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2021年1月 6日 水曜日

1月6日:回想録・第3回

1月6日(水):回想録・第3回

 家族の中でこれは自分だけだというようなものが誰にもあると思う。他の家族メンバーはやらないのに自分だけはこれをやるといったものだ。趣味とか嗜好品とか、いろいろあるかと思う。僕にもそういったものがいくつもある。左利きは僕だけだ。家族はおろか、親戚を見回しても左利きは僕だけではないだろうか。(1)
 ただし、僕の左利きはちょっと違っていて、全部が全部左手というわけではなく、右手でやるものもけっこうある。筆記は右手だ。子どもの頃は左手で鉛筆を持っていたのであるが、途中から右手に矯正させられたのだ。父曰く、右手に変えた途端に僕が吃りだしたということだった。僕の吃音もけっこう長い付き合いということになるか。(2)
 書字に関しては右手でも良かったと思う。今でも時々左手でペンを持ちたくなる。そういう時は躊躇なく左手にペンを持ってあれこれ書いてみる。気が済んだらそれで良しだ。日本語の平仮名にしろ漢字にしろ、右手の方が書きやすいのは確かだ。左手でペンを持った場合、手首をかなり内側にひねるようなフォームで字を書くことになる。左手で書字をしようとするとそういう形になってしまうのだけれど、あれはあれは疲れそうだ。ペンに関しては右手で良かったと思う。(3)
 お箸は左手で持つ。しかし、人生の一時期は右手で持っていたこともある。小学生の高学年頃から24歳ころまでだ。あまり正確に覚えていないけれど、けっこう長い間右手で箸を持っていた。これは食べやすいとかいうよりも、隣の人と手が当たらないというだけの理由だ。当時から左手の方が持ちやすそうだとは思っていた。それを敢えて左手に戻そうとしたのは、かっこよく言えば本来の自分に戻るためであるが、俗っぽく言えばそれに疲れたというだけのことだった。左手の方が持ちやすいのに周囲に合わせて右手で持つということに疲れてきたのだ。(4)
 右利きの兄と共有で使っていた物に関しては、どうしても右手になってしまう。だからボールは右投げであるし、ギターも右手だ。これらは今さら変えるつもりもないんだけれど、感覚としてはやはり左手の方がやりやすそうだといった感じがある。(5)
 ハサミとか工具とか、そういった道具類に関しては、基本的には左手で持つ。昔、たまたま人前で缶切りを使うことがあった。今はプルトップだけど当時は缶切りで開ける缶詰ばかりだった。右利きの人は缶切りを内へ内へと動かしていく。僕は外へ外へと缶切りを動かしていく。僕にとっては至極当たり前の動作なんだけれど、知人はそれを見て「器用だなあ」と言ったのを覚えている。(5)
 左利きの人が器用だというのは迷信だと思っている。手先が器用であるかどうかは訓練の違いによるものであり、利き手で決まるものではないのだ。でも、先ほどの知人のように「器用だ」と言う人もある。彼らの言う「器用」というのは、要するに「新奇」といった意味に近いものだ。見慣れないものを目にしたといった意味合いの言葉でしかないと僕は捉えている。(6)
 大学生の頃、生まれて初めてテニスというものをした。体育の授業であったのだ。みんなラケットを手にしてプレイし始める。僕はもう一つ前の段階から始めないといけないのだ。このラケット、どっちの手で持ったらいいのかなというところから始めないといけないわけだ。一応、教える先生に合わせて右手で持ってみたりする。普通、体よりも右側に来たボールは右手で外から内の方向に腕を動かして打ち返す。左側に来たボールは、体を横向けて、右手で内から外の方向に動かして打ち返す。後者は僕にはできなかった。左側に来たボールは、とっさにラケットを左手に持ち代えて打ち返す。それを見た先生はお決まりの言葉を吐く、「器用なことするな」と。もうその言葉は聞き飽きた。(7)
 初めて持つものは、僕の場合、どちらの手で持つかで悩む。ピアノやクラリネットは手が決まっているけど、トランペットなんかになるとどっちの手で操作したらいいだろうかと、きっと悩んでしまうだろうと思う。(8)
 子供の頃、プラモデルをよく作っていた。これに関しては兄を尊敬するのだけれど、兄はとてもきれいに模型を作るのだ。僕のはひどいものだった。きれいに作ってみたいという気はあっても、最後にはひどいことになってしまうのだ。そのあらましを述べよう。
 例えば、ボディに部品を取り付けるという場合、右利きの人なら、左手でボディを持ち、右手で部品を取り付けていくだろうと思う。僕もそのようにしてみる。理由は後で述べる。右手で取り付けていっても上手く行かないし、しっくりこない。それで手を変えてみる。右手でボディを持ち、左手で部品を取り付ける。グッとやりやすくなった。多分、右利きの人であれば、それはそれでええやんなどと言うと思う。しかし、左利きの困難はそこで終わらないのだ。むしろ、そこから始まるのだ。(9)
 と言うのは、設計図が右利き向けに書かれているからだ。設計図の向きに合わせて作るので右手で部品を取り付けることになるわけだ。これを左右の手を変えて作業するとなると、設計図を反転させないといけない。頭の中で反転させて作らなければならないので、結果的に、とんでもない部分に部品を接着させてしまったりすることになる。間違えて接着したところは部品を外し、正しい位置に正しい向きに付けようとするが、そこでもまた間違えたりするわけだ。そんなこんなで悪戦苦闘した末にとんでもないものが完成してしまうという次第だ。(10)
 設計図をよく見て、設計図通りに作ればいいと言うのは右利きの論理である。左利きはもっと多くの工程を踏まなければならないのだ。当時は設計図を見るのにイライラしていたのを覚えている。今、プラモデルは作りたいとも思わないし。もっともやりたくない趣味の一つとなってしまった。けっこう苦痛な作業だったように思う。(11)
 モノはなんでも右利き仕様だ。スマフォの操作も、多分右手だとやりやすいのだろうと思う。左手ではちょっとやりづらい時がある。もっとも、これに関しては、僕がスマフォを使いこなせていないことも関係があるとは思う。馴れてくれば、つまり訓練を積めば、問題なくできるようになるのかもしれない。何でも利き手のせいにするつもりもない。(12)
 未だに自分の利き手で悩む。左利きであると自分の中では決定している。そのために、かなり意図的に左手を使用することもある。掃除とか洗い物とか、日常の用事なんかも意識して左手でやるようにしている。左手の方がやりやすいのだけれど、気づいたら右手でやっていたなんてこともある。それをすべて左手にしようということをしている。利き手をいい加減に決定しないと、いつまでもどっちつかずになりそうだ。(13)
 利き手の矯正なんかしなくてもいいものだ。大体の人は子供時代に利き手がほぼ決定する。どっちの手でもいいのだ。脳は左右の半球がある。左右は同時に発達するのではなく、交互に発達するものである。右脳が活発に発達する時期もあれば、左脳が活発に発達する時期もある。この脳の発達に応じて利き手が移行することがある。そういうことは僕が生まれる以前から神経心理学の分野では知られていたことなのだ。両親にそういう知識があってくれたらよかったのにと思う。(14)
 利き手ということは、僕の中ではコンプレクスだ。コンプレクスというのは劣等感という意味ではなくて、それに敏感になるという意味だ。他人の利き手が気になることも多い。どっちの手で書いているか、どっちの手で箸を持っているか、どっちの手でカバンを持っているか、どっちの手でボタンを押すか、そんなことをいちいち見てしまう。もっとも、チラッと見て、今右手でやったなとか左手を使ったなとか、そんなことを思うだけで終わる。それであれやこれやと考えたりもしない。ただ見てしまうというだけだ。(15)
 エラリー・クイーンに『シャム双生児の謎』という小説がある。僕は中学生の時に読んだ。この作品には体が一部分で結合した双子が登場する。殺人事件が起き、被害者は半分にちぎれたトランプカードを右手に持っている。要するにダイイングメッセージということだ。このトランプは絵札であり、それが半分にちぎられているということは、シャム双生児のうちのどちらか一人を指しているように思われる。主人公であるエラリーは、被害者の家族に、被害者は右利きだったかと尋ねる。僕はアッと思った。何かがおかしいと気づいたのだ。でも、アッと思っただけで、それが何なのか説明はつかなかったんだけれどね。エラリーの推理はこうである。もし、被害者が右利きであれば、トランプカードをちぎって、半分を丸めて投げ捨てるという一連の行為は右手で行うはずである。従って、残りのカードは左手に持っていなければならないはずである。被害者が右手にカードを持っているということは第三者が被害者にカードを握らせたということなのだ。その際に、右利きだからということで、ウッカリ右手に持たせてしまったのだということである。(16)
 相変わらずエラリーの推理は冴えている。しかし、エラリーが見落としているところがある。犯人は被害者が右利きであるというところから、早合点してうっかり右手にフェイク手がかりをつかませてしまったということであるが、犯人が左利きであればそれは犯人にとって自然なことである。つまり、自分がそれをした場合に右手にカードが残るから、ついついウッカリして被害者に対して同じことをしてしまったということである。自分をモニターにしてしまったというわけだ。従って、犯人は左利きであるという可能性が生まれてくるのだけれど、僕の記憶しているところでは、そういう可能性には一切触れていなかったように思う。まあ、どうでもいい話ではある。それくらい利き手ということに敏感になってしまっているという一例だ。(17)
 僕は左利きである。右手でやっているものはそのままにして、左右両方の手でできることは左手に統一しようと最近は試みている。あまり数は多くないけれど、例えば洗い物なんかをするときに、スポンジを右手に持って洗う時もあれば左手に持って洗う時もある。こういうのは左手で統一しよう、それもかなり意図的に統一しようと試みている。モノによって右だったり左だったりするこのどっちつかずの感じ、両手利きのような感じは止めようと思っている。そうして子供時代から持ち越している問題にケリをつけたくなっているのだな。(18)
 さて、利き手と脳との間には関係があるとされる。神経が交差するので、右利きの人は左脳が、左利きの人は右脳が優れているなどと言われる。加えて、左脳は論理、右脳は芸術などといったことが言われたりする。脳の局所論とは局在論とかいった分野で長年研究されてきたことだ。ハッキリ言って、どうでもよいことだ。学問的には意義があるのかもしれないけれど、僕にとって脳研究は愚にもつかない研究だと感じられている。そういった分野を研究すると、脳が個人を決定するかのような錯覚を与えてしまうと僕は思っている。本当は逆なのだ。個人が脳を決定するのだ。しかし、そんな話は止しておこう。自分の回想を綴る場だった。一つだけ付け加えておくと、脳の左右よりも、脳の上下とか前後とかの方がよっぽど重要であると僕は思う。右脳を伸ばす前に、上脳を伸ばさないといけないのではないかなどと思ってしまう人もある。(19)
 利き手で困ることはいくつかあったけれど、損をしたということはない。この点だけは押さえておきたい。困難と損失とはまったく違った体験様式であり、違った領域の話である。しばしばクライアントさんたちは両者をひっくるめてしまう。困難があっても損失は被っていないことってたくさんあるんだけれど、困難即何かの損失となってしまう人も案外多いように思う。僕はそこはきちんと区別しようと思う。(20)
 また、冒頭でこれは家族で自分だけだと言えるものは誰でもあると言った。僕の場合、利き手もそうだし、タバコを喫うことも、酒を飲むこともそうだ。芸術に興味があるのも僕だけかもしれない。自動車やバイクの免許を持っていないのも僕だけだ。一方で、これは父だけだとか、兄だけだとか、母だけだといったものもある。中にはこれは僕と父だけだとか、これは母と兄だけだといったものもある。共有されているものも同じようにあるわけだ。(21)
 共有されているものは接点となり窓口となるものだ。兄は洋楽を聴く。僕も洋楽を聴く。すると洋楽は兄と僕との接点になるものであり、この関係においては一つの窓口となるものである。同じ音楽でも、ジャズやクラシックは僕、レゲエやブルースは兄というふうに接点となりにくいものもある。レゲエは兄との関係で窓口になることはないわけだ。(22)
 子供のことで相談にくる親たちがある。一つ言えるのは、こういう親はその子供との窓口を何一つ持っていないことが多い。共有できるなにものをも子供との間で有していないのだ。僕は親たちが子どもと同じ窓口を持ってみてもいいと思っている。この場合、子供の方からやることはないだろうから、親の方からやってみてもいいと思う。子どもがインターネットが得意なら親は子供からインターネットを習ってもいいのである。ゲーム好きな子供なら、「お母さんにもできるゲーム何か知らない?」などと子供に接してもいいのである。子どもがアニメ好きなら親も観てみてもよいのだ。あのアニメ面白かったねなどと子供に話かけてもいいわけだ。確かに、これは一長一短がある。子どもの状態次第では却って逆効果になる可能性もないわけではない。しかしながら、こういう親はまずそういうことをしないものである。僕も無理強いするつもりはないので、子供と一切の接点や窓口がまったく無い状態で、親の子供理解を助けていかなくてはならなくなる。ハッキリ言って、限りなくしんどい作業である。(23)
 さて、今回はそろそろ終わりにしようかな。

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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