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2021年2月14日 日曜日

2月14日:回想録・第9回

2月14日(日):回想録・第9回

 兄のことを綴ろう。兄とは3歳半離れている。子供時代の3年半の開きはけっこう大きいものだ。3歳年上はすごく大きく見える。(1)
 小学校の入学式の日のことを覚えている。初めて小学校に足を踏み入れた。学校内には多くの生徒がいて、高学年の人たちがすごく大人に見えたのを覚えている。自分は小さく、周りの人がみんな大きく見えた、そういう感覚があったのを覚えている。おそらく、こういう経験をしたのは僕だけではないだろうと思っている。(2)
 兄はとにかく大きな存在だった。今でも不思議な感覚が残っているのだけれど、当時は父親が二人いたような感じだった。もちろん、当時はそんなことを思っていなかったのだけれど、大きくなってその当時を振り返ってみて、当時の感じを言葉にするとそうなるということだ。現実には父親は一人だ。でも、父親のような存在がもう一人いたといった感じである。(3)
 兄はとにかく厳しかった。僕にとっては父親以上に怖い存在だった。父親に悪戯がバレることよりも、兄にバレることの方が怖かった。(4)
 僕の子供の頃はスポーツマンガが流行っていた。僕も野球やサッカーなどを練習したりした。兄はいつもコーチだ。僕のトレーニングを監視する役目だ。よく考えると何の権利があって兄にそういうことができるのかと思うのであるが、その頃は兄は絶対的な存在だった。(5)
 太ることの嫌悪も兄からの影響が強い。とにかく太ることは悪いことである。兄はそういう内容のことを僕に言い聞かせるわけだ。太るというのはスポーツをやる上でマイナスになると考えていたのだろう。とかく、自分が太るというのが怖かった。太るそのことよりも兄に何を言われるかという恐怖心が強かったかもしれない。(6)
 親戚とか、あるいは友達のお母さんとか、久しぶりに僕を見て太ったと評することがあった。言っている方は何気なく言ったことであるかもしれないんだけれど、こっちは死刑宣告を下されるような思いだったのを覚えている。(7)
 現在では逆に太ることはいいことだと考えている。太って何が悪いなどと開き直ることもある。当時の反発心だろうか。いずれにしても人の体形にとやかく言う趣味は僕にはなくなった。身体の体形というものは個人の努力だけですべてコントロールされるとは思わない。太る人は太るし、太らない人は太らないものだ。それに痩せているのがカッコいいのは若いうちだけで、年を重ねてあんまり痩せているとむしろ貧相に見えそうだ。年齢を経るとある程度肉がついている方が見栄えがいいと僕は思っている。(8)
 僕の猫背のことも触れておこう。僕はここまでひどい猫背ではなかった。思い当たるのは次のことだ。当時、夜は兄と同じ部屋で寝ていた。僕の寝息がうるさいと兄が癇癪を起す。僕は鼻が悪かったようで、耳鼻科に通っていたのを覚えている。それで鼻の通りが悪いので寝息が大きかったのだろう。僕の寝息のせいで兄が寝れないと文句を言うもんだから、僕は枕を高くして寝なければなならなかった。毎晩、枕を二つ折りにして、体は水平だけど、顔は限りなく垂直になるようにしなければならなかった。そんな姿勢で毎晩寝ていたものだから、背中が曲がってしまったのだろう。(9)
 僕が自分の猫背に気が付いたのは小学校の4,5年頃だ。父が運動会の模様をビデオで録画したのだ。その映像を見て、背中の曲がり切った自分を僕は初めて見たわけだ。ものすごい衝撃だった。他の子たちは背中が真っ直ぐなのに、僕だけ年寄りのように背中を丸めているのだ。果てしなく自分がイヤになった瞬間だった。(10)
 今でもある程度傾斜をつけている方がよく眠れる。リクライニングくらいの方が寝やすいという気もしている。布団の上でも寝ることはできるが、枕の無い状況ではとても寝れない。頭を高くしないとどうしても眠れない。当時の名残だろう。(11)
 一時期はこの猫背を矯正しようと試みたこともあるけれど、今はどうでもよくなっている。自分の姿勢にまで意識が行き届かない。他のことで手一杯だ。(12)
 兄はとにかく優等生だった。手先も器用だし、それに人気もあった。僕とは雲泥の差だ。僕から見るとはるかに高い所に兄がいた。前回綴ったように、自分が捨てられるという感覚も、兄が優秀であればあるほど僕は不要な存在ではないかという気持ちに掻き立てられるのだ。この兄との確執は20代前半まで続くことになった。いずれそういう話も出てくるだろうけれど、今は小学校時代のことに限ろう。(13)
 兄はそういう存在だった。僕にとってはもう一人の父親のような感覚があった。それでも仲の良いこともあった。当時、本当に子供が多かったと今では思うのだけれど、近所にたくさん子供がいて、みんなで一緒に遊んだりもした。それはそれで楽しい思い出であったかもしれない。近所の子供たちが集まって遊ぶのだけれど、夏の花火が僕にとっては一番思い出深い。みんなお小遣いを握りしめて、近所の玩具屋や駄菓子屋さんなんかでバラ売りの花火を買って、夜になると、公園とか路上とかで花火をして遊ぶ。おおらかな時代だったなと今では思う。(14)
 あと、毎週日曜日になると河原まで行って、そこの堤防で遊ぶという習慣があった。ちょっとした遠足だった。一緒に遊んだという経験も僕の中にはちゃんとある。(15)
 しかし、僕にとって兄のような存在だったのは隣に住んでいたTさんだ。僕より一歳年上で、僕の面倒をよく見てくれた。他の子たちとも遊んだ記憶があるけれど、Tさんと一緒に遊んだ場面を一番よく覚えている。ゲームウオッチなんてのを初めて知ったのもTさんからだった。ボタン電池なんてのも初めて見て、こんな電池があるのかと妙に感動したのを覚えている。(16)
 一個一個の場面を綴るとそれだけで長々とした記述になるので省こうと思う。クリスマスに教会に冷やかし半分で顔を出したこととか、悪い悪戯だけど火遊びしたこととか、Tさんとはそういう思い出もあるし、いろいろ僕にくれた思い出もある。現在から見ると、Tさんは僕によくしてくれたなと思う。(17)
 僕には一つの信念がある。どんなに不幸な子供時代を送ったという人にも一人くらい良くしてくれた人があるはずだという信念である。クライアントはしばしばそういう人のことを忘れていたり、あるいは否認したり、軽く見ていたりすることも多いのだけれど、勿体ない話である。良くしてくれた人の思い出は、それはそれで大切にしたらいいと僕は思うのだ。(18)
 それはそれとして、僕はいまだに家族というものがよく分からない。家族ということをそれほど重視していないのは僕の経験に基づくものだろうか。心理学は自分に当てはめながらというか自分自身を振り返りながら勉強できる利点があるのだけれど、家族心理学の領域はどうも物理学や天文学を勉強するような感覚がある。自分の実体験を直接参照できないもどかしさを感じる。今日、ここまで綴ってきて、それもそうだろうなという気になっている。兄は父親のようで、隣のTさんが兄のようだったと体験しているのだから。家族意識が僕の中では乱れているなと改めて感じる。(19)
 兄は優秀だったが、時に僕には手厳しい。僕が問題を起こせば起こすほど、兄の風当たりが厳しくなったものだった。そういう時はいつもビクビクしていたものだ。僕の臆病な性格もそうして形成されたのだろうか。当時はそれだけ兄が怖かった。兄の一言は絶対的だった。兄がこうしろと言うことは絶対に従わなければならないような感じがあった。(20)
 母は僕ばかりをかわいがると兄が文句言っていたのを覚えている。僕が母を独占しているように兄には見えていたのだろう。しかし、よくよく考えれば、兄が僕に厳しい態度を取れば取るほど、母は僕を庇うだろうから、兄は自分で自分の首を絞めているようなものである。ただ、兄のその態度もまた僕のせいだと当時は信じていた。(21)
 僕の人生の初期はそうして兄を中心に展開されていたように思う。その分、親との思い出は少ない。当時を思い出すといつも兄が出てくる。両親が登場することはあまりない。不思議なものだ。(22)
 二人目以降の子供は少し不利なところがある。親を独占する経験が乏しくなると僕は思っている。一番最初の子供は親を独占した経験を有しているものだ。だから二人目の子供が生まれると上の子が子供返りしたりするわけだ。かつての独占をもう一度という思いなのだろう。(23)
 物事を独占したいという気持ちが僕は薄いように思う。買い占めたり、借り切ったり、そういう行為にも抵抗感がある。独占するよりも、シェアする方が、僕にとってはハードルが低いと感じられている。もっとも時と場合によってそのバランスは異なってしまうのだけれど。(24)
 さて、今回は兄をテーマに書こうと決めてはいたけれど、もう書く気がしなくなってきた。振り返るといろんな場面が頭に浮かんでくるんだけれど、それらを逐一書いて残そうと言う気持ちが薄れてきた。兄のことなんてどうでもよくなっている。でも、今後とも兄とのことに触れないわけにはいかないだろうから、いずれいろんなことも綴っていくことになるだろうとは思う。ただ、今はそんな気分になれない。今日はまだ時間はあるけれど、もうここまでにしておこう。(25)

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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