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2015年1月19日 月曜日

1月19日:葛藤する自我

1月19日(月):葛藤する自我

 今日は面接半分、雑用半分の一日だった。

 パソコンの処理作業をいくつかこなす。

 電話が4件ほどあった。一つは業者で、あとはクライアントだが、その内の一人は新規だ。新しい人が来てくれるのは嬉しいと思う。
 それにしても僕の電話対応の稚拙さには自分でも腹立たしい。もう一度、きちんと電話応対をできるようにしないといけない、そう感じている。

 空き時間に室内の整頓をする。少しずつやっているためもあって、なかなかはかどらない。一日かけて一気にやってしまう方がいいのかもしれないが、今週は休みがない。

 ずっと気になっていて、今日、ようやくその時のメモを発見した。土曜日に新規の方が来られるのだけれど、その人はどうも以前無断キャンセルされた方じゃないかという気がしてならなかった。それをはっきりさせるメモがあったのを思い出して、探していたのだ。
 まだ十分な確証とは言えないけれど、同じ人である可能性が高い。そうなると、今回も当てにならないかもしれない。

 本はあまり読む時間が今のところ取れていない。モームの「マウントドレイゴ卿」を読む。少し思い出したことがあったからだ。

 一人で仕事をしていると本当にたいへんだと思うことが多々ある。誰かに頼ることも任せることもできない。甘えが一切許されない状況だ。
 そのためにどんな小さな雑用でも自分でしなければならない。そうするといろんな作業や雑用で頭がいっぱいになってしまう。細かなことを忘れてしまうのも、自分で言うのもおかしな話だが、仕方がないかもしれない。
 ただ、確かに記憶力が以前よりも衰えている感じはしている。このままいくと認知症になるんじゃないかといささか心配である。

 今週はそれほど忙しくならないかと思っていたが、徐々に仕事が入ってきている。今年はスタートが遅かったけれど、勢いが戻りつつある。喜ばしいことだ。少しずつでもいいから、毎日仕事を入れたい。

 今、クライアントを待っているところだ。時間通りに来られるか、それとも遅刻するか。今頃その人は葛藤しているかもしれない。すがりつきたい気持ちと僕を恐れる気持ちと、その両方がその人にあるように思うからだ。その時々で、そのどちらの気持ちが勝つかによって、僕やカウンセリングに対するその人の態度や姿勢も違ってくるようだ。
 こうした葛藤はどのクライアントも経験されていると思う。ただ、自我がしっかりしているほど、こうした葛藤に耐えることもでき、望ましいと思われる方を決断することもできるのだ。
 だから、無断キャンセルする人は病理が深いというよりも、こうした葛藤に耐えられず、好ましくない方の決断をしてしまうことが多いと思うのだ。言い換えれば、困難の伴う方を回避する決断をしてしまうものだ。
 同様に、きちんと来られる方というのは、問題を抱えているとか意識しているとかいうこと以上に、自我がよりしっかりしているのである。約束を守るということも、案外、自我にとっては負担となることなのだ。その人の自我はそれに耐えることができるのだ。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 このブログもなぜか途中で終わっていたものだ。ひょっとするとこの続きを何か書こうとしていたかもしれない。当時は何かと急な用事や予定が入っていたためかもしれない。
(平成29年2月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2015年1月18日 日曜日

1月18日:失われる光景

1月18日(日):失われる光景

 昨日(1月17日)は書けなかったから、少し昨日のことを書き残しておこう。
 昨日は、本当なら休みだったけど、面接が一件入ったので、午後より職場に入る。

 また一つ忘れていた事柄があった。クライアントから年賀状をいただいていて、今年最初にその人に会った時にお礼を言おうと決めていたのだった。そのクライアントが一昨日の木曜日に来られたのだけど、年賀状のことを僕はすっかり忘れてしまっていた。一日遅れで、昨日それを思い出したのだ。
 次に来られた時に言おうかと思ったけれど、それだとまた忘れてしまう。だから僕はその人に電話をかけ、年賀状のお礼を伝えた。
いきなり僕から電話が来たのでその人もびっくりしたかもしれないな。それでも僕から無視されているとか、大事に思われていないとか、そんなふうに思われるのも嫌だし、そうなるとその人にとっても辛いことだと思うので、幾分迷ったけれど、思い切って電話した。
 僕の方からクライアントに電話をかけることはあまりないことなのだけれど、結果的に、電話して良かったと思った。

 夜は飲み屋の女性につかまる。誕生日でもないのに誕生日を祝ってくれた。僕の誕生日のために彼女はワインを一本用意してくれていたのだけれど、僕が彼女と会うことがなかったために、ずっとそのままになっていたそうだ。
 悪いことをしたような気持ちになって、彼女の働く店に行き、ワインをご馳走になる。誕生日も、三か月ほど過ぎたが、こうして祝ってもらった。嬉しかったけれど、取り敢えず義務を果たしたという感じも半分あった。

 ここから今日のことになる。
 今日は午前中は用事で天満橋の方に行っていた。僕の二人目のカウンセラーがこの近くのドーンセンターで仕事をしていて、当時はよくこの辺りにも来たものだ。
 用事を終えると、懐かしさに少しその辺を歩いてみたくなった。近くに古本屋があったはずだと、記憶を頼りに歩く。いささか道を間違えたが、今でもその店があった。妙に嬉しかった。
 今月は本を買いすぎだと思いつつも、つい二冊ほど買ってしまう。

 それからさらに歩く。天神橋筋商店街まで歩く。この商店街に僕の探している店があるのだけれど、どの辺りだったか忘れてしまう。取り敢えず歩いてみる。
 でも、ずっと歩いていたので、さすがに疲れた。喫茶店でもと思うのだが、案外、見当たらない。意外と少ないのかもしれない。
 最初に遭遇した喫茶店に入る。先ほど購入した本を読む。コリン・ウイルソンの『敗北の時代』という本だ。なかなか面白いと感じながら読み進めていくと、睡魔に襲われる。あまり喫茶店で居眠りとかしたくないのだけど、少しだけ眠る。
 商店街を歩き続ける。ここにも何軒か古本屋がある。覗いてみたけれど、もう買わないことにした。
 探している店は見つからずだった。後で調べてみると、もう少し先の方だった。
 扇町公園から方向転換して梅田に向かう。飲食街を覗いてみると、けっこういっぱいだった。なかなか経済が動いておると一人納得して、電車に乗り、高槻に向かう。

 用事があったので、予約は入れていなかったが、電話番と勉強とキーボードのために職場に留まる。
 電話も特になかった。キーボードは一時間くらい練習する。その後、コリン・ウイルソンの本に熱中する。その他、論文を少し読み、机の中を整頓する。

 天満橋の辺りは本当に久しぶりだった。地形とか、大きな建物なんかはそうそう変わらないけれど、小さな部分を見ると昔とはかなり変わっているなと感じた。だから、今、見えている光景も永遠のものではなくて、必ず失われ、変わっていくものなのだと改めて感じた。
 それでも、失われる光景を嘆くよりも、今見えている光景をしっかり見て、僕の中に留めていく方がいいなと思った。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 都市も生きている。今見えている町の景観もいずれは変わっていく。失われるものもある。高槻だってそうだ。僕が開業した頃からずいぶんと変わった。失われるかもしれないものは、しっかりと心に刻んでいこう。
(平成29年2月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2015年1月16日 金曜日

1月16日:予定の変更

1月16日(金):予定の変更(中絶)

 今日は定休日だけど、面接が一件入ったので、午後から職場に向かう。
 予定では、運動不足解消のために一日歩くことになっていたのだけれど、変更せざるを得なかった。

 午前中は家にいて、部屋を整頓したり、テレビを見たりして過ごす。19歳の男性が逃走しているらしい。初めて知った。ろくなことをしない人だなと思いながら見ていた。この人だけではない、日本人全体が、僕たち一人一人の質が落ちているなと真剣に思う。
(中絶)

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 今回も中途のまま終わったブログだ。未完成の日記だ。この後、見た夢を書こうとしていたようだ。
(平成29年2月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2015年1月15日 木曜日

1月15日:物忘れ

1月15日(木):物忘れ

 最近は物忘れや間違いが多い。今朝も財布にお金を入れてくるのを忘れてしまい、いささか恥ずかしい思いをしてしまった。頭の中を一度整理して、細かい作業をとにかくやってしまおうと思い立つ。

 面接の予約が新たに三件入った。いいことだ。もっと仕事をしたい。
ただ、不思議に思うのは、仕事が入るときは立て続けに入って、入らない時はとことん入らない、この格差だ。一体、どういうことが要因として働いているのだろう。

 今日は割と忙しく、あまり本を読むことはできなかった。
 先日購入した角田喜久雄の『花太郎呪文』を読み始める。80ページほど読んだ。相変わらず筋の展開が上手いなあと感心する。
 専門分野では、ユング派の臨床家による逆転移に関する論文を読む。

 先月の支払いが一件未払いだと連絡が入る。これもすっかり忘れていた。去年の末に振り込もうとしたのだけれど、間に合わなかったのだ。銀行が閉まってしまって、年始一番に支払おうと思っていたのを忘れていた。
 いや、正確に言うと、12月の末に、この日に振り込もうと決めていた日があったのだ。ところがそこに面接予約が入ったのだ。その時点で僕はこれはもう間に合わないなと覚悟を決め、振り込みを諦めた。しかし、当日、予約を取ったその人が来なかったのだ。せっかく予定を変更したのに。
 僕は急遽思い立ち、銀行に行こうと決めたのだった。行ってみると、もう銀行が閉まっていたのだ。それで、もう来年にしようと思ったのだった。

 いろんなことがこんな感じだ。この日にこれをしようと決めていても、変更しなければならなくなり、別の日にその用事なり作業なりを組み込むことになる。そこでもまた変更が生じたりするし、新しい用事や作業が降りかかってくるので、訳が分からなくなるのだ。
 仕事のこと、副業のこと、家庭のこと、それらに関連のあること、その他個人的なことなどで手一杯になっている感じがする。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 変更が生じるのは仕方がないことだ。誰にもそれが生じる。しかし、あまりそれに振り回されると何とかしなければという思いも強くなる。それでも、どうにか僕は僕の人生を続けていこうと思う。
(平成29年2月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2015年1月14日 水曜日

1月14日:留守電

1月14日(水):留守電

 先週とは裏腹に、今日は比較的空きがある。

 職場に着くと、留守電が点滅している。聞いてみると、カウンセリングの依頼だった。どうして定休日の火曜日に電話をしてくるのだろう、それにどうして連絡先を吹き込んでくれないのだろう。これでは僕もどうしようもないじゃないか。
 本当に不思議だ。定休日の記載を見ておられないのだろうか。それとも見た上で敢えて定休日に電話するのだろうか。そして、相手が自動的に自分の電話番号を知ってくれると、どうしてそう思い込めるのだろうか。
 僕の電話には着信履歴は残らない。クライアントたちには自分の連絡先を記述してもらうのは一か所のみにしている。それ以外の場所にクライアントやほかの人たちの電話番号などが残らないようにしている。僕が管理しきれないからだ。

 サールズの論文を丹念に読む。僕の好きな論文だ。今日は、時間に余裕があるのをいいことに、非常に丹念に読んでいった。30数ページの長さだが、それをトータル2時間くらいかけて読み解いていった。
 本当はいつもそんな読み方をしたい。でも、いろんなことを勉強しないといけないとなると、どうしても多くを読まなくてはならなくなり、ざっと読み流すことも増えてしまう。
(中絶)

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 どうしてなのか覚えていないけど、中途までしか書いてない日記だ。何か他の予定が入ったのだろうか。
(平成29年2月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

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