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2014年6月29日 日曜日

6月29日:ヒット曲と実存哲学

6月29日(日):ヒット曲と実存哲学

(母の膝サポーター)
 今日の午前のクライアントが昨日に変更になったおかげで空き時間ができた。母に頼まれていた膝サポーターを買いに行く。
 当然ながら、僕にも両親がある。どの人も人の子なのだ。両親は今の所健在だけれど、高齢だ。親孝行しないといけないなとは思うのだけれど、なかなかできることが限られている。今日のように頼まれた品物を買って帰るくらいだ。
 当てにならん息子を抱えて、親も不甲斐ないだろう。親が嘆こうと、僕はやはりこんな人間でしかない。誇れるような息子ではないなと僕自身そう感じている。

(Let It Go)
 買い物をしていると、店内で「Let It Go」という曲がかかっていた。流行っているらしい。最近、至る所で耳にする。聞いていると耳から血が出るような曲だ。ちっともいいとは思わない。騒音のような音楽だ。
 響きが心地よいだけの言葉がかすめ過ぎるだけで、何も残らない曲だな。あれで感動するなんていう人は、よほど自分がしっかりしていない人なんだろう。
 ヒット曲の歌詞はその時代の何かを反映しているとして、そういう研究をしている学者さんもいる。その人に言わせると、ヒットする曲の歌詞にはその時代の人々の願望が表されているそうだ。それも手の届かないほど遠い願望ではなくて、手が届きそうで届かないような願望であることが条件らしい。ずいぶん微妙なラインの願望を歌にしないとヒットしないのだなと思う。

(「皆の衆」)
 子供の頃、「皆の衆」という曲が流行っていた。万博のころだ。僕もよく歌っていたらしい。「みなの衆~、みなの衆」といって歌っていたそうだ。なんとなく覚えている。
 大人になって、あの曲をもう一度耳にする機会があった。僕は出だしの「みなのしゅう~」の部分しか知らなかったけれど、それに続く歌詞を聞いて驚いた。歌詞は、「みなの衆、みなの衆」という呼びかけに続いて、「楽しかったら腹から笑え、悲しければ泣けばいい」とつながる。楽しかったら笑え、悲しければ泣けばいいなんて、今から見ると、なんだ当たり前のことじゃないかと思うのだけれど、当時の日本人はそれができそうでできなかったんだなと改めて知った。
 それにしても「楽しかったら腹から笑え、悲しければ泣けばいい」っていうのと「ありの~ままに~」っていうのと、それほど違いはないような気もする。日本の社会も人間もそれほど進歩していないのかもしれない。まあ、前者が感情の表出に重点を置いていて、後者はもっと存在のレベルのことを言っているという差異はあるけれど。

(実存哲学)
 もし、自己の存在が叶えられそうで叶わない願望だとすれば、今こそ実存哲学が復活してもよさそうなものだ。
 数年前、サルトルの「存在と無」が文庫化され、今、ハイデガーの「存在と時間」が岩波文庫で新訳されているのを見ると、案外実存哲学は必要とされているのかもしれないとも思う。
 サルトルは、僕の好きな哲学者の一人だ。ある哲学者に言わせると、サルトルの思想は健全ではないらしいが、一方である精神科医はサルトル哲学は精神病者の世界に関して優れた洞察を含んでいると評価している。どちらも正しい。
 一番肝心な点は、サルトルの思想が受け入れられた時代にある。第二次大戦時、パリはドイツによって陥落した。パリの人々の生活に普通にドイツ軍が出入りするようになった。一部の人たちはドイツ軍に抵抗活動を起こした。要は、映画「パリは燃えているか」の状況なのだ。
 その状況においてサルトルの思想は人々に受け入れられたのだ。敵軍の支配下に置かれ、苦しい状況に置かれている人々によってその思想が受けいれられているわけだ。その思想がどれだけ苦難にあえぐ人たちを勇気づけただろうかと僕は思う。案外、この辺りのことが忘れられているような気がする。
 あかん、サルトルを読みたくなった。

(暴れる男)
 昨夜、ちょっとした約束があって、ある人と飲みに行った。その帰り、阪急の駅前で暴れている男がいた。僕ははっきり見たわけではないけれど、喚きながら自転車を蹴飛ばしたりしていたそうだ。脱法ハーブでも吸ってんじゃねえかと僕は思った。
 それに関して、事故が起きたんだってね。脱法ハーブを吸って、自動車事故を起こし、怪我人と死者が出たという。そして、そういう事故がこれまでにいくつも起きているそうだ。なんともひどい話だ。普通に歩道を歩いていて事故に巻き込まれてしまうのだから。
 僕は疑問に思うことが一つある。脱法ハーブを常用している人は夢を見るかという疑問だ。ここで言う夢とは寝ている間に見る夢のことだ。僕たちは夢を見る。夢を夢として見ているから、この現実が認識できるのだ。もし、夢を見なかったら、現実を認識する補助手段として、人は夢に近いものを求めるのではないかと思う。それは白昼夢のようなものかもしれないし、そのためには幻覚や幻想でさえもが求められるのではないだろうか。一度、常用者に訊いてみたい気もする。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 連想のままに綴っている。ある一つのことを話し、そこから連想が広がって次の話に移る。これは心が動いているということである。このことを疎かにしている人も多い。
(平成29年1月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2014年6月28日 土曜日

6月28日:一つの変更は全体の変更

6月28日(土):一つの変更は全体の変更

(予約の変更)
 今日は昼から時間が空いていて、家の用事のためにいったん帰宅するつもりでいた。そこに明日のクライアントが今日にしてほしいと言ってきた。そのため、予定を大幅に変更せざるを得なくなった。
 午前中のクライアントを終えて、急いで帰宅し、さっさと済ませて、急いで戻ってきた。この後、変更のクライアントと会う予定だ。
 それと、今日は久々に断酒会に顔を出そうと思っていたが、この調子だと断念しないといけないな。
 なかなか理解してもらえないのかもしれないけれど、一人の変更は僕の一日の予定全体を動かさないといけなくなるのだ。できることなら変更なしで、予約通りにやっていきたいものだ。
 今日もそれなりに忙しい日を送らせてもらっている。人とも会っている。それなりにいい一日を僕の日々に積むことができた。もうひと頑張りだ、

(昨日のこと)
 昨日は休みで、ずっと外出していた。大阪の難波の方まで足を延ばして、買おうと思っていた本を買った。その後、日本橋の方をうろつき、初めて黒門市場も歩いてみた。さすがにこの辺りは人が多いなと思う。それだけ人が多いということは、カウンセリングの需要はまだまだあるなと思い、一安心だ。
 道頓堀の辺りで若い女性に声をかけられた。なにかいなと思ったら、なんてことはない、飲み屋のキャッチだ。飲んでもいいのだけれど、まずは僕の用事の方を先に済ませたいと思い、そう伝える。彼女は「買い物なら後でもええやん。店がなくなるわけじゃないし」と、なかなかしつこくつきまとう。僕は「じゃあ、また後で」を繰り返し、どうにかこうにか逃げる。ああいう子がDVの「被害者」になるんだろうなと内心そう思った。

(DV)
 DVに関する相談は多い。「加害者」側の人とお会いすることの方が多いけれど、一部、「被害者」側の人も来られるようになった。いいことだ。
 当事者にとっては初めての経験だからわからないことが多いのだ。何件ものケースを経験してみると、彼らには分からなくても、僕には見えていたり、予測がついていることなんかも出てくる。それを当事者であるクライアントに理解してもらえるように伝えるのが難しい。最近、そのもどかしさを頻繁に経験する。
 それが「被害者」であれ「加害者」であれ、DVに関する相談を受けると、時々、虚しい気分になる。彼らの話を伺っていると、結婚ということが人生上にまるで位置づけられていないようだ。あるいは、結婚になんら意味を見出すことなくここまで来ているかのような印象を受ける。そしてお互いに滅ぼし合うことしか彼らには残されていないかのようだ。
 すべてではないけれど、しばしば見受けられるのは、DVが問題なのではなくて、その結婚に問題があったのだというような例だ。選ぶべきでない相手を選んでいたり、まだまだ未熟さを残したまま結婚したり、恋愛ということがまったく身についていないまま結婚だけはしたといった感じだったり、お互いに道具的な目的のために相手と結婚していたり、などなどだ。

(配偶者控除)
 そう言えば、配偶者控除は廃止されるかもしれないという話をニュースで聞いた。
 主婦の年収が103万円以下であれば、38万円が控除される。そのため主婦は年収103万円を超えないように調節して仕事をしていることが多いのだ。
 この103万円の壁が女性の社会進出を妨げているという、見当違いの論を提示して、そのため配偶者控除を廃止しようと言っているわけだ。
 これは簡単な話なのだ。103万円を206万円に上げればいいだけのことだ。206万円までの年収なら38万円を控除しますよという話にすればいいのだ。もしくは、206万円まで控除しますが、控除額が30万円になりますよという形にしてもいい。いずれにせよ、そうすればパートの主婦も今の倍は仕事ができるのだ。
 配偶者控除そのものを廃止してしまうと、女性の社会進出ということ以上に、女性の未婚率が今よりも高くなるという問題が生じると思う。結婚してからの特典が一つなくなるわけだからだ。そうなると、出生率も下がり、少子化の問題がさらに促進してしまうだろう。
 アベ政権はみながみなこんな感じだ。問題の一側面に光を当てて、全体を悪くしてしまうという結果になる。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 また連想の赴くままに書いた分だ。本当はこういう書き方が僕には合っている感じがする。きちんと準備して、筋道立てて書くというのは得意ではない。思いもよらなかったものを書いたり、何を書いて来たのか最後になって分かるというのが好きだ。
(平成29年1月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2014年6月26日 木曜日

6月26日:連想のままに(前)

6月26日(木):連想のままに(前)

(契機)
 僕は僕自身を変えていく。今の僕の生活に、僕は何一つ満足していない。生活もそうだし、仕事においてもそうだ。そして僕自身に関してもそうだ。だから僕は自分を変えていく。半年くらいのプランを立てている。
 この2週間、予約の変更やキャンセルが相継いだ。カウンセリングを簡単にキャンセルや変更されてしまう僕自身が腹立たしい。
 一部のキャンセルや変更は、はっきり言ってその人の「症状」なのだ。これに関しては
<Q&A>ページの<Q017>を参照していただければと思う。その他の一部の変更は、単に自分が断れなかっただけのものだ。その相手を断るよりも、カウンセラーを断る方がその人にとっては容易なのだろう。低く見積もられたものだ。
 例えばこの前の日曜日のクライアントだってそうだ。休日出勤くらい断ればいいのに。それ以上に大切な問題、つまり彼の家族がバラバラになるかどうかの瀬戸際に立たされているというのに、彼は仕事の方を選んでいる。あの人には見込みがなさそうだと僕は感じた。

(今日のこと)
 まず、今日のことを書こう。木曜日の午前は隔週のクライアントに充てていて、一週おきに空きが生じる。今日はその空きの日だ。午前中に月末の支払い関係のことをすべて終わらせる。銀行を何軒か回る。
 その間、タバコは吸っていない。半日だけど禁煙した。
 酒は夕べ飲んでしまった。もう酒とも縁を切りたいと思っている。僕が酒を飲むのは、酒そのものが目的ではないし、酩酊も必ずしも必要としていない。人の中に顔を出すこと、そして自分が普通に受け入れられ、好かれる人間であるかどうかを確認したいだけなのだ。それを酒の席でやっている。
 考えてみれば、そこまで他者の承認を必要としている僕自身の問題がそこにあるのだ。それを変えていかなければならない。
 でも、矛盾するようなことを言うけれど、人間関係は制限したい。本当に必要とし合う人とだけ交際するようにしようと思う。なんとなしに付き合いがあるというような関係は切っていこうかと考えている。煩わしさを少なくしたいのだ。

(4本柱)
 一方、6月に入って、データや資料のデジタル化を試みている。これは室内からモノを減らすということが一番の目的だ。面接を録音したカセットテープもICレコーダーに吹き込み、パソコンに取り入れ、外部データに移し替えるという作業をしている。
 このデジタル化作業、着手して、着手するんじゃなかったと半分後悔している。膨大な分量なのだ。今週の月曜日はテープを三巻、紙の資料を200枚ほどパソコンに入れたが、その程度では見た目にも変わらない。おそらく、このデジタル化作業、10年分、いやそれ以上の期間にわたる資料やテープをデジタル化していく作業は、少なく見積もっても1年はかかるだろう。そればかりをやるわけにもいかないからだ。面接やサイト作業の合間を縫ってやっていくしかないからだ。
 サイト作業も遅々として進まない。今月、7テーマ分ほど一気に公開した日があったが、それでも4時間くらい公開作業に時間がかかった。けっこう細かい作業をしていかないといけないのだ。一件で30分から40分はかかる。
 サイト作業をある程度終わらせることができれば、次はスマフォ作業が待っている。新たに操作を覚えないといけないし、サイト作業でしたことがそのままスマフォ作業で繰り返される。ウンザリするような話だ。
 勉強だってもっとしたい。学ばなければならないことがたくさんある。文学にも触れていたい。以前と比べて、今は勉強の時間が少なく、勉強の内容は倍増しているという有様だ。
 こうして、僕の生活の4本柱がそろったことになる。一つはカウンセリングを始め、この仕事に関する業務だ。二つ目はデジタル化作業だ。三つ目がサイト作業、スマフォ作業。四つ目が勉強、文学だ。この4本柱以外のことは僕の生活から、当分の間は、排斥しないといけない。そうでないと時間が足りないからだ。

(かつて見た光景)
 最近、とある飲み屋さんで店の女の子を会話をしていると、彼女がカラオケを勧めてくれた。僕はカラオケはあんまり好きではない。気心の知れた数人の前で、カラオケボックスなんかで歌うのはまだしも、スナックなんかで他の未知のお客さんたちの前ではよう歌えないのだ。
 カラオケを勧められた僕は「歌うよりも君とお喋りしたい」と言った。彼女は「うまいこといいますね」と。
 こんな場面、そういえば、以前にも経験したことがある。もっと昔のことだ。場所はやはり飲み屋さんなんだけれど、好きな女性のタイプを訊かれたのだ。僕は特にないけれど、色は白い方がいいと答えたのだ。
 すると、彼女は「もしカノジョがガングロになって日焼けしてきたらどうします?」と尋ねる。僕は「色が白い方が君には似合っているよと言ってあげる」と答えたのだった。その子は「うまいこと言いますね」だって。
 口が上手なら、今頃仕事はもっと繁盛していただろう。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 これはブログとは別に書いていたもので、長文なので二回に分けることにする。本当はこの後に後編が続くのである。
(平成29年1月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2014年6月26日 木曜日

6月26日:連想のままに(後)

6月26日(木):連想のままに(後)

(僕の変化)
 別に僕は口達者な人間というわけではないのだ。要は「NO!」が言えないだけのことなんだ。「要らん」とか「止めい!」とか「ダメだ」とか「アカン」とか、そういったことがストレートに言えないだけなのだ。
 僕の文章もそうだ。以前に書いたものを読み直すと、かなり断定文が多いなと気づく。今は「~と思われました」「~だと私は推測しました」と、かなりぼやかした感じで書いていることが多い。あまりはっきりと断定することは避け、僕の個人的な印象とか感想といった感じの表現を多用するようになっている。僕の気が弱くなっているのか、僕自身が不鮮明になっているのか、どちらもありそうだ。

(今日の午後から)
 今日は予約通りにクライアントさんたちも来てくれた。こうして会えるのが嬉しい。
 クライアントとは長い付き合いをしていきたいという気持ちが僕にはあるけれど、でも、いつか別れる日が来るということも覚悟している。今日がお会いする最後になるかもしれないから一回一回を大事にしよう。
 今、来られているクライアントたちはみんなしんどい状況の中で生きておられる。僕は尊敬したくなる。僕だったら耐えられないと思ってしまう。しんどい状況の中で、なんとか光明を見出そうと模索している人たちだ。なんでも手っ取り早く解決してしまおうと考えている人たち、それはクライアント予備軍のような人たちから一部の専門家にまでわたるけれど、その人たちには是非僕のクライアントを見てほしいという気持ちになる。真剣に生きることがどういうことなのか、その人たちにも分かるだろうから。
 夕方、ようやく昼食にありついて、先ほど、本日最終のクライアントをお見送りしたところだ。
 良くないことだけれど、僕は時々昼食を忘れてしまう。今日は、銀行回りをしてから、午後のクライアントが来られるまでずっと本を読んでいた。食事のタイミングをそれで逸してしまったのだ。規則正しい食生活をと思うけれど、どうも上手くいかないな。

(僕の最初のクライアント)
 今日、来られたクライアントさんの中に、一人、昔出会ったクライアントを思い出させる人がいる。
 思い出すのは、研修時代に、僕が最初に受け持ったクライアントだ。当時、僕は28歳くらいだったか。
クリニック勤務時代に面接の経験はいくつか持っていたけれど、それは先生の下で行った面接で、僕のクライアントという感じがしなかった。どこか先生方の代理という感覚が強かった。
 研修時代にお会いしたクライアントは、したがって、僕にとっては初めて自分の担当したクライアントという感覚が強かった。中でも一番最初のクライアントとの面接は思い出深い。
 ある年の4月に研修に入った僕は、幸運にも、すぐに最初のクライアントに恵まれた。まだ研修機関の右も左もよく分かっていない状態で受け持ったのを覚えている。
 予約されたのは女性だった。すごく緊張していた。前日はそれで眠れないくらい緊張したのを覚えている。
 朝の10時から面接なのだけれど、8時半くらいには面接室に入って、ソワソワしていたように思う。とても落着けなかったのだ。そして、この後来られるクライアントのことを考える。どんな人が来るんだろうとか、女性のクライアントだけれど何歳くらいだろうか、ずっと歳の離れた人だったら僕に失望するんじゃないだろうかとか、不安でいっぱいだった。
 10時になってその人が来た。大学生だった。失礼な言い方だけれど、可愛らしい女子大生だった。彼女は就職活動が行き詰って相談に来られたのだった。
 良かったと、僕は思った。年齢的に近いということで一つ安心した。そして、彼女が経験しているようなことを、僕も多少は経験したし、また、見てきている。多分、全力でかかわったと思う。終わったあとはヘトヘトになっていた。でも、同時にどこか僕自身にも充実感があったのを覚えている。今でも、あの感覚を忘れないようにしないといけないな。
 彼女とはその後数回カウンセリングを行った。今から考えると、拙い点がゴロゴロ見つかるのだけれど、毎回、全力だった。
 今でも、振り返ってみると、運が良かったなと思う。僕にとって一番最初のクライアントだったけれど、いいクライアントと巡り合えたと思う。悪夢のような体験を最初にしてしまっていたら、僕はこうして続けていなかったかもしれない。
 よく考えると、研修時代には何人ものクライアントさんとお会いする機会に恵まれた。みんなそれほどイヤな感じの人たちではなかった。好きになれる人たちばかりだった。すごく恵まれていたんだなあって、今になってそう思う。

(今日読んだ本)
『たった一人を確実に振り向かせると、100万人に届く』(阪本啓一著)
 マーケティングに関する本。ビジネス書も読んで勉強しようと思うのだけれど、いかんせん、こういう本は退屈極まりない。100ページほど読んだが、いいなあと思うのはわずかだ。ああ、でも、経営のことも勉強していかないといけない。曲がりなりにも経営者だから。

『われわれ自身のなかのヒトラー』(ピカート著)
 この本は素晴らしい。ビジネス書よりもこういう本の方が僕には親しみが持てる。1946年出版とあるから、戦後間もなくという時期だ。そんな時期にこういう本が出たとなると、当時は本当に衝撃的だったろうなと思う。
ここで書かれていることは、むしろ21世紀の日本の状況ではないかと僕は思う。ヒトラーを他の指導者、カリスマ的な人物に、ラジオをインターネットに替えて読むと、今の日本がこれではないかと感じられてくる。
 社会、および人間が連続性を失い、その瞬間にしか生きなくなる。そこで人間に生じることは何なのかが考察されている。人間、社会に関する思想であり、歴史の本でもある。

『境界パーソナリティ障害』(J・G・ガンダーソン著)
 境界例に関して、僕はこの本を基礎教材にしている。自分で言うのはおこがましいことだけれど、著者の立場は親近感を覚える。カーンバーグはバリバリの精神分析理論で説明しようとするし、マスタースンは一部の境界例にはすごく当てはまる感じがするけれど、どこか偏りがあるようにも感じられる。
 最近、あるクライアントさんと面接していて、もう一度この本を紐解こうと思ったのだった。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 これはブログ用にかいた文章ではなかったはずだ。何か他の目的で書いたものだ。だから内容が重複している個所もある。以後、やはり同じようなことが起きると思う。ブログと並行して書いていたのを、今ではブログに収めているので、通して読まれる方には煩雑になるかと思う。ご了承願いたい。
(平成29年1月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2014年6月23日 月曜日

6月23日:バタバタの繰り返し

6月23日(月):バタバタの繰り返し

 昨日は誘われて、少しお酒も飲んだが、3杯で止めておいた。本当は2杯までと決めていたけれど、引き留められてしまった。まあ、それはいい。人の集まる場にも顔を出さないといけないとも思うからだ。
 
今日、月曜日は週の中で一番ヒマになる日だ。最近は、どうしても月曜日でないと無理というクライアント以外は予約を入れない。月、火、金は室内にある資料のデジタル化に充てることにしている。
 午前中は少し外回りの用事があったので、午後から出勤する。
 今、夕方の5時半。予定していた分量はこなす。紙の資料が100枚ほど、テープが、現時点で、3本終了した。その間、業者との連絡が数件入る。
 今日はこの後、原稿を書き、勉強をして終える予定だ。そうだ、お昼ご飯も食べないといけない。バタバタしていてまだだった。こんな毎日の繰り返しだ。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 この頃は何かとやることが多かった。いや、やることを増やしたのだった。少しでも自分と身辺を変えていくためだった。
(平成29年1月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

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