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2021年2月 2日 火曜日

2月2日:回想録・第8回

2月2日(火):回想録・第8回

 しばらく間が空いてしまった。僕の子供時代のことを綴っていたのだったな。テーマを区切って綴っていたところだった。今回は旅行ということを取り上げようと思う。僕も家族で旅行をした経験はあるのだけれど、その大部分はまったく覚えていない。今でも旅行はあまり好きではないし、もしするのだったら一人旅がいいと思っている。子供時代の経験に基づいているのだろうとは思う。(1)
 テレビで旅番組なんかを母が見ていると、「ここ連れて行ってあげたんやで」とか僕に言ってくる。母としては「覚えてるよ、あの時は楽しかったね、お母さん」とか言ってもらいたいところなんだろうけれど、僕はそこは正直に言うことにしている。「ごめん、まったく記憶にない」と。そこで感情的になることはない。激怒するのも大人げないし、今の僕にとってはそれは大して重要なことではない。(2)
 これは本当に記憶にないのだ。確かに、いろんなところに連れて行ってくれたような気はしている。けれど個々の旅行の場面とか思い出というものがまったくない。感覚的な記憶しかない。およそ旅行と名の付くようなものを僕は覚えていない。(3)
 記憶にないのは苦しいことしかなかったからであるように思う。家族で旅行に行く時、それは僕にとっては僕が捨てられることを意味していた。旅先で僕は捨てられるのだという、そういう恐れがいつもあった。だから家族が楽しそうにしていても、それに騙されてはいけないなどと、却って警戒を強め、緊張感を高めることになった。(4)
 兄が言っていた。親がいなくなると僕が兄にしがみつくと。兄としてはそれが気色悪かったのだろう。でも、こっちは必死だ。というのは、兄は捨てられることはないだろうから、自分が捨てられないためには兄にピッタリくっついていなければならないのだ。そういう感覚があった。だからそれは兄にしがみつくというよりも、自分が捨てられる隙を与えないようにしているといった方が感覚的に近い。(5)
 旅行は常に怖い体験だった。いつも戦いの様相を帯びていた。自分が捨てられるか無事に帰還するかといった戦いのようだった。楽しい思い出というものは全くない。覚えていることも何もない。(6)
 独りでフラフラと散策というか徘徊するのは嫌いではなかった。独りなら余計な心配も要らなくなるからだ。徘徊と言っても、小中高の頃は近所とか市内に限られていたけれど、大学に入ると大阪の方まで足を延ばすようになった。(7)
 遠方まで一人で行ったのは26歳の時だ。ワークショップに参加するために神奈川県まで行ったのだ。僕の旅行というのはそういう感じである。何かの用事に付け込んで旅行するのだ。この時は二泊三日のワークショップだったけれど、周りには三泊四日だと言って、一日早く現地について観光を楽しんだのだ。(8)
 夜行バスに乗って、早朝、横浜に着いた。開いているお店が以外となかった。大都会なので早朝でも開いているお店があるだろうと思い込んでいたから意外だった。適当な時間になるまで山下公園のベンチで横になって寝て過ごした。この年齢になったらなかなかそういうこともできないけれど、当時は平気でそういうこともできた。若かったんだなと思う。(9)
 その日一日は遊んだ。中華街にも行って、中華まんをほおばりながら練り歩き、これで俺もハマッ子だなどと粋がっていた。絶対に関西人とバレないようにしようという意味不明のルールを自分に課す。夜、バーに入る。ジャズの生演奏をやってる。僕はお酒を飲みながらジャズのリズムに酔いしれている。バーのマスターに「ジャズって、いいよね」と話しかける。いきなり「今日は出張ですか」と尋ねられる。そして「関西から来たでしょ」とそのものズバリを指摘されてしまった。関西人とバレないようにしていたのに、一目でバレていたそうだ。(10)
 夜の話はしないでおこう。ただ、このバーのライブシステムがなかなかよく考えられているなと感心したのを覚えている。この日も飛び込みでミュージシャンが参加したのだ。ベーシストの友人か何かで、この人が友人は今夜はここでライブをやっているというのを知って、飛び込んできたという次第である。こういうハプニング的なことが起きるのもジャズの楽しいところだと思った。(11)
 さて、山下公園と中華街の間にあることをした。以後、僕はどこへ行ってもこれをするようになった。それは何かというと、朝の出勤の様子を見るということだった。駅へと足早に向かう人々の群れを眺めるのだ。みんなこれから仕事なんだな、僕はオフだけどなんて優越感に浸るためではない。多少そういう気持ちもあるとは言え、本当の目的というか良さはそこにはない。ただ、この人たちにとってはこれが日常の光景なんだと思えることがいいのだ。そして、それは僕の生活圏内における日常の光景と大差がないと思えると、この見知らぬ地に親近感を覚えてくるのだ。知らない土地に来ているという緊張感とか異邦人感とかが和らぐ感じがする。(12)
 出勤場面だけでなく、観光名所も何もない普通の住宅地も歩いた。横浜の場合だとちょっと山手の方に散策したという感じだ。その日は天気も良く、街並みがきれいだと思った。これだけの住宅に人が住んで生活を営んでいるのだと思うと、日本はどこへ行ってもそんなに違いはないんだとも思えてくる。(13)
 こうなってくるともはや旅行の醍醐味がまったく失せている。日常から離れるところに旅行の醍醐味があると僕は思っているのだけれど、むしろ日常に触れようと、日常を思い出そうとしているかのようだ。これによって、旅行に対する不安とか恐怖心がかなり緩和するように僕には思えている。ここも僕の生活圏内と差がないと思えたら、もうここは僕の庭みたいなものだという錯覚に陥る。錯覚でも構わないのだ。(14)
 今から思うと、この時の経験は僕を少し変えてくれたように思う。旅行に対する意識が変わったと思う。子供時代から不変だったものに変化が生まれてきたように思う。これ以後、独りであちこち行くようになるからだ。(15)
 山歩きをしていた時期が僕にはあるけれど、この横浜体験が下地になっていると思う。山歩きの話はいずれその時代を綴る時に述べようと思う。ただ、一つ不思議に思うことがあるのでそれを述べようと思う。(16)
 僕は山を登った後、その麓の辺りを散策することにしていた。山にいる時間よりもその散策の時間の方が多いくらいだった。ある時、山を下って、川沿いの道を下っていた。なんか見覚えのあるような場面に出くわした。僕はそこで立ち止まって景色を眺める。僕の記憶ではここは初めて来る場所だった。それでも見覚えがある。このデジャブ感を引きずって帰宅する。帰宅して、母に今日はここに行ってきたよという話をすると、あんた子供の頃にそこ連れていってあげたんやでという母の返事。僕は記憶にない。記憶になくても現地に行ったら見覚えがあると感じる。ということは、僕の記憶は完全には失われていないということになる。僕にはその記憶があるのだという確信が生まれてくるようだった。(17)
 精神分析では忘却ということはあり得ないということになる。受け身的にあることを忘れ去るのではなく、積極的に意識から締め出されているということなのだ。ただ、その締め出しているということが無意識なのだ。そういうことになる。僕の場合もそうだったのだと思えると少し安心する。もし、本当に記憶がないのであれば、それはもっと別の障害を想定しなければならなくなるからだ。(18)
 感覚的にでも記憶がよみがえる。見覚えがあるなあといった程度であっても想起していることに変わりはない。僕の中で過去経験はちゃんと残っているのだ。そして、このことがけっこう大事なんだと思うようになった。それの欠損を見てしまうか、それがあると確信できるかっていうのは相当大きな違いであると僕は考えている。(19)
 今の話では家族旅行である。それの記憶がない。そこで僕にそれが欠損していると僕が認識しているとしよう。そうすると、僕は僕の中に一つの欠乏を常に見ることになるし、それを有している人に対しては激しい敵意や嫉妬を僕は体験するかもしれない。加えて、欠損を生み出したのは親たちのせいだなどといった攻撃をやらかしてしまうかもしれない。自分の中に欠損だけをみてしまうとそういうことが起きるように思うわけだ。(20)
 ただ覚えていないけれど、それは僕の中にある。存在していると思える。僕は欠損ではなくその存在を確信できる。他の人と同じようにその経験を僕もしているし、僕に与えられている。確かに、それは僕にとって苦痛な体験であったかもしれない。すぐには思い出せない経験であるかもしれない。それでもそれが僕に欠けているということにはならないのだ。(21)
 旅行以外の経験でも同じである。自分にはその経験がないとすると僕はそこに欠損を見てしまう。本当にその経験がないのであれば実は問題にならない。僕はその経験がないんだから仕方がないじゃないか程度で済ますことも可能である。問題となるのは、与えられたはずであるのに、きちんと受け取ることのできなかった経験である。あるいは与えられ、受け取ったのに、意識から消失してしまっている、つまり忘却されているという体験だ、あるはずなのに欠損となってしまっているという体験だ。こういうのが苦しい経験だと僕は思う。(22)
 だから自分は親に愛されたことがないと言って嘆く人、それが問題となっている人は、本当は親に愛された経験があるのだ。最初から無いのであれば欠損にすらならないのだ。僕はそう確信している。その人にとって必要なのは親の愛を獲得することではなく、親に愛されたというわずかの経験でも記憶に昇らせることだと思う。(23)
 さて、話の方向がどんどんズレていってるようにも思う。気の向くまま、頭に思い浮かぶまま綴っているので、別にそれはそれで構わないのだけれど、今回のテーマからはだいぶん離れてきたようにも思う。ちょっとだけ軌道修正して今日は終了しよう。(24)
 僕の旅行とはそういうものだ。観光名所にはほとんど寄らない。現地の人たちの日常風景を見に行くようなところがある。これにはもう一つの意味がある。例えば、環境のいい土地に旅行したら自分もここに住みたいなあなどと思ったりすることもあるだろう。僕もある。こういう所に住んでいたら人生がもっと違っていたかもなあなどと思うのだ。それはある意味では僕の現実否認なのだ。この現実否認を防止するのに役立つわけだ。観光スポットに行けばここはいい所だなと思えるけれど、そこに住む人たちの日常を垣間見ればそんな思いは吹っ飛ぶ。ここに住んだら素敵だろうけれど、やはり同じような人生になるのだなあと思えたら良しである。そして速やかに僕の現実に戻ることができるのだ。(25)
 ホント、せっかくの旅行なのに何しに行っているのかとも思うが、何しに行っているのか分からないのに敢えて行くのもまた面白いものである。もっとも、今の僕はどこかに行こうという気持ちすらなくなっている。旅行も興味がなくなっている。最後に旅行らしいことをしたのは友達のYさんと一緒に行った和歌山だ。あとは用事とか仕事とかで方々に行って、その帰りなんかにその辺を散策する程度のことしかしない。生きている間に、たくさんの散策はしたいけれど、旅行はもう十分である。僕にはその思い出も経験も人並みにやったと思えている。(26)

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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