう。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(追記)
 今も同じような解釈をするんじゃないかと思う。お金と仕事の葛藤、さらに業者さんたちとの葛藤、そうしたものが最初に描かれていて、そこからどこかへ旅たつのだけれど、それがうまくいかない夢だと思うだろう。
(平成29年6月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2015年3月24日 火曜日

3月24日:今日の一日

3月24日(火):今日の一日

 今日は定休日だけど、朝はいつものように出勤する。一日かけて、職場の整頓を試みる。前夜にある程度なにをするか、どこをするかということを決めておいた。それだけをするようにした。

 先日、テープを整理していたら、『ユングの心理学』が出てきた。クリニックにいた頃、N先生からダビングさせてもらった分だ。河合隼雄先生の講義テープで全6巻。これを一気にデジタル化する。8時間近くかかった。

 20時頃職場を出て、喫茶店で勉強と書き物をする。23時近くまでそれをする。
 今週から一日の終わりに日誌を書くということを始めている。これも以前はやっていたことなのだけれど、再開する。一日の終わりというのは、仕事を終える20時を指している。そこから今日一日の間に経験したこと、学んだこと、気づいたこと、どんな些細なことであれ僕が考えたことなどを綴る。

 帰宅して「世にも不思議な物語」(One Step Beyond)を見る。以前に廉価版のDVDを気まぐれで買ったものだ。ちゃんと見ていなかったなと思い、一話ずつ、つまり30分ずつ見ようと決めた。
 今日は第1話を見た。空から石が降ってくる話と水をガソリンに変える不思議な男の話がドラマ化されている。古臭いけど、僕は面白いと思う。これをそのまま現代に放映したら、総スカンを食うだろうと思う。なんら合理的な説明がなされないまま終わるからだ。謎は謎のままに残しておくという姿勢が好きだ。

 今、依存症について再度勉強している。今日、『薬物依存者の生と死』(米倉育男著)を読み終える。三日に分けて読んだ。『依存症の女たち』(衿野未矢著)もあと100ページほどで読み終えるのだけれど、疲れたので明日にすることにした。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(追記)
「世にも不思議な物語」を見ていたのはこの頃だったか。その後、これは一応全部見た。当時は依存症関係のことをよく勉強していたのだなと思う。ギャンブル依存など、そういう人たちが来るようになっていたからだと思う。
(平成29年6月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2015年3月22日 日曜日

3月22日:「海中の夢」

3月22日(日):「海中の夢」

(夢)「海中の夢」
「僕は海の中にいる。水中にいるはずなのに、なぜか呼吸ができている。不思議だと思ったけど、目の前で色とりどりの魚が泳いでいる光景に目を奪われ、我を忘れている。こんな世界があるのだと僕は思った」

(連想と感想)
 前日、僕の中で何か一区切りついたような気がしたのを覚えている。やり直そうという気持ちがやたらと生じた。自分の信念に忠実になりたいというような、そんな気分だ。
 海がそれに関係しているかは分からないけれど、今まで僕があまり見たことのないような夢だ。
 水中、それもかなり深い所という感じがしたのだけれど、それは自己の内面というイメージが僕にはある。僕の内面の、あるいは無意識の深い所に、色鮮やかな生命感情が生きているのかもしれない。僕は自分の中にあるその部分を見る必要がありそうだ。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(追記)
 水中にいる夢というのは滅多に見ない。人生で初めて見たかもしれない。僕には珍しいことだったので覚えている。
(平成29年6月)

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2015年3月22日 日曜日

3月22日:選択

3月22日(日):選択

 この土日は少しばかり忙しかった。
 朝、職場に着いて、面接の準備をしている時、僕はいつになく落ち着いている自分を体験した。
今日は朝から夕方辺りまで予約で埋まっていた。
夕方から、妙にやる気が出てきて、いろんな活動を始めた。
いわゆる依存症なるものについて考えていて、何か参考になる本を探す。取り敢えず、書架から二冊選ぶ。
一冊はコクトーの『阿片』である。これはけっこう凄まじい本だ。180ページほどだけど、一気に読み終える。昔、一度読んだきりの本だったけど、今回もやはり凄いと思った。
 それからもう一冊の方を3分の1ほど読み、秋の検定試験のための勉強を少しする。その他、論文を2つほど読んだ。

 今日、クライアントから「先生はどんな遊びをするんですか」と訊かれて、参った。世間一般の人が言う遊びなるものは、僕にはほとんど縁がないからだ。ギャンブルもしないし、旅行とかもしない。テレビも見ないし、せいぜい一人で呑むくらいだ。2,3日前にも「先生は休みの日とか何をしているんですか」とクライアントから尋ねられた。「休みの日は出勤してる」と僕が答えると、相手はジョークだと受け取ったようだ。事実なのだが。
 確かに、趣味とかハマっていることはある。でも、遊びとは言えないかもしれないな。改めてそう分かった。好きなことの一つに本を読むことがある。はっきり言って、活字中毒だ。何か読んでいないといられないのだ。れっきとした依存症である。
 僕はこの依存症を歓迎している。もっともっと読みたい。

 夕方、必要なものがあって、買い物をしたのだけれど、そのついでに書店を覗く。読みたいと思う本がたまらなくある。それは僕の中で新しい課題として僕に突き付けられているようだ。僕はそれに立ち向かいたい。

 ちなみに、今日は酒を呑まなかった。酒よりも、本を読んでいる方を選んだ。僕は正しい選択をしたように、今は感じている。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(追記)
 今も変わらない生活だ。酒を飲むか、本を読むか、何か他のことをするか、僕たちはいちいち自分の行為に関して選択を迫られている。あまり選択ということを意識しないだけのことも多いのだけど、常に選択することを僕たちは求められているのだと思う。
(平成29年6月)

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2015年3月18日 水曜日

3月18日:リフレッシュ後

3月18日(水):リフレッシュ後

 三連休後の勤務だ。リフレッシュしたおかげでいろんな作業が捗った。今日はそれほど忙しくない。今週は、明日が割といっぱいで、あと土日がある程度埋まっているという状況だ。

 今朝、4時から活動を開始していた。サイト作業をやって、職場ではテープ整理などをする。面接のテープをデジタル化している。去年の途中からカセットテープをやめ、ICレコーダーに変えた。それでテープをデジタル化し始めたのだ。去年の分は全部終わった。一昨年の分に今取り掛かっているけれど、あと60回分くらいで終わる。だいぶん先が見えてきた。今日は4回分終わらせた。

 寂しい女性から電話があった。僕のことを好いてくれているのはありがたいことだ。こんな変人を好いてくれるのだから僕にとっても貴重な存在なんだけど、今の僕は誰ともお付き合いしようという気持ちになれない。
 これはその女性だけに限ったことではない。友達付き合いも今はしたくない。お酒の誘いもすべて断っている。今は仕事をもっとしたいし、もっと勉強したい。もっといろんなことを身につけたい。自分自身に集中したい。だから遊びたいとも思わない。

 面接は午後からと夜。水曜日と木曜日はどちらかに集中することが多い。たまに均等に分かれるけど、先週は水曜日の方が埋まっていて、今週は木曜日に集中している。このアンバランス感をなんとかしたいと思うのだが、クライアントの予定にも左右されるので、上手く行かない。

 今日、聴いた音楽はヤング・ラスカルズの『Groovin'』と『Easy Rider』のサントラ盤だ。特に後者は最近のお気に入りで、職場で一日一回は聴くCDだ。どこか今の僕の気分とマッチするからだろう。
 前者は、最初は苦手だったけれど、だんだん耳に馴染んできて、最近では聴く機会も多い。白人グループが黒人ソウル風の歌い方をするのは、どこか苦手なんだけれど、ヤング・ラスカルズはまだ大丈夫だ。スペンサー・デイヴィス・グループ辺りは僕にはキツイ。
 音楽が好きだ。演奏の方はご無沙汰しているけれど、聴く方はもっといろんな音楽、音を聴きたい。

 なんとか今日も無事終えることができそうだ。これが一番大事なことだと思うようになった。取り敢えず、今日一日、無事に生きることができた。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 時々、僕は独りになりたがる。そうして自分自身に集中したくなる時がある。そういう時に、いろんなものを書くのだ。このサイトは僕のその記録でもある。
(平成29年4月)

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