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2013年8月29日 木曜日

8月29日:「空き地に何かを建てる夢」

8月29日(木):「空き地に何かを建てる夢」

<夢>
 近所の風景。一部はすっかり変わってしまった。かつて友達の家があった辺りに、コンビニのような店と古本屋ができている。古本屋に入る。珍しい文庫本を発見した。初期の日本の推理小説のアンソロジーで、三巻セットの本だった。とても欲しいと思ったが、けっこう値段がするなと思い、迷う。その他、古いレコードやチラシなんかのコーナーもあった。
(途中が欠落してしまう。次に示すのはこの夢の最後の場面である)
 僕と他に数人の男女が広い空地に立っている。僕たちはここに何かを建てることになっていた。

(連想と感想)
 かつて友達の家があった辺りに、僕たちの遊び場だった空地があった。夢では、ちょうどその空地のあった場所に店が立っていた。子供時代の遊び場はもうなくなっている。一方、珍しい古本を発見した時のワクワク感は、もしかすれば子供時代に経験した感情と通じているのかもしれないと思った。
 夢は別の場所に空地がある。そこに僕を含めて数人の男女が立っている。もちろん、この男女は現実には存在しない人たちだ。ただ、夢の中では僕たちは一つのグループである、一つの単位だ。集合的な要素に僕は関わりを持っている。
 そこに何か新しいものを建築しようとしている。何かが僕の中で築かれようとしているのかもしれない。そのことに関して思い浮かぶのは、僕は今の自分の生活を一新したくてたまらないという衝動を覚えている。夜勤やアルバイトを辞めたいと思うのもそのためだ。酒やタバコも極力控えるようにしたいと思うのもそうだ。専門書以外にミステリやSFを読む時間をもっと設けたいと思うのもそうだ。体を動かして、毎日軽い運動をしようかなと計画しているのもそうだ。もう一度何かを築こうと僕はしている。
 夢では、それが何なのか、何を築こうとしていたのか、どういうものを建築しようとしていたのか、まるで示されていない。それは僕自身、何を築こうとしているのかが見えていないからだろう。ただ、そのために必要な人員だけはそろっているという感じだ。それを始めるに必要なエネルギーはあるのだろうと思う。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 夢は困難を提示すると同時に、その困難の解決をも提示する。どう読むかは難しいところだけど、解釈が正しくなされたら、夢は次のテーマに移っていくものである。
(平成28年12月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2013年8月29日 木曜日

8月29日:経済的成功は人生の成功にあらず

8月29日(木):経済的成功は人生の成功にあらず

 今朝は少しばかり寝坊をしてしまった。昨夜は酒を飲んで、そのためか非常にぐっすりと眠ってしまったようだ。夢をみたけれど、その夢は別に記す。
 先日、フィリップ・K・ディックの「タイタンのゲームプレイヤー」を読み終えて、次に何を読もうかと考えていた。キース・ローマ―の「時の罠」に決める。昔、SFに凝り始めたころに乱読した一冊だ。内容はもう覚えていない。分量的にもちょうどいいので、今回読み直すことにする。

 今日の予定は、午前中に空き時間があり、原稿を書いて過ごす。サイトの方の原稿だ。何度も書き直している。書くことは決まっているのだけれど、なかなか上手くまとまらないし、適切な言い回しが浮かんでこなくて、言いたいことがうまく表現できないもどかしさを感じている。
 午後からは仕事と予定が入っていた。夜は空いていたのだけれど、急遽、新規のクライアントが入った。今日はけっこう忙しい日になったな。また、以前来られていたクライアントから再度面接の申し込みがあった。これもまた嬉しいかぎりだ。
 クライアントとの出会いも不思議なもので、一目見た瞬間から、この人は好きになれると直感的に感じる人もある。今日、新規のクライアントもそう体験した。入室された瞬間に、この人とは面接を続けていきたいと僕は感じた。
 クライアントをどれだけ好きになれるか、それが毎回僕に突きつけられているテーマだ。相手を人として好きになるということ以上に、相手に対する尊重はないだろうと思う。僕がどれだけ人を好きになれるか、毎回試されているように感じている。

 今夜は夜勤だ。店長に対する恩と義理から今も続けているけれど、本当はすぐにでも辞めたいと思っている。そちらにはもう興味が持てないのだ。熱意を傾ける気にも今はなれない。そこは僕が生きる世界ではないのだと、最近は特に感じている。
 バイトの人たちはいい人たちで、おかげさまで僕も仲良くしてもらえている。彼らのことは好きだけれど、この仕事に時間とエネルギーを割くことが難しくなっている。そろそろ潮時だという感じがしている。11月にはきっぱり辞めようと考えている。

 何か新しいことを始めたいとも思う。昨日来られたクライアントのことを考えていて。DVに関して、特にその「加害者」側の人のために何かできないだろうかと考えていた。何かセミナーのようなものを開催しようかと考えている。
 その内容はともかく、もっと人の前に出なくてはいけないと思うようになっている。また、多くの人に対して開かれた職場にする必要があるとも考えている。

 朝、ワイドショーを見た。消費税の引き上げのことをやっていた。恐らく、消費税は引き上げられるだろう。消費全体が上がらなければ、消費税だけを引き上げても何の解決にもならないだろうと僕には思えるのだけれど、「有識者」(一体、どういう人のこと?)の見解は引き上げを容認している方向にある。まあ、引き揚げに決定されるだろう。
 消費税が上がると、それだけ人の暮らしは厳しくなる。消費税は誰もが支払うことになるからだ。小学生の子供でさえ、20円のお菓子を21円払って購入するのだから、老若男女関係なしに支払う税金だ。
 結局、稼いでも、税金で持って行かれる分が多くなるのなら、金をどれだけ所有していても、それが直接的な豊かさにはつながらないだろうと僕は思う。多く持つ人は、それはそれで悩みの種が多いものだ。
 自分が豊かであるか、満たされているかということは、純粋に心の問題だと僕は思う。生き辛い世界だからこそ、僕たちは心の豊かさや心の平安を身に付けていく必要があると思う。短期間で財産を築いたというような成功者は、僕から見ると、成功者ではない。彼らは単に運が良かっただけかもしれない。次の時期には転落しているかもしれない。そういう成功は、一時的であるかもしれない。負け惜しみのように聞こえるかもしれないけれど、金持ちは必ずしも幸福とは言えないものだ。僕はそう思う。経済的成功は、人生の成功とはまた違う種類のものかもしれない。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 資本主義の社会では資本を有する者が強いのは当たり前のことだ。しかしながら、そうした富裕層が何の「心の問題」も抱えることなく生きているとは限らない。むしろ多すぎるほどの「心の問題」を抱えていたりする。何人かの富裕層に属する人たちも見てきたけど、決して幸福そうには見えなかった。
(平成28年12月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2013年8月28日 水曜日

8月28日:望ましくない方へ

8月28日(水):望ましくない方へ

 今日は午前と夜が埋まっており、昼間に空き時間がある。日によってスケジュールが異なるというのもけっこう疲れるものだ。
 昼間の空き時間に、少し外回りの作業をする。銀行に行ったり、必要なものを買いに行ったりする。

 午前のクライアントは継続している人たちだ。彼らは素晴らしい。苦しい状況の中で、とてもよく生きておられる。尊敬したい気持ちだ。
 夜は新規のクライアントが一人来られた。その人に継続を勧めたが、恐らく今後は来られないだろう。もし、次に会うことがあるとすれば、今よりもさらに状況が悪くなっているだろう。どうにもならなくなって、再度、お越しになられるタイプの人だ。
 それはなぜかと言えば、その人はそれがまだ自分の問題であるということを受け入れることができていないからだ。何か他の問題にしたいのだ。自身に向き合えないのだ。それはその人の弱さかもしれないし、別の理由のためかもしれない。いずれにしても、その人の問題とその人自身との間に距離がものすごくあるという印象を受ける。
 もう一つ理由がある。それはまだその人の心の中に「なんとかなるだろう」という期待が強くあるからだ。楽観的であることは時には望ましいことではあるけれど、根拠のない楽観性はいずれ崩壊するものだと思う。それに、「なんとかなるだろう」という感情自体が、その人が自分と向き合うことを避けていることの表明でもある。
 クライアントに強制できないのが辛い。僕から見ると、その人のように楽観的になれないし、その人の状況を見れば、楽観的に捉えることがいかに望ましくないかが分かるのだ。どうか、その人にはまた来てくれることを、僕は望んでいる。

 この辺りで止めておこう。今日、この後は飲みに行きたい。酒が欲しいと感じている。クライアントが望ましくない方向に行こうとしているのに、それをそのままにして、その人を見送ることほど辛いことはない。これは人にはなかなか分かってもらえない感情だ。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 その人がどんなふうになったらいいかなんて、僕には何も言えない。でも、臨床家というものは、人がどのように「良く」なっていくかを学んでいる。それと同じくらい、人がどのように「悪く」なっていくかという道筋も学んでいる。クライアントはしばしば「悪化」の方向へ向かう選択をしてしまう。彼らにはそれが正しいことと思われているのだ。それが分かっていながら、どうすることもできない自分が腹立たしい。
(平成28年12月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2013年8月26日 月曜日

8月26日:一時間の重み

8月26日(月):一時間の重み

 夜勤明け。帰宅後、少し寝てから、一日を始める。午前中は外回りの作業をする。予定では13時までに終えるつもりだったのだけれど、14時近くまでかかった。そのまま、昼休みを挟むことなく、午後の仕事に突入する。

 昨日までの勉強会に触発されて、『精神分析精神療法の原則』(ルボルスキー著)を読み始める。以前にも読んで、繰り返し読んだ本だけれど、久しぶりに書架から引き出す。

 深夜勤務で、たまたま2か月に1回の床清掃の日とかちあった。床は本部の責任範囲だそうで、この床清掃も本部の指示でなされるものだ。業者が来て、大体一時間半ほど作業して帰る。その間、およそ一時間ほど、店内は誰も入れない。2時から作業が始まって、3時半ころに終わる。その間の作業は滞ったままだった。かなり遅れをとってしまったのだ。僕は根詰めて仕事をした。それで一通り終えて、時間を見ると4時半だった。僕は一時間という時間の持つ重みと価値を再確認した。一時間前までは、あれもできていない、これもまだだと、いくつもの作業が山積みになっていたのに、一時間後には通常の4時半の状態にまで追いついているのだ。何となくだけれど、一時間前の状態とはずいぶん違うなと感じたのを覚えている。

 時間を意識してみよう。タイマーをセットして、ルボルスキーを一時間読む。それも集中して、根詰めて読む。第1部(第1章~第4章)は読み終えた。思い出した事柄、再確認した事柄、新たに発見した事柄など、多くの体験をこの本から得た。一時間の読書だけど、一時間前の僕の状態との差異を感じている。

 今、月曜日はそれほど忙しくない。土日もそのどちらかに集中することが多い。逆に水曜日や木曜日が忙しいことが多い。
 その代わり、月曜日は普段できないことをする日となっている。今日はサイトのことを少しやった。しばらく放置したままだった。そこまで手が回らないというのが現状だった。でも、手が回らないなどと言ってなくて、時間をもっと効率的に構造化すれば、できないことではないはずだ。僕の怠慢をそうしてごまかしているだけだという感じがしている。
 一方、確かにサイトのこと、ネットのことをするのは面倒だ。中途半端な待ち時間が生じ、それがけっこうイライラする。起動する時間、ページを開くまでの時間、更新して、更新が完了するまでの時間などだ。それらの一つ一つの時間は短いものだ。もっとも長いもので、サイト全体に対して更新する場合だけど、これは10分近くかかる。でも、それはそれほど頻繁にやる作業ではないけれど。
 そういう例外は別にして、わずかの時間でも待たされることに耐えられないというのは、僕もずいぶんセッカチなものだと思う。どうも僕がコンピューターに合わせないといけないというのが耐えられないようだ。その時間にではなく。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 一時間の持つ重みというのは計り知れない。カウンセリングも一時間だけど、その間にクライアントも僕もさまざまな感情体験をする。たとえ一時間でも、人は動いていくものだ。
(平成28年12月)

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2013年8月23日 金曜日

8月23日:禁煙記

8月23日(金):禁煙記

 夜勤。0時から6時まで。もはや目指すものもなく、追い求めるものもない夜勤。ただただ辛いばかりである。作業をこなしているだけという感じである。流れ作業的にこれをやって、次はあれをやって、その次は・・・と、それを延々やっているだけ。僕の主体性などどこにもない。決められたことを、順番にこなしているだけという労働だ。実に下らない。
 夜勤の間も、考えることは本業のことばかりである。作業しながら、他の事を考えている。原稿のあの箇所はどのような表現がいいかなとか、サイトに載せるテーマを頭の中で組み立てたりして、手だけは仕事をしているという感じだ。
 パートのおばさんたちからもゴチャゴチャ言われることもあるけれど、どの言葉も僕には雑音でしかない。意味のある言葉として耳に入っていないのだ。いや、言っていることの意味はわかるけれど、それが僕にはなんの価値も意味もないものなんだ。一応、お店だ。商売をやってるわけだ。ところが、パートや社員さんの言う言葉はどれも内部のことばかりで、客のことを考えた発言や売り上げを伸ばすような提案などは皆無である。彼らにそれだけの力量がないのだ。彼らというのは、そのグループ全体のことである。それで、せいぜい立場的に下の者に対して、細かな指示を与えるということしかできないのだ。彼らが見ているのは下の人たちで、お客さんや利益は見ることができないでいるのだろう。だから、耳を傾ける価値なんてない。実際、まったく聴かずにいる僕が、特に問題になることなくやっていけているのだから、現実に無意味かつ無価値な言葉だったのだろう。
 朝5時に手持ちのタバコがなくなる。そこから少し禁煙を試みる。これは今日始めることの意味が僕なりにある。明日と明後日は禁煙の条件がよろしいのだ。だから今日一日耐えれば、ほぼ自動的に三日の禁煙が達成できそうなのだ。まあ、そんなに単純ではないかもしれないけれど、明日や明後日はタバコが吸えない環境に身を置くことになることは確かだ。

 夜勤を終えて、レンタルのDVDを返却に行く。二日延滞している。それはいい。そこの店に行くには、徒歩で片道30分はかかる。往復1時間だ。早朝とは言え、歩いていると汗だくになった。
 DVDを返却する。その店は延滞料金が一定以上だと、次回に無料でレンタルできるというシステムがある。延滞の料金によって、それが1枚であったり、2枚であったりするのだけれど、なかなか上手いシステムだなと感心する。あんまり損をしたという感じが残らず、引き続きレンタルしてしまうのである。
 お笑いと映画を借りる。これは無料だ。延滞料金からのサービスだ。それから帰途に着く。帰宅したのは8時頃。禁煙して3時間になる。ずっと外を歩いていて、喫煙欲求は感じなかった。
 軽くパンをかじり、布団を敷く。寝転がって、借りてきたDVDを視聴する。途中、何度もうつらうつらしてしまう。ハッと目覚めて、うつらうつらし始めた部分まで巻き戻し、見直す。そんなことをしているので、2時間程度のお笑いDVDが全部見るのに4時間くらいかかり、1時間半程度の映画が2時間半くらいかかった。

 15時頃、階下へ降りる。母が夕食の準備をしていた。今日はトンカツかと思い、僕が揚げる。両親の分を揚げ、最後に僕の分を揚げた。幾切れかに切って、皿に盛り付ける。自分の分を盛り付け、そのまま昼食とも夕食ともつかない食事に突入する。
 食後、タバコが欲しくなるかと思いきや、案外そうでもなかった。今、16時なので、禁煙開始から11時間経過したことになる。今の所、喫煙欲求に襲われることなく来ている。
 音楽を聴きながら、本を読む。いや、読むと言うより、何を読むかを選んでいた。ディック『高い城の男』を読み終えて、他のディック作品に行こうか、それともがらりと趣向を変えようかとで悩む。でも、もう少しディックを読むかと、フィリップ・K・ディック著『タイタンのゲームプレイヤー』を書架から引っ張り出す。

 19時ごろ。禁煙開始から14時間だ。ものすごく喫煙欲求に襲われた。本当にタバコを買いに行こうかとしたくらいだ。幸いなことに外では雷が鳴りだし、そのうち雨が降り始めた。雨は徐々に激しさを増し、それで僕は外出する気を失くした。
 20時。15時間経過。雨が止んできた。よくない兆しだ。なんとか朝までは禁煙を続けたい。24時間は達成したい。今、とても強い喫煙欲求に襲われ続けている。こういう時に何かがあれば良い。何かというのは、タバコや喫煙欲求よりも強くて、それらを遠ざけてくれるような物や行動だ。こうして文章を書くというのも、僕の場合にはいいかもしれない。読むのもいいかもしれない。特に音読するのは喉の回復をも実感できていいかもしれない。
 キャンディやガムを口にするとかいう人もあるが、僕はあれはダメだ。つまり、普段から、飴玉やガムが口に入っていようと、欲しくなったらタバコを吸っているからだ。口に物が入っていても吸う癖がついているのだ。
 21時。16時間経過。この一時間、そわそわして、やたらと飲食している。タバコが欲しいと体が欲している感じだ。
 何かテレビでも観ようかと思ったが、これといって見たいと思うような番組もない。助けになってくれそうなものが何もない感じがする。明日は朝が早いので、今日はもうこの辺りで寝てしまおうと考えている。昨夜は昨夜で徹夜しており、しかも今日はまとまった睡眠を採っていない。これは熟睡できそうだ。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 お馴染みの禁煙テーマである。禁煙でも断酒でも、それによってどのような体験をするか、どのような経緯を経るかを記録したいと思う。その思いは今でもある。そこでどんな体験をしてしまうのかを記録しておくことで、それを今後の人生に役立てたいと思うのである。
(平成28年12月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

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