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2013年11月15日 金曜日

11月15日:近所にて

11月15日(金):近所にて

 久しぶりにブログを書く。今日は夜勤明けで、そのまま休日を過ごすことに決めていた。恐らく、年内最後の休日になるかと思う。
 来週は予定がぎっしり埋まっている。こういうのは辛いと思う反面、嬉しいとも感じるし、厳しくてもやり遂げようっていう闘争心みたいなものが僕の中で掻き立てられるのだ。
 それはともかくとして、今日は帰宅して、昼過ぎまで就眠する。起床して、どこか歩きに行こうかと思う。行先もはっきりと決めずに、準備だけして、家を出る。駅に着く。ちょうど電車が出た所だ。次の電車まで、運の悪いことに、15分ほど空いている。
 買い物を思い出し、その近くのドラッグストアに入る。腹が減ったと思い、その辺りの飲食店を見て回るが、特に何を食べたいというものもなく、結局、決まらない。
 そうこうするうちに外出するのが億劫に感じられてきた。コンビニでちょっとした弁当を買い、帰宅して独りでそれを食する。
 食後、寝転んで本を読む。いつの間にか眠ってしまったらしい。起きると外は薄暗くなっていた。しばらく本の続きを読む。やはり空腹感がある。振り返れば、今日一日で食したのは最前のコンビニ弁当だけだった。
 外に出る。たまには家の近所で食べてみるかと思ったからだ。案外、家の近所の飲食店には行かないものだ。ウロウロ歩き回る。よくよく見ると、それなりに食べる所があるものだと思った。特にラーメン屋とお好み焼き屋が多い。それだけニーズがあるのかななどと思いつつ、一軒のお好み焼き屋に入る。
 注文を取りに来たのはバイトの女の子だった。大学生だろうか。そこか自信なげで、おどおどして、なかなか魅力的な女の子だ。励ましてあげたくなるような子だった。
 店内は割と混雑していて、けっこう流行っているのだなと思う。向かいの席では家族連れの人たちが揃って食事をしていた。親子と祖父母だろう。6人くらいで楽しそうに談笑しながら食事している。子供はまだ小さくて、一つ所にじっとしてくれない年齢だ。見ていると幸せそうだなと感じる。僕も平凡なサラリーマンになって、適当なところで結婚して、家庭を築いて、たまには家族で食事してっていう、そういう生活をしても良かったなと今になって思う。もっと違った人生もあっただろうに。
 その時、ふと「できる男は結婚しない」といったタイトルの雑誌を今日のコンビニで見かけたことを思い出した。バカバカしい。結婚してもできる男はできるし、結婚していなくてもダメな男はいるものだ。そういう杓子定規なタイトル、中身を見なくても書いてあることがそのまま分かるようなタイトルの本っていうのは、僕はどうも好かんのだ。
 この手お好み焼き屋で僕が注文するものは決まっていて、必ず「豚玉」なのだ。一番オーソドックスで、その店の味が分かるメニューだ。今日は奮発してそれにそばを入れた。つまりモダン焼きにしたわけだ。
 このモダン焼きなるものがなかなか曲者で、そばにソースを絡めるか否かで僕の評価が分かれる。個人的な好みに過ぎないけれど、モダン焼きでは中のそばにソースが絡んでいてほしくないのだ。ソースが絡んでいると、とにかく味が濃く感じられてあまりいただけないのだ。
 この店のモダン焼きは、幸いなことに、ソースを絡めないものだった。また、柔らかく仕上げられるよりも、しっかりと焼いてある方が僕は好きなのだが、この店はしっかりめに焼いてくれていた。それもラッキーなことだった。こういうこだわりは他人にとってはどうでもいいことだが、その人の自己愛の領域に関する事柄でもある。
 実際、自尊心の低い人はこだわりをほとんど持っていないものだという印象が僕にはある。だから彼らを見ていると、多少のこだわりや自己流の流儀というものは持っている方が健全だという感じがする。
 食事が済んで帰宅する。帰宅すると連絡が入っていて、来週の予定がまた一つ増えていた。しかもその新しく入った予定のために、その他の予定を一部変更しなければならなくなった。その変更の手配でバタバタしたが、それもどうにかなりそうな兆しが見えた。
 有意義だったようで、無益だったようで、どちらとも言い難い一日だったけれど、こういう休日もいいものだ。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 最後のところ、急に予定が入って、その他の予定を変更しなければならなくなるなんてことは、当時はよく起きたものだった。日々の予定のやりくりが本当にたいへんだったように記憶している。忙しいのも、スケジュールがぎっしり詰まるのも構わないのだけど、急な変動だけは勘弁してほしいと思うのである。
(平成28年12月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2013年11月 7日 木曜日

11月7日:「勤務初日の夢」

11月7日(木):「勤務初日の夢」

 夢を見た。次のような夢だった。

「僕はどこかの店で働いている。コンビニのようであり、スーパーのようであり、判然としないけれど、そこで働いている。僕は勤務の初日だった。いろいろ教えてくれるけれど、僕は経験があるので、過去の経験に基づいて仕事をするとかなりうまくいった。他の従業員が見落としているような箇所を指摘したり、提案したりして、それがうまくいく。店が終わって、僕は一人の女性従業員が同じ方向へ帰ることを思い出し、彼女を探す。店の外へ出ると、その店が学校の中にあるような感じだった。夜で薄暗かったけれど、周りは校舎のような建物だった。彼女はすでに帰ったらしく、残念に思いながら、僕も帰途に着いた」

 以前の店長への義理からコンビニの夜勤を手伝ってきたけれど、いい加減、嫌気がさしている。最近はそのことで心中が占められていることも多く、それが夢の舞台として現れたかのように思う。
 最近、他の従業員から教えられることがあったのだけれど、それは僕も知っていたことだった。ただ、その時は忘れていたのだ。そのエピソードが印象に残っていて、夢でもその片鱗が見られたのかもしれない。
 この夢が示唆していることの一つは、過去の経験にもっと基づいてもいいということであり、僕は自分の過去の経験をもっと活かす必要があるのかもしれないし、自分の過去に誇りを持ってもいいのかもしれない。そのことを教えられたような感じがしている。
 女性は姿こそ現さないけれど、その存在は確かにあった。前回の夢では校舎の中で女性がおもらしをしてしまい、裏庭の池で僕がその始末をしているという結末だった。今回、その女性は登場しない。夢では僕が仕事に夢中になっていて、彼女のことを後になって思い出したという形になっている。今の僕の生活において、現実に一つのことに心を占められていて、何かを置き去りにしているようにも僕は感じている。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 お馴染みの夢シリーズだ。今回、未知の女性は登場しない。見失う。仕事に熱中すればするほど、それは見失われてしまうのかもしれない。
(平成28年12月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2013年11月 4日 月曜日

11月4日:今月の予定

11月4日(月):今月の予定

 三連休というのは困ったもので、僕の仕事もいささかヒマになる。通常の土日のクライアントが三日に分散されることに加えて、土日はいいけど、三連休はちょっとダメという人もおられる。まあ、それも仕方がない。

 今日は午前中だけ仕事が入っていた。午後からは、これは半分意図的に空けていたものでもあるが、終日、サイトの作業をして過ごした。14時から20時までの6時間、ほとんどサイトのことで費やす。サイト全体のページを再編成しようと思い、「ご挨拶」から「カウンセリングの過程(6)」まで終わらせた。明日はその続きをする。
 再編成を終えてから、個々のページ、個々のテーマに関して手を入れていこうと計画している。当分はサイト作業のことでけっこうな時間を割くことになるだろう。11月はサイトメインの月にしようと思う。
 今日はこの後、夜勤を控えている。もう辞めてもいいのだけれど、もう2,3か月頑張ろうと思う。この副収入で負債をできるだけ早く終わらせる。その間に全部を終わらせることはできないけれど、ある程度終われば、それなりに僕の肩の荷も下りるというものだ。
 11月に二件の負債を終わらせる。来年の2月頃までにもう二件終わらせる。その頃にはアルバイトもしていないだろう。5月頃にもう一つ終わるものがある。一つ終われば、それだけ負担が減る。減った分をその他の負債に充てることもできる。こうして良循環を生み出す。
 こうして少しずつラクになっていく。それが一番重要なポイントだ。そのために今、少々の無理をしておく。11月は、通常の本業に二件のアルバイトで、けっこうそれだけで予定が埋まっている。その合間を縫ってサイト作業をこなしていく。その他の事務作業もやっていく。勉強もするし、原稿も書く。本も読む。時間を無駄にはできない。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 よくやってたものだ。負債減少の計画はそれなりに成功したのだった。確かに100パーセント計画通りにはいかなかったものの、この年、かなりのものを減らした。普通に毎月の支払いをしていれば、いずれは終了するのだけど、けっこう前倒し気味でやってのけたのだった。
(平成28年12月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2013年11月 1日 金曜日

11月1日:参拝

11月1日(金):参拝

 今日は休日だ。昨日一日仕事をして、その後夜勤をこなし、今朝帰宅する。布団に倒れ込むと、そのまますぐに眠りに落ちたようだ。
起きたのは午後2時過ぎだった。寝すぎてしまったと思った。今日は今日でやっておこうと計画していた事柄がいくつもあった。どうやらそれらを全部はこなせそうにない。それらをこなすためには、遅くとも午前10時には起きて、活動を開始していなければならなかったからだ。
 そんなことよりも、僕はまず空腹を満たす必要があった。食事をしながら、今日の予定を計画し直す。仕事をするのも良しだが、何となく歩きたい気分だ。そこで、外出して、とにかく電車に乗る。長岡天神で急きょ途中下車をする。長岡天満宮にお参りに行こうといきなり思いついたのだ。
 いきなり思いついて、衝動的に電車を降りる。夕方で外はすでに暗くなり始めていた。寄り道しながら歩いていたので、長岡天満宮に到着したころにはかなり暗くなっていた。石段を上がり、神社へと出る。社殿で何かしていたのだろう。何人もの人が社殿の中で後片付けをしていた。それよりも神社の前にたくさんの人が立ち話をしているのに腹が立った。神仏の前で何をしているのかと一喝してやりたいくらいの気持ちが生じたのを、どうにか抑えた。
 僕は石段を降り、鳥居の所で独り座る。神社で何をしていたのか知らないけれど、あの様子ではもうそれも終わり、人々も解散しようという感じだ。少しすれば誰も居なくなるだろうから、それまで座って待つことにした。
 静かだ。虫の声が聞こえる。風で木々がそよぐ音がする。遠くの方で車の音も聞こえる。静寂の中にも音はある。静寂自体の音もある。静寂に囲まれていると、僕と外界との境界が薄れていくよう。それは僕にはとても心地よく感じられた。僕は静寂の中に佇み、同時に静寂が僕自身になっていくかのよう。このまま朝まで座っていたい気持ちになった。
 でも、さすがにそこで夜を過ごすわけにもいかないので、頃合いを見計らって、神社の方へと登る。最前の人たちはもういない。簡単に参拝を済ますと、僕は神社を後にする。
 長岡天神の駅でお茶を飲む。そしてこれも突然に閃いたことなのだが、ここから家まで歩いて帰ろうと決める。僕は京都方面に向かって歩き始める。いろいろ考え事をしながら歩く。
 歩きながら、今日はコーヒー豆を買いに行こうと思っていたことを思い出す。Yさんから誕生日プレゼントでコーヒーミルをいただいたのだ。向日市で方向を転じ、スーパーでコーヒー豆を購入する。結局、そこから電車に乗り、帰宅したという次第だ。
 そんな一日だったが、悪くもない。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 静寂に浸りたい気分だったのかもしれないな。Yさんにコーヒーミルをプレゼントしてもらったのはこの年だったか。今でも使わせてもらっている。
(平成28年12月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

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