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2021年1月 8日 金曜日

1月8日:回想録・第4回

1月8日(金):回想録・第4回

 時々、どうしてカウンセラーになったのですかと問われることがある。クライアントからも尋ねられることはあるけれど、どちらかと言えばそれ以外の人たち、営業の人たちなんかから問われることの方が多い。なんでそんなことに興味を持つのか、何を目的にしてそれを問うてくるのか僕には一切分からない。僕はいつも適当に言葉を濁すことにしている。「自然にこの道に踏み入った」といった答えをした場合、ある程度の事実を述べている。さらに「それを話そうとすれば子供時代からのことをずっと綴らなければならなくなるから」と言って言葉を濁すこともあるが、こちらはさらに事実に近づいている。(1)
 子供時代を振り返ると、まあ、自分でもとんでもねえクソガキだったなと思うのであるが、あの時代からあらゆる心の病を経験していることが今の僕を形成していると自分では思っている。自然とそういう領域の事柄に興味を持つようになったのだ。もちろん、最初から心理学というわけではないけれど。心理学に至るまでに紆余曲折もある。例えば、僕にとっては推理小説は優れた心理学である。およそ心理学的でないものはこの世に存在しないのではないとさえ思っている。最終的にというか、結果的にというか、心理学に落ち着いたといった感じである。(2)
 さて、子供時代、特に小学校に入ってからの最初の3年はひどかった。あらゆるものが怖くなった。その一つ一つを述べていこうと思うのであるが、ただ列挙するだけではよろしくないので、それがその後どのようになったか、現在ではどのような痕跡として残っているかということも伝えようと思う。(3)
 恐怖症の順番は今ではハッキリしない。どれが先でどれが後だとか、そういうことは分からなくなっている。重要なものから順にのべることにしたいのだけれど、真っ先に取り上げたいのは水恐怖だ。水が怖いって思う時代があった。(4)
 水が怖いということで、まず風呂に入れなくなった。シャワーでさえ怖かった。目を開けることができないということと、息ができなくなるということ、その二つが特に怖いと思わせるものだったように思う。(5)
 昔、宮沢りえさんが十代の頃に主演した「スワンの涙」(だったと思う)というドラマがあって、水恐怖症の主人公を演じておられた。今でもよく覚えている場面がある。主人公は水が怖くて、足元のちょっとした水たまりも乗り越えることができないという場面だ。僕から見ると、あれはやりすぎだと思ったのだけれど、あの気持ちは分かるような気がした。水たまりなんかで溺れることはないのは分かり切っていることであるが、自分が沈むという感覚に怯えてしまうのだと僕は思う。(6)
 僕の場合、水たまりなんかは怖くなかったけれど、湯船やプールのように体が浸かるものやシャワーのように全身に浴びるものが怖かった。足元が水たまりに沈むことは大したことではなかった。身体のどれだけの領域が水に浸かるかという点が大きかったように思う。その領域が大きいほど怖くなるわけだ。これは要するに「呑み込まれる」という不安である。(7)
 当然、プールも怖くて入れなかった。夏の体育は毎年地獄のようだった。年齢を重ねるにつれてましになっていったけれど、プールは最後まで苦手のままだった。だから泳げないのである。(8)
 水泳選手が泳いでいるシーンなんかは問題はないが、水中映像は怖いと思うことがある。これは今でも多少は残っているかな。水中の映像って、手前の方はいいんだけれど、奥の方はぼんやりとして得体の知れない感じがする。あのぼんやりとした領域から何が出てくるかと、そんなことを考えてしまうのだ。水中映像を見る場合、決して遠くを見ないということが僕の中で一つのルールになっている。(9)
 あと、子供の頃、水が怖いくせに魚貝類に興味を持っていた。なんとなく矛盾している感じがするんだけれど、今から思うと、あれはあれで僕なりの水恐怖対策だったのかもしれない。水は怖いけれど、水の中にはこんなきれいな生き物たちがいるんだと思うことで恐怖感を和らげていたのかもしれない。(10)
 生まれて初めて映画「ジョーズ」を見た時は死ぬほど震え上がった。映画が終わってからも恐怖感が払拭されなかった。いつまでも怖がっている僕を見て、兄は「ここは陸地だぞ」ということを言ったのを覚えている。つまり、ここは陸地なのに、いつまでサメのことで怖がってるねんってな意味なんだろう。しかし、そうではないのだ。サメの恐怖もさることながら、海そのものが怖かったのだ。特に、最後はジョーズが船を破壊しにかかってくる。僕からすれば一番起こって欲しくないことが画面上で展開されていたわけだ。(11)
 今、水は怖いとは思わない。風呂にも入る。それでも全身浴よりも半身浴の方を好む。時々は肩までお湯につかると気持ちいいと思うこともあるんだけれど、半分水中くらいが何となく落ち着く。温泉には興味が無い。仮に旅行に行くとしても、温泉地に敢えて行こうとは思わない。職場の近所の銭湯によく行っていたけれど、それは湯船よりもサウナが目的だった。プールの類は高校生の頃が最後で、以後、そういうものには無縁だ。海は、海岸線を歩いたりはしたいと思うし、遠くから眺めるくらいでいい。中に入ろうという気持ちにはならない。他にも何かあるかな。いずれにしても、何らかの後遺症のようなものが残っているとしても、現在の日常生活に支障があるわけではない。(12)
 それでもたまに恐怖感が出てくることがある。先日も「大地震」という映画を観て、ラストで主人公たちが激流に呑み込まれてしまうシーンがあり、そこはちょっと怖かった。それでも子供の頃の「ジョーズ」のように震え上がったというほどではない。今でも多少怖いと思ってしまう場面はあるけれど、それでどうこうなるわけではない。(13)
 水恐怖のおかげで、海もプールも水泳も風呂も温泉も興味がなくなったとはいえ、それでよかった面もある。まず釣りという金のかかる趣味の三本指に入るような趣味とは無縁だったことだ。釣りには興味が持てない。また、海は苦手だけれど、その分、山に興味を持つようになった。映画の好みにもそれが出てるかもしれないけれど、おかげで西部劇が好きになった。西部劇なんて絶対に海が出てこない映画だ。西部の大平原の風景はいいなあと思ってしまう。西部劇を見る楽しみの一つにその風景を鑑賞するというのが僕の中にはある。(14)
 そんなことを考えると、人間、恐怖症の一つも有った方がいいのだ。僕は思う。心の病は、それがどんなものであれ、その人の人生を方向づけるような働きがある。だからまったく心を病んだことがないという人がいるとすれば、その人には本当に人生があるのだろうかと、僕なんかは訝ってしまう。どんな病であれ、それがその人の人生を方向づけたり、あるいは方向転換を迫ったりするものであり、病を克服するとはそういう意味なのだと僕は思っている。(15)
 さて、水恐怖の次に取り上げるのは、刃物恐怖だ。先端恐怖などと一括されているけれど、僕の場合、刃物であり、針だった。ハサミやカッターナイフなんかは恐ろしいものだった。この恐怖に囚われていた時期は、爪も切らないし、髪も切らない。爪も毛髪も伸び放題というすさまじい姿だった。刃物恐怖も、ある意味では分かりやすいものだ。水恐怖が溺れることに対する恐怖であるとすれば、刃物恐怖は身を切ることの恐怖である。単純に考えればそういことになる。(16)
 実際、刃物が怖いというより、自分の一部がそれで切られるということの方が怖かったように思う。それは髪の毛であれ、爪であれ、切ることは自分を棄損することに等しいことだった。自分の身体、その一部にさえ、刃物が触れるということは脅威だった。(17)
 刃物が怖いから、工作とかはずっと苦手であった。ナイフやのこぎりなんかを使用するのが怖かった。小学生の時、5年生くらいだったろうか、友達が立派な工作ナイフを見せびらかしたんだ。僕は怖いから仕舞ってくれと頼んでいたように思う。とにかく、目の前にナイフがあるっていうのがたまらなく怖くて。「やめて」と言わんばかりに手を出した。その時、運の悪いことに、そのナイフの先が僕の指と接触してしまった。すごく血が出た覚えがある。今でも、僕の左手の人差し指に当時の傷跡が、うっすらとだけど残っている。目の前に刃物をかざされるだけで怖かった。(18)
 針も怖い。だから工作だけでなく、裁縫の類もやりたくないものである。一番怖いのは注射だった。小学生の時は注射の日は泣いて抵抗した。暴れまくった。周囲の人たち、これは親たちも含めてなのだけれど、注射が痛いから僕が怖がっていると信じ込んでいたようだった。他の可能性なんて思いも浮かばなかったんではないかと思う。痛いのは嫌だし、それも全くないとは言えないけれど、本当に怖いのは、自分の身体に穴が開いて、そこから自分のものではないものが注入されるということ、その侵入感がたまらなく怖かったのだ。(19)
 この意味では、先の水恐怖とつながるものがある。自分が水に浸かることと注射で外部のものが注入されてしまうこととは、ともに侵入体験なのだ。身を切ることの恐怖感もそうである。外部と内部を隔てる境界膜が亀裂するということだ。皮膚を切るということは、内部をさらけ出すことになり、身体内部の外部への流出並びに、その逆の外部の内部への侵入をも意味するわけだ。(20)
 不思議なもので、体をその辺にぶつけてしまってもどうってことはないのに、指先をちょっとでも切ってしまうと、僕は大慌てしてしまう。打撲の方がけがとしては大きくても、切り傷に対しては僕は敏感になってしまう。ちょっとでも切ってしまうのがいやだ。自分で手首を切る人たちがいる。僕にはとてもできないことだ。切腹やギロチンで死ぬのもいやだ、とは言え、そういうことはなさそうだけれど、刃物で死ぬのは御免蒙りたいと今でも思っている。(21)
 映画なんかは問題なかった。チャンバラシーンなんかも平気で見ることができていた。西部劇なんかでもそうだが、演技でやっているのが分かるからだ。ただ、子供時代に見た映画の「宮本武蔵」は衝撃だった。武蔵が刀で切ると血しぶきが吹きだすのだ。そこまでリアルにやらなくてもいいのになんて思ったりもした。映画に関しては、CGはじめ、特撮技術のおかげでかなりリアルなものができる。僕としては勘弁してほしいと思うところである。これは何度かブログでも言ったことだけれど、「ラスト・サムライ」を僕は最後まで見ることができなかった。本当に弓矢が刺さっているように見えてしまって、どうにも気分が悪くなってしまったのだ。映画があんまりリアルになるのはよろしくないようにも思う。刃物恐怖症の人がウッカリみてしまったらどうするんだと、言いたくもなる。(22)
 刃物恐怖は工作への興味を下げてくれたので、もし、刃物恐怖がなかったら今頃DIYなんかに挑戦していたかもしれない。刃物恐怖のおかげでモノづくりには興味がなくなっていき、そのおかげで本を読めるようになっているかもしれない。そうでなければ、今度あの本読もうなんて気持ちを起こす代わりに、今度あれを作ってみようなんて気持ちを起こしていたかもしれないからだ。(23)
 注射は今でも怖い。怖いけれど、それで大暴れすることはないけどね。医師、看護師の中には注射がすごく上手な人がいるなと思う。ウチの近所のお医者さんは、僕はヤブ医者と思っているんだけれど、注射がすごく上手なのだ。この人の注射は痛くないのだ。そこだけは尊敬する医師である。その他はどうも、という感じだ。(24)
 最近では、ワクチン接種の映像を見る機会がある。あの瞬間、少しだけドキドキしてしまう。でも、もう怖いとは思わない。良かったのか悪かったのか。ホントそう思う。怖いものがなくなるというのは、自分が強くなったとばかりも言えなくて、単に鈍感になっているだけなのかもしれないからだ。怖いものがある方が、それの全くないよりも、よっぽど健全だと僕は思っている。(25)
 今回は僕の水恐怖と刃物恐怖とを取り上げた。これに関しては、当時、どれだけの人に迷惑をかけたことだろうと思う。怖いと思うものが有った方がいいと僕は言ったけれど、一人の人の一つの恐怖症によって周囲の人が迷惑を被ってしまうことも普通に生じることだと思う。僕の場合もそうだ。いや、僕の場合は人一倍周囲に迷惑をかけてきただろうと思う。ただ、ありがたいことは、その都度僕が許されてきたことである。周囲が耐えてくれたことである。この感謝を忘れてはいけないと思っている。(26)

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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