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2021年1月 1日 金曜日

1月1日:回想録・第1回

1月1日(金):回想録・第1回

 折に触れて自分自身のことを語り直したくなる。カウンセリングという作業もまたクライアントの語り直しだと僕は思う。自分自身を語り直していくこと、それがどういう原理で精神に良いのか分からないし、僕には説明しようがない。とても説明はできないけれど、僕は自己の語り直しがとてもいい経験になると感じている。(1)
 今年は自分自身の語り直しをやっていきたいと、そう考えている。毎日できなくてもいい。それに一回一時間程度で十分だ。一日中自己内省しているような人もあるけれど、あれは欺瞞だと僕は見做している。それは自分に向き合っているのではなく、むしろ自分から目を背ける行為なのだ。と言うのは、新たな経験が積み重なって行かないからである。新たな経験を犠牲にしての自己内省は欺瞞に陥るだけだと思う。(2)
 日々、新たな経験をしつつ、一日にわずかの時間だけ内省をする。両方が揃ってないといけないと僕は考えている。よく人は経験から学ぶと言うけれど、経験することを学ぶこと、または経験から学ぶということを学ぶことの方が先決だと思っている。(3)
 経験することを学ぶというのはおかしな言い方だろうか。僕はそうは思わない。人は何かを経験していながら、何も経験していないと信じ込んでいることもあるし、何を経験したのか理解できていないこともある。経験から学ぶ前に、経験することそのものをまずは学ぶ必要があると思う次第だ。(4)
 さて、あまり明確な方法や手順も決めておらず、どれくらいの頻度でやるかといったことも決めていないまま着手している。僕の悪いクセだ。どうも最初に綿密に計画を練ってしまうのは僕には苦手だ。計画というものはどこまで組み立ててもどこかで抜けてるところがあったりするものだと思う。完璧な計画なんてとても立てられるものではないと信じている。だから計画を練り始めると、どの辺で実行に移したらよいのか、その頃合いを見測るのが僕には難しいのだ。むしろ、最初に動き始めて、そこから計画を新たに建てるなり修正するなりして、とにかく継続していく方が僕にはやりやすい。だからこういうやり方をする。(5)
 すでにここまで書いたものを読んで専門家ならこれは分裂病者の手記だと判定するだろうと思う。僕の思考とはそういうものだと自分でも分かっているし、どちらかと言えば、もう諦めている。僕は僕の思考様式を変えるつもりもない。ただ、どういう思考をしているのかを常に自分で理解しておきたいので、回想録と考察をセットにしようと現段階では考えている。ただ、考察の方は毎回はしないかもしれない。両方をやるとなればけっこうな労力を費やすことになりそうだ。(6)
 あと、方法としては、一時間程度、もしくはA4で5枚程度書く。テーマを決めることもあるだろうし、明確なテーマを設定しない時もあるかと思う。自由連想風に書いていく。とても時間順には書けないと僕は思っている。後から思い出すもの、連想するものも生まれるからだ。自由連想風に書くというのは、僕の思考の流れに従って書くということだ。(7)
 尚、時間内は自由に書いて、それから誤字脱字の修正をし、文章がおかしいところは訂正する。その際、文意は変えないようにする。言葉足らずだったりして補足するところがあれば( )で挿入するかもしれない。それから段落に分けていって、各段落に( )で番号を付すことにする。これは考察の際に必要になるかもしれないからだ。(8)

 では、始めていこう。どこから、何から始めたらいいだろうか。誕生から始めるのがいいのだろうけれど、当然のことながら、僕は僕の誕生を知らない。気づいた時はすでに生まれていて、両親や兄がすでにいた。どれだけ頑張っても、思い出せるのは4,5歳ころが限界だ。それ以前のことは僕には記憶になく、まったく神話のような感じがする。(9)
 乳幼児の頃のことは、後年、母からいくつか聞いたものがある。僕は歩き始めるのが遅かったらしい。遅いと言っても健常範囲内の遅れということであり、とりたてて問題視することもないんだけれど、このエピソードは後の僕の人生を象徴しているようだ。(10)
 何もかも人より遅れてしまうのだ。遅れてできるようになっていくのだ。自転車に乗るのだって、他の同年代の子たちよりも遅かった。小学校2年生くらいまで乗れなかった。どうして二輪の自転車が転倒しないのか僕には不思議でならず、信じられなかった。他の人たちは転倒することなく自転車に乗っているのだけれど、自分だけはそうならないとどこかで信じていた。自分だけは助からないという僕の強迫観念は子供の頃から持っていたものだった。(11)
 利き手が決まるのも人よりも遅れた。そうだ、利き手の話もいつかしてみよう。僕は、基本的には左利きなんだけれど、いくつかのものは右利きである。この変な傾向も子供時代に生まれたもので、利き手が定まるのが人よりも遅かったことが一因だと僕は思っている。(12)
 小学校に入っても、友達ができるのも人より遅く、学校に馴染めるのも、クラスに馴染めるのも人より遅れていたように思う。中学校でもそういうのが続く。部活に普通に参加できるようになったのも人より遅かった。こういうのは数え上げるとキリがない。(13)
 精神的に親離れできたのも、あるいは親離れの方向に歩み始めたのも人より遅れていると思っている。僕が30歳の時だった。とっくに親離れして、結婚のこととか考えていないとおかしい年代だ。(14)
 親戚の人からも言われたことがあるし、その他、僕が知り合った人の何人かからも同じことを言われた経験がある。僕は大器晩成型だと。何人かから同じことを言われたのだけれど、彼らは僕の何を見てそう言ったのだろう。若いころはこの言葉は励みになった。これから開花していくことが期待できたからだ。でも、今ではもうこの言葉には何の魅力も感じない。大器晩成と言う前に、その「晩」がいつなのか言ってもらいたいところである。もはやその「晩」は僕の人生では訪れないかもしれない。(15)
 いろんなところで僕は遅れをとってきたと思う。早かろうが遅かろうが、結果的に人並みにできるようになればそれでいいじゃないかとも思う。結果オーライということにすれば、それはもはや悩みでもなんでもなくなる。ただし、損をしてきたという感覚は残っている。もっと早くにそれができていたらと思うことも多々ある。その思いがあるので、自分にもクライアントにも厳しくなってしまうことがある。5年間ひきこもっていたというクライアントがいるとしよう。僕はこの人を5年遅れてしまった人として見てしまう。そして、その5年を取り戻すのがどれだけたいへんであるかに思いを馳せる。クライアントたちはそこを過小評価していることが多いのだけれど、遅れを取り戻すというのは、先頭集団についていくことよりも何十倍も厳しいことなのだ。一生かかってもその5年の遅れは取り戻せないかもしれないのだ。(16)
 遅れたら、並大抵の努力をしない限り取り戻せない。これもまた僕の強迫観念の一つだ。しかも、単なる観念で終わっていないのは、陸上部での経験でそれが現実であると知ってしまったからである。長距離を走る。先頭集団から遅れ始める。この遅れを後から取り戻そうとすることは、そのまま先頭集団についていくことよりもはるかにしんどいことなのだ。そして、まず先頭集団から離されていき、集団から脱落してしまうものなのだ。長距離走の経験がなくとも、テレビでマラソンなんかを見たらそのことがよく分かるだろうと思う。遅れてしまったら、それまでだ。遅れを取り戻すなんてことはまずできないことなのだ。(17)

 世の中や集団にも流れがあり、そのペースがある。僕はもうついていくのを止めている。時代から取り残された一人になっている。パソコンもスマフォも使いこなせない。電子マネー決済なんてやったこともない。時代から遅れまくっているけれど、僕はもうそこを取り戻そうとも思わなくなっている。(18)
 流行も追わない。流行り物には目もくれなくなっている。小学校4年生の時、ビートルズの音楽に接した。その音楽はそれまで僕が聴いていた音楽、映画音楽や歌謡曲、ニューミュージックなどの音楽とは、決定的に違っていた。僕は一気に魅了されてしまった。ビートルズから始まり、ずっと洋楽を聴くようになったのだけれど、当時、他の同級生たちが何を聞いていたかと言うとアイドルソングなんかだ。アイドルブームだったからなんだけれど、僕はそんなブームには乗らなかった。(19)
 別にアイドルを毛嫌いしていたわけではない。ただ興味がなかったというだけのことだ。アイドルに興味を持っていても良かったのかもしれない。他の人たちと共通の話題を持つことがそれでできていたかもしれない。どっちに転んでも人生には何らかの益になるものだ。(20)
 ビートルズにハマったけれど、当時、ビートルズが10年も前に解散していたなんて知らなかった。10年以上昔の音楽にハマったわけで、時代を逆行したわけだ。時代に遅れるだけでなく、時代を遡ってしまう傾向はこの頃からすでに生まれていたんだなと思う。(21)
 中学生頃になると、洋楽ではヘヴィメタル音楽が流行っていた。アイアン・メイデンとかデフ・レパードなんかが人気があって、ボン・ジョヴィなんかのLAメタルがそれに続いていた時期だ。その頃は、少しだけ時代についていけてたように思うが、これもやがて時代を逆行するようになった。80年代のヘヴィメタよりも70年代のハードロックの方が面白いことをやっていると気づいたのだ。特にギターソロをはじめ、インストの充実ぶりは70年代の方が上だった。(22)
 ジャズやクラシックでも同じようなことが起きる。だんだん時代をさかのぼってしまうのだ。ジャズでも初期のジャズを聴くようになり、クラシックではバロックにハマってしまう。後年のもの、最近のものは聞かなくなっていく。(23)
 結局、その時代のものが好きになるようだ。洋楽なら60年代から70年代、ジャズなら20年代から40年代頃のが良くて50年代もまだ許せる。クラシックならバロック時代のものがいい。曲よりもその時代の音に惹かれるところがあるようだ。映画でも50年代から70年代の映画が好きだ。推理小説でも、海外なら30年代から40年代頃のがお気に入りだし、日本の場合なら戦前のものがいいといった感じだ。一般文学でも時代が遡っており、日本の古典は今はあまり興味を持たなくなったけれど、一時期は熱心に読んだりもした。海外の文学でも、中世ころの文学に最近やたらと興味を覚えてしまうのだけれど、19世紀から20世紀前半の文学が面白いかな。(24)
 音楽にしろ、文学にしろ、映画にしろ、詳しいのはその時代のものだけという、非常に偏った知識しか持ち合わせていない。さすがにそれではいけないと思い、上記以外の時代の作品に積極的に触れてみようとした時期もあった。今はもういい。そんなことをする気力もなくなった。僕が魅力を覚える時代の作品だけを追求していこうと思っているし、それで全然かまわないとさえ思うようになった。(25)
 僕の知識はそうやって偏ったものだ。他の分野の知識も同じである。心理学でも特定の分野だけに詳しい。その他の分野は全く知らなかったりする。仕事柄、臨床心理学は勉強する。その他の基礎的な一般心理学分野も決して切り捨てているわけではない。けれども、新たに勉強しようという気持ちはなかなか起こらない。かつて勉強したテキストで再学習する程度のことだ。(26)
 こういう僕が精神分析とか心理学とかを専攻したのは正しかったかもしれない。時代について行けなくても、時代に逆行しようとも、あまり関係がないからだ。科学の過去の業績は歴史的な価値しかないが、人間に関する科学においては過去の業績は継続的な価値があるとヤスパースが言っていたけれど、その通りだと僕も思うし、そのおかげで僕のような時代遅れの人間でもなんとかやっていけてると思っている。心理学も精神分析も、その他、精神病理学や精神療法においても、現代のものが過去のものよりも優れているとは必ずしも言えない。哲学や思想に関しても同様である。(27)
 時代についていけないとか、遅れをとってしまうとか、流行り物に興味が持てないとか、そういう短所のようなこともまた、人生のどこかで役に立っていたりするものである。病気がその人を生かすというのと同じような構図だと僕は思っている。病気は治した方が良いを考えている人も多かろうと思う。しかし、治った途端にその人が生きていけなくなるということも起きるのだ。特に精神の方面ではそういうケースもある。不登校が治ったらその子が自殺したなんて話もある。心の病が治るかどうかということには僕はあまり興味がないし、そこを重視することもない。それよりもその人が生きるということの方が大事だ。どのようにして生きていくかということは、どうやって治るかという問いよりもはるかに重要であり、最優先で取り組むべき問いであると僕は信じている。クライアントが治るとは、症状が消失することではなくて、その人が生き始めることである。症状の有無はもはやどうでも良いのだ。(28)

 さて、今回はこれくらいにしておこう。もっと僕の回想を綴る予定だったけれど、いざやってみると観念的な話に終始してしまった感がある。もっと体験したことを書きたいとも思うのだけれど、なかなか上手くいかない。(29)

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)



投稿者 高槻カウンセリングセンター

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