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2014年9月30日 火曜日

9月30日:今月読んだ本より

9月30日(火):今月読んだ本より

 そう言えば、今日で9月も終わりか。今月も本をよく読んだ。
 本が増えすぎて、一部処分しようと考えているのだけれど、処分する前にもう一度だけ目を通しておこうといった本もあるし、必要があって読む専門書や趣味で読む小説なんかもある。11,2冊読んだんじゃないかな。

 印象深かったのは、カミュの『ペスト』だった。これは再読だ。ある日、ペストが蔓延して市が閉鎖される。そこからペストが終焉し、市が再び解放されるまでの約一年間の人々の姿が、リウー医師ら複数の人物を中心にして描かれている。状況に翻弄されながら生を選んでいく人たちの姿が良かった。

 推理小説関係では、甲賀三郎の『妖魔の哄笑』が良かった。
 推理小説というのは、ある程度お決まりのトリックパターンがある。一人二役とか二人一役とか、アリバイ崩しの王道的パターンとか、隠し場所トリックだとかいろいろある。新しいトリックというのはほとんど生まれることがなく、大抵はこれらのパターンをいかに組み合わせるかにかかっている。面白い推理小説はその組み合わせが絶妙なわけだ。本作はとにかく人物が入り組んでいて、先述の一人二役パターンや二人一役パターンが縦横に駆使されていて面白い。「あの時代」の推理小説を堪能できる一作だ。

 また、ハリイ・ケメルマン『金曜日ラビは寝坊した』も印象深かった。1964年の作品で古臭さは感じられるものの、大胆にもヴァン・ダインの推理小説の原則を破っているところが好感が持てる。

 その他、ジョン・ディクスン・カーとフレドリック・ブラウンの短編集、メリメの短編集など、短編をメインに読んだ週があったな。小説は短編に限ると僕は常々思っている。

 専門書関係では、ジェイコブソンの『うつ病の精神分析』とクラウスの『躁うつ病と対人行動』を中心に、うつ病関係の本や論文をよく読んだな。精神医学では分裂病とうつ病の鑑別診断ということがよく取り上げられていたりするのだけれど、ジェイコブソンの同書は、少しややこしいけど、分裂病性のうつ病やうつ病性の分裂病との差異をも示してくれている点、すごく勉強になる。事例を挙げてくれるなど実用的である。クラウスの方は実存的な分析がなされていて、一部難解ではあるが、とても勉強になった。

 僕も物事をしっかり考えることのできる人間になりたいと思う。プラス思考とかマイナス思考とか言って自己欺瞞に陥るより、現象学的に対象に迫り、自分自身の考えを持ち、あまりに独善的にならないように理論でその裏付けや根拠を固める。何事について考える時にもそのようにできればいいなと思っている。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 具合が悪かったり、不調だったりした割には、けっこうたくさん読んだ月だったかもしれない。クライアントの急な変更とかキャンセルで時間が空いたおかげもあるだろう。その代り、ブログの方は疎かになったようだが。
(平成29年2月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2014年9月30日 火曜日

9月30日:団塊世代

9月30日(火):団塊世代

 クライアントのキャンセルのおかげで今日は休むことができる。振り返ると、先週も先々週も休みがなかった。クライアントが週全体に分散したのだ。だから一日一日はそれほど忙しくないものの、定休日にも予約を入れることになったのだ。もちろんそれはクライアントさんの都合でそうなったのだが。

 昨夜はいたたまれないような気持ちに襲われてしまい、ついつい帰宅前に飲酒した。何もいいことはなかった。
 団塊の世代を僕は尊敬している部分もあったけれど、だんだん軽蔑するようになってきた。彼らは戦後のモノのない時代を生きたというけれど、それがそんなに自慢できることなのだろうかとも思う。実際、団塊の世代たちは現実に戦争を経験していないのだ。戦場に出たのは彼らの親世代なのだ。戦時中は彼らは子供だったはずだ。
 僕たちは今現在、戦争をしているようなものだ。昭和20年代よりもひどい時代なんじゃないかとさえ思う。

 大きな違いはインターネットというやつだ。これは一個人が商店や会社を潰すだけの凶器になりうるものだ。常にこいつに警戒していないといけない。だからどこともネット対策をしているはずだ。今日の客が明日は敵になるかもしれないという状況なのだ。それもウチを潰す敵になるかもしれない。潰される前に対策を練らなければならない。これを繰り返しているようなものじゃないか。
 実際、大手企業なんかはそういう書き込みなんかをチェックして、その対策に結構な費用をかけていたりする。それは企業の経費である。ここに多額の費用を投じなければならないがために、当然、従業員たちは負担を強いられる。書き手のもたらす経済損失はものすごいだろうな。

 もっとひどいのは、バカッターなどと呼ばれる人たちだ。売り物の食材に埋もれたり、倉庫で悪さしたり、ショーケースに入り込んだりとかして、その写真をネットで流すような連中だ。そこから給料をもらっている身分でそういうことができるのだから不思議だ。子が親の顔に泥を塗りたくるようなことをしておるわけだ。
 昨年だったか、老舗の蕎麦屋さんがバイトのバカッターのために信頼を落とし、店を畳んだというのを読んだことがある。こいつは店を潰したのだ。店主の信用にも泥を塗ったわけだ。僕は是非とも閉店せずに、店主はそのバカッターととことんやり合うべきだと思う。個人がお店を潰すことができるということの前例を作ってはいけないと僕は思う。気に入らない店があったら、そこのバイトになり、バカッター行為を撒き散らせばいいということになってしまいそうだからだ。
 もっとも、ある企業の人事担当者は、採用前にそういう行為が志願者に見られないか厳重にネットをチェックするというのだから、バカッターは自分の首を絞めていることにもなる。

 つまり、客も従業員も敵になり得る時代なのだ。戦争よりもひどい戦争なのだ。

 あと、団塊の世代は高度経済成長を経験している。国が国民の所得倍増計画を打ち出したような時代だ。国民の所得を倍増させるなんて、今の政治家にはとうてい無理だろう。これから先、景気の変動はあるだろうけれど、当時のような右肩上がりを僕たちは今後経験することはないだろう。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 この日はけっこう長文を書いた。これは一日分の前半部分である。後半は次回に回す。団塊世代たち、僕の親世代を、僕は今でも尊敬できないでいる。中には素晴らしい人もあるし、どうしようもないのもいる。でも、それは僕たちの世代でも、もっと若い世代でも同じことだ。
(平成29年2月)

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2014年9月29日 月曜日

9月29日:腐ってられない

9月29日(月):腐ってられない

 このブログも長い間手つかずだった。何度か書いたことはあるが、公開する気にもなれず、また、自分の書いたものが気に入らず、ボツにしてしまった。
 僕は今の自分の生活を、そして僕自身を変えていきたいと思っている。今の生活にも、こういう生活しか送れない自分自身にも、まったく満足していない。僕はもっと変わっていくことができると信じている。これを信じるかどうかは、実際に変われるかどうか以上に重要なことだと僕は思っている。

 昨晩から禁酒、禁煙を試みている。
 禁煙はもう断念した。昨夜は家で大人しく過ごし、今朝も外回りの仕事を済ませながら、できる限りタバコには近づかないでいた。お昼に職場に着いて、いい加減喫煙欲求に襲われているけれど、どうにかこらえることができた。14時まで頑張れば、あとは面接をしているのでタバコから離れていられる。そういう計画だった。
 ところがダメだった。まず14時のクライアントが急用でキャンセルし、続けて明日のクライアントが体調不良でキャンセルした。仕事をキャンセルされることほど腹立たしいことはない。怒りに手が震える。ついに耐えられなくなり、タバコを手にする。
 一服する。気分がスーッと鎮まるのが分かる。穏やかな日に禁煙は開始するべきだと思うのだが、なかなか現実にはうまくいかない。

 僕も過去にはカウンセリングを受けた経験がある。最初のN先生から、SVも兼ねてくれたH先生、そして最終的に僕のお師匠さんとなったI先生と面接を続けてきた。トータルすると200回は下らないだろうと思う。
 その間にはやはりキャンセルしたこともある。そうしなければならないという場面もあるにはあったが、それは1割程度だ。十中八九は何らかの抵抗だった。それは後になって理解できるものだったけれど。だから、カウンセリングのキャンセルはまず「抵抗」であり「症状」なのだということが今ではよく分かっている。
 僕にはよく分かっていても、クライアントたちには理解できないだろうと思う。僕自身なかなかそこは理解できなかったからだ。一見、不可抗力のように見える場合でも、いかに自分がその状況をもたらすことに力を貸してしまっているかは、なかなか見えないものだと思う。

 それでも、妥協して、キャンセルするのはいい。本当にわかってほしいと僕が願っていることは、先送りしてしまうことの弊害の大きさなのだ。
 「心の問題」は、多かれ少なかれ、その人の発展を妨げてしまう。それが「悪化」に一役買ってしまう。また、多くの人は「治るか治らないか」に拘ってしまうのだけど、「悪化しているか否か」の視点も必要だと僕は思う。「悪化」していないなら、その「治療」は成功していると言えると僕は思う。
 実際、クライアントたちの話を聞いていて、彼らがその「問題」にこれまでどのように対処してきたかを問うと、まずほとんどのケースでそれを先送りしてきたエピソードを聞くことができる。その時に取り組んでおけば良かったのにと思う時期が必ずあるものだ。かなり手遅れになってから援助を求めるのだけれど、それでも回避することを選んでしまう人たちもいる。そうしてさらに先送りされてしまうわけだ。先送りされればされるほど、それはますます自分の手におえないもののように感じられてくる。そうしてその人が一切の努力を放棄するのはもはや時間の問題だという段階にまで達する。
 大げさに言っているつもりはない。本当にそうなのだ。

 さて、キャンセルが立て続けにあったからと言って、そうそう腐ってもいられない。タバコを解禁して、気持ちを鎮めると、図書館から借りていた本をコピーし、いくつか書類の整理をし、こうしてブログを書いている。15時半まで時間がある。僕は僕の時間をこれ以上無駄にはしないでおこう。
 明日、来られる予定だったクライアントに関して、この一週間、僕はその人の今後の方針を頭に描いてきた。それも徒労に終わりそうだ。でも、こんなことにもある程度は慣れている。努力が実らないことなんて、これまでイヤというほど経験してきた。いちいち落ち込んでなんかいられない。
 真面目に取り組もうとされる人だけ来てもらえればそれでいい。救世主に扮するつもりは、僕にはまったくない。克服して次の段階に上がるか、回避して今後ダメになるか、それはその人の人生だ、その人が選べばよいことなのだ。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 状況は今もあまり変わらない。その人のために準備しても徒労に終わることもある。先送りし続ける人もある。一方で真面目に取り組んでいる人もある。何事もその時に取り組むのが一番だと僕は思うのだが、やはり、回避する人は回避してしまうものである。
(平成29年2月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2014年9月16日 火曜日

9月16日:歩いた日

9月16日(火):歩いた日

 このブログも書こう書こうと思いながら、ついついサボってしまった。あまりこいつに時間を割く気にもならないのも確かだ。
 先週、先々週辺りから体調がすごく良くなかった。熱が出た時には、今はやりの「あの」熱かと本当に不安になった。医者に言わせると、なんらかのアレルギー反応だろうということだった。事実、一晩寝たら熱は治まった。その他、目はやられて涙がポロポロ出てくるわ、咳やくしゃみは止まらないわ、鼻水はダラダラ垂れ流れるわでひどいものだった。なんのアレルギーかは分からないけれど、花粉もあるだろうとのことだった。
 まあ、医者は医学の観点でモノを言うのだから、それはそれでいいのだけれど、僕はこの状態は僕自身の何かが僕に抵抗しているような感じがしてならなかった。前に進むことを中断させようという何かが働いているような感じだ。
 実際、鼻水やくしゃみ、咳で、何度も作業が中断する。スムーズにいかない。それがこの症状の意味であるように感じる。

 まあ、それはさておき、この二日間は少しゆっくりさせてもらった。世間は三連休だけど、クライアントには可能な限り土曜日に来てもらって、日月はあまり予定を入れないようにしておいた。
 今日は、鼻水はまだ多少残っているが、体調そのものは悪くない。朝から原稿を2テーマ分仕上げた。午後から外を歩こうと決める。まず、食事をして、本を読みながらお茶をする。
 15時。喫茶店を出た。ふと、今から長岡天神まで歩いてみようかと思い立つ。千代原口から物集女海道を南に向いて歩く。歩数を数えながら歩く。八条が池に到着したとき、4500歩(9000歩)だった。
 具合が悪いと言って休んでいたので、体がひどく鈍っていたし、重たかった。歩いていて、最初の100歩(200歩)で、やっぱり止めとこうかなという気になった。でも、何となくだけど、決めたことはやり遂げようと思い、歩き続ける。最初の2000歩(4000歩)くらいが特にしんどかったけれど、後は自然と体が動いてくれる感じだった。ノンストップで約70分で歩ききった。

 長岡天満宮を参拝して、周辺を歩く。前に来た時は池の上の通路は工事中だったけれど、きれいな歩道が出来上がっていた。歩いていると気持ちがいい。
 駅前の喫茶店で休みながらこれを書いている。17時だ。この2時間はタバコを吸っていないし、タバコのことも考えていなかった。これを機に禁煙をしてみるのもいいかもしれない。
 半日程度の禁煙は折に触れて試みているけれど、まったく止めようという気持ちにはならなかった。今は喫煙欲求がまったくない。体を動かした後ということもあるのか、呼吸がラクに感じられる。
 しかし、千代原口から長岡天満宮まで、1万歩ないんだなと改めて発見した。左右で一歩と数えているので、実際は2歩で1カウントしていることになる。しかも、少し遠回りをしてしまったので、効率よくコースを組めばもっと少なくなるだろう。これやったら毎日歩いてもいいなという気分になっている。

 本は、専門書以外ではカミュの「ペスト」を今読んでいる。あと三分の一くらいで読み終える。また、いくつかのビジネス書を読み直している。このビジネス書の類は処分しようと考えていて、まあ、処分する前にもう一度目を通しておくかという軽い気持ちで読んでいる。
 職場にも、自宅にも、モノが多くてそろそろ嫌気がさしている。資料とかメモとか、何でも残しておく癖があるせいだ。それらを処分する。書籍も不要なものは処分する。せっかく購入した、あるいは保存したのだから、処分の前に最後に目を通しておいてそれらとお別れすることにする。
 資料は、重要なことはノートに残し、全体を置いておきたいとなれば、スキャンしてパソコンに入れてしまう。そして場所を取るモノを処分することにしている。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 やはりこの頃は具合が悪かったのだな。
 長岡天神まで歩いた日のことはよく覚えている。なぜかは分からないけど、歩こうと決めたのだ。目的とか、意図するところのものは何もなかった。ただ歩こうと、そういう気持ちになったのだった。無意識の衝動に適度に身を任せてみるのも悪くないことだ。
(平成29年2月)

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2014年9月 4日 木曜日

9月4日:部屋にケーブルを通す夢

9月4日(木):部屋にケーブルを通す夢

 今日も夢を見た。次のような夢だ。
(夢―「部屋にケーブルを通す夢」
 僕はある家にいる。誰かの家でとても広い。I君と一緒に、各部屋に電気のケーブルを引き込むという仕事をしている。一つの部屋に太いケーブルを通し、それから隣の部屋へさらにケーブルを通していく。一仕事終えた後、僕は家の持ち主からケーブルが余っているということを知らされる。見ると、その部屋に引き込まれたケーブルが床に寝かされている。僕はI君を探した。I君は近くの休憩所のような所で、何人かの人たちとお喋りをしていた。その中には僕の知っている人たちもいた。I君に事情を説明する。ケーブルが長すぎるので、それを家の外まで引っ張り出して、後は裁断しようということになった。僕たちはその部屋に入り、ケーブルを引っ張っている。なぜかもう一人増えていて、その人がケーブルに線を引いている。その線のところでケーブルを切ると再利用もできていい、と説明していた。

(連想と感想)
 ケーブル(電線)を引き込む作業というのは、次のような状況である。部屋ABCDがあるとすると―A―B―C―D―というようにケーブルを引く。最後のDの部屋から外へ出す分が終了しておらず、Dの部屋に取り残されているという状況だったわけだ。
 昨日の学校で大勢が作業している場面と比べると、ずいぶんスッキリした観である。I君は僕の大学時代の友達だった人だ。また、休憩所にはバイトで知り合った人なんかもいたし、最後に増えていた一人もバイトでの知人に似ていた。昔、知り合った人たちが何人か出てきた。昨日の夢のように無個性な人びとではない。
 昨日の夢が作業の割に人間が多かったのに比べて、今回は作業の割には人手が足りない。僕とI君だけで、けっこうたいへんな仕事をしているという感じがあった。
 また、昨日の夢の、学校における工事が、至る所で何かやってはいるんだけれど、何をしているのか全体が見えなかったのに対し、今日の夢は、作業の内容がはっきりしている。
 各部屋を一本のケーブルでつなぐということをしている。作業が終わったと僕たちは思い込んでいたけれど、本当は最後の部分が残っていた。この作業は、自分が思っているよりも、もう一押ししなければいけないのかもしれない。
 部屋とは僕たちの居る空間のことだ。自分の部屋、職場の部屋、過去においては教室とか部室とかいうのも部屋だ。その時々に自分の身を置く場所だ。それをつなぐという作業をしていることになるから、どこかそれぞれの部屋に居た自分の統合を目指そうとしているのかもしれない。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 またもや夢を見たようだ。やはり働いている。独りで仕事をしている僕だからかもしれないが、みんなと一緒に仕事をするという夢を見てしまうようだ。この当時は独りでやっていくのがしんどかったかもしれない。
(平成29年2月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

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