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2021年3月31日 水曜日

3月31日:コロナ禍を生きる~どれだけ死者が出るか

3月31日(水):コロナ禍を生きる~どれだけ死者が出るか

 制度の上では今日は一年の終わりということになる。明日から新しい年度が始まるが、ますます悲惨の度が増す一年となるだろう。

 厚労省の職員たちが深夜まで宴会をやっていたそうだ。一応、宣言は解除されていたものの、時短営業は続いていたのだ。
 それともう一つ、今国会に提出されている資料等には100か所以上もの誤記があるそうだ。議員たちは正誤表を傍らに置いて資料を見なければならないそうだ。
 いいぞ、もっとやれ、と僕は思った。会食は、あれが気のゆるみなんかではなく、政府に対する反抗であれば見上げたものである。資料の作成ミスも、職員が過重労働でそこまで意識が行き届いていないというのではなく、もっと積極的な反抗であるならば、僕は高く評価する。
 政府は交代しなければならない。今の政府ではダメだ。外部からいくら声を大にして叫んでも、今の政府には届かない。国民の声が届かないようなシステムができているのだ。それならば内部から崩壊してほしいと僕は願う。内部の人たちには今後とも積極的に不祥事をやらかしてほしいと願っている。

 現場が混乱するのは、その指令系統にある。いついつまでにこれをやれと上は言うだけなのだ。どうやってそれをやるか、それは自分たちで考えろというわけだ。こういう指示の出し方をしているわけである。
 かつての経営者の中にはこの種の人たちがいた。いついつまでにこれこれのことを実現せよと言うだけである。今、この種の指示を出す経営者は間違いなく無能に分類される。いかなるヴィジョンも描けない人間であるからである。
 また、期限だけを設定する人間はやはり無能力なのである。いつぞやもそのことは書いたように思う。作業をするのに期日を設定するのは必要ではあるが、期日が大事なのではなく、その期日の後が大事なのだ。いついつまでにこれこれを実現するということではなく、それを実現した後にどのようになっており、どのような課題が新たに生まれているかを予測できなければならないのだ。
 今の政府にはそれを打ち出すことは期待できない。いついつまで宣言を延長すると言うだけである。解除して、さらに何をしていくか、まったく見えない。解除したら普通に経済活動していいのかどうかさえ、国民には示されないのである。

 さて、今後、どれだけの人間が死んでいくだろうか。コロナの第1波から一年が過ぎている。死者数は9000人に及ぶ。僕は軽く見積もって3000万人くらいは死ぬだろうと思っている。
 もちろん、3000万人が一度に死ぬわけではない。昨年からカウントして、十数年くらいかけての数字だ。
 感染力の強い変異株が生まれる。今後とも生まれるだろう。感染力が二倍であるということは、死者数は四倍くらいに見積もっていないといけない。感染者数が増えてしまうと、助けられない命がそれだけ多く出てしまうことになるからである。
 さて、僕の見積もりの3000万人の内訳をみていこう。と言っても、この数字に根拠があるわけではない。以下のような形で命を落とす人が出てくれば、それくらいの数になってもおかしくないだろうと思うだけである。

 まず、純粋にコロナによる死がある。感染して、重症化して死を迎えてしまう人たちがある。さらに、治療が間に合わずに命を落とす人も出てくる。医療が逼迫するほど後者の数が増えることになる。

 あとはコロナ関連死である。
 コロナによって職を失った人たち、路上生活を強いられている人たち、この人たちは病院にかかることなく命を落としてしまうかもしれない。路上死であったり、飢餓やその他の病気によることもあるだろう。中には自殺であったりする。
 自殺者数は激増することだろう。現に女性の自殺者が増えているというデータもある。自殺者は今後は増えていくことが予想されるのだ。この自殺の中には、生活苦に基づくものだけでなく、誹謗中傷に晒されることによる自殺も含まれる。
 自殺に走らない人の中には事件を起こす人もあるだろう。ともかく大量の失業者が生まれることが懸念されているし、一部は実現してしまっている。この人たちの中には生活苦から強盗なんかを働くかもしれない。犯罪に巻き込まれるかもしれないし、犯罪をする側に回るかもしれない。この犯罪に関連して死者が生まれることだってあり得る。人を殺して刑務所に入った方がマシだと考える人も出てくるかもしれないのだ。
 今のところこれは可能性としては低いが、今後はどうなるかは分からないものがある。それは暴動である。こういうもので命を落とす人も現れるかもしれない。大正時代の甘粕事件や亀戸事件のような処刑が行われることもあるかもしれない。
 経済破綻は自殺、事件、暴動などを引き起こしかねないだろうと思う。それをする側も巻き込まれる側も命を落としてしまうことになるかもしれない。

 少し視点を変えよう。コロナで医療が逼迫すれば、コロナ以外の患者も治療がおぼつかなくなるかもしれない。平常時であれば治療を受けられた人が、コロナで医療が崩壊しているために治療を受けられないということになれば、コロナに感染していなくても、他の病気で助からない人たちが出てくると思う。
 また、地震や水害といった自然災害もある。避難所での集団感染が懸念されるところである。クラスターが発生すれば、その全員が治療を受けることができるとは限らないので、必ずそのうちの少なからずの人たちが命を落としてしまうと僕は思う。
 先述の事件とは少しニュアンスの違った事件も生まれるだろう。先述したのは無職、経済的破綻、生活苦による犯罪であった。そういう人たちではなく、仕事も家庭もある人が、厳しい状況下で生活していくうちに精神的均衡を失い、事件を起こしてしまうといったケースである。家庭内暴力、虐待などの形で表面化する問題である。その他、いわゆるパワハラだのモラハラだのが激増して、それに関しての事件がもっと発生するかもしれない。親子間、夫婦間、あるいは上司と部下の間で、闘争が起き、それが殺人事件に発展しないとは言えないのである。さらには、一般の人と「自粛警察」との間で事件が起きるかもしれない。また、路上生活者と「ホームレス狩り」をやらかす連中との間でも事件が発生するかもしれない。神経がピリピリしていると一触即発の状態になるかもしれず、些細なケンカが増えるかもしれず、それが大ごとになって殺人になってしまうこともあり得ることである。
 この人たちのことも含めないと不公平だな。医療従事者、保健所職員、その他公務員などで過労死してしまう人たちである。また、その他の企業なんかでも業績が厳しくなると個々の社員の負担も大きくなるだろうし、その中から過労死してしまう人も現れるだろう。リモートワークに惑わされてはいけない。リモートはむしろ過労死を加速させてしまうと僕は信じている。

 現状のままだとコロナは永遠に収束しない。蔓延させればさせるほど変異株が生まれるし、変異株が生まれれば生まれるほど集団免疫を獲得することが難しくなる。新たな変異株が生まれて、それに対するワクチンを作ってということを繰り返すようになるかもしれない。現状では出口は見えない。日本は絶滅の道をまっしぐらである。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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