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2011年10月31日 月曜日

10月31日:「革」(#0050)

10月31日(月):「革」

 今日(30日)、午後からのクライアントが二人立て続けにキャンセルになった。それはそれで仕方がない。でも、時間が空いたことは僕にとっては嬉しかった。去年のマラソンの目標を思い出して、朝からやたらと体が疼いてならなかったからだ。雨が降っていたので、外出することもできなかったが、それでも室内でトレーニングをして過ごした。ここしばらくの運動不足で、筋力も落ちているなと実感した。恐らく、明日は筋肉痛とか起きているかもしれない。最初はそういうものを体験するものだ。少しずつ鍛えていけばいい。
 僕の家は、ある駅と次の駅の間に位置していて、通勤は近い駅から乗って、帰宅は遠い方の駅から家まで歩くようにしている。遠い近いと言っても、1キロメートルくらいしか違いがないのだけれど、それでも毎晩歩くようにしている。そこで歩いているから脚力はそれほど衰えてはいないだろうと自惚れていたのだけれど、実際、スクワットとかやってみると、結構、きつかった。きちんと鍛えないといけないものなのだなと僕は思った。

 最近、易経を勉強している。ユングの本などで度々登場するので、いつか読んでみたいなと思っていたのである。それに、東洋思想を遡って行くと、この易経に行き着くようである。
 前々から興味があったけれど、実際に勉強するようになったのは、先週読んだフィリップ・K・ディック『高い城の男』の影響である。それでここ一週間ほど易経を勉強していて、自己流の占い方を試みている。自己流と言っても、ディックの小説で登場人物がしていた三枚のコインを使うやり方なのだけど。それで占うと、今日は「革」が出たのである。何かを変えるために、何かを始めるのに適した卦であるようだ。これは幸先がいいぞと思っている。
 僕は中学、高校と陸上部で走っていた。中学時代は兄の影響だった。兄も同じように中学、高校と陸上部で走っていた。兄は大学でも陸上部だった。そこだけは兄と違う。中学を終えた時、僕はもう陸上はしないでおこうと思った時期があった。でも、僕はどうしても兄を追い越さなければならなかったのだ。そうでないと、僕は存在できないように感じていたのだ。一つでも何かで兄を追い抜かなければならなかったのだ。それで高校に入っても、やはり陸上部に入部したのだ。いつか、この時の体験も書いてみたいと思っているけれど、とにかく、僕が走るのはすべて兄の影響からだったのだ。自分自身のために走ることはなかった。
 だから、自分のために走ってみたいという気持ちが、いつ頃からか生じていたのだ。数年前から、僕はもう一度走れるだろうかということが気になり始めていた。そして、漠然とではあるけれど、一生の間に一度、フルマラソンを走ってみたいということを考えるようになっていたのだ。
 三十歳の時に始めた山歩きは一つの妥協策だったように思う。当時は、もう自分は走れる体ではないなということを認めていたし、走ることはほとんど断念していた時期だった。そこで妥協策として山歩きを選んだという部分もある。もちろん、山歩きは好きだったし、一時期はひどく熱中したものである。でも、闘争や葛藤のためではなく、自分のためにそういうことをしたいと思っているのである。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 どうかこれをお読みのあなたもご自身を振り返ってみて欲しい。純粋に自分のためにやったということがどれだけあるだろうか。僕は自分ではそれがそれほど多くないと思っている。勉強も、あのクライアントと面接を続けるためとか、将来こういうことに役立つだろうからとか、そういう打算的な目的でやっていることが多い。純粋に自分のためにそれをするという体験は、子供にしかできないことかもしれないな。
(平成25年8月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2011年10月30日 日曜日

10月30日:目の疲れと去年の目標 (#0049)

10月30日(日):目の疲れと去年の目標

 昨日(29日)はついに目をやられてしまって、サイトの更新も原稿書きも一切しなかった。目が開けてられないくらい辛いのである。そして、パソコン画面を見るのがとてもキツイのである。
 昨夕、いつものように帰宅前に喫茶店に寄って、僕は本を読んでいたのだけれど、正面の席の女性がパソコンを開いていた。その画面がチラチラ見える。それだけで視神経が癇癪を起したようになってしまった。それくらい昨日は辛かったのである。
 昨日は一日パソコンを開かないということにして、なるべく目を休めるようにした。クライアントと会わない時間はすべて横になり、目をつむって過ごした。本もあまり読めなかった。ようやくましになったと思えたのは、夕方の遅い時間になってからだった。
 こんな有様だったので、昨日はサイト関係の作業はまったく手を付けなかったのである。昨日の予定分が今日に回ってきたので、今日からがたいへんである。遅れを取り戻さないといけない。サイトの方では、やりかけたまま中途になっている作業もあって、それもまた気になっている。作らなければいけない原稿もある。予定している更新作業もある。一日休むと、後が大変である。

 そう言えば、今日は大阪マラソンの日である。天気は良くないけれど実行されるのだろうか。去年、僕はこれに参加してみようと考えた。10か月みっちりトレーニングすれば、何とか走れるだろうと考えていた。最初の一か月は、歩くということから始め、足の筋肉を作り、食事制限をして体重を減らす。二か月目からは、体重を減らし、脚力を鍛えるということをしながら、徐々に走り始める。ゆっくり、1~2キロを走るようにする。体重を減らすということと、筋力をつけるということはそれ以後も継続していきながら、三か月目で5キロを、止まることなく、走れるようになることを目標にする。六か月目には8キロを走れるようにする。あと、この8キロを4か月間続ければ、なんとかなるだろうと考えていた。酒もタバコもやめ、体重も15キロほど落とし、筋力をつけ、身体を作って行けばいいだろうと考えていた。
 ところが、この計画は頓挫することになる。それは女性友達と出会って、マラソンよりも彼女の方が生活の中心になってしまったからだ。僕は、それはそれで良かったと思っている。いろんなことを彼女との関係で経験できたからである。マラソンよりも貴重な体験ができたと思っている。
 来年は目指してみてもいいなと思っている。10か月プランは見事に頓挫して、断酒と体重だけが当初の目標に達成しただけである。それでも一生の間にフルマラソンを走ってみたいのである。僕も決して若いとは言えないが、それでも落ちぶれるにはまだ早すぎる。走れるうちは走っていたいのである。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 学生時代は陸上部で走っていたので、今でも時々、走りたいと思うこともある。でも、足が悪くなって、走るという目標は断念しないといけないのかもしれない。ホント、生きるということは、いろんなことを断念することだと、最近はよくそう思う。
(平成28年11月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

2011年10月29日 土曜日

10月29日:私を「良く」する (#0048)

10月29日(土):私を「良く」する

 最近は調子がいい。仕事をすると疲れはするけれども、それでも次のことができて、尚且つ、それが負担にならないのだ。今日(28日)は、朝少し遅刻してしまったのだけど、8時半に入室した。それから晩の8時まで、面接したり、記録を書いたり、勉強したり、原稿を書いたり、資料を整理したりといったことをしている。
 建物の契約が20時までなので、そこで一旦職場から出なくてはならない。でも、そこから真っ直ぐ帰宅するのではなく、喫茶店に寄って、終電近くまで物を書いて過ごす。ここで三時間ほど書くのである。
 最近、毎日このような生活を続けている。この文章もまた喫茶店で書いている。それでも尚、時間が足りないと嘆いているのである。やること、やらなければならないこと、私にできること、がまだまだあるのである。

 それと、最近は夢をよく見る。夢に関わると、僕は自分に活力が戻ってくるのを感じる。夢をまったく見ないという人もあるが、そういう人は可哀そうである。力の源泉がそこにあるのに、まったく関与できないでいるからである。
 最近、僕はこのように考えるようになった。よく政治が良くないから生活が悪くなるのだという人を見かける。それは確かに正しい一面を含んでいると僕は思う。確かに今の政治は良くないし、政治家も何もできなかったりする。これはその政治家が無能なのだということだけではなく、何かをしようにも障害ばかりで手も足も出せないという状況があるかもしれない。公平に判断しようと思うなら、そのような観点、可能性も考慮に入れて論じなければならないと僕は思う。
 それはさておき、確かに政治と僕たちの生活とは密接に関係しているとは思う。しかし、自分の生活を良いものにしていくかどうかは、その生活の主体である僕たち一人一人に委ねられているのではないだろうかということである。僕はそのように考えるようになってきている。だから、国を良くするのは政治家ではないかもしれないということである。国を良くするということは、その国を構成している僕たち一人一人が良くなっていくということではないだろうか。
 僕の個人的な印象では、まともな政治家は、僕の知っているわずかばかりの範囲では、一人もいない。政治家をテレビや写真で見かけた時、僕は彼の目を見るようにしている。目で人を判断するわけではないが、その人が政治家に向いている目をしているかどうかをまず確認するのである。同時に彼らの顔も見る。どんな顔をしているかをよく見るようにしている。ここ数年、首相が次々と交代してきたけれど、その歴代の首相の中には、指導者よりも、指導者を必要としている側の顔をしている人もいた。僕にはそう見える。
 誤解のないように言っておかなければならないが、その人たちは指導者としてよりも、指導者を補佐する役割で能力を発揮するタイプの人たちである。不適切な役職に就いてしまったようなものであり、その人たちに対して非難するつもりは僕にはないということをお断りしておく。
 時に、ダメな親から非常に優秀な子どもが生まれたりする。政治家がダメなら、僕たちは優秀な子どもになればいいのである。無能な政治家の下で、その国民もまた無能だということになったら、恥ずかしいのは僕たちの方である。だから、僕は僕を「良く」することから始めなければならないのである。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 すごいことを考えていたんだなと思う。今でもその考え方に変わりはないけれど、こうして読むと僕が「右」か「左」の人のように思われるのではないかと、少し心配になるね。実際にはどちらでもないのだけれど。
(平成25年8月)

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2011年10月28日 金曜日

10月28日:ケータイの話 (#0047)

10月28日(金):ケータイの話

 僕が携帯電話を持っていないと言うと、大抵の人は驚く。「不便じゃないですか」とか「珍しい」とか言われる。不便と言えば、僕の周りの人たちにとっては不便かもしれないけれど、僕自身は不便を感じない。珍しいというのは、今時の人にしてはということだろう。でも、ケータイって、持た「なければならない」ものなのだろうかとも僕は思う。
 以前はケータイも持っていたのだけど、ストーカーみたいな人に関わってしまって、それでケータイ恐怖症みたいなものにかかってしまったのだ。それ以来、ケータイは持たない。(これは、誕生秘話のところで話したハイエナの一人のことである)
 だから、僕のケータイに関する知識は一昔前のものである。そこで時間が止まってしまっているのである。最近のスマートフォンとかは、ホント、「何、それ?」という感じである。

 僕の女性友達のケータイが壊れて、この機会にスマートフォンに変えたと話してくれたことがある。ケータイショップで、二時間近く、その使い方の講習を受けたそうだ。
 新しい物が登場すると、必ずそういう手間がかかるものである。いつぞや、新聞でも、「ようやくパソコンの使い方が分かってきたのに、今度はスマートフォンかよ」みたいな記事を読んだことがある。僕はその気持ちよく分かると思った。

 何か新しい物が登場すると、僕たちはそれに振り回されてしまうものだ。新しいものが便利なのは、それが使いこなせるようになったらという前提条件付きである。
 しかし、便利さを実感するまでには、いくつもの困難を経なければならないようである。先に不便を体験しなければ、便利さを実感できないというのも、おかしな話である。

 さて、持ったら持ったで便利かもしれないが、持たなければ持たないで便利なものである。ケータイを持たなくなると、余計なメールや付き合いの電話で煩わされることがなくなった。新着メールをチェックする必要もない。メル友を維持するために神経を使うこともないし、絵文字に工夫を凝らしたりするような手間もない。また、ケータイを持ったかとか、失えないかとか、どこかに忘れてしまわないかといった心配も不要になった。必要な時は、固定電話から相手に電話をかける。用件を簡潔に伝えるようにしなければならないし、できるだけ一回の電話で済ませるようにする。そこには若干の神経を使うとは言え、全体的に見れば、ケータイでダラダラとコミュニケートするよりも、はるかに効率的である。
 僕の個人的な体験に過ぎないけれど、ケータイを手放して体験したことは、持たない方が楽であるということだ。拘束から解放されるような感じを僕は体験している。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 新しいものが常に便利であるとは限らない。それは多くの拘束をもたらすだろう。僕たちはそうしてあらゆる拘束に絡み取られてしまうのだろう。持てば持つほど、それを使用したくなり、使用すればするほど、煩雑な作業に囚われてしまう。こうして、人は自分自身に関わる時間とエネルギーを搾取されてしまうのだろうな。
(平成25年8月)

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2011年10月27日 木曜日

10月27日:町で見かけた人たち (#0046)

10月27日(木):町で見かけた人たち

 一昨日、僕が外回りをした時、道端でギャーギャーわめいているおじさんを見た。最初はケータイで話しているのだろうと思ったのだけれど、よく見ると、おじさんの独り言である。それも怒気を含んでいたので、僕はあまり近寄らないようにしていた。ケンカでもふっかけられたら面倒だと思った。だから、おじさんから少し離れて、おじさんの視界に入らないようにして、おじさんの言っていることを聞いていた。なかなか面白い話だった。

 最初はまず「アポロは神だった」ということから始まる。と言うか、僕が聞き始めたのがたまたまその箇所からだったのだ。彼は、アポロは神であり、神であるアポロがどのような目に遭ったかを声高に訴える。
 次に、恐らく宇宙船のアポロへと連想が広がったのだろうと思う。そこから話は外国のことになる。そして神つながりだろうと思うが、話は西洋のキリスト教のことに移っていく。そして西洋文明に対しての怒りが炸裂する。
 その間にここが京都であるということを訴える。西洋キリスト教から連想の中断が生じたのだけど、目が現地点に向いたことが手伝って、キリスト教の話はどこかに消え、代わりに仏教のことが表に出てくる。そして、禅というのは武器であるということを訴える。禅が武器だとは僕は思わないが、これは先に語っていた神であるアポロの戦いの連想が後を引いているようである。迫害されることに対して、宗教が武器になっていたのだということを言おうとしていたのだろうと思う。
 こうして見ると、何かの闘争場面が彼の中で展開されているようである。こういう独語の合間合間に、「オイコラ!」とか「何さらすんじゃ!」といったケンカ言葉が挿入される。もちろん、これは見えない相手に向かってケンカを吹っかけているのである。この見えない迫害者(彼には見えているのだろう)を追い出すためのケンカなのだろうと僕は思う。そして迫害されたアポロ神やキリスト教がこれに関連して彼の中に生じているのだろう。
 しかし、彼がどこまで本気で見えない迫害者と戦っていたのかは不明である。彼が「それでええんか、コラッ!」と怒鳴った後、「ええんか言うてもな、演歌ちゃうぞ!」とダジャレみたいなことを言った時、僕は鼻からジュースを噴き出しそうになった。そして「演歌とはな」と続いて、演歌についての説明が挿入されるのである。ダジャレのつもりじゃなくても、連想が飛躍するのだろう。
 このおじさんの周りには人がいない。みんな避けているのである。そして僕がいる辺りは人で密集している有様である。確かに関わり合いたくないタイプの人であるだろう。彼の独語を熱心に聴いている奇人は僕くらいのものではなかっただろうか。

 また、午後のことであるが、喫茶店に入ったのだけど、そこでケータイで大声で話す男性を見た。席が離れていたとは言え、彼の声が大きいので、話が僕の所まで筒抜けである。聞いた限りでは、どうも彼の仕事が上手くいっていないらしい。二十代半ばくらいの若い男性だった。とてもイライラされている様子だった。仕事が順調にいかないということには僕は共鳴できるけれど、彼を見ていて、あれではいい仕事はできないだろうなと思った。

 他にも何人か観察した人もいたのだけれど、そういう人を見て僕がいつも思うのは、生き難い人たちがけっこういるものだなということである。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

(付記)
 こういう人たちがいたなあ。読み返して、思い出す。
 独りで喚き散らしているおじさんは、迫害される側の体験をしているのだろう。連想が飛躍するのは観念奔逸と呼ばれるものだ。でも、よくよく聴いていると関連が多少なりともあるのが分かる。そして、一つの観念を話しているところで、別の観点がふっと湧いてくると、新しい観念が容易に彼を占領してしまうようだ。要するに、自我内境界が脆弱な状態にある人だと思った。
(平成25年6月)

投稿者 高槻カウンセリングセンター | 記事URL

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